大いなる年 2024
主よ。遅れないでください!
主の勇士よ。立ち上がれ!パート2
聖霊の油注ぎ

2024年3月3日(日)新城教会主任牧師 滝元順

士師記6章34節〜35節
“主の霊がギデオンをおおったので、彼が角笛を吹き鳴らすと、アビエゼル人が集まって来て、彼に従った。ギデオンはマナセの全域に使者を遣わしたので、彼らもまた、呼び集められて彼に従った。また彼は、アシェル、ゼブルン、そしてナフタリに使者を遣わし、彼らも上って来て合流した。”

 

皆さん、おはようございます。ハレルヤ!聖歌隊の素晴らしい賛美を聴かせていただき感謝致します。
三月は変化の多い月です。新しい環境に進みゆく方、年度末だったり、いろいろな面での節目です。主のみ手の中で、今月も歩んでいきたいと願います。

昨日は新城における歴史の節目がありました。それは新城市の名所桜淵の「カフェ・グロリアス」が閉店したからです。篠原さん親子が十五年間営業されていました。この場所は、私が幼稚園の頃からありました。十五年前に彼らが取得して、雨の日も風の日もカフェを続けました。しかし残念ですが、様々な理由で閉店となりました。昨日はこのお店のクロージングの祈りに行かせていただきました。

お二人がカフェをやっている中、本当にいろいろな奇跡が起きました。このカフェの前は崖です。コーヒーを飲みに来る人たちだけでなく、お店の前に靴を揃えるような人たちもいるわけです。
一人のおじさんが、もしかしたら飛び降りるのではないのかというよう雰囲気でした。しかしそこで福音を聞いて、クリスチャンになったとか、様々な悩みで苦しんでいる方々がカフェを通していやされました。クリスチャンの働きは、ただ単なる経済活動ではありません。主が共におられるから、そのような奇跡が起きるのです。それは「聖霊の油注ぎ」があるからです。

今日は、「聖霊の油注ぎ」について学んでいきたいと思います。「主の勇士よ。立ち上がれ!パート2 聖霊の油注ぎ」で、先週の続きです。
ギデオンは弱虫で、敵の目から逃れ、隠れていた者でした。しかし主は彼に目を留めて、イスラエルを救う勇士とされたのです。その理由は、

“主の霊がギデオンをおおったので、彼が角笛を吹き鳴らすと、アビエゼル人が集まって来て、彼に従った”

と記されているように、「主の霊がおおった」からです。ギデオンは私たちと同じように、いや、もしかしたら私たちよりも弱かったかもしれません。しかし主の霊がギデオンをおおった時、彼は大きく変えられたのです。

教会に来ると不思議なことが起きます。それは、主の霊がその人をおおうからです。
また主の霊は、人だけでなく、場所にも注がれます。特定の場所に注がれて、そこが神の国化するのです。主の霊がおおうことを、別の言葉で「油注ぎ」と言います。
教会では「油注ぎ」という言葉をよく使います。「油の注ぎを〜♪」と歌います。初めて教会に来られると、「なんだそれは?」思うのかもしれません。クリスチャンでも、油注ぎとは、ガソリンスタンドに行って、空になったタンクを満たしてもらうようなイメージかもしれません。
案外、油注ぎが何であるのかに関して、ちゃんとした定義がない感じがします。
先日私は「バイブル・プロジェクト」という動画を見たら「油注ぎ」というタイトルがありました。それを見て納得しました。二分少々の動画です。「聖霊の油注ぎとは何か?」を説明しています。

≪聖霊の油注ぎ バイブル・プロジェクト≫

これが油注ぎの意味です。普段、人と天は分離しているのですが、油注ぎとは、天が人に降りて重なることを意味します。
天とは神の領域であり、完璧な場所です。神が支配しておられる完全な領域です。その領域が人をおおえば、その人は天の知恵によって生きるようになります。まさしくイエスさまは、油注ぎそのものでした。

また、ヤコブは夢で天に届く階段を上り下りする、み使いと主を見たのです。彼は目覚めると、「その場所に油を注いだ」のです。油注ぎとは、天と地が接している場所をも意味すると、説明されていました。
この会堂に油注ぎがあるのならば、ここに集まる人たちには神の支配が及ぶのです。油注ぎは非常に重要です。
また、油注ぎは世代を越えて持ち運ばれるものであると語られていました。イエスさまは神の国と一体で、油注ぎそのものでした。しかし油注ぎを弟子達に手渡され、それから二千年間、主を信じる人たちによって、継続されているのです。

聖書は、
“私たちは神に属していますが、世全体は悪いものの支配下にあることを私たちは知っています。”(ヨハネの手紙 第一 五章十九節)と告げています。
しかし主を信じる者たちには、油注ぎによって天と重なっているので、悪い者は触れることはできません。
岩波訳聖書ては、

“私たちは神から出た者であるが、世はくまなく悪しき者のもとに置かれていることが私たちにわかっている。”

と訳されています。「くまなく」とは「何もかも」です。あらゆる場面が悪しき者のもとに置かれているならば、油注ぎが絶対に必要です。
先週、タッカー・カールソンというFOXニュースの元アンカーマンについてお話ししました。彼は去年の四月、「ヘリテージ財団」で講演を行ったのですが、世界中を調べての結論は「あなたが見ているのは政治運動ではありません。それは邪悪です。」と語りました。その発言は大きな話題となり、また、波紋を呼びました。

“私たちは保守の政策を主張し、彼らはリベラルの政策を言う。しかし、私たちが今、見ているのは、そういうことではない。私たちが今、見ているのは、最善の結果を得るための議論ではない。彼らは議論など望んでいない。今までの保守・リベラルの考え方では、例えば、トランスジェンダー運動を評価することをもはや出来ない。それはもう政策ではないからだ。それは政治的な議論ではもはや無い。政治とは無関係。私が言いたいのは、貴方が今、見ているのは、政治運動ではない。悪なのです。・・もう、ここで行われているのは邪悪である。”

世界で起こっている様々な問題は、政治運動であったり、議論の対象ではないのです。
彼はこの言葉を語った後、解雇されたといわれます。やはりメディアを支配している人たちは気に食わなかったのでしょう。
敵に打ち勝つためには聖霊の油注ぎと祈りが必要です。彼は、「祈しかない!」と結論づけました。
どんどん世界は悪くなっていますが、それは政治的なものでも、経済的なものでもなく、くまなく支配を及ぼしている勢力が存在するからです。

日本の政界は、自民党が長い間支配していますが、裏金を作っていたと言われます。それで法の裁きに合うのかと思えば、裏金三千万円以下の議員たちは起訴されませんでした。確定申告をやめましょうか?と思ってしまいます。三千万円以下ならば、隠していてもいいのかと誰でも思うはずです。
先週私はちょっと腹が立ちました。岸田首相が出てきて裏金問題について少し弁明して、翌日は安倍派の五人衆がメディアも入れて、裏金問題について釈明をするという日、大谷選手が結婚したというニュースが大きく流れたわけです。それで国民の関心は、大谷一色になったわけです。それで煙幕を張っているわけです。国民に知られたくない法案が通るような時には、いつも大物タレントが覚醒剤で捕まったりします。邪悪としか言いようがない社会です。
それらに何も言わないのが日本人です。日本人は世界一変わった国民らしいです。お隣の韓国とかでは、絶対にデモがあります。しかし日本人は諦めてしまうのです。
日本と世界の為に祈らないといけないのです。祈りによって、歴史は必ず変わります。

油注ぎは人だけではなく、土地にも注がれると動画で語られていました。九二年二月十三日、愛知県民の森で聖霊が注がれて、特定の場所に主が働かれました。その後、新城教会の会堂にも主は来てくださいました。神は人だけでなく、場所も祝福されます。
場所なんかなくてもいい!ネット空間だけでいいみたいな風潮がありますが、神が用意してくださった場所を大切にしなくてはいけないと思うのです。
そして今日は聖さん式があります。聖さん式とは、天と地が重なる確実な瞬間です。

さてギデオンに聖霊が注がれる前、神が要求されたのは何かと言うと、士師記六章二十五〜二十六節、

“その夜、主はギデオンに言われた。「あなたの父の若い雄牛で、七歳の第二の雄牛を取り、あなたの父が持っているバアルの祭壇を壊し、そのそばにあるアシェラ像を切り倒せ。あなたの神、主のために、その砦の頂に石を積んで祭壇を築け。あの第二の雄牛を取り、切り倒したアシェラ像の木で全焼のささげ物を献げよ。」”

それはカナンの地をおおっていた偶像礼拝との決別でした。しかし「彼は父の家の者や、町の人々を恐れた。」とあります。バアルが、家族と地域全体にも影響を与えていたことがわかります。
私たちも聖霊の油注ぎをいただくためには、偶像礼拝からの決別が重要です。列王記第二の四章に、

“家に入ったら、あなたと子どもたちの背後の戸を閉めなさい。そしてすべての器に油を注ぎ入れなさい。”

「あなたと子どもたちの背後の戸を閉める。」とは、債権者は契約書を持って家に来ることを意味します。

“預言者の仲間の妻の一人がエリシャに叫んで言った。「あなたのしもべである私の夫が死にました。ご存じのように、あなたのしもべは主を恐れていました。ところが、債権者が来て、私の二人の子どもを自分の奴隷にしようとしています。」”(列王記 第二 四章一節)

今はイエスさまの十字架の勝利によって、債務証書を無効にできる時代です。私たちは契約書を無効にする宣言ができるのです。
偶像礼拝の契約は「三代、四代にまで」とありますが、ヘブル語では、toではなくて、onが使われています。
「父親たちの偶像礼拝の罪の結果は、「三代目」と「四代目」の上に訪れる。」という意味になります。長い年月が経って、伏流水が吹き出すように、影響が噴出する可能性があります。しかも日本だと、本人が一代目ですが、イスラエルでは本人はゼロ世代です。そして「父の家」が強調されています。聖書は父系社会だからです。
このような霊的メカニズムがあるがゆえに、神はまず、「家族に開かれている扉を閉めなさい!」と語られたのだと思われます。そうしたら油は盗まれません。

また、「油注ぎ」は土地にも関わると先ほど語りました。
悪魔は全能者ではないゆえに同時存在、遍在できません。そのため街を、地域を縛るために、策略がいるわけです。
イエスさまがゲラサに行かれた時に、「レギオン」という悪霊どもが出てきました。このレギオンたちは、「この男から追い出さないでください」とは願わないで、「自分たちをこの地方から追い出さないでください。」と、懇願しているのです。
神はギデオンに、バアルの祭壇とともに、アシェラも倒して焚き木にせよ、と命じましたが、アシェラは神々の中の神と呼ばれ、広く地域をおおって信仰されていた存在でした。
このような情報を総合すると、油注ぎをいただくための条件を知ることが出来ます。。

新城市では、十六世紀に多くの血が流れました。土地に血が流されると、カインとアベルの記述からもわかるのですが、創世記四章十〜十一節、

“主は言われた。「いったい、あなたは何ということをしたのか。声がする。あなたの弟の血が、その大地からわたしに向かって叫んでいる。今や、あなたはのろわれている。そして、口を開けてあなたの手から弟の血を受けた大地から、あなたは追い出される。”

血が流された場所は、土地から呪われるようなことが起きるわけです。しかし土地に油が注がれることによって、土地との対立は消え去るのです。
現在、ロシアとウクライナの間で戦争が起こっています。今回の専門課程で、私は初めて「ロシアの歴史」を扱いました。勉強してみてびっくりしました。ロシアという国の歴史はたいへん悲惨です。第二次世界大戦時にロシアで何人ぐらいが亡くなったのか。日本は原爆が落とされたりして、約三百三十万人が死亡したと言われます。
しかし隣国ロシアでは、第二次世界大戦で二千七百万人の人たちが犠牲になったと言われるのです。信じられないです。国内では、スターリンによって「血の粛清」が行われました。それは邪悪以外の何ものでもありません。
悪魔はギリシャ語で「ディアボロス・・中傷者、告発者」を意味します。神の前に罪を告発し、家族を、地域を、国を、苦しめる存在です。
敵とは「アンチデコス」、「訴訟を起こす者」という意味だと以前にお話しさせていただきました。