〜この地に植えられ70年〜
主イエスよ来てください!
〜人生の試練と脱出への道〜

一人ひとりが、神の声を聞いて、たまには自分の思いとは違って、プレッシャーがかかるかも知れませんが、聖霊さまから「もうちょっと頑張ってよ!」みたいな時もあるかもしれません。しかしそこに案外、神の計画は隠されているものです。

そして今回、もう一つの証しを聞きました。四年前に奉仕に行った時、先生がこう言うのです。「娘が岐阜県に嫁いでいて、養豚をやっている。最近、豚コレラが発生して、千頭を養豚していたけれど、全頭殺処分になった。」
一家は本当に落ち込んで、これからどうしていいかわからないから、祈ってくださいと言うのです。四年前のことです。
その時、「順先生、岐阜県の山の奥だけど、一緒に行って祈ってくれませんか?」と頼まれました。先生も、自分の娘と家族のことですから、たっての願いでした。
それで私は教会のスタッフと共にそこまで行きましたら、ちょうど殺処分が終わって、ユンボで穴を掘って千頭、健康な豚も殺して埋めた後でした。焼いて食べりゃいいのでは?と思うのですが、全頭殺処分でした。ご家族はどん底でした。
「再起は無理だと思う・・。」とご主人が話していました。こうならない為には、どうしたらいいのですか?と聞くと、豚コレラのワクチンがあると言うのです。そのワクチンさえ投与できれば、豚コレラにはかからないと言うのです。豚コレラは、野生のイノシシとかで感染するそうです。周囲で養豚やっている人たちも、一頭、豚コレラが出たら、全処分で、一頭出たら終わりだというのです。「一生懸命、育ててきたのに、本当に悔しいです。」と言われました。
日本の農林水産省は、豚コレラのワクチンを許可していないと言うのです。しかし輸入物のアメリカとか、カナダの豚肉は、豚コレラのワクチンを打っていて、どんどん輸入肉が入ってくると言うのです。どうしてですか?と聞くと、やはり、利権が関わっていました。海外の豚肉製造メーカーが日本に圧力をかけて、ワクチンを禁止させているわけです。日本の豚肉が売れないように、日本の養豚が拡大しないように、海外からの豚肉をもっと輸入するように、国際的な駆け引きがあったようです。だからぜひ祈ってくださいと言うのです。

それで私たちは、ご家族と共に真剣に祈りました。農林水産省がワクチン投与の許可を出すように、ワクチンが使えるように!と、真剣に祈りました。この頃、「主の回復の時が」という歌が流行し始めていた頃で、「ブタが歌う♪ブタが歌う♪」と、歌詞を代えて、みんなで歌いました。子どもたちも涙を流しながら歌い祈りました。
その後、どうなったかと思っていましたけれど、今回行きましたら、私たちが祈った直後に、なんと農林水産省が豚コレラのワクチン接種を許可したのです。その結果、廃業寸前の養豚が再開して、千頭、殺処分されたのですが、今や、六百頭にまで増えましたと喜んでおられました。
「当時は絶対無理だと思っていたけれど、これならやっていけそうです!」と、たいへん喜んでくださいました。
本当に主は私たちの祈りに耳を傾けてくださり、きめ細かい計画を持って対処して下さるのです。

イエスさまが出現した時、多くの人たちは彼を信じることができませんでした。「これが待ち望んでいたメシア・キリストか?」と疑いました。
その時にイエスさまはこう話されたのです。

『もしわたしが、わたしの父のみわざを行っていないのなら、わたしを信じてはなりません。
しかし、行っているのなら、たとえわたしが信じられなくても、わたしのわざを信じなさい。それは、父がわたしにおられ、わたしも父にいることを、あなたがたが知り、また深く理解するようになるためです。」』(ヨハネの福音書十章三十七〜三十八節)

イエスさまのことを信じることができなかったら、わざを信じてください!と言われました。イエスさまはいろいろな奇跡をなされましたから、「わざを見て信じる者になりなさい。」と語られたのです。ただ「信仰で信じなさい。」ではなく、「わざを見て信じてください。」と語られたのです。

そして続く、ヨハネの十四章十二〜十三節、

『まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしを信じる者は、わたしが行うわざを行い、さらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。
またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげます。父が子によって栄光をお受けになるためです。』

なんとも、希望に満ちたすごい約束ではないですか。私たちがイエス・キリストを信じるならば、私たちもわざを行うことができるというのです。それも、『わたしが行うわざを行い、さらに大きなわざを行います。』というのです。

そして、『またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげます。』と言われました。「イエスさまの名前によって求めたら、何でもしてあげますよ!なぜならば、父がみ子によって栄光を受けるからです。」と語られたのです。

現在、私たちはどのような時代に生きているのか、「すべてが空」というような、煙をつかむような時代ではなく、神が人となって、現れてくださり、私たちを通して神のみわざを現そうとされている時代に生きているのです。この素晴らしい時代に生きていることを深く感謝し、使命を果たす必要があると思うのです。

そして神の持っておられる計画は、エレミヤの預言によれば、わざわいではなく、将来と希望を与える計画だ!というわけです。
この計画は、ただ漠然としたものではなくて、「あるべき目標を設定し、その目標を達成するための可能な手段を体系化し、その手段の実行手順・時間・スケジュールを明示化したもの」なのです。人も計画という言葉の意味をこのように定義するのならば、「神の計画」はどのぐらい、手順が体系化され、スケジュールが明示化されているのか、計り知れません。

家内が天に帰って、すでに八ヶ月が過ぎました。私の家内が天に帰った事柄に関しても、振り返ると、本当に神さまが、私の人生にとって最大の試練から、どのよう脱出させ、神の栄光に結びつけるのかを、あらかじめ可能な手段を体系化し、その手段の遂行手順・時間を、明示化されていたと、振り返ると気づきます。
家内の病気が発覚したのは、「二〇一九年十月」でしたが、戦いはすでにそれ以前から、特に、明示化され始めたのは、「二〇一八年」からでした。それは、私がやがて嵐のような、耐えられない試練に出会うことを想定して、主が準備して下さっていたのです。
その為に、それ以前から、いろいろな奇跡を体験させ、心の準備をさせてくださっていた事が分かります。
ということは、家内が天に帰ったスケジュールも、すべて、神の手順の中にあり、ある意味、私は主任牧師という立場で、教会を代表する試練として、体験させていただいたのかもしれません。
ということは、この勝利は、全員に共有されるものであると私は堅く信じています。

二〇一八年頃の私が語っていたメッセージを読んでいただくとわかりますが、列王記第二、二十章からよく語っていました。一〜三節、

『そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。そこへ、アモツの子、預言者イザヤが来て、彼に言った。「主はこう仰せられます。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。』」そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて、主に祈って、言った。「ああ、主よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。』

この箇所が、私の心の中に常に響いていて、何回も語っていました。ヒゼキヤ王は癌になったのです。「もうあなたは治らない。死ぬ。」とイザヤに宣告されたのです。しかし神はヒゼキヤに奇跡を行ってくださり、「あなたの寿命にもう十五年を加えよう。」と、寿命をつけ加えてくださったのです。
ヒゼキヤはこの時点で、六十代だったと思われますが、人生は終わり!と決まっていたのです。しかし神が祈りによって、十五年、彼に命を付け加えてくださったのです。
この箇所から、私は「寿命は祈りによって付け加えられるものだ」という理解が与えられました。

そしてその時、『影が十度あとに戻る』というしるしが与えられました。十度とは、実際には十段ですが、どういう意味の奇跡かと言うと、「時間が戻る」奇跡なのです。私はこのことを、当時、何度も語っていました。聖書の中には「時間が未来に進んだ」とか、「時間が止まった」とか、「時間が過去に戻った」という奇跡が報告されているのですが、そんな中、時間は過去に戻すのが最も難しいと言われます。これは物理学的にもそうです。その事を何度も語っていました。

そんな最中、教会に起こった奇跡はなんだったでしょうか。この教会に来られているお一人の方が、私がこのメッセージを語っている最中に、自分の時計のガラスが割れていたのですが、直ってしまったのです。彼はガラスが割れて、新しい時計を買おうと楽しみにしていたそうです。
それで私がちょうど時間のメッセージをしたので、割れたガラスを触りながら、「どんな時計を買おうか」と思いながら聞いていたらしいのです。
礼拝が終わって、駐車場に行って、ガラスが割れた時計を見たら、ガラスが直っていた!という奇跡が起こったわけです。米丸さんです。
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割れていた時の写真はないですけれど、治った時の写真はこれです。でも彼は直ったのを見ても、全然感動しなかったそうです。なぜかというと、時計が古いのもあって、直った時計に、少し不満が出たというのです。「ガラスを直すぐらいなら、周りのリムの傷も直してくれたらよかったのに?」と思ったそうです。そう言えばそうですよね。しかしガラスは、しっかりと直ったのです。
その時、彼は神さまの声を聞いたと言うのです。「ガラスが割れる前の状態にまで戻しておきました。」という声を聞いたそうです。
人間って、細かい傷はともかくとして、致命傷が大きな問題になります。神さまは、時間を戻して致命傷を癒すことができるお方であるのです。
私にとって、「なぜ、こんな奇跡が起こるのか!何の意味があるわけ?」あまり理解できませんでした。

そしてその後、孫のえりぃにカブトムシの奇跡が起きました。彼は当時、アトラスオオカブトが欲しくて祈っていました。そして、最終的に足が3本取れたアトラスオオカブトが手に入ったという話です。これは彼が小学二年生の時に起こりました。これが、日本でただ一匹だけ売られていた、足が取れたアトラスオオカブトです。なぜ彼がこのアトラスオオカブトを買い取ることになったかというと、この店に来る途中、YouTubeでパラリンピックを見ていたからでした。手がなくても足がなくても活躍している選手たちを見て、感動して、このカブトムシも、足が三本ぐらいなくたって、絶対にかっこいいに違いない!と信じて、これを受け取ったわけです。
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かっこいい!最高だ!と、単純な男ですから、たいへん喜んだわけです。
しかしこの日、このカブトムシを受付に預けて、店の中を探索したら、ある場所で「夏休みくじ引き大会」をやっていたのです。彼がどうしてもやりたい!と言うものだから、お母さんが「こいつも苦労したからなぁ」ということで、許可してあげたわけです。そうしたら四等賞が当たったのです。そして四等賞の賞品の蓋を開けてみたら、なんと、五体満足のアトラスオオカブトが入っていたという、奇跡でした。
本当に、なぜ、神さまはこんな子どものために、ここまでこと細かく、祈りを聞かれるのだ?みたいに感じました。しかし何か知らないけれど、今後、さらなる計画をお持ちではないか?みたいな思いが二〇一八年全体にあった事は確かです。

そしてその後、二〇一九年になって発覚したのが、家内の膵臓がんでした。十月末の事でした。その日のうちに「余命は三ヶ月、四ヶ月でしょう。」と宣告されました。本当に人生、空の空です。すでに煙のように、家内の人生は消えかかっていました。今まで、いろいろ奇跡が起こったのは、なんだったのだろうか・・・みたいな感覚がありました。