『イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」』

イエスさまが三度現れて、ある意味主のよみがえりを目の当たりにし、そのよみがえって力強い復活の力を体験した弟子たちが、エルサレムに背を向けた、そのような所にもう一度主は来てくださって、「あなたはもう一度愛するか?」と問われたように、今、私たち一人ひとりにも、これからの終わりの時代の道を備えるためにも、イエスさまは「もう一度、わたしを愛して戦うか?」とおっしゃってくださっていると、そのことを信じています。
イエスさまはどのような方かと言ったら、復活の主なのです。最近、創世記そのものの解釈というものが大きく新たに開かれて、地が混沌としていたけども主が「光よ、あれ」と言ったら、光ができた。最初に闇と水が地をおおっていた所に、主は混沌としていた中に働いて、創造の働きを進められた。その創造というのは、もちろん無から有を生み出すお方ですけど、それだけではなくて混沌。「混沌」というのはなかなか使わない言葉なので、「今日学校行ったら教室が混沌としててね…。」と、普通は使わないですよね。難しい言葉ですけど、秩序のない状況に主が来てくださって、ことばを発してくださると、秩序が与えられて、ある意味、再創造というのがなされていきました。
主ご自身の働き、この旧約聖書から最後の最後、新天新地の現れまでというのを見ていくと、主の働きは再創造という働きを続けておられるのではないかなと思います。イスラエルの民がエジプトに下って、またイスラエルの民として選ばれて、イスラエルに帰る働きそのものが主の再創造でした。
そしてそこで神殿が建てられたのがまた崩されて、捕囚の民となった人たちが、また作り、また帰還して、宮を建て直すというのも、再創造でした。
またイエスさまご自身が癒やしのわざをなし、そしてやがて死人をも生き返らせる働きというのは、再創造の働きを主は進め続けていかれたのです。
また私たち一人ひとり、救われたのは、第二コリント五章十七節に、

『だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。』

私たち、古い者が、イエスさまに出会うと、再創造されるのです。新しく創られた。だから創造という、”Creation”という言葉が、「初めに神が天と地を創造した」という時に使われた言葉がここでも使われていますけれども、私たち一人ひとりがイエスさまに出会うことも”Creation”、再創造なのです。だから王として来られる主ご自身のなされることは、再創造の働きだと。そのよみがえりの力であるということを、私たち信じていきたいと思います。

ガラテヤ人への手紙六章十五節には、

『割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。』

主ご自身のくださる新しい創造のわざ、これから主がしようとしておられる主の新しいみわざがなされていく。そのことを信じていきたいと思います。

また先週も語られていましたけども、『イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。』この言葉を、イエスさまはラザロがよみがえった中で語ってくださったわけですけども、マリアもマルタも、この言葉を聞いて、「あなたが後の時代、後々よみがえってくださることは信じています。でもラザロは死んでしまいました。四日にもなってしまっています。」と、そういうふうに言ったわけですけど、しかしイエスさまはこの言葉を文字通り、「わたしを信じる者は、死んでも生きる!」再創造の働きをしてくださいました。
イエスさまを王とし、私たち今日、主は王だ!と、私たちの心のただ中に、またこの町に、そしてこの国に、世界に!「主は王である!」ということを宣言して、お迎えしましょう。そのお方は復活の主、再創造の主、そんな信仰を持って、主が今、この歴史を通じて、再創造の働きをし続けてくださって、主の帰られる道が備えられ続けていますので、最後までその再創造の働きは繰り返されていきますので、そのことを信じて進んでいきたいと心から願っています。

今も多くの方が、病の中で戦っておられますが、そこに「主よ、いやしてください!」と叫び祈るとともに、「主よ、再創造のわざをなしてください!」と、本当に死人が生き返るほどの、腐った体が再創造できるお方が、できないお方ではないので、失われたものが再創造する。そんな信仰で、王である主を求めていきたいと思います。
最後にヨハネ十四章十二節のみことばを読んで終わりにします。

『まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。』

信じましょう。一言、お祈りさせていただきます。

ハレルヤ、愛する天のお父さま、あなたの素晴らしいみ名をあがめて、心から感謝します。王である主が、今日私たちのただ中にお立ち寄りくださっていることを心から感謝します。もう一度私たちは、小躍りして、あなたの帰られる道を備える者であることを心から信じて感謝します。
今、すべての被造物、山々から微生物に至るまで、本当に主を喜びを持って再創造の働きを待ち望んで、イエスさまの新天新地を待ち望んでいることを覚えて心から感謝します。主は王であられることを感謝します。その王なる主よ、もう一度、私たちの所に来てください。
そして王なる主よ、今日この町に来てください。この国に来てください。世界に来てください。そしてイエスさま、王であられるイエスさまがやがて雲に乗って帰って来られるその日、その日を待ち望んで、この地を主の帰られる道を備える、そのような働きをさせていただくことができるように導いてください。今日のこの時を心から感謝します。
もう一度、王の王である主を心からほめたたえ、賛美し感謝し、尊き主イエス・キリストのみ名によって、この祈りを父なる神さまのみ前におささげいたします。アーメン。