2025
神が働きを加速される年!
Merry Christmas!
~クリスマスに隠された神の戦略~

2025年12月14日(日)新城教会主任牧師 滝元順

マタイの福音書 2章1~3節
”1 イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。 2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。」 3 これを聞いてヘロデ王は動揺した。エルサレム中の人々も王と同じであった。”

ハレルヤ。そして、メリークリスマス!

「メリークリスマス」という言葉には、「楽しいクリスマスを」という意味が込められていますが、新城教会もいよいよ本格的なクリスマスモードに入りました。世間でも同様ですが、連日のようにクリスマスの集会が開かれ、祝いの時が持たれます。

特に、今週の土曜日は見逃せない素晴らしい時となるでしょう。ぜひとも大きな期待を持ってお越しいただきたいと思います。この日は入場無料で、素晴らしいクリスマスコンサートが開催されます。一人でも多くの方々に福音を伝えるための、最良の機会であると考えているからです。クリスマスの時期を最大限に用いて、神の愛を届けていきたいと願っています。

実のところ、イエス・キリストがお生まれになった正確な時期について触れるならば、それは九月から十月、秋の仮庵の祭りの時期であったと考えられています。ユダヤ暦や聖書の記述を詳細に調べれば、ある程度の特定は可能です。現在私たちが祝っている十二月二十五日という日付は、歴史的な経緯の中でカトリック教会が定めたものです。ですから、イエス様の誕生日そのものではありません。

しかし、私たちはこの十二月を「イエス様の誕生を記念する月」として大切に位置づけています。一年三百六十五日の中のどこかで、救い主はこの地上にお生まれになったのですから、その事実を祝うことに変わりはありません。日本では多くの人々が「クリスマス」という言葉に特別な意識を持ち、心を向ける季節です。ですから、私はこの時期こそが、一年の中で最も福音を伝えやすい、神が用意された「良い季節」であると確信しています。

昨日は、この会堂で恒例の「子どもクリスマス集会」が開催されました。会場はこの場所がぎっしりと埋まるほどの子どもたちで溢れかえり、ものすごい熱気に包まれていました。本当に素晴らしい光景でした。

さて、二週間前のことになりますが、私はここから北へ車で四十分ほど走った場所、設楽町田口にある「設楽キリスト教会」で礼拝の奉仕をさせていただきました。その地域にたった一軒しかない教会です。しかし、なぜその場所に教会が誕生したのか、その背景には深い神の導きがありました。

以前もお話ししたことがありますが、今から七十年近く前、現在の新城教会が建っているこの場所には、かつて製材所がありました。今、駅の近くにあるリバイバルミッションセンターが建っているあたりです。 当時、その製材所で働いていた職工さんたちがいました。彼らは休憩時間になると、積み上げられた丸太の陰に隠れて、いつも熱心に祈っていたのです。彼らが祈り続けていたある日、そこに聖霊が力強く訪れました。
彼らは皆、将来は都会へ出て材木問屋として成功したいという、若者らしい野心を抱いていた青年たちでした。しかし、神様は彼らに対して全く異なる語りかけをなさいました。 「田舎の方へ入って行き、福音を伝えよ」 これが神からの召しでした。それは決して彼ら自身の計画や意思ではなかったはずです。しかし彼らはみ声に従いました。新城から北へ、設楽町へ、東栄町へ、そして北遠の地へと入って行ったのです。それが今から七十年近く前の出来事です。
本来なら名古屋や東京といった大都市で活躍することを夢見ていた青年たちが、聖霊のバプテスマを受け、方向転換をして山の中へと入っていき、福音を伝え、教会を建てました。それから時が流れました。新城教会から生み出された三つの教会のうち、現在も定期的に礼拝が守られているのは、この設楽教会ただ一つとなってしまいました。

しかし、私はそこに神の大きな戦略があることを感じずにはいられません。聖書にはこう記されています。 「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」

今年、私たちは「Heavens Farm」という働きを始めましたが、種というものは蒔かれると、土の中で腐り、その形を失って消えてしまいます。しかし、それを元として、やがて多くの実を結ぶのです。 神様は時として、人間の目には一見無駄に見えるような場所に、大切な種を蒔かれます。しかし、その中には私たちの思いをはるかに超えた、神の壮大な戦略が隠されているのです。

現在、設楽教会がただ一つ残されていることの意味を考えるとき、明治時代にまで遡るもう一つの「一粒の麦」の話をしなければなりません。 かつて津具村(現在の設楽町津具)でリバイバルが起こったという話は、これまでも何度もさせていただきました。かつて津具教会が建っていた場所には、今も記念碑が建っており、初代牧師の顕彰碑も残されています。

最初にその地を訪れたのは、アメリカからの宣教師ジェームス・バラでした。その後、村井与三吉という牧師が定住して伝道を続け、なんと村の半数がクリスチャンになるという、驚くべきリバイバルが起こりました。まさに、彼らはその地に落ちた一粒の麦でした。賀川豊彦は津具を訪れ、その様子に感銘を受けて『一粒の麦』という小説を執筆しました。その影響は日本中に広がっていったのです。

しかしその後、国家神道の力が強まる中で、教会は弾圧され、蒔かれた麦は消えてしまったかのように見えました。しかし、実際には消えてはいなかったのです。 その村で、キリスト教に対して最も激しく反対していた家がありました。その家から、一人の男の子が生まれました。それが誰かと言えば、私の父、滝元明です。

先日、古い写真を見返していたのですが、最近の技術で白黒写真をカラー化してみると、当時の様子がリアルに蘇ってきました。リバイバルに大反対していたその家から、私の父が救われ、献身し、彼自身が一粒の麦となりました。そして、日本のみならず世界に対するリバイバル運動へとその働きが広がっていったのです。

ジェームス・バラも、そして私の父も、当時一番伝道のターゲットとして狙っていたのが、田口という町でした。そこは少し大きめの町でしたから、何とかして福音を伝えたいと願っていたのです。しかし、そこは霊的に非常に厳しい場所でした。牧師が遣わされても、次々と試練に遭い、町を去らなければならない状況が続きました。 かつてその町には映画館が二軒あったそうです。驚くべきことに、その映画館が後に教会へと変わりました。しかし、その教会の先生も交通事故で召されるなど、教会が消滅してしまうかと思われるような危機がありました。それでも今なお、その町に十字架が掲げられ続けていることは、本当に奇跡的であり、素晴らしいことです。

新城教会からも数名の兄弟姉妹が共に設楽教会へ行ってくださり、菅沼先生ご夫妻と教会員の方々と、恵み溢れる礼拝を持つことができました。 私の父は、かつてこの近くの清崎という場所で日曜学校を開いていました。人間の常識で考えれば、そんな山奥で種を蒔いて何になるのかと思うような場所です。しかし、そこで救われたのが、岡本キヨさんと見城しずゑさんという方々でした。この地に疎開していた彼女たちが、イエス様を信じ、一粒の麦となりました。そして、岡本キヨさんの親戚が持っていた土地が、現在の新城教会が建てられている場所となりました。

こうして歴史を振り返るとき、すべてに、すべての出来事の中に、神の緻密な戦略があったことがはっきりと分かります。

聖書を読むとき、私たちは神が時間をかけ、巧みにその戦略を歴史の中に紛れ込ませておられることを知ることができます。先週、陽介先生からも語られましたが、クリスマスという出来事は単なる偶然ではなく、壮大な聖書のストーリーの中で起こった必然でした。 そこで引用されたのが、ルカの福音書二章十一節です。

「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」

私たちはこの言葉を、降誕劇の台本にある一節として、あるいはクリスマスの決まり文句として、何気なく読み過ごしてしまうことがあります。劇の中で羊飼いに告げる天使のセリフとして、役目を終えれば終わり、と思ってしまうかもしれません。しかし、この言葉ほど重い意味を持つ言葉はないのです。

この天使の告知は、単なる一人の赤ちゃんの誕生報告ではありません。旧約聖書四千年にわたる歴史、数々の預言、そしてイスラエルの民の積年の渇望が、この短い一節にすべて凝縮されているのです。言葉の一つ一つが、地殻変動レベルの神学的な重みを持っています。

地殻変動と言えば、先週も大きな地震がありました。驚かれた方も多いと思います。 私たちはもう一度、土地に手を置いて、揺れ動くことがないように、守られるように祈る必要があると感じています。 ルカの福音書二章十一節の言葉は、まさに霊的な地殻変動を引き起こすほどの、歴史を二分する大きな宣言でした。

「この方こそ主キリストです」 これを分析してみましょう。ギリシャ語では「キュリオス・イェースス・クリストス」となります。「キュリオス」とは「主人」「支配者」を意味し、特に旧約聖書における神の名「ヤハウェ」を指す言葉です。天地万物を造られた主、支配者です。

「イェースス(イエス)」は「主は救い」という意味ですが、実はこの名前は、当時のユダヤ社会において極めて一般的でありふれた名前でした。 私たちはよく「イエス様の御名には力がある」と言います。もちろんそれは正しいのですが、厳密に言えば、ただ「イエス」と言うだけでは不十分な側面があります。なぜなら、「イエス(イェシュア)」という名前は、紀元一世紀のユダヤ人男性の人気名前ランキングで常にトップ5に入るほど多かったからです。 歴史家のヨセフスの記述にも、同時代に二十人ほどの「イエス」が登場します。聖書の中にも、魔術師バルイエス(イエスの息子という意味)や、ユスト・イエスといった人物が出てきます。あのバラバでさえ、本名は「イエス・バラバ」でした。

ですから、単に「イエス」と呼んだだけでは、「どこのイエスか?」となってしまうわけです。 そこで重要になるのが「主」というタイトルと、「キリスト(油注がれた者、メシア)」という称号です。 「ナザレのイエス」が、まことの「主」であり、「キリスト」である。 この宣言こそが重要なのです。私たちが「主イエス・キリスト」と告白するとき、それは四千年の歴史を超え、預言を成就して来られた、特定の救い主を指し示しているのです。この名前にこそ、人類の救いの源があります。

クリスマスのストーリーを、当時の世界情勢や歴史的背景から見直すと、そこには実に驚くべき神の戦略が隠されていることが分かります。 イエス様がお生まれになった頃、ローマ帝国が世界を支配していたとよく聞きます。しかし、それは歴史の一側面に過ぎません。実は当時、ローマ帝国が軍事的にどうしても勝つことができなかった、東方の超大国が存在しました。それが「パルティア帝国」です。 当時の地中海世界は、西のローマと東のパルティアという二大勢力によって二分され、緊張関係にありました。この事実を知ると、マタイの福音書二章の記述が全く違って見えてきます。

パルティアは、かつてのメド・ペルシャの後継国家であり、現在のイラン、イラク、トルコ、アルメニアといったシルクロードの要衝を押さえ、四百七十年間も続いた強国でした。 イエス様の誕生からわずか五十三年前、「カルラエの戦い」において、ローマ軍はパルティア軍に歴史的な大敗北を喫しています。ローマの執政官クラッススは処刑され、ローマ軍の象徴である軍旗(鷲の旗)が奪われるという、ローマ史上最大級の屈辱を受けました。

このような緊迫した国際情勢の中で、クリスマスの出来事は起こりました。

「イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。」