2025年5月18日(日)新城教会主任牧師 滝元順
イザヤ書 62章10節~11節
“通れ、通れ、城門を。この民の道を整え、盛り上げ、土を盛り上げ、大路を造れ。石を取り除いて国々の民の上に旗を揚げよ。見よ。主は、地の果てまで聞こえるように仰せられた。「シオンの娘に言え。『見よ。あなたの救いが来る。見よ。その報いは主とともにあり、その報酬は主の前にある』と。”
皆さん、おはようございます。ハレルヤ!
私は一ヶ月ぶりに講壇に立たせていただき、メッセージを取り次がせていただます。皆さんにお祈りしていただき、韓国での奉仕を祝福の内に終えることができ、本当に感謝しております。
以前にもお話ししましたが、新城教会は、在日韓国人の方がおられなかったら存在していません。
私の父母がクリスチャンになったのは、東京の東久留米という場所ですが、ある土地に教会が建ち、すでに母が通っており、教会のそばに住んでいたのが父でした。父は津具村の出身で、上京し東久留米近くの農場で働いていたのです。すると、近くに教会ができたという話を聞き、父はキリスト教には好意的ではありませんでしたが、隣の人から「あんたの顔は牧師になると似合いそうな顔をしてるね」と言われ、そこから少し興味を持ち、教会に行ってみたわけです。それが、三千坪の土地の上に建てられた教会でした。では、なぜその教会が建てられたのかというと、その土地の所有者は、在日韓国人の方だったのです。
実は、私たちは、韓国と日本の悲しい出来事がなければ存在していませんし、私も生まれていなかったでしょう。何もかも、今日、存在していなかったのです。それは朴(パク)さんという方が、三千坪の土地を教会に寄付したからです。
日本が戦争に敗れた時点で、韓国系の方々が日本に二百万人おられました。GHQがその方々を管理し、「本国に帰ってもよし、日本にとどまってもよし」と、在日韓国人の方々に選択を迫ったのです。多くの方々が本国に帰られ、日本に残ったのは六十万人ほどだったと言われています。朴さんは、韓国に帰る決断をされていました。
しかし、一つ条件がありました。長いこと日本に住んでいた方々は、日本でさまざまな財産を得ていたわけですが、帰国する場合はそれらの財産の権利は、すべて放棄しなければならないという規定だったのです。朴さんは三千坪の土地を所有していましたが、GHQに没収されるくらいなら、宣教団体に寄付しようと、差し出したのです。それで教会が建ち、私の両親がクリスチャンになり、私は生まれました。
人生はちょっとしたことで大きく世界を変えていくものです。
今日ここにおられる一人一人、「なぜ教会に来たのか・・」と考えると、それは未来を変えるためです。未来が変わることによって、何が起こるのか――それは、イエスさまがお帰りになる道が整えられるのです。
非常に興味深いことばがレビ記第十九章十八~十九節にあります。
“あなたは復讐してはならない。あなたの民の人々に恨みを抱いてはならない。あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。わたしは主である。あなたがたは、わたしの掟を守らなければならない。あなたの家畜を種類の異なった家畜と交わらせてはならない。あなたの畑に二種類の種を蒔いてはならない。また、あなたは二種類の糸で織った布地の衣服を身に着けてはならない。“
意味深い内容が含まれています。その説明は後ほどにして、まず注目すべきなのは、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。」という部分です。このことばこそ、最も重要な真理として、イエスさまが引用されたものです。ルカの福音書で、
律法の専門家がイエスさまを試そうとして、「先生、何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか」と質問しました。そのとき、イエスさまは逆に問い返されました。「律法には何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」彼が答えたのは――「心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」また、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」とあります。イエスは言われました。「その通りです。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」
キリスト教の救いは、永遠のいのちです。永遠のいのちが欲しいですか。死んでもいのちは続きます。死んだその後にも、いのちがあるのです。それを手にするための条件は二つだけです。一つは神さまを愛すること、もう一つは隣人を愛することです。神さまを愛することと隣人を愛することは、コインの裏表のようなもので、「私は神さまを愛しています」と言ったら、その裏には必ず「隣人を愛しています」という宣言が伴わなければ成り立ちません。永遠のいのちが欲しいならば、隣人をただヒューマニズム的に愛するのではなく、神を愛し、隣人を愛するときに永遠のいのちが得られます。永遠のいのちとはつまり、神の国の実現のことです。イエスさまのお帰りにつながっていくということなのです。
この後に出てくるストーリーが「善きサマリヤ人のたとえ話」です。一人の旅人が倒れていました。それを助けたのがサマリヤ人でした。聖書の時代背景を知らずに読むと、あまりピンとこず、「サマリヤ人は偉いな」と感じるくらいで終わってしまいますが、イエスさまがこの話を語られた当時の時代背景を知ると、サマリヤ人がユダヤ人を助けたことが、並大抵のことではなかったことがわかります。
実は、紀元前128年にヨハネ・ヒルカノス一世という人物がいました。彼はユダの祭司王でした。彼はサマリヤ人が最も大切にしていたゲリジム山の神殿を破壊し、多くのサマリヤ人を殺したのです。ヨハネ・ヒルカノス一世は、イドマヤというエドム人たちをも攻めて、ユダヤ人と同化させました。現在「ユダヤ」と呼ばれるのは、ユダ族の人とイドマヤ人が一緒になってユダヤ人となったからです。イエスさまが生まれる128年前に、ユダヤ人はサマリヤ人が一番大切にしていた神殿を壊し、多くの住民を殺しました。サマリヤ人にとって一番憎かったのがユダヤ人であり、ユダヤ人にとってもサマリヤ人とは最も対立していたのです。
こうした歴史的な背景がありながら、サマリヤ人がユダヤ人を助けることはありえません。ユダヤ人が倒れていたら、サマリヤ人は石を投げ、もっとひどいことをしたかもしれません。そして、逆もまた同じでした。この歴史的事実を知ると、「善きサマリヤ人」のたとえは、本当に深い意味があると感じます。そして、「隣人を愛する」というのは、単にお隣の住民や、最近喧嘩しているあの人を愛する以上のことです。対立している二つの民族を受け入れ、愛することがここから学べるのです。神さまを愛し、隣人を愛するということは、隣に住む対立しているような民族を愛さなければ、永遠のいのちにつながらないのです。これは非常に深い視点だと思います。
案外キリスト教は個人主義的になりがちで、個人の利害関係の中で対立した隣人を愛する程度に考えられていますが、実はもっと大きな「隣人」が存在します。それは歴史的に対立している民族であり、その人たちを愛さなければならないということです。
この二週間、私は韓国で奉仕をさせていただきましたが、先週の日曜日も、その前の日曜日も、北朝鮮から脱北し、牧師になった脱北者が牧会し、集まっている教会で奉仕させていただきました。
日本と韓国の関係はあまり良くありませんが、北朝鮮の反日教育は、韓国どころではありません。北朝鮮の人々が一番嫌っているのが日本とアメリカです。例えば北朝鮮の学校で引き算を教えるときに、「五人の日本兵がいました。北朝鮮兵が三人撃ち殺しました。日本兵はあと何人残っていますか?」というように教えるそうです。アメリカ兵も同様です。そうした教育を受ければ、日本を嫌うのは当然です。
しかし、そこには理由もあるのです。日本が朝鮮半島に関わり始めたのは19世紀末のことです。日本はかつて、日清戦争や日露戦争というように、中国やロシアと戦争し、勝利を収めました。では、どこで戦争が行われたのかというと、日本が舞台になったと思いきや、実は、その舞台は朝鮮半島でした。これは日本だけのせいとも言えません。当時、朝鮮半島をめぐり、風刺画が出回っていました。朝鮮半島を手に入れようと、日本、中国、そしてそれを横取りしようとするロシアが虎視眈々と狙っていたからです。
最終的に、朝鮮半島は日本の支配下に落ちました。なぜなら、日本が日清・日露戦争に勝利したからです。その結果、朝鮮半島は日本に植民地支配されました。1910年から45年までの間、半島を日本が支配したのです。朝鮮半島の人々はすべて日本人とされ、創氏改名が定められ、半島に住む人々は韓国名から日本名に変えられました。さらに、韓国語を話すことは禁止され、日本語に置き換えられました。
三十数年間にわたり、日本語教育が行われたため、ほとんどの場所で日本語が通用し、日本の一部として扱われていたのです。戦後、二百万人ほどの方々が先に述べたように残留しました。また、太平洋戦争末期には労働力不足から、多くの人々が強制的に動員され、さまざまな場所で働かされました。隣町の豊川市では、太平洋戦争中に海軍工廠が爆撃され、何千人もの犠牲者が出ましたが、記念碑には多くの在日韓国人の名前も刻まれています。
先週の日曜日、ある教会で奉仕しました。その教会の女性の牧師は脱北者です。その教会には若い方々が多く集まっていて、とても良い集会でした。でも、その方々は韓国語があまりできないのです。ほとんどの人たちが中国語を話します。なぜかと言いますと、北朝鮮からまず中国に脱北するからです。中国に三年くらい隠れ住んでいないと安全に移動できないそうです。そして若い女性が一番安全なのは、身売りすることだそうです。それが生きる道だと言います。そして、子どもが生まれます。その子どもたちは中国語で育ちます。彼らは無国籍です。実は、教会で賛美をリードしていたこの子どもたちは、皆、北朝鮮から脱北した中で生まれた子どもたちでした。本当に複雑な思いをしました。
この牧師は、日本が大嫌いだったと言います。それもそのはずで、この方のおじいちゃんの代は北朝鮮ではなく、南に住んでいたのです。つまり、韓国の領土に住んでいたということです。しかし日本が来て、おじいちゃんを捕まえて九州の炭鉱で働かせたそうです。ところが労働があまりにもきつくて、おじいちゃんは九州の炭鉱で亡くなりました。そういう日本との関係で親族を失っているため、やはり日本を憎んでいたようです。
そうこうしているうちに、1950年に韓国戦争(朝鮮動乱)と言われる戦争が始まり、朝鮮半島のすべてが戦場となり、何百万人もが亡くなりました。そのとき、この方のお父さんは韓国軍に従軍していたそうです。そして、北朝鮮の捕虜になりました。北朝鮮で捕虜になった韓国兵は、最低最悪の身分だったそうです。おじいちゃんと同じように、この方のお父さんも北朝鮮の炭鉱に送られ、そこで亡くなったそうです。また、おじさんも亡くなったそうです。元をたどれば、日本のせいで家族は最悪の状況になりました。この方は北朝鮮で生まれ、本当に日本を呪っていたそうです。
しかし、やがてこの方は脱北して、その後クリスチャンになり韓国に来ました。そのとき、多くのクリスチャンの話を聞いて、「憎んでいる日本を赦さなければならない」と決断したそうです。そして、神学校に進み、牧師になったのです。私たちとは少しレベルが違います。今回私を講師として迎えてくれたのは、軽い気持ちとは違うレベルの話なのです。私はそのような前提を聞いてから奉仕に行ったので、かなり緊張しました。少しの言葉使いの間違いで、日韓関係や北朝鮮との関係を損なう可能性があるからです。本当に、皆さんが祈ってくださったおかげで、先週の今頃はこの教会で奉仕をさせていただいていました。
その前の週にも脱北者の牧師の教会で奉仕しました。その方は元北朝鮮の兵士だったそうです。七年間、それも結構いい階級だったと言います。彼女は共産主義の伝道者となり、共産主義こそ世界を変える唯一の真理だと思って、軍隊での仕事とともに、様々な人を共産主義に教化するために働いていました。ところがある時、北朝鮮で大きな飢饉が起こり、百万人単位で人々が亡くなったのです。そのとき彼女は気づきました。主体(チュチェ)思想という北朝鮮の共産主義を始めた金日成は、自分を助けてくれない。これは間違っている、と。それで彼女は十五日間歩いて脱北したと言います。その間、どれだけの死体の山を越えていったか分からないと話していました。