2025年5月4日(日)新城教会牧師 上條実
ヤコブ 1章22節~25節
“また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行いによって祝福されます。”
ハレルヤ。心から主を賛美いたします。いつも皆さんのお祈りによって守られていることを、心から感謝します。
早いもので、もう五月になって、この二〇二五年も三分の一が終わってしまいました。先日、二〇二五年を迎えたと思いましたが、あっという間にもう五月です。そう感じるのも、自分が年を取ったのかなと思います。
皆さんのお祈りによって四月二十九日は、東京で「ゴールデンプレイヤーデー」という集会を持つことができました。その模様を少しご報告させていただきます。
朝五時にこちらを出て、東京に行きました。三権分立の記念塔の前に九時に集合して頂き、一つはバスコース、そしてウォーキングコース、自転車コース、また電車コースに分かれて、とりなしの祈りをすることができました。
私はマイクロバスに乗って、とりなしに出かけることができました。
国会議事堂、最高裁判所、などを通って靖国神社、
そして両国東京慰霊堂など巡回してバスに乗ってとりなしの祈りをすることができました。靖国神社では皆さんで下車して、散歩しながらとりなしの祈りができました。今回一緒にSくんと行くことができました。彼と一緒に「この地を祝福します」ということで、参道の地に手を置いて二人で祈りました。この写真を撮られているのは全然知らなかったのですが、今年は昭和から数えてちょうど百年の節目であり、また戦後八十年という節目の年でもあります。靖国神社ではこの日昭和祭という祭りが行われたという事です。その日にとりなす事ができたことを感謝します。東京のど真ん中にこの靖国神社は、大きな敷地のなかで建てられています。私はこの地が癒されるように、早くこの場所が主の場所となるように、「この地は主のものです」と宣言して祈ることができました。

そしてウォーキングコースは、皇居を歩いてとりなしてくださいました。
また自転車に乗って各省庁を巡ってとりなしてくださいました。東京ではレンタル自転車を借りることができます。特に若い兄姉が行ってくださいました。
もう一つは電車コースです。今回は高い所と低いところを祈ろうと考え、東京の地下鉄でのなかで一番低い所を走っている大江戸線という地下鉄に乗ってとりなして下さいました。特にこの写真は六本木駅で撮影されたものですが、大江戸線の中でも一番深い所にある駅だそうです。途中下車して祈ってくださいました。また、高いビルにも登り、祈る事ができました。午後は霊的戦いセミナーが持たれましたが、とても恵まれたセミナーでした。皆さんが祈ってくださって、リバイバルミッションも支えられてきました。今回「祈り続ける」ということが使命だと語られました。またこの国のために祈る必要性を伺うことができました。皆さんのお祈りを心から感謝します。
それではみことばを学んできたいと思います。二〇二五年も三分の一が過ぎましたが、去年の今頃は、私にとって一番苦しい時期でした。何度もお話ししていますし、皆さんにお祈り頂いておりますが。家内ですが、昨年の二月の終わりごろに、「二週間だけ、薬の調整をしましょう」ということで、前進的な検査入院をしました。しかし、その数日後、主治医から電話があり、「奥さまの容体が急変しました。すぐに来られますか」と言われました。その日は召天式があり行くことが困難だったのですが、「奥さんの呼吸がおかしくなり、このままの状態では窒息してしまう可能性があります。今すぐ気管切開した方がよいと思われます。家族で話し合い、連絡をください。」ということでした。その日は金曜日で、金曜日を逃してしまうと土日で手術できなくなるため、病院からは「とにかくすぐに判断して連絡してください」と言われました。家族に連絡を取り合い、相談をしました。また家内の実家にも連絡しました。気管切開をしてしまうと、医師は状況から見て、多分会話をすることは難しいでしょうとのことでしたので、みんなも悲しみました。しかし「彼女を楽にしてあげたい」という気持ちで、最終的に了承を得て、気管切開をしました。またその後、体重がどんどん減ってしまい、結局三十キロ台前半まで落ちてしまいました。医師からは「胃ろう」を勧められ、首から管を通して食事を摂るようになりました。口からは何も食べることができません。私の偏見ですが、そうした状況になると、「延命治療のようだ」と感じてしまい、自分の中で「あんなに祈ってきたのに、どうしてこんなことになったのか」と心が沈んでしまい、落ち込んでしまいましたが、胃ろうをお願いしました。そして二週間と言われた入院が、二ヶ月間入院しました。そして施設に戻ったのですが、彼女の姿を見て悲しくなりました。その後、ある夜施設から電話があり、救急車で搬送したという連絡を受けて、病院に駆け付けたこともありました。そんなことがあり、電話が鳴るたびに、家内の事かと考え、電話が怖くてたまらなくなりました。自分が精神的にも限界が近づいていたのを感じていました。昨年の今頃はそんな状況でした。家族や皆様に助けられて守られましたが、聖書を読んでいるとマタイの福音書一三章から種まきのたとえのみことば、特に八節、
“別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。”
素晴らしい肯定的な祝福のみことばが与えられたのです。しかし、「いや、神はそう言うけども、今の現状では難しい。こんな状況になってしまった」と、苦しみ、信仰もどん底になって、みことばを素直に受け取る事ができませんでした。
その後も聖書を読むたびに「前進しなさい」「主は生きている。」という言葉ばかりが与えられました。しかし「こんな状況で、どうやって前に進めるのか、自分なんか進むこともできない」と、お恥ずかしいのですが信仰が持てなくなってしまいました。不信仰の極みになってしまっていた時がありました。
しかし、神さまはそんな私を少しずつ、みことばで励ましてくださいました。また家族の助けや、何よりも皆さまの祈りによって支えられて来ました。しかしルカの福音書一章四五節、
“主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。”
が教えられました。初めはこのみことばをいただいても、「今まで祈ってきたのに、どうしてこんな状況なんだ」と思ってしまいました。しかし、少しずつ時間をかけて、神さまが心を癒してくださいました。
話は変わりますけれども、私はつい最近ある記事を読みました。その記事の内容は、子どもたちの職業体験施設「キッザニア」という施設が日本にも何か所かあります。
そのキッザニアの創設者であるハビエル・ロペス氏が、二〇一六年ごろ東京で講演を行った記事でした。彼は「子どもたちの記憶・人の記憶」について語っていました。人が一般的に覚えている確率は
・文字を読む行為では10% (新聞、雑誌、メール)
・言葉を聞く行為では20% (ラジオ)
・視覚で見る行為では30% (テレビCM)
・聞くと見る両方では50% (ビデオ)
・話したり書くことで70% (インターネット)
・体験することにより90% (体験)
という興味深いデータが書かれていました。ハビエル・ロペス氏は「だから子どもたちに職業を“体験”させることが大切である。記憶が定着し、自分の将来の夢を描く助けになると語っていました。自分で考えてみると、私も今年で六十八歳になるのですが、その人生の中で、ほとんど忘れてしまっています。昨年高校時代の友達から電話がかかってきました。「高校時代の同級生の〇〇だけど」と言われました。しかし本当に申し訳ないですが、私は全くその人の記憶がありませんでした。「詐欺電話?」かな?と思ってしまいました。その後電話を切ってよくよく考えたら思い出しました。隣町の同級生で、教会にも来てくれた友人だったのです。今まで楽しい人生でしたが、なんと多く忘れてしまっています。
しかしハビエル・ロペス氏は体験することによって記憶をしっかりと持つことができると言うのです。
私はそれを読んだときに、「信仰もまさにそうだな」と私は思ったのです。信仰って、人からいろんなことを言われたり、親から「こうしなさい、信じなさい」とか言われたりしても、それだけではなかなか残らないのです。ときには、「そんなこと必要ない」と思って、拒否してしまうときもあると思います。しかし、自分自身の信仰生活を振り返ってみてやっぱり体験したこと、体験したことはすごく記憶に残っていて、「あのとき、神さまに助けられた」と思い出すことができるのです。体験したことが、今の信仰の基礎になっている。主に体験させて頂いた事が、主がきておられる。私のために祝福をくださったと、体験が主を知る力になっていることがわかりました。
聖書の中に、ヨハネの福音書十四章十四節にこうあります。
“あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。”
今日、ぜひとも皆さんも、人からの言葉などに惑わされるのではなく、「神さま体験できますように。あなたが生きておられることがわかるように、体験させてください」と祈ってほしいのです。求めたら、神さまは答えてくださると、聖書に書いてあります。今日、ぜひみことばをただ読んだり聞いたりするだけではなくて、それを実行していく中で、神さまに「体験させてください」と求めてください。その体験こそが、信仰の糧になり、土台になっていくことを覚えていただきたいと思います。
ヤコブ 一章二二節
“みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。”
みことばを実行する人になりましょう。聖書を毎日読んでしますが、読んでも「今日何を読んだっけ?」と、心に残るものは多くありません。でも、ここに「みことばを実行する人になりなさい」とあり、そして二五節の最後のところで、
“こういう人は、その行いによって祝福されます。”
とあります。みことばを実行したら、神は私たちに祝福をくださるという約束です。今日本当にみことばを実行して生きていきたいと思うのです。
それを実行したときに、今日のタイトルになっているのですが、「神のことばは必ず実現する」のです。エペソ人への手紙一章一九節には
“また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。”
今日あなたが、みことばを聞くだけでなく、実行したときに、それが体験となり、神の全能の力、思いもつかないような、人間の能力とはまったく違う、神の大いなる力によって、私たちは「あなたがたが知ることができますように。」、「神さまが生きておられるということがわかるように」と、あります。今日、みことばを実行できるように、また主の力強い神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができるようにと祈って行きたいと思います。
私は今まで神さまがどんなに素晴らしい体験をしてきたかと考えたときに、沢山の体験をしてきました。今日はほんの少しですが、私に、新城教会にして下さった事をお証したいと思います。
一番最初に思い出したのは、私が二十九歳のときの事です。
私は原因不明の病気で、一ヶ月間、東京に入院したことがあります。様々な検査をして頂きましたが原因がわかりませんでした。立派な大きな病院でした。しかしその病院の中でたった二人、私と同室だった方の二人が何の病気かわかりませんでした。検査に行くたびに「病気わかりましたか?」「いや、わかんないんです」と会話しながら、ほぼ毎日検査を受けていました。全身をくまなく調べてもらいました。 ある日「これで絶対わかると思います。検査のために聖路加国際病院に行ってください」と言われて、私と家内と地下鉄に乗って出かけていきました。体力も失われ、体重も減少し、これから自分はどうなっていくのだろうかと不安を抱きつつ「これでわかるはずだ」という検査で、「ようやく答えが出る」と言われ、少し安堵を持ちながらいました。そんな中普通はありえないらしいのですが、紹介状の封が開いていまして私はそれを見てしまいました。
そうしたら紹介状には、「この男性は二十九歳で、愛知県在住であり、子どもが二人いる」というようなことが書かれていました。そして様々なことが書かれていましたが、「現在一番疑われているのは悪性腫瘍です」とはっきり書いてあったのです。私、本当に能天気なところがあり、それまではまったく「悪性腫瘍・がん」など考えたことがありませんでした。そ紹介状を目にしたとき、恐れが私に襲ってきました。「自分は死ぬのか。短い人生だったな」と思ってしまいました。そこからネガティブな事を考えてしました。「家内は未亡人になるのか」「子どもたちはこんなに小さいのに、父親を亡くしてかわいそうに」とか、あれこれ考えが止まりませんでした。そして「死の恐怖」にとらわれて、怖くてたまりませんでした。底なしの暗闇の中に吸い込まれてしまいました。あんな経験は私は初めてでした。心が恐怖に支配されました。しかしその時不思議な体験をさせて頂きました。暗い心の中に、カランコロン!と缶が投げられたように、私の心にみことばが思い出されました。それは、ヨハネの福音書十四章一節のことばでした。