Merry Christmas!
〜暗闇に光!〜

2025年12月21日(日)新城教会主任牧師 滝元順

イザヤ書 9章1〜2節
”しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる。先にはゼブルンの地とナフタリの地は辱めを受けたが、後には海沿いの道、ヨルダンの川向こう、異邦の民のガリラヤは栄誉を受ける。闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。”

イザヤ書 9章6節
”ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。”

メリークリスマス、クリスマスおめでとうございます。

以前もお話ししましたが、1970年に日本の人口は1億人でしたが、2050年になるとまた1億人に戻る(減少する)そうです。しかし、その一億人の年代分布は当時とは全く違います。

これから日本は本当にやっていくことができないんじゃないかと、心配になります。でも、日本が主に従い、期待していくならば、きっと変えられると思います。私は新城が「賛美の町」「ゴスペルの町」になってほしいと願っています。

ここで毎日のように主を賛美する歌声が聞こえるようになったら、町は活性化するんじゃないかと思います。そのために、教会がさらに歌声を上げなければならないと思うのです。

イエス様のお生まれは、決して偶然ではないです。イザヤ書9章2節と6節に、こうあります。 「闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。」

当時のイスラエルには、「神が人となる」という思想はありませんでした。しかし、預言者イザヤは、イエス・キリストが生まれる700年も前に「神が人となって地に来てくださる」と預言し、まさに今から2025年前にそれが成就したのです。

現代は、神を否定できない時代になりました。昔のように「神は存在しない」「創造主はいない」という声が、あまり聞かれなくなりました。どうしてかと言ったら、宇宙のすべてに「秩序」があることが分かったからです。人間のDNAも発見され、それは緻密な「情報」であることが分かりました。

これは、誰かの知恵によって配列されたものです。一体誰が配列したのでしょうか。神と呼びたくなければ、人間以上の知的存在がいることは明らかです。

皆さんの家にいるお子さんたちはどうですか。知的存在になる途上ですから、放っておけば家の中は無秩序になります。しかし、家の知的存在者である両親が関わると、家は整理されていきます。それと同じように、すべての被造物の中に秩序があるのは、神がおられる証拠です。

ということは、「誰が神であるか」を特定するのは、宗教以前のことであり、人類が生きるためにどうしても必要な作業であるということです。そして2000年以上の歴史の中で、人々はナザレのイエスに目を留めてきました。

彼は「わたしは道であり、真理であり、いのちです」と語りました。現在、世界人口の3分の1が彼を神として認めています。日本人も、ナザレのイエスに目を向ける必要があるのです。また、救い主がどのような状況に来てくださるかも、預言されています。

それは、「死の影の地に住んでいた者たちの上に光が輝く」ということです。どうでしょうか。死の影を感じた経験はありますか。「死神が近づいてきた……」というような体験はありますか。

私にはあります。小学校2年生のとき、近くの桜淵(さくらぶち)というところへ1人で泳ぎに行きました。今だったら絶対にありえないことです。泳げると思ったら溺れてしまいました。一杯目、水を飲んだときは、喉が渇いていたので美味しかった(笑)。しかし2杯目からは、自分の体が沈んでいって、今でも、水面がギラギラと光っていたのを覚えています。「俺も死ぬな……」と、そのとき覚悟を決めました。

しかし、奇跡が起こったのです。沈んでいく体が浮かび上がって、水面にパーンと出たんです。奇跡だと思ったら、小学校6年生の「みよちゃん」という背の高い女の子が、「あんた何やっとるだん!」と言って私を抱き上げてくれていたのです。みよちゃんが近くにいてよかった。彼女は今どうしているか知りませんが、彼女は私を母親のところまで連れて行って、私を引き渡してくれたのです。

そうしたら母は、「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度もお礼を言って、みよちゃんにお小遣いをあげていました。財布の中から50円玉を出して渡していたのを今でも覚えています。「俺の命の値段はたった50円かよ」と思いましたけど(笑)。でも、あのときは私は本当に死の淵、死の寸前でした。しかし死の影が去ったのです。光を見ることができました。

人生の中には、時に危機的瞬間が訪れます。しかし人間は、そういうことがない限り、なかなか神を真剣に求めない、悲しい存在です。

昨日もお話ししたのですが、私が中学生の時代、一つのブームが訪れました。それは「エレキギターブーム」です。ベンチャーズが流行って、私は思い切りハマったんですね。当時はレコードでしたが、彼らのレコードをすべて集めて、学校から帰ってきたらずっと聴いていました。父は牧師で、それも教会の牧師館でベンチャーズをやっていたもんだから、父との争いが絶えませんでした。

そんな中、朝日新聞にこんなニュースが出たのです。1965年10月19日の朝刊でした。足利市の教育委員会が「エレキは非行の温床、不良化の原因」として、小中学生がギターを買うこと、演奏すること、大会に参加することを禁止する方針を打ち出したのです。これが全国に広がり、「エレキ=不良」というレッテルを貼られる時代が続きました。

信じられませんよね。今なら、エレキギターでも弾いてくれたら非行に走らないんじゃないかというくらいですが(笑)。当時はエレキを持つこと自体が不良だった。私は中学生時代、エレキを持っていました。つまり、私は不良だったわけですね(笑)。それも教会の中でやっていることで、大問題となり、教会から「迫害」されました。日本ではキリシタン迫害の歴史がありますが、私は「キリシタンから」迫害されたのです(笑)。

父は真剣になって「順!エレキをやめろ」と迫害しましたが、私は止めませんでした。それで父は困り果てたようです。しかし彼は問題が起きた時、いつも愛知県民の森へ入って、真剣に祈る習慣がありました。「順が不良になってしまった。どうすればいいのか……」と真剣に主に祈ったそうです。「彼を何とかしてください」と。そのとき、神の声を聞いたというのです。それは、「順にエレキをそのままやらせなさい」という声でした。

これは意外だったと思います。父は帰ってくると「順、教会でエレキギター弾いてもいいぞ」と言いました。私は市民権を得たので、教会で弾くと、教会員の皆さんは怒って窓を開けるんです。うるさいから音を外に逃がそうとしたのでしょうか。しかしその後、「グロリア・シンガーズ」というバンドを組んで、長く活動しました。

これが元で、新城教会の音楽はだんだんとレベルアップしたのです。あのとき私が諦めなかったことが、現在の新城教会の音楽環境に繋がったのです。でも、いろんな場面で祈って支えてくれる人がいたことによって守られたのだと思います。

実は私、ベンチャーズも大好きでしたが、エリック・クラプトンというブルースギターの名手も大好きでした。ビートルズとも共演した超有名人です。ある時期から彼の曲想が変わってきたのですが、そんな中、非常に有名な曲があります。それが『Tears in Heaven』という曲です。

ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、この曲はポピュラー音楽史上、最も悲劇的でありながら、最も美しい癒やしの楽曲として知られています。どうして彼がこれほど美しい癒やしの曲を書けたのか。その理由を彼自身が語っています。彼は9歳のときに親から捨てられ、祖母に育てられたそうです。人生が荒れて、ギターは上手かったけれど、ドラッグとアルコールに溺れてしまったのです。

しかし、援助グループに支えられて、だんだんとそれらに打ち勝つことができるようになったそうです。そのときに初めて、「霊的存在」について教えられたそうです。特定の宗教ではなく「偉大な存在から助けを得る」という教えでした。そのときはまだ、誰が神なのか特定できていなかったようです。

しかし、彼の人生で、完全に打ちのめされる事件が起きました。彼は何度も結婚、離婚を繰り返していますが、コナーくんという4歳半の一人息子がいました。かわいい盛りだった1991年3月20日、コナーくんがマンハッタンのマンションの53階の窓から転落してしまったのです。お手伝いさんが掃除をして窓を閉め忘れた、ちょっとした隙の出来事でした。大悲劇でした。

クラプトンはそのとき、救急車のサイレンを聞き、「何か事件かな」と思ったそうですが、まさか自分の息子にそんなことが起こっているとは夢にも思わなかったのです。彼はこの悲劇に遭遇し、完全に打ちのめされました。音楽活動もやめて、一人部屋に引きこもって朝から晩までガットギターを弾く毎日となったそうです。周りの人たちは「彼はまた元の荒れた生活に戻ってしまう……」と心配しました。

しかし、しばらくすると彼は元気になったのです。そして引きこもっていた期間にできた曲が『Tears in Heaven』でした。彼は断片的にメロディが天から降ってきた、と語っています。彼は、苦しみの極限で、神に叫び求めたというのです。「神よ。本当におられるなら私を助けてください。あなたは誰ですか」と。心の底からの叫びでした。そのときに現れてくださったのが、イエス・キリストでした。

彼はイエス・キリストによって、この悲しい局面を乗り越えました。その結果、音楽が神から与えられた癒やしのツールであることを体験し、彼自身も癒やされ、その曲は世界中の人を慰める歌となりました。彼は「人生の最も暗い時期に神と出会い、救われた」と語っています。

人生の中で「これ以上のどん底はない」という体験をすることがあります。しかしそれはある意味、チャンスなのです。神と出会うチャンスなのです。この曲の歌詞を見ると、息子を思いながらこう歌っています。

「もし天国で君に会えたら、僕の名前を覚えていてくれるだろうか」 「もし天国で会えたら、君は変わらないままでいてくれるだろうか」 「僕は強くならなくてはいけない。生き続けなくてはいけない。なぜなら僕はわかっている、僕はまだ天国にいるべきではないから」

彼は苦しみの中で神と出会い、永遠の世界へと、その思いを繋げたのですね。「人は地上で終わりではない、永遠の世界がある!」と気づいたのです。

私はこの歌を聴いて、大変励まされました。なぜなら、私と共通点があると感じるからです。

実は昨日は12月20日でしたが、3年前の12月20日、この会場はいっぱいの人々で埋まりました。なぜ集まったのか。それは私の家内の葬式を行うためでした。

もう3年経つのですね。あっという間です。日本では「男が妻を亡くすと3年で死ぬ」なんて都市伝説がありますが(笑)、奥様がご主人を亡くすと30年生きると聞きました。私はこれで3年と2日生きたことになります。「やったぞ!」という気持ちもありますが(笑)。

ある意味で、私もどん底でした。「これから1人で生きていけるのか……」って。家内が亡くなって1ヶ月くらいは、みんなよく声をかけてくれましたし、子どもたち、孫たちも頻繁に私のところへ来てくれました。しかし1ヶ月もすると、1人去り2人去り、そして誰も来なくなった。1週間に一度くらい「おい、生きてる?」と私の生存確認がある程度です。「薄情なもんだな」と思ったりもしましたが(笑)。

でも、この3年間を振り返れば、まさに私も暗闇の中で神と出会う体験ができました。結婚すれば、いつかは別れの日が来ます。覚悟し、準備しなければなりませんが、やはり悲しいものです。そんな中で、主イエス様を知っていて本当によかった!