「70年が満ちた2021 回復と再建の年!〜安心して行きなさい。苦しむことなく健やかでいなさい〜」

それで藤田医科大学病院に転院が決まり、弱った家内を車に乗せて、直接、連れて行きました。
その頃から、だんだんと腹水も溜まり始めました。大学病院で再度、口から内視鏡を入れて、ステント挿入作業がなされましたが、やはり厳しかったです。しかし二回トライして、やっとステント挿入が成功しました。その手術で家内は、ものすごく体力を消耗しました。
挿入されたステントは口径も大きく、長さも八センチくらいのものでした。しかし、設置が成功したので、一応、退院して家に戻ってきました。余命三ヶ月・四ヶ月の命と言われてから、すでに、二ヶ月ぐらい時間を要してしまいました。すでに三センチだったガンは五センチぐらいにまで増悪していました。
膵臓癌は痛みも強いガンです。当初はロキソニンで対処できていましたが、徐々に効かなくなって、夜中も痛がって、眠ることができない日々が続きました。家内は身の置き場がない感じでした。
担当医に相談すると「麻薬を使わないと、この痛みは止まりません。」と言われました。時々、末期癌の方が麻薬を使って痛みを止めるという話は聞いていましたが、まさか、家内が麻薬を使うようになるとは、夢にも思いませんでした。それで薬の性格とか、飲み方とか、特別な講習を受けて、麻薬が処方されて、毎日、服用するようになりました。
しかし麻薬って、名前とイメージは悪いのですが、私は麻薬にたいへん感謝しています。植物のケシから作られる薬品ですが、けしからん植物だ。消し去ってしまえ!みたいに、冗談を言っている場合ではないのですが、医療用の麻薬はすごくよく効きました。家内の痛みがそれから、ピタッと止まりました。痛みが止まると体調も良くなりました。神さまは被造物の中に、人を助ける物質を用意されているんだと、感動しました。しかしケシもさぞ、呻いているのではないかと思いました。一般的に麻薬は人々を堕落させる為に使われているからです。

日々、病状は進んでいきました。腫瘍がちょうど十二指腸の近くにあって、十二指腸が圧迫され、腸閉塞を起こす寸前にまで行きました。「もうすぐ食事ができなくなります。そうなったら、どうにもなりません。また、癌が動脈を圧迫していて、いつ何時、動脈が破裂するか分かりません。破裂したら最後です。それは今日にでも、明日にでも、起こり得る状態です。」と言われました。
また、膵臓ガンに使用できる抗がん剤は、種類が少なく、提示された薬品は三種類くらいでした。どれもこれも強い副作用を伴うばかりか、効く確率は、二割くらいだそうです。何しろ、試してみないと分からないと言うのです。二〇二〇年の一月ごろには、絶体絶命の状況にまで、追い込まれていました。
私は家内の召天式は二〇二〇年の春ぐらいだろうと思いました。髪の毛も抜けて、痩せ細り、ボロボロになって棺の中に横たわっている家内をお見せするのはあまりにも惨めで、家内も望んでいないだろうと考えました。痛みをコントロールする、緩和ケア病棟もあるということで、そちらにしようかとも思いました。「家族でよく話し合って決めてください。」ということでした。本当に八方塞がりの状態でした。どれを選んでも、次に待っているのは大きな苦しみ以外の何ものでもありません。しかし皆さんも、真剣に、真剣に、家内の為に祈ってくださいました。私も毎晩、会堂に来て、主の前ひれ伏し、涙し、叫んで祈りました。

そんな中、主は一つの大きな励ましを与えてくださいました。私はこの事を、いつか証ししたいと願い、ずっと祈って来ました。しかしその機会が訪れるかどうか分からない状態が、長く続いていました。それは私にとっての、大きな祈りの課題でした。しかし今日はお話しさせていただきます。

二〇二〇年一月六日のことでした。私には五人の孫がいるのですが、一番下に、勝門(カツト)という男の子がいます。当時彼は三歳で、こども園の年少組で、やっと喋ることができるくらいでした。今、彼は五歳になって、かなりわんぱくになりました。
その日、彼は母親に突然こんなことを話しました。母親はその事を聞いてびっくりして、「もう一回話して!」と頼んで、ビデオに撮りました。そのビデオをいつの日にか、ここでお見せできたらと、毎晩祈っていたのですが、今日がその日であると信じて、いまからお見せします。二年の区切りとして、将来に信仰を持って進む宣言として、お見せしたいと思います。
その前に一つのみことばを紹介します。

黙示録十二章十〜十一節、
『そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現れた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。』

悪魔は私たちクリスチャンを、天の法廷に訴える存在です。悪魔の訴えを取り下げるためには、どうしたらいいのでしょうか。その為には、第一に「子羊の血」です。イエスさまの十字架と復活の勝利が大前提です。
そしてもう一つは「自分たちの証しの言葉」だと言うのです。神さまが私たちに行ってくださったみ業、奇跡を人に証しする時、告発者が天から落とされると約束されています。今日はその意味で、私は皆さんの前に証をさせて頂いています。

二〇二〇年一月六日の朝、夢という概念がない三歳児に、イエスさまが現れたそうです。「寝ている時にイエスさまがかつのところに来て、ばぁばは治ったよと言ってくれた」と話したのです。
その朝、私の娘は勝門の寝姿を見て、何か、イエスさまと会話しているかのような、神々しい雰囲気を感じたそうです。それで「主よ、勝門に語ってください。」と祈っていたというのです。
しかし彼は起きても、普段通りだったそうです。

けれどもそれから二時間くらい後に、突然、彼が夢について話し始めたのです。私たちはその話を聞いて、イエスさまがこの問題に関わってくださっていることを確信しました。状況は最悪でしたが、大きな励ましと信仰が与えられました。

さらに抗がん剤の選択について迷っていると、医者が、「飲み薬の抗がん剤もありますけどね・・。」と紹介してくれました。しかし薬剤師の方が、「その抗がん剤はあまり効きませんよ。」とも言われました。何も選択しないわけにはいかないので、とりあえず、飲み薬の抗がん剤を選択しました。
けれども、それと前後して、勝門が連続して夢を見たのです。そして、こんなことを話しました。
イエスさまが夢の中に出てきて、「治る薬をあげるよ」と言って、ばぁばに錠剤を手渡したと言うのです。勝門によると、夢の中で家内がイエスさまからその錠剤を受け取って飲み始めたそうです。するとイエスさまが勝門に、「ばぁばは治ったよ、と言ってくれた」というのです。

「S1」という、経口抗がん剤を飲み始めた当初、CA19-9という腫瘍マーカーは、四千くらいありました。しかし飲み始めたら、マーカー値がどーんっと落ちて、六月にはなんと、正常値にまでなりました。それと共にガンが縮小して、十二指腸も詰まることなく、手術なしで開通したのです。S1という錠剤だけで、末期ガン患者が良くなったケースは見たことがないと医者は話していました。通常、膵臓癌のサイズは小さくはならないと言われていたのが、縮小したのです。

今回のいやしと奇跡に至るには、被造物全体を巻き込んだ霊的戦いがあったように感じます。薬とは、人の身体に効くように、あらかじめ神が創造された物質です。それが最大限、効くように、聖餐式を行うようにも導かれました。薬を祝福して「主のみ名によって家内の体内に遣わす!」と宣言して飲みました。感謝な事に、大した副作用もなく、ガンも消滅していきました。「毎日、祈っているから良くなりました。」と家内が医者に話したら、「私もそっちに入れてもらおうかな」と言われていましたが、そのぐらい顕著な癒しが始まりました。

去年の九月のことでしたが、さらに信じられないことが起きました。最も厄介だったのは、胆管に挿入されたステントでした。これは一生抜くことができない器具でした。それは自ら広がる金属製のステントです。しかしCTを撮ったら、「あれ?これ何?」と言うのです。なんと、ステントが家内の体内から消えていたのです。まさか、長さ八センチ、口径が一センチほどの胆管ステントが、姿を消すとは思ってもみませんでした(私の娘は消滅するように祈っていたそうです)。長い旅をして、うんちから出たのか、神さまが瞬間的に消してくださったのかは分かりませんが、なにしろ、消えたのです。これが入っていると、頻繁に熱を出したり、時には、詰まるのです。詰まると、内視鏡を使って胆管を掃除しなければならないのです。「三ヶ月に一度は必ず詰まります」と断言されていたのですが、詰まるどころか、途中で姿を消してしまいました。

このような、本当に信じられない奇跡の数々を、主は見せてくださいました。初め、「手術不可能、三ヶ月・四ヶ月の命」と宣告されていた家内が、二年間、元気に過ごし、手術の条件が整い、手術することが出来ました。
手術すべきか、真剣に祈り、皆さんにも祈っていただきました。

ちょうどその頃、鈴木陽介副牧師がダビデとゴリアテのことを話し始めました。それを聞いて、薬はある意味、ダビデが放った小石のような気がしました。ダビデはゴリアテの眉間に石を命中させましたが、それだけでは、ゴリアテは死んではいなかったのです。脳震盪を起こして倒れただけでした。ゆえにダビデは走って行って、ゴリアテの剣を抜いて、首をちょん切る必要があったのです。その結果、イスラエル軍は、ペリシテ軍に勝利出来たのです。
神さまは、抗がん剤を使って、がん細胞どもを気絶させましたが、気絶したチャンスに、膵臓ガンというゴリヤテの首を切り落としてしまえ!と語られたような気がしました。
医者の強い勧めもあって、勇気を出して手術に踏み切りました。皆さんの熱い祈りに支えられて、勝利を与えて下さったと信じています。

二年間を振り返れば、神の奇跡以外の、何ものでもありません。
手術を決断するしばらく前、主は私に、マルコの福音書五章三十四節のみことばを与えて下さいました。

『そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。」』

先日、退院後初めての診察がありました。そこで、「滝元さんは、あんな大きな手術を受けても、何も問題なく、あっという間に退院されましたね。」と言われました。
あれほどの大手術になると術後、合併症があったり、感染症で苦しむことも多いらしいのですが、祈りに支えられて、大きな問題もなく、ビーフシチュー食べながら退院してしまいました。細胞検査でも、リンパ節に癌がなかったという、すばらしい結果でした。「これは現時点で、最善の結果です。」と言われました。

重ねて、心から皆さんに感謝し、何よりも主に、すべての栄光をお返し致します。
本日、期せずして、主の計画によって「満二年の記念日」に、同時に、礼拝が元通りになり、一同が集う只中で、この証しを語らせていただくタイミングとなり、本当に、感動しています。こんな日が来るとは、夢にも思っていませんでした。主は生きておられます!そして私たちの期待に、いや、期待以上に応えてくださるお方です。

「衣のふさにでも、触れることができたら癒され・・」と、この女性は考えましたが、その通りになりました。私たちも今日こそ、イエスさまの衣に触れようではありませんか。
すべての栄光をお返しして、主に大きな拍手をおささげいたしましょう。ハレルヤ!

最後に一言お祈りさせていただきます。

天の父なる神さま、み名をあがめて心から感謝いたします。今日は二年間の戦いを証しさせていただくことができ、心から感謝致します。
勝利の宣言として、この証しを主の前におささげいたします。
『兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。』
各家で行われています聖餐式が、子羊の血となり、同時に、私たちの証しのことばとなることを宣言します。ゆえに、悪魔が天から落とされます。