2026 残された時を、神のみこころに生きる!
~死をも越える主イエスの愛!~

さて、サムエル・ストーンが、信仰が揺るがされていると感じた中心が、「聖なる公同の教会」「聖徒の交わり」でした。調べてみると、使徒信条におけるこの一句は、日本語では点で区切られますが、神学的には二項目ではなく、一つの現実を指すと言われます。すなわち、教会があるから交わりが生まれるのではなく、交わりとして現れる姿が教会なのだ、というのです。私たちは「教会に行けば交わりがある」と考えがちですが、逆であり、交わりが先にあり、その顕れとして教会がある、という理解です。

また「公同の教会」とは、世界に広がっているという空間的意味だけではありません。むしろ重要なのは、時代を超えて、生者と死者を含み、目に見えるものと見えないものを含むという、時間的・存在論的な広がりです。今生きている信者だけが教会なのではなく、すでに死んだ者たちも含めて一つの教会である、ということです。

私たちは、このようなスケールの教会をどれほどイメージしているでしょうか。教会の雰囲気がどうだとか、元気だとか静かだとか、好みだとか合わないとか、そうした評価に留まってしまいがちです。しかし教会とは、時空を超える普遍的な交わりがあり、その顕れとして地上に現れているものなのです。

ところが近代以降、この「交わりとしての死後理解」は見えにくくなりました。理由として三つ挙げられます。第一に、啓蒙主義以降の個人主義。第二に、天国=死後に行く別世界という誤解。第三に、死後世界の私的・主観的理解の広がりです。さらに日本の教会には、祖先崇拝に対する警戒感と、死者に対する恐れが加わり、死後の世界を同じ領域で語ることに戸惑いが生じやすい面があります。文化的背景として否めません。

しかし初代教会は、死は交わりを切るのではなく、形を変えるだけだと理解していました。たとえばアウグスティヌスは、「教会は生きている者と、死にあって眠っている者から成る一つの共同体である」と述べています。

ここで、祖先崇拝とキリスト教の違いを整理してみます。キリスト教において、死者は神ではありません。供養もしません。中心は神との関係であり、希望は復活と新創造です。
一方、日本的な祖先崇拝では、死者が神的存在となり得ると考えられ、供養が行われ、中心は血縁・家系に置かれ、希望は現世との連続性に置かれています。似て見える点があっても、決定的に異なります。

また、キリスト教の死後理解は、「死後どうなるか」よりも「神が世界をどう完成させるか」に重心があります。恐怖の物語ではなく、復活・和解・完成への希望の物語です。主はやがて、この地上に新しい天と新しい地を創造されます。その完成へ向かう大きな物語の中で、死後の世界もその過程に過ぎないからです。

教会は、生ける者たちだけの集まりではありません。天に帰った聖徒たちもそこに存在し、地上の聖徒と天上の聖徒が、主イエス・キリストを中心として交わりがなされるとき、本物の教会が地上にも現れます。領域は異なっても、同じ救い主を仰ぎ見、キリストの中で同じ教会に属している。その交わりがあってこそ、真の交わりが醸し出されるのです。

私がこのことを深く考えるようになったのは、妻が先に天に帰ったことが大きいと思われます。彼女の死の前には「教会とは地上だけ」と考えていたのですが、調べるほどに、教会理解のスケールの大きさに愕然としました。妻の出来事もまた、私たちに真理を知らせるための導きであったと確信します。妻が植えた花(享子フラワー)は今朝も咲いています。いつまで咲き続けるのだろうかと思うほどです。主が帰られるその日まで咲き続けるのではないか、とさえ思わされます。

すでに天に帰られた兄弟姉妹も、新城教会の教会員です。私たちは地上から十字架を仰ぎ見、彼らは死後の世界から十字架を仰ぎ見、一つの交わりが生まれるのです。もしこの理解が教会に満ちるなら、今まで見たことのない祝福が訪れるのではないでしょうか。

ヘブル人への手紙12章1節にはこうあります。
「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、一切の重荷とまとわりつく罪を捨てて、自分の前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。」

ここには、天の聖徒たちが「雲のように」私たちを取り巻いている姿が描かれています。ギリシャ語には雲を表す語が二つあり、輪郭のはっきりした雲(ネフェレ)と、空全体を覆う雲海(ネフォス)があると言われますが、ヘブル書の記者が選んだのはネフォスの方だというのです。天を見上げれば隙間がないほど先輩たちがびっしりといて、地上の私たちを見守っているかのような圧力を感じさせる表現だ、というわけです。この視点で教会を理解するなら、恐れるものはないのではないでしょうか。

また「競走」という語は、英語の “agony” の語源ともなる激しさを含みます。地上の戦いは単なる戦いではなく、激しい戦いです。私たちは十分理解していないかもしれませんが、天に帰って見せられるなら、悪霊どもがどれほど私たちを攻撃していたかに、驚くことでしょう。

初代教会が「天の教会と地の教会が一つである」という宣言を最も濃く体現した場、それが聖餐式です。今日は聖餐式礼拝ですが、聖餐式とは、見えない戦場における最も強力で静かな勝利です。戦場の只中で、すでに勝利した方と共に食卓につく。それが聖餐式です。

詩篇23篇5節には、「私の敵の前で、あなたは私のために食事を整え、私の頭に油を注いでくださいます。私の杯は溢れています」とあります。聖餐式は、悪霊を追い出すために叫ぶ儀式ではありません。悪霊に命令もしない。しかし、悪霊が立脚していた土台が聖餐の中で崩れ、結果として悪霊は居場所を失い、自動的にいられなくなる、というのです。

聖餐は死者を呼び戻す行為ではありません。しかし同時に、死者を排除しない交わりです。鍵は、死者と交わるのではなく、キリストにおいて一つのからだに参与するという点にあります。

迫害下の初代教会はカタコンベ(地下墓所)に逃れ、殉教者の墓の上で聖餐式を行ったと言われます。墓碑には「平安のうちに」「神にあって生きている」といった表現が多く刻まれ、死者を不在者ではなく、共に礼拝する者として理解していた明確な証拠である、とされています。

今日、私たちが聖餐を行うとき、ここにいる者だけでなく、先に天に帰った兄弟姉妹のことを覚え、彼らもまたキリストのからだに参与していることを理解したいのです。

初代教会が命の危機のただ中でも聖餐をやめなかったのは、聖餐が敗北者の慰めではなく、「勝利者の食卓」だったからです。聖餐式は勝利者の食卓であり、見えない戦場における最も強力で静かな勝利なのです。

私も、妻が病のときから共に聖餐を守り、その中で大きな奇跡を見ました。妻が亡くなってからはやめようかと思ったこともありましたが、続けなければならないと思わされ、今も起床したら一人で聖餐を行っています。しかし今は、一人聖餐ではありません。妻もそこに共に生きている、私は生者の世界から十字架を仰ぎ、妻は死後の世界から十字架を仰ぎ、共にキリストのからだに参与している。そのことを覚えながら聖餐を守るようになりました。今朝も行いました。

今朝、私が一人で行おうとしたところ、昨晩我が家に泊まった三人の少年たちが起きてきて、すぐにメディアをつけようとしたので、「待ちなさい。一緒に聖餐をしよう」と言い、今日の理念を話して共に聖餐を行いました。非常に恵まれました。

「死後の世界の教会と地上の教会は一つである」という聖徒の交わりの神学は、場所は分かれていても存在の次元は分かれていない、持っている希望は同一である、という理解です。教会が二つあるのではなく、一つの教会が二つの状態で存在しているのです。

先祖供養と聖餐式の決定的違いは、先祖供養が死者を中心とした関係維持であるのに対し、聖餐はキリストを中心とした生命参与である点です。似て見えるのは、生者と死者が同時に意識される点だけであり、構造・方法・神学は根本的に異なります。この点をよく理解することが重要です。

今年、私は時間ということについて語っています。地上の教会は時間の中で待ち、天上の教会は時間を超えて待つ。しかし目指す終点は同じです。これは循環する時間でも、更新され続ける時代でもなく、完成へ向かう一本の歴史です。

私は新年聖会で、「残された時を神のみこころに生きる」というテーマを主から受けたと語りました。ところが先週、終末時計に関する報道がありました。科学者たちが、世界終末までの残り時間を象徴的に示す時計を毎年発表しているものですが、今年は「残り85秒」とされ、昨年より4秒進み、過去最短であり、「1秒たりとも無駄にできない」と警告されていました。私が語った言葉そのもののようにも思え、主が導いてくださっていることを深く感じました。主の訪れを前にして、私たちは1秒たりとも無駄にできない時代に来ているのです。

聖書は教会を、キリストに愛され、キリストの愛に包まれた花嫁として描きます。この絆は、キリストの自己犠牲と変わらぬ誠実さによって支えられ、いつか完全な形で結ばれる約束の姿として示しています。
しかし近年、教会論が曖昧であるためか、教会から離れる人が増えています。インターネットで礼拝ができる、教会は面倒だ、自分一人の信仰でよい、といった声もあります。小グループで聖書研究だけしていればよいとする動きが広がり、教会が揺さぶられ、この教会も影響を受けました。
しかし、教会は極めて重要です。イエスは誰を迎えに来られるのか。それは個人というより、「教会」です。花嫁としての教会を迎えるために、主は帰って来られるのです。

ゆえに、公同の教会、宇宙規模、次元を超え、時空を超える教会を理解するとき、主が帰ってきてくださる、ということではないでしょうか。そして交わりは、見えない世界での交わりが地上の教会に顕れるのです。「教会の交わりが面倒だから離れる」という理解では、順序が逆なのです。

私は今回、このメッセージを準備しながら、主が何か現実の「しるし」を与えてくださらないかと祈っていました。

昨日、この場所で6時から早天祈祷会がありましたが、どうか皆さんも出てきてください。県民の森祈祷会もそうです。眠くても早天に出ると恵みがあります。昨日、人数は多くありませんでしたが、祈りのカードで皆さんのことを一人一人丁寧に祈りました。

私は最近、祈る場所として、教会2階の「滝元明・清子記念ルーム」をよく用いています。そこはかつて父の牧師室でした。今は記念室となっていて、父の着ていた衣服や資料が残されています。父は多くの記録を残し、メッセージも必ずアウトラインを書いていたので、原稿が大量に残っています。

祈りが終わりに近づき、礼拝堂で賛美が始まったので戻ろうとしたとき、私は何気なく棚のファイルを一つ引き出しました。するとそれが、1985年にこの教会で9日間連続の伝道会が行われた際、最初に語られたメッセージを文字起こししたファイルでした。帰宅後に読んでみると、そこに、滝元明が新城教会に対して語った「預言」が記されていたのです。こう記されていました。

『今年の1月、1985年の初めに私たちは県民の森に入り、真剣に祈りのときを持ちました。そのとき私は一つのことを真剣にお祈りしました。それは、新城教会になさろうとしていることのビジョンを見せてください、幻を見せてください、という祈りでした。県民の森の山の上に上がり、大声で叫んで祈り求めました。そのとき神は、ビジョンというか、神の啓示を心の中に静かに語りかけ、次の御言葉を与えてくださいました。

「私はお前たちの時代に一つのことをする。それは、お前たちがどんなに説明しても到底信じられないことである。」

この言葉は私のうちに神が語ってくださいました。到底説明しても信じられないような素晴らしいことを、神がこの教会の中に、この新城の中に起こしてくださることを、私は心から信じています。ですから皆さんも、期待を持っていただきたいと思います。』

私は普通ならこのファイルを手に取りません。しかし、何気なく開いたところにこの言葉がありました。天の教会が地に降り、天と地が一つであることを語りたいと思っていたときに、主がしるしとして与えてくださったように感じました。1985年、今から41年前の言葉です。しかし時が至って、私がそれを手に取った。これは預言的な導きではないかと思います。