小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てた証しのゆえに殺された者たちのたましいが、祭壇の下にいるのを見た。彼らは大声で叫んだ。「聖なる、まことの主よ。いつまでさばきを行わず、地に住む者たちに私たちの血の復讐をなさらないのですか」
このように、二千年の歴史の中で殉教によって血を流して天に帰った聖徒たちは、天の花園でただ横になっているわけではありません。彼らは祭壇の下にいて、日夜、大声で叫んで祈っているのです。「聖なる、まことの主よ。いつまで裁きを行わず、地に住む者に血の復讐をなさらないのですか」と祈っているのです。
今回、モンゴル、韓国、日本の教会の一致についても話しましたが、最も欠けている一致とは何かについてお話ししました。それは「殉教者たちの天の教会との一致」についてです。この一致がないと、教会には力は注がれないということをお話ししました。
何度もお話ししておりますが、死後の世界の教会と、地上の教会は「一つ」なのです。死後の世界にも教会があり、地上の教会とは分かたれていないのです。
「場所は分かれているが、存在の次元は分かれていない。待っている希望は同じ。そして教会は二つではなく、一つが二つの状態で存在している」
ということです。私たちは生きている世界から主を仰ぎ、死後の世界の人々は、死後の世界から同じ主を仰いでいるのです。一つが二つの状態で存在しているのだということを、今回、お話ししました。真の教会とは、天の教会と地の教会が一つとなる時に実現し、神の業が実現すると語らせていただきました。
ヘブル人への手紙12章1節に、
「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、一切の重荷とまとわりつく罪を捨てて、自分の前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか」
とあります。「雲のように」という言葉に使われている単語は「ネフォス」という単語です。これは空に浮かんでいる雲のことではなく、天を見上げれば隙間がないほどに先人たちがびっしりといて、地上の私たちを見守っているという、凄まじい圧力を感じさせるような言葉なのです。まさに今、私は地上で礼拝していますが、天上の教会はこの礼拝に参加し、膨大な人数で地上の教会に期待を寄せているということです。
「神は私たちのために、もっと優れたものを用意しておられたので、私たちを抜きにして、彼らが完全なものとされることはなかったのです」
という言葉も引用しました。これは旧約の信仰の英雄たちは既に天において安息しているが、彼らの救いのプロセスはまだ未完であるということです。なぜなら彼らもまた、私たち地上の聖徒と共に受ける「復活の体」を待っているからです。死後が天国、そこで終わりではありません。救いが完成したわけではないのです。彼らも待っているのです。やがてイエス様が帰ってきて、この地上に復活することを願っているのです。
教会とは、地上だけのものではなく、神の救いの物語は、過去の人々に、今を生きる私たち、そして未来の人々が合流して、初めて一つの大きな神の民として完成するのだということをお話ししました。
天の聖徒を「根」とし、地上の聖徒を「枝・果実」とするならば、果実が熟さない限り、根の働きも完了しないということです。天に帰った聖徒たちは私たちの根であり、養分を供給する役割を担っており、地上の教会が実を結ぶまでは、彼らの役割は終わることがないのです。このような構図で私たちは成り立っています。
しかし、韓国や日本には、この大切な概念を逆転させて奪い取るシステムがあります。それが「儒教」であり「祖先崇拝」です。韓国に行きますと、時折、不思議な光景を目にします。それを見たことがある人は少ないかもしれませんが、「天の聖徒を根とし、地上の聖徒を果実とする」という比喩と、儒教的な考え方は、一見似ていながらも、その完成の方向性において「決定的な違い」があります。
儒教では先祖は木の根であり、子孫はその枝葉であるとして、先祖を敬い、祭祀を行うことで子孫が繁栄すると教えます。しかしこれは、本来の天の教会と地の教会の枠組みを、悪魔が真っ向から攻撃し、逆手に取ったシステムに他なりません。日本にも韓国にも、このような儒教的システムがあるために、天の教会と地の教会が一つになって働くということに関して、躊躇が生じてしまうのです。しかし、これは悪魔の策略です。これを打ち破っていく時に、天からの養分が届き、地は実を結ぶことができるのです。今回は時間が足りず、儒教の詳細まではお話しできませんでしたが、このことも語らせていただきました。
そして、天には完全な答えがあるということ。最後の部分では、輝君を呼び出して証しをしてもらいました。皆、非常に感動しておられました。彼に「その証しは本当か」と聞くと、「本当です」と証言しました。
実を言いますと、このメッセージ、韓国で受け入れられるだろうかと少し心配しておりました。先述したように、儒教のシステムが強いですから、警戒されるのではないかと心配がありました。しかし、皆、非常に真摯に受け取ってくださいました。
翌朝、私が朝食を食べていたところ、イ・ビョンチョル先生が一人の女性を連れてこられました。その方はドイツで長年宣教している韓国人宣教師の方でした。韓国は宣教大国であり、世界中に宣教師を派遣しております。その方は長くドイツで活動されていますが、今回の聖会のために、ドイツから帰国し、参加されたのです。
その宣教師は、今回、ドイツから韓国へ戻る際、聖霊様から「一冊の本を持って行きなさい」と語られたそうです。それはドイツ語の本で、「モラヴィア兄弟団」の歴史と現在を扱う難解な学術書でした。「兄弟たちの一致」という研究本の第四十七号です。なぜ聖霊がこの本を持って行けと言われるのか、彼女には分からなかったそうです。しかし、「昨晩の聖会に出て、なぜこの本を持って行けと言われたのか、その意味が分かりました」とおっしゃいました。
本の表紙に、ドイツの「ヘルンフート」という住所が記されているのですが、実は1772年、亡命者たちがその村に集まって「モラヴィア兄弟団」というグループを結成しました。現在もそこにアーカイブや研究機関があり、雑誌が発行されている信頼性の高い資料でした。その表紙に描かれているのは、「天の教会と地の教会」、そして「聖餐と受難の精神」がすべて凝縮されています。上部には雲に包まれた「屠られた小羊」が描かれています。地の教会の会衆のすぐ上に、天の教会とキリストの勝利が重なっているという、彼らの空間概念を完璧に可視化した版画です。
プロテスタント教会の原点は、ルターたちが開始した宗教改革にあると思われがちですが、それより百年前からその働きは始まっていました。誰が始めたかと言えば、「ヤン・フス」という人物でした。彼こそが、宗教改革の火蓋を切ったと言っても過言ではありません。
今、私たちはリバイバル運動のただ中にありますが、リバイバルの原点もまた、ドイツのヘルンフート村から始まりました。「ヘルンフート兄弟団」とも呼びますが、そこから始まったのです。
その原点となったヤン・フスは、ローマ・カトリック教会の腐敗を批判し、聖書を信仰の中心に戻すべきだと説きました。説教を重視し、すべての信徒が神の言葉に直接触れるべきだと主張したのです。しかし、そのために「異端」とされ、ついには火あぶりの刑に処されました。今日、私たちが説教を中核とし、信徒が神の言葉に触れる集会を持っていますが、それが異端とされ殺されたのです。
しかし、その働きを受け継いだ人々がおりました。フスの死後、信奉者たちは兄弟団を形成し、信仰を守り続けました。やがてカトリックによる激しい弾圧が始まり、彼らは国を追われ離散しました。
長い年月の後、十八世紀になって彼らは、ドイツのヘルンフートに避難民として集められたのです。彼らを保護したのはツィンツェンドルフ伯爵です。彼は彼らに土地を提供し、共に祈り、生活する共同体を築きました。
そして1727年8月13日、聖餐式礼拝の中で彼らは強烈な聖霊体験をしました。その出来事は「ヘルンフートのリバイバル」と呼ばれ、そこから驚くべきことが始まりました。彼らは二十四時間絶え間なく祈りと賛美を捧げるようになったのです。一人が終えると次の人が引き継ぎ、昼も夜も途切れることなく歌い、祈り続けました。なんとこの祈りと賛美は、百年以上も続いたというのです。
私たちの教会においても、聖霊が注がれ、二十四時間PPH(祈りと賛美)を行っていた時期がありました。七十二時間、九十二時間と続ける姿を狂気と思う人もいたかもしれませんが、既に、モラヴィア兄弟団の人々が、百年以上も継続していたのです。
そして、ここから「世界宣教」が生まれました。どの団体が始めたかと言えば、この村の人々でした。24時間の祈りから世界宣教が生まれ、当時のヨーロッパの教会が宣教をしていなかった時代に、彼らは自ら志願して世界へ遣わされました。奴隷に福音を伝えるため、自ら奴隷として売られて宣教師となった人々もいたと言います。キリストの愛を届けるために、自らその苦難の中に入っていったのです。
ヤン・フスから始まったこの働きがヘルンフートの人々に受け継がれ、リバイバル運動となり、プロテスタント教会の基礎となりました。
そして、彼らが最も強く主から教えられたことこそが、「天の教会と地の教会は分断されておらず、一つである」ということだったのです。それを理解した時に、彼らは聖霊を受けて世界中に散らされ、福音を宣べ伝えるようになったのです。
最近、「真の教会は、天の教会と地の教会が一つにならないと誕生しない」と語っている、その最大の収穫を、今回得ることができました。私が朝食を食べていた際に、ドイツから来た宣教師が一冊の本を携えて現れ、「聖霊様がこれを持って行けとおっしゃった」と言われました。その内容は、まさに天の教会と地の教会は一つであるという、プロテスタント教会の原点、世界宣教の原点をつづったものでした。
この真理を理解して働きを継続すれば、主の再臨に繋がるのではないでしょうか。この原点を回復しなければ、本当のリバイバルには繋がらないのではないか…。身震いするほどの感動と感謝を主に捧げました。やはり国際的な集会は単に起こるものではなく、聖霊によって起こされるのです。
しかし今回、戦いもありました。一言で言えば「スマホの難」です。スマートフォンの紛失が続出したのです。
最初、北朝鮮の見える場所へ移動する途中のサービスエリアで、一人の少年がテーブルの上に、自分のスマホを置き忘れました。忘れたのは私の孫でした。そのスマホは、今は亡き家内が使っていたもので、思い出の品でした。サービスエリアに連絡すると、幸いにも保管されており、帰路に立ち寄って受け取ることができました。「記念の品が戻って良かった」と安堵したのですが、その瞬間に、次の事件が起こりました。
スマホを受け取りに行ってくれたチェ先生と奥さまが、私が渡したゴミを捨てる際、なんとゴミと一緒に、誤って、ご自分のスマートフォンも捨ててしまったのです。その中にはクレジットカードや登録証など、極めて重要なものがすべて入っていました。それに気づいたのは夕食後であり、既に数時間が経過していました。私は責任を感じ、祈りました。高速道路のゴミは、すぐに回収されてしまいます。
ゴミステーションに行って、収集車がまだ来ていなければ望みはあると言われました。緊張の中、番号に電話をかけたところ、なんとゴミの山の中から、着信音が聞こえたのです。掘り起こしてみると、スマホは無事に戻ってきました。また、私のゴミ袋が被さっていたおかげで、汚れも防げ、無傷でした。
さらに、帰国途中の仁川空港でも、バスにまたスマホの置き忘れが発覚しました。しかし、これもまた取り返すことができたのです。
今回、スマートフォン置き忘れ事件は「霊的象徴」であると感じました。スマートフォンはある意味で現代の「天と地を結ぶアイテム」のようなものです。これがないとは生きていけません。教会もまた「天と地が一つである」ことが本質ですが、その天と地を結ぶ絆を、教会の歴史の中で、どこかに置き忘れたり、ゴミ箱に捨ててしまったり、失っていたのではないでしょうか。
しかし今回、三つのスマホを失いながらも、すべてが戻ってきました。これは「取り返した」という証拠ではないでしょうか。