日本において、教会はある意味で小石のようですが、聖書によれば、小石を使って神は日本を変えるのです。そして、その秘訣が「祈り」です。
いよいよ来週、モンゴル、韓国、日本が県民の森に集って聖会が開かれます。ぜひとも祈り、確実に参加していただきたいと思います。
人類は中央アジア近辺に、バベルの塔から移動して長く住んでいました。彼らは移動に馬を使い、やがて騎馬民族となりました。その騎馬民族は、南下して朝鮮半島にまで来て、その後、日本に渡来したのです。今回の集会は「霊的騎馬民族サミット」です。
この四日間に期待したいと思います。通訳付きで少し聞きづらいかもしれませんが、このように集まって祈る機会はありませんから、ぜひ共に、祈って下さい。県民の森に集合して下さい。
九二年二月十三日、集まって祈っている中に聖霊が注がれました。
私も今、とりなしの祈りをしながら準備しています。昨日、モンゴル、韓国、そして日本が共通テーマを持つ場所に行きました。それは古墳です。
日本には現在、古墳が十五万基ぐらい残っていると言われます。古墳から出てくるものは、馬具とか馬賊の剣です。中央アジアや韓国の騎馬民族のものと同一です。それは日本に騎馬民族が入ってきた証拠です。古墳は五世紀から七世紀に作られたと言われます。当時は、どのくらいの数かあったのか、ということです。
前回も二〇二五年問題について触れました。団塊世代が七十五歳以上の後期高齢者になり、社会保障などの負担が増えたり、働き手が不足する問題が今年から加速するのです。
これから様々なことが起こります。社会保障費などの負担が増えます。医療や介護の体制の維持も困難になると言われます。そして、企業も後継者がいなくなり、GDPが減少し、国は弱くなっていくのです。これは教会にも当てはまることです。
出生数は戦後は、年間二百五十万人くらい生まれました。戦争で三百三十万人が死亡しましたが、その後、毎年二百五十万人ずつ、何年にも渡って生まれたのです。人間の繁殖力ってすごいですね。
しかし、二〇二三年の出生数は過去最少の七十五万人でした。そして、つい先日、発表された二〇二四年の統計では、さらに減少し六十八万五千人です。
日本の人口が一億人を越えたのは一九七〇年でした。今は一億二千七百万人くらいの人口ですが、再び、二〇五〇年には一億人に減少すると予測されています。昔と同じと思うかもしれませんが、年代分布は全く違います。
これでは日本、必ず倒れます。これは予言でも何でもなく、単純な統計データです。
私が幼い頃、新城市には活気がありました。中心街は「新城銀座」と呼ばれていました。そこに行くと、心がワクワクしたものです。これが、私が高校生くらいのときの新城市の風家です。
人が溢れていて、前に進むのも大変でした。昨日同じ場所に行ってみたら、こんな感じになっていました。

誰もいないのです。同じ場所です。どこに行ってしまったのでしょうか。昔は飯田線も満員でした。今はガラガラ。これは単純な話で、みな高齢になって亡くなられたのです。
一九六五年頃は、六十五歳以上の高齢者を、約九人で支えていました。しかし、二〇二五年には二人で支える状況になり、二〇五〇年には一人で支えるというのです。これは差し迫った現実です。こうした社会的変化に、教会も連動しますから、無関係ではいられません。
これが日本基督教団の年代分布です。今や風前の灯火状態です。
では、世界的に見て、クリスチャン人口はどうなっているのでしょうか?一九〇〇年代から現在まで横ばいです。今後、少しは上昇するかという予測です。世界人口の三割強ぐらいがクリスチャンです。しかしクリスチャンの地域分布は大きく変わっています。
今後、どの地域・国々の人たちが世界教会のリーダーシップを取るかということです。一九〇〇年代はヨーロッパ、北米がリーダーシップをとっていました。しかし今は、アフリカとかアジア、中南米に中心が移っています。特に、アフリカ諸国にクリスチャンが多いのです。
しかし、そこで懸念されているのは、アフリカはクリスチャン数は多いけれど、問題もあって、世界的なリーダーシップを取るのが難しいと言われています。先日韓国で、ローザンヌ会議があって指摘されていたそうです。キリスト教会も冬の時代です。
しかし、そんな中で着実に伸びている宗教、それがイスラムです。他の宗教は軒並み減少傾向なのに、イスラムだけは増加しています。
二〇三〇年には、イスラム教徒は、世界人口の四人に一人にまで増加するというのです。カトリックとかプロテスタントを含めたキリスト教徒の総数を超えて、世界最大の宗教となる見通しだと言われています。
この教会に聖霊が注がれた一九九二年、何人かの方に預言の賜物が与えられて、主は、預言的な言葉を与えて下さいました。その一人が私の家内でした。あるとき家内が私の所に来て、「祈ってたら、今後イスラムが増えて、世界の脅威になるから、そのためにとりなして祈りなさいと語られたけど・・」と私に話しました。
当時私は、「イスラムなんて中東だけの話で、日本とは関係ない。イスラムは砂漠の宗教だ」と家内に話しました。全然意識しなかったのです。
しかしそれは、主からの言葉でした。家内はあのとき、聖霊に導かれていたのです。
けれども私も、少しは意識して、イスラムに関して祈るようになりました。イスラムの人たちが集まって礼拝する施設をモスクと呼ぶのですが、隣町の豊橋にもあります。
東京のモスクは巨大です。
彼らはひれ伏してアラーを礼拝します。彼らは、自分たちの信仰を絶対に曲げません。人が何と言おうが、お構いなしです。
私たちクリスチャンが野外で祈るとき、散歩の人が来たりすると、「誰か来た」と言って、声を小さくしたりして、「祈りを控えめにしよう」と言います。
しかし、彼らは定められた時刻が来れば、世界中どこにいようと、駅の構内だろうが、学校だろうが、レストランだろうが、空港でも、ひれ伏して拝みます。クリスチャンが同じようにできるのか。「十二時になったら賛美しましょう」と言われても、大声で賛美できないのです。しかし、彼らはお構いなしです。世界中のイスラム教徒が、同じ時刻に、メッカの方向を向いてひれ伏すわけです。
それで何が起こると思います? これは、霊的には大問題です。
“悪魔はまた、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての王国とその栄華を見せて、こう言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう。」”(マタイの福音書 四章八~九節)
この世は悪魔の支配下にあります。悪魔は国々を、ある人物に切り売りするのです。そのとき、「ひれ伏して拝め」と要求します。
「ひれ伏せ!」——これはイエスさまに悪魔が語った言葉です。「ひれ伏して拝んだら、全てあなたに差しあげます」と語りました。
「ひれ伏し拝む」礼拝スタイルを持っている国々は、必ず、一人の宗教指導者や、暴君に国が渡ります。イスラムの国々は、大統領がいても、首相がいても関係ないのです。一人の宗教指導者が全ての権限を持っていて、その一言で全てが変わります。
チベット仏教は五体投地と言ってひれ伏して拝みます。ダライ・ラマが全てを支配しています。
そして、朝鮮半島、儒教は必ずひれ伏して拝むのです。朝鮮半島の北も南も、同じようにひれ伏すのです。そうすると、悪魔は一人を選ぶのです。今は金正恩が選ばれて、朝鮮半島ばかりか、世界が悪い影響を受けています。今や北朝鮮は、世界で最も怖い国の一つになっています。
そして、イスラムが、キリスト教勢力を遥かにしのぐ存在になりつつあります。一方、教会は、統制が取れなくなって、祈りも弱くなり、先細りです。
このような状況を、私たちが危機と捉えるのか、それとも、パウロのように、「この時は神の栄光に変えられるチャンスだ!」と捉えるのか・・・。
教会こそ、暗闇の力に打ち勝つ権威が授けられている場所です。
私達もパウロと同じような視点に立ちたいです。教会は小石のようかもしれませんが、歴史に関わる勝利を見ることができるはずです。
過去に、日本にもリバイバルが起きています。いつもお話しさせていただいているのですが、この地域は、歴史をふり返ると、神が霊を注いでリバイバルを起こされた、特別な地域です。神は、一度リバイバルが起こった地域で、繰り返し、リバイバルを起こされます。
明治時代、津具村でリバイバルが起こったとき、子どもたちが歌っていた唱歌を紹介していますが、「悪魔の軍勢多けれど 我らが大将イエス君は 恐れることなどありゃしない」というものでした。この唱歌から、彼らが霊的戦いを意識していたことがよくわかります。
津具のリバイバルが起こったのは明治時代ですが、実は津具の北側、飯田市で、なんと、大正と昭和にかけてリバイバルが起こっているのです。記録によると、
『大正・昭和の時代、二度にわたって日本にリバイバルが起こったという記録がある。しかし、残念ながらそれは短い期間で衰退してしまった。衰退した原因は様々ある。しかし同時に、それは確かに神が日本に介入されたという紛れもない証でもある。』と記録されています。
大正・昭和の時代、津具村の北側、山を越えた飯田市でリバイバルが起こったわけです。
国立民俗学博物館の調査報告書によると、祈祷会の中でリバイバルが起こったと記録されています。そしてその祈祷会のタイトルは、「サタン打ち」でした。祈祷会は四日間連続して続けられたと言うのです。今回の県民の森での聖会も四日間です。これも「サタン打ち」と銘打っての戦いです。
その中に、どんなことが起きたのかが記録されています。国立民俗学博物館の調査ですから、国が収集した記録と言えます。
『聖霊が降り、会衆は号泣の中に打ち崩れ、恵みの座も講壇も、泣き叫ぶ人々で満たされ、ある者は確実に救われ、ある者はきよめられた。会衆は時間が経っても帰るものは一人もなく、席を立つものは外に出て悔い改めの祈りをしては、また教会に戻ってくる。まさにペンテコステ的光景で、ぶっ倒れる者、踊る者、はねる者さえあった。』
九二年の二月に私たちに聖霊が注がれたとき、『ぶっ倒れる者、踊る者、はねる者さえあった。』と、同じ現象が伴いました。それを見て恐れ、悪霊の働きだと拒否した人たちもいましたが、まさしくサタン打ちでした。歴史を見れば、伊那谷に沿って、主は霊的戦いを継続されていることがわかります。このような場所に住んでいる者として、神の栄光を信じ、立ち上がる必要があります。
しかし現実を見ると落胆、失望しそうですが、パウロならこう語ると思われます。
「落胆することがないように、動揺することがないように。今あなた方が受けている苦難は、あなたがたの栄光です」と。
“こういうわけで、私は膝をかがめて、天と地にある全ての家族の、「家族」という呼び名の元であるみ父の前に祈ります。”
とパウロは言いました。家族はこの地上だけでなく天上にもあります。これは先に天に帰った兄弟姉妹たちです。
その上に座しておられるのが、父なる神さまであり、教会のかしらはイエスさまです。
天と地を貫いて、教会は存在します。そして神は、天上にある支配と権威に対して、教会を通して神の極めて豊かな知恵を示そうとされているのです。これは霊的戦いそのものです。この二月、主の前に膝をかがめて祈りたいものです。
九二年の二月十三日、韓国から講師が来られて、熱くメッセージを語りました。その内容は、「期待しましょう、期待しましょう。日本も期待しましょう!」というものでした。期待して祈り始めたとき、聖霊が注がれ、霊的戦いが始まりました。しかしそれは、既に明治時代から伊那谷に沿って起こされていたのです。私たちは主の働きを受け継いだにすぎないのです。
今から私たちは聖餐式を行います。聖餐式は、天と地が一つになるときです。天と地が一つになって神の前に出るならば、やがてイエスさまがこの地上に再臨されます。
一言お祈りします。
天の父なる神さま、み名を崇めて心から感謝いたします。私達にチャンスが与えられていることを感謝します。私たちは、小石のようかもしれません。しかしイエスさまがそうであったように、小石を通して神の国を現してください。