2025
神が働きを加速される年!
石を取り除け。
諸国に向かって旗を掲げよ! Part4

この二つの条件が満たされる時に、最終目的である新しい天と新しい地が完成していくのです。聖書の大前提は「天地創造から新天新地の創造」というテーマです。そのような視点で聖書を読んでいくと、実に、そのテーマでストーリーが展開していることが分かります。

例えば、旧約聖書のノアの箱舟も、ノアの家族の救いを描いていますが、単に家族の救いではなく、新しい天と新しい地に行き着くことを示しています。そしてノアだけでなく動物たち、被造物も一緒に箱舟で運ばれ救われました。水が引いた後、神は「人と動物と一緒」に「新しい契約を結んで」おられます。アブラハムはバベルの塔が存在している地域に住んでいましたが、ある時、神の声を聞いて、どこに行くのか知らずして出て行き、カナンの地まで導かれました。

このストーリーも実に天地創造から新天新地への帰結に重なります。モーセによるエジプトからの脱出と、カナンの地というテーマも、まさしく同様です。バビロンからの脱出も聖書の大前提に沿っています。

新約聖書でもこのテーマは継続します。なぜならば、中心にイエス様がおられるからです。東方の占星術者が、ベツレヘムでお生まれになったイエス様を訪ねたストーリーがあります。東から西に移動し、救い主に出会うわけです。イエス様の生涯も、十字架への道でした。また、イエス様は復活して昇天されました。そして、やがて来られる方として紹介されています。これらも全て聖書の大前提に沿っています。

そして、これを一つのストーリーにまとめるならば、「バベルの塔から離散した人たちが、神の国に集合する」、新しい天と新しい地の実現に結びついているのです。そのような視点で聖書を読んでいただくと、実に聖書は、印を踏んでいることがわかります。

ヨハネの福音書十一章四十九節から五十二節、

「しかし、彼らのうちの一人で、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った。「あなたがたは何も分かっていない。
一人の人が民に代わって死んで、国民全体が滅びないですむほうが、自分たちにとって得策だということを、考えてもいない。」
このことは、彼が自分から言ったのではなかった。彼はその年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、
また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子らを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。」

イエス様が十字架につけられる前「ユダヤ人の王」と語ったという濡れ衣を着せられて処刑されました。もしもローマがこのことを真剣に受け止めたら、ユダヤ人全体への迫害の危険性もありました。だから、「イエス一人が死んでくれれば国民が助かるじゃないか」とカヤパは語ったのです。しかし、この中に預言が含まれていました。これは単に彼が語ったことではなかったのです。「ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子らを一つに集めるためにも死のうとしておられること」を預言した、というのです。

人類は散らされました。なぜ散らされたかというと、罪のために散らされたわけです。私たちが現在、日本に住んでいること自体、東に散らされた者たちの子孫ですから、その結果です。しかし散らされた場所で福音を聞いたわけです。これから我々はどうなるのか。それは、東から西に向かって新しいシオンに向かうのです。世界中に散らされた人々を救うために、神は教会を使って、福音を世界に伝えておられるのです。それはやがて、救われた者たちを一箇所に集めるためであり、それが最終目標です。

福音は全世界に宣べ伝えられ、全ての民族に証しされてから、終わりが来るのですから、世界に対して福音を伝えることは、イエス様の到来のために大変重要です。福音は世界を完成へと導く良い知らせという力強いメッセージなのです。今回、韓国やモンゴルで奉仕させていただけたのは、その一環です。これからもこの働きを導いていただきたいです。

来年はカザフスタンに「ぜひ来てください」と要請されました。カザフスタンなんて、私の頭の中の地図帳にはなかった国です。モンゴルの西の端と接しています。日本よりも七倍広い国土です。しかし人口は二千万人弱です。今回のツアーに来られたカザフスタンのおばちゃんがいました。なぜ私たちと行動を共にするのかな、と思ったら、来年は日本チームにカザフに来て祈ってもらいたいから来られたそうです。来年はもしかすると、カザフスタンで伝道会をするかもしれません。カザフはイスラム国です。イスラム教徒を集めて伝道集会、どんな風になるのか、ちょっと分かりません。しかし、今から祈って備えていたら、きっと道を備えてくださると信じます。

そして「特に若い世代の人たちをカザフに送ってください」と言われました。実は、今日のお昼にファンドレイズとして、ヘブンズファームで採れた無農薬のしそを使ったしそジュースを販売させていただきます。これは、来年の働きのためにお金を貯めるためです。若い方々が行きやすくするために、今日から始めます。

モンゴルには、砂漠の中に高き所「オボー」が、そこら中にありました。見ると分かりますが、バベルの塔のミニチュア版です。よく造ったものだな、という感じです。聖書に記述があることが、実際にある。神話でも何でもない、ということがよく分かります。悪霊を呼ぶシャーマニズムの場所です。バベルの塔から人々が散らされて後、人類はバベルの塔のミニチュア版を中央アジアの色々な場所に造ったのです。聖書を神話のように考えている人がいますが、聖書に記述されている事柄が事実であることがよく分かります。

イエス様は言われました。「全世界に出ていき、全ての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」
全ての造られた「者」と漢字で書くと、人を表しますが、聖書の訳によっては、New International Versionという英語の聖書では、「all creation」、「全ての被造物」となっています。イエス様が語ったこの言葉は、キリスト教の宣教活動の根拠となる重要な命令です。この命令のニュアンスは、訳によって微妙に異なります。「造られた者」の「者」が漢字なのか、ひらがなの「もの」なのか。ギリシャ語では「クティシス」という言葉が使われており、これは「創造物」という意味です。ですから、「者」、つまり人間と訳すか、「もの」、つまり被造物全体と訳すかで、福音の対象範囲に対する解釈の違いが反映されるのです。被造物全体で訳すならば、人間だけでなく自然や動物を含む神の創造全体を回復させる、という、より包括的なメッセージを読み取ることが可能となります。

プロテスタント教会は、宗教改革から「もの」が「人、者」だけに焦点が当てられてしまったのです。本来、聖書は、全被造物の救いを示唆していました。ノアの箱舟はどうだったでしょうか。家族八人だけを助けたとしたら、動物も植物も全て滅びたはずです。生き残ったのは人間と魚だけになったはずです。魚は水の中で生きていましたから。箱舟の中に動物も入れたということは、被造物全体の救いということです。

皆さんはどちらを読み取りますか。私は初めは漢字の「者」だったのですが、途中からひらがなに変えられました。十年くらい前でしょうか。劇的に変えられました。全ての被造物が賛美するように、と宣言し、祈るようになりました。

今回、ゴビ砂漠に行ってみて、漢字の「者」からひらがなの「もの」に変えられてから来ることができて、本当によかった、と思いました。なぜなら、漢字の「者」だったら、ゴビは人はめちゃくちゃ少ないのです。そして多いのは動物や被造物ばかりですから。漢字がひらがなになったことによって、それらも救いの対象として、祝福を祈ることができたのです。そして、土地にも手を置いて祈ることができました。ここで祈るのは感動的でした。ゴビ砂漠で、かつてスウェーデン宣教師たちが血を流したと聞いていたからです。大きな犠牲があって私たちも救われたことに感謝しながら、みんなで真剣にお祈りしました。

ゴビは星空がすごいです。聖書の中にアブラハムが夜空を仰いで星を見たとか、様々な星に関する事柄が出てきますが、これは現代人には分かりません。皆さん、星を見るためだけでも、ゴビ砂漠に行っても価値があります。ゴビに行くと気づくのですが、現代人は、星とはあまり関係なく生活しています。なぜなら、夜空を見上げても、あまり星が見えないからです。でも、ゴビに行くと、星は必需品として生活の真ん中に組み込まれているのが分かります。こう言っても理解していただけないかもしれませんが、星と人との関係は、ただならぬ関係だと感じました。

これからクリスマスに向かい、星が強調されますが、東の博士たちが星に導かれてベツレヘムにやってきた、という記述があります。彼らは、東から西に移動してきたのです。これも聖書の訳が二通りあります。私たちが使っている新改訳聖書は、「イエスがヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、東の方から博士たちがエルサレムにやってきた」となっています。

現代社会で「博士」といったら、大学院を出て博士論文を書いて博士号をもらった人の意味です。しかし新共同訳の訳では、「イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。その時、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て言った」となっています。

当時の博士とは、占星術師のことでした。つまり星を読み解くことができる人たちのことだったのです。ゴビ砂漠に行くと、星が人々と何らかの繋がりがあることに気づかされます。どういう形か分かりませんが、聖書もそのことを示唆しています。古代バビロニアの人々は、星と人が何らかの繋がりがあることを発見したのです。それが当時の最先端科学でした。なぜならば、星の世界に霊的な力が関わっているからです。星空を通して、悪霊どもにアクセスするのか、それとも天使たちに、また、本物の神にアクセスするかで、人の行き先が変わるのです。今日はそのことを深くはお話しませんが、当時は星を読み解いていたわけです。なんと彼らは、救い主がお生まれになったことを、占星術によって発見したのです。これは何らかのイエス様の誕生と星が関係していたことを示唆します。

東の占星術師たちは、バベルの塔(ジグラッド)で星を見ていた人たちでした。バベルの塔はジグラッドと呼ばれ、中近東に時代を超えて数多く存在していたことが分かっています。神はこの時、星を通して人類に介入されました。普段は悪霊どもと交わるシステムに介入されて、救い主がお生まれになったという情報を彼らにお与えになったのです。彼らは悪霊の領域に属していた者たちでしたが、東の占星術師が西に向かい、救い主と出会いました。占星術によってベツレヘムのイエス様が眠っている馬小屋まで探し当てたのです。現代のGPS以上の精度と確率です。星をモンゴルのゴビ砂漠で見ると、これは地上と何らかの関わりがあるだろうと感じました。しかし、このような占星術という、人類の大きな罪を逆手にとって、神は救いを与えてくださったのです。

九月になるとクリスマスの足音が聞こえてきます。私たちは、東に散らされた者たちで、悪霊と結び合わされたような者ですが、救われ、西に向かうことができるようになったことを、心から感謝します。

今日は聖餐式です。聖餐式とは、イエス様と一つになる瞬間です。イエス様と出会う瞬間、これが聖餐式です。新城教会に主が開いてくださっている世界宣教、これは散らされている神の子らを一つに集める大きな働きの一環として、心から感謝したいと思います。

一言、お祈りをさせていただきます。

天の父なる神様。御名を心から感謝いたします。今日はあなたが近頃なしてくださった御業をシェアすることができたことを、心から感謝いたします。散らされた者の一人でありますが、イエス様と出会って、西に向かうことができることを心から感謝いたします。あなたは十字架の道に進んでくださいました。そのことによって、私たちに救いの道が開かれました。心から感謝します。今からの聖餐式のひとときを祝福してください。備えられたパンとブドウのジュース。イエス様の裂かれた肉と、流された血潮として受けとります。主が私たちと一つとなってください。尊いイエス様の御名によって聖餐式を始めます。