教会に着いて、最後の晩餐で出てきたのが羊の頭です。ここではちょっと言わないでおきますが、いろんなものを食べました。馬の肉などを食べさせてもらったり、馬のミルクを飲ませていただきました。本当にトゥルージョイ・クリスチャン・チャーチの兄弟姉妹、先生方が愛を尽くしてくださって、良い交わりの時も与えられ、感謝でした。最後は空港でも「主の回復のとき」を賛美して、別れを惜しんでいました。
今度は若い方々を連れてきてほしいと先生が言われていましたので、ぜひ若い方々、ムンフ先生の招待に応じていただければと思います。
これで私のモンゴルでの報告の時間を終わらせていただきます。お祈り本当にありがとうございました。』
どうもありがとうございました。皆さん、モンゴルに行った気分になったのではないでしょうか。皆さんの祈りに支えられ、本当に楽しく宣教活動を送ることができて、心から感謝しています。
今日読んでいただいた聖書の箇所が、ある意味で今回のテーマだったのではないかと思います。
「通れ、通れ、城門を。この民の道を整えよ。盛り上げ、土を盛り上げて、大路を造れ。石を除いて、もろもろの民の上に旗を揚げよ。見よ、主は地の果てに聞かせられた。「娘シオンに言え。『見よ、あなたの救いが来る。見よ、その報いは主とともにあり、その報酬は主の前にある』と。」
このみことばはどのような意味を表しているかというと、イスラエルの民がバビロン捕囚から解放され、国へ帰る道が整えられる様子を描いています。第一に物理的に道が整えられるということです。中近東の道は砂漠ですから、今回も砂漠を走りましたが、元々道なんてありません。わだちが多くできたところが道になるのです。バビロンからイスラエルに戻るには、70年以上経っていましたから、道は相当荒れ果てていたと思われます。その道を作れと言っているわけです。
しかし、これは物理的な道の準備だけでなく、神が彼らを救い、栄光をもたらすという希望に満ちた約束のメッセージです。さらに、この預言は旧約聖書の文脈を超えて、イエス・キリストの到来と彼がもたらす普遍的な救いをも指し示しているのです。そして、キリストの再臨によって完成する新しいシオン、すなわち神が人々と共に住まわれる新しい天と新しい地の預言も含まれているのです。
今回このみことばが私の心の中に響いていました。何気ない働きのように見えるけれど、これは主が帰られる道を用意する重要な働きだと感じながら、旅を終えることができました。
今回私たちを招待してくださったゴビ砂漠の教会の先生夫妻は、2月の県民の森の集会に来られた方々です。ゴビに着いて、「この人たち見たことがある」と思いました。私は初め、ゲルで集会するのかぐらいに思っていて、普段着でいいかなと思っていたのですが、出発直前になって「もしも」と思って、少し人前に出られるような服も入れました。iPadは置いていこうかと思ったけれど、重いけど入れておいたのです。良かったです。近代的な教会で、教会をあげてすごく待ち望んでくださっていました。
このような集会は、お願いしてもできる働きではありません。相手が先に扉を開いてくれなければあり得ない働きです。しかしちょっとしたきっかけでこのように結びついたのは、振り返れば神の導きがあったからです。
かつて人類はバベルの塔が建てられたシヌアルの地、中近東付近にかたまって住んでいたようです。同じ言葉を使って生活していました。世界中が同じ言葉でコミュニケーションできたら、どれだけ平和かと思います。
しかし、バベルの塔を建てたことによって、神が人類の行動を危惧して、人々を世界に散らしたと聖書は記録しています。元々神は、人類を一つの言葉で、祝福と共に地の全面に配置したいと願っていました。しかし、バベルの塔を建てたことによって、お互いの言葉を通じなくして拡散されたのです。
この聖書の記述は、現代の人類学の根拠ともしっかりと重なります。最古の文明はメソポタミア文明と言われます。次にエジプト、インダス、黄河と続きます。南米のペルーに「カラル」という場所がありますが、そこにはピラミッドがあり、そこに住んでいた人たちは、なんとモンゴロイドなのです。人類は急速に世界に広がったことを示しています。今回、ヒマラヤの北側、中央アジアの領域に、主が私たちを導いてくださいました。
人類の歴史はバベルの塔から始まった、シャーマニズムの歴史です。すなわちシャーマニズムと共に人類が世界に散らされた歴史です。しかし神はこの状態を放っておかれません。回復しようというのが福音のテーマです。
イエス様が十字架についたとき、時の大祭司カヤパが、知らずして預言したことが記されています。
ヨハネの福音書11章52節、
「また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子らを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。」
イエス様が十字架にかかって死なれた大きな目的は、散らされた神の子ら、すなわち世界宣教によって救われた者たちを、新しいシオンに集めるためなのです。人類は悪霊を呼んで散らされましたが、聖霊によって、集められるのです。聖書の全体的テーマは、散らされた人たちを聖霊によって集めるというものです。
イザヤの預言も、もう一度シオンに集める、究極的には新しい天と新しい地におけるエルサレムに集めるという預言であったわけです。
そのために必要なことが示されています。まずは「民の道を整えよ」と言われました。「土を盛り上げて大路を作れ」とあります。実際に砂漠を走るとわかりますが、本当に道がありません。そこに道を整えるのです。
また、エルサレムに戻るためには様々な民族、国々を通過しなければならないわけです。ということは、摩擦も生じてくるはずです。2月に韓国、モンゴル、そして日本の集会があった時、様々な国旗を掲げて賛美しました。これも何か預言的な気がします。「石を除いて諸々の民の上に旗を上げよ」とあります。
9月2日は日本が降伏文書にサインした記念日です。終戦は8月15日だと日本人は考えていますが、世界史的には1945年9月2日です。その背後に大きな戦いがあったわけです。日本は降伏して、日本の上にアメリカの国旗が掲げられました。しかし旗が掲げられるまでには大きな戦いがあったのです。
今回ゴビ砂漠に行って、かつてスウェーデン宣教師たちが、「よくぞここまで来たものだ」と思いました。
聖霊によって強く押し出されなければ、スウェーデンから、この地に来ることなどあり得なかったと感じました。ラクダに乗りながら来たのでしょうか。混乱の中で宣教が行われ、血も流されました。その後共産革命も起こって、宣教師たちは追放され、彼らは爆撃で荒れ果てた日本に移り、「スウェーデン・モンゴル・ジャパンミッション」と改称して、日本で宣教を開始したのです。そんな流れの中、新城市の隣町、豊川にまで来たことによって、私の父、田中政男先生などが伝道者になることができたのです。やはり現地に立って見ると、その背後で支払われた犠牲の大きさを強く感じました。相当強い、聖霊の促しがあってこそなされた業です。
人類が散らされた原因は、先にも話したように、バベルの塔を立てたことでした。その塔は遠くを見るための施設ではなかったのです。頂上に神殿を建て、いけにえを捧げ、悪霊と直接取引をするための施設でした。エペソ人への手紙6章に「暗闇の世界の支配者たち」という記述がありますが、それはコスモクラトールという言葉で表現されており、悪霊どもの拠点が星の世界にあることを意味しています。そこから悪魔は、暗闇の世界、すなわち地上の悪をコントロールしているというのです。
人類は悪霊の司令部に、直接交渉を申し込んだのがバベルの塔でした。それがたいへん危険な行為であった為に、神は人類の言葉による交わりを制限して、人々を世界に散らされたわけです。
しかし人類はすでにシャーマニズムを習得していました。彼らは散らされて砂漠に出ても、同じことを行いました。砂漠には山がないですから、先ほどの映像にも出ていましたが、砂漠の中に人工的な高き所「オボー」を建てたのです。それはバベルの塔の形とそっくりです。今でもその文化が中央アジアに強く残っています。
ということは、神の民がエルサレムに向かう過程で、中央アジアの霊的戦いは落とすことが出来ない重要な戦いなのです。主の再臨の為に、攻め落とさなければならない重要な地域であるのです。
今回、モンゴルの宣教学的なポジションを教えていただいて、たいへん納得しました。現在、モンゴルでは自由に宣教できるのですが、1992年まではソ連の支配下にあり、宣教の自由はありませんでした。1992年になって、初めて教会は自由に伝道できるようになりました。モンゴルの地理的位置を見たら分かりますが、周辺はほとんど共産主義の国々とイスラム諸国です。その中にぽっかりと空いた自由空間、それがモンゴルなのです。ということは、モンゴルを起点にして、福音を諸国にもたらすしか、道はないということです。
モンゴルは元々大帝国でしたから、モンゴル語は、この地域では公用語です。様々な民族、文化、言語が混在していますが、モンゴル語は様々なところで通じます。モンゴル人コミュニティは、中国にも、ロシアにもあるわけです。しかもモンゴルは1992年までは共産国でしたから、これらの諸国とも関係が良いのです。北朝鮮とも国交があります。モンゴルを拠点として、主が帰られる道を用意出来るのです。日本もその働きに加えていただけるとは、大変、光栄なことです。
コロナ以前まで、私たちは、ヒマラヤ山脈の南側、ネパールで8年ぐらい働かせていただきました。それも不思議なことでした。どうしてそのような道が開かれたのかというと、「日本と韓国の間にある石を取り除く」為の「韓国リバイバルミッション」が行われた結果でした。その中で会った、韓国人宣教師を通して、ネパールに遣わされました。そして今回も同様、韓国を通して、モンゴル宣教にも導かれたのです。
日本と朝鮮半島のあいだには歴史的に多くの石が転がっています。しかしそれらを取り除くために頑張りました。結構大変でしたが、その結果、霊的世界で勝利の旗印が掲げられたのです。
ネパールのチェパン族の人たちは、バビロンからインダス川を渡り、山間部に入って定着した人たちです。私はネパールでも「バベルの塔から散らされた民」というテーマでお話させていただきましたが、彼らはよく理解しました。
山の中には、今でもバビロンと同じ文化が残っていると言われて本当にびっくりしました。
しかし今回ヒマラヤの北側に私たちを導いてくださったのです。主は働きを中途半端にされることはないと感じました。
今回のツアーに一人の女性が現地で加わり、最後まで行動を共にされました。その方はカザフ人の方でした。カザフ人って聞いたことありますか。カザフ人ほど悲しみの民族はあまりいないです。現在、カザフスタンという国があります。日本の面積の7倍の広大な土地を擁しています。しかし人口はたったの2000万人弱です。
どうして人口が減ったのか。それはかつての共産主義国家ソ連によるものでした。カザフ人たちは遊牧民だったのですが、ソ連は彼らを捕らえて定住化させて、集団農業をさせたのです。その結果、食糧が不足して150万人ぐらいのカザフ人が餓死したと言われます。そして彼らは、様々な国々に離散させられました。ディアスポラと呼ばれるのはユダヤ人だけではありません。カザフ人の辿ってきた歴史をみたら、びっくりしました。
今回同行した女性は「主人も亡くなったし、子どもたちも独立したので、私の残りの人生を100%イエス様に捧げたい」と話されていました。現在、彼女はモンゴルの東方の散らされカザフ人コミュニティに住んでいるのですが、そこで信徒伝道者として、すでに三つの教会を開拓したそうです。
そしてまもなく、母国であるカザフスタンに行って福音を伝えたいと言うのです。「今年中に、カザフに移動するつもりです。ぜひ祈ってほしい」と要請され、皆でお祈りをしました。
カザフスタンはモンゴルの西の端とくっついている広大な地域です。ほとんどがイスラム教徒です。チベット密教、シャーマニズムも強く、福音に対して閉ざされた地域です。