「新城教会を導く滝元順牧師は、試練、苦しみ、そして涙という普遍的な人間の経験を通して、キリスト教信仰の核心を深く探求している。特に愛する妻の病と死という極めて個人的かつ深刻な出来事は、彼の神学的視点に決定的な影響を与え、そのメッセージに一層の深みと共感性をもたらした。本稿では、この経験が滝元牧師の説教および著作における試練、苦しみ、涙のテーマをいかに深化させたかを神学的視点から考察する。」となっていました。
私は本当に軽い人間で、「お前は軽いな」とよく言われましたが、妻が天に帰ったことによって私は、深められたみたいです。これ、AIが総合的に判断して昔のメッセージと比較して、「深くなった」と評価してくれてます。
そして次の項目として、
「妻の病と死がもたらした試練の現実性」
これは私だけでなく、同様なことが起こったときに、参考になると思います。
「滝元牧師が語る試練は、単なる抽象的な概念ではない。妻の長期にわたる病とそれに続く死という現実は、彼にとって最も個人的かつ具体的な試練であった。この経験は、信仰者が直面する苦難がいかに個人的な領域に深く食い込むものであるかを浮き彫りにする。」
うまく表現していますね。
いくら信仰者であっても、試練や苦難は、個人的領域に深く食い込んでくると言うのです。私たちはある意味、覚悟が必要だということが言えるわけです。
「ヨブ記が示すように、義人が苦難に遭うという神学的パラドックスは、滝元牧師の経験を通して、より鮮明に提示される。しかし、この極限の試練の中にあっても、彼は神の主権と摂理を問い続けることで、信仰の根源的な問いと向き合った。彼のメッセージは、このような避けがたい現実の試練の中にあっても、神がともに存在し、その状況を通して私たちを鍛え、成長させようとする神の深い意図があることを切実な実感を伴って証言している。」
これは私のことですが、人生は誰にでも同じようなことが起こります。
「妻の苦しみと自身の苦しみの共有」
「妻の病は、滝元牧師にとって愛する者の苦しみを間近で見つめるという最も深い共感と苦痛を伴う経験であった。この経験は、彼が語る苦しみの概念に、単なる個人的な苦悩を超えた他者との連帯、特にキリストの受難への共感を加味した。」
イエス様の苦しみや悲しみに関して、私はあまり理解していませんでした。しかし、どうも家内の苦しみを間近で見たことによって、イエス様の苦しみを無意識のうちに体験し、共有したみたいです。
「コリント人への手紙Ⅱ 1章5節が示すように、『キリストの苦しみが私たちに溢れているように、キリストによる慰めもまた、私たちに溢れています。』という真理は、妻の苦しみをともに担う中で、より深く理解されたであろう。彼は、苦しみの淵でこそ人は真に神を求め、神の慰めと力を体験するというメッセージを、自らの体験を通して説得力をもって語る。」
人は体験がないと本気では語れないものです。苦しみと悲しみは私には無縁だと信じていましたが、そうではなかったです。しかしそれも無駄にはならなかったようです。本当に感謝しています。
「神への全面的信頼と人間の無力さ」
「妻の病と死という避けられない苦難を通して、彼は人間的な無力さを痛感し、それゆえ神の全能と助けに全面的により頼むことの重要性を強調する。」
私の家内が病気になったとき、人間的な無力さ、どこに頼ってもどうにもならない経験をしました。何度余命宣告されたか分かりません。診察室のモニター画面の前は少しトラウマです。血液検査のデータの数値にどれだけ一喜一憂したことでしょう。それらの苦難を通して、神の全能の助けに全面的により頼むことの重要性を学んだようです。
「妻との別れにおける涙の神聖性と希望」
「滝元牧師のメッセージにおける涙は、妻との別れという最も個人的な経験において、その神聖性と癒しの力を最も強く発揮した。この涙は単なる悲嘆の表出ではなく、深い喪失感の中で神に全てを明け渡す悔い改めと信頼の涙であった。」
親しい家族や親族、友人の死に直面するとき、とめどなく涙が流れ出ます。それもまた無駄ではないと言うのです。そこには神聖性があるのです。神の聖なる性質が慰めを与えてくださるのです。
詩篇56篇8節に、「あなたは私のさまよいを記録し、私の涙をあなたの皮袋に入れました。それはあなたの所に記されています(リビングバイブル)」とあるように、神が私たちの涙を覚えておられるという慰めは、この極限の悲しみの中で彼を支えたであろう。
私は詩篇を何度も読んでいますが、56篇8節にこんな言葉があったんですね。生まれてこの方、どれだけ涙を流したのか分かりませんが、その流した涙の量まで神様の皮袋に保管されているのです。「滝元順、何リットルの涙を流した。それは現在も継続中」と、神の書物に記されているのです。涙が乾いてしまったらどこに行ったのか分かりません。しかし私たちの神は、なんと涙一滴さえも忘れることなく、覚えていてくださるなんてすごいじゃないですか。
「彼はこの涙を通して神の慰めと癒しを望み、やがて来る再会への希望が与えられたことを証言する。妻の死という避けられない現実の中で流された涙は、地上での別れの痛みだけでなく、神の約束に基づく永遠の命と再会への確固たる希望へと繋がるものとして描かれている。」
私たちクリスチャンは、やがて天に帰った兄弟・姉妹、家族、親族と再会することができます。これは事実です。こんな素晴らしいことないじゃないですか。輪廻するわけでもないし、消えてしまうわけでもない。どこかに空気のように漂っているわけでもない。再会することができます。
そして「結論」として次のようになっていました。
「滝元順牧師のメッセージにおける試練・苦しみ、涙のテーマは、愛する妻の病と死という個人的な経験を通して、その神学的深みを増した。この極めて個人的な苦難は、彼が語る神の愛、慰め、そして希望のメッセージに、単なる教義を超えた生きた証としての説得力と共感性を与えている。彼の経験は、信仰者が直面する最も深い悲しみの中にあっても、神がともに存在し、その苦難を通して信仰を練り、最終的な勝利と永遠の希望へ導かれるという、キリスト教信仰の根源的な真理を力強く示していると言えるだろう。」
これを読んで、涙が出ました。多くの試練、悲しみの涙を流してきた甲斐があった、無駄にならなかった! 神の国の拡大のためにも少しでもお役に立てたと心から感謝した次第です。
人生は先ほども述べたように、あっという間に70年、80年が過ぎて終わります。誇りとできるものが労苦と災いであるとしたら、何と悲しいことでしょう。しかし、イエス・キリストを信じる者にとってはそうではありません。
・日々を正しく数える知恵
モーセはこう語っています。「それゆえ私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そして私たちに知恵の心を得させてください。」と。
モーセがこの詩を書いた時期は、人生70年、80年って発言していますから、70歳になる少し手前ぐらいではないかと思います。
実はモーセの人生は3つに分けることができます。前半の40年はファラオの息子として王宮で過ごしました。しかし次の40年は、王宮から追い出されて荒野で苦しみの人生だったのです。彼は、荒野でイテロの羊を飼いながら、「俺、昔はエジプトの王宮で暮らしてたんだけど、へまをやっちまったから、こんなところに来て、これで人生終わるんだろうな……」と、彼は悲観していたと思うのです。しかし彼はその時、神に、「それゆえ私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください」と祈っているのです。そして神の知恵を求め願っているわけです。
私も74歳を直前にして、「あとどのぐらい生きることができるのかな……」と心配になります。孫たちが週に2、3回来てくれるのですが、私を励ますというよりも自分勝手なことをする感じですが、帰るときに孫たちが必ず私に一言、話します。それは「じいじ死ぬなよ・・・」
私は「それは分からん」と答えると、「分からんじゃだめだ。絶対に死なないと言え!」と言うのです。特に男の孫たちが、毎回、言うんです。
年をとると、「あとどれだけ生きることができるのかな……」と、「自分の日を正しく数えることを教えてください」って切実です。終活とか言うじゃないですか。これからどう人生を着地させていくのか、あとどのぐらい残っているのか分からないと、不安です。神の知恵を与えてくださいと祈らざるを得ません。
モーセもきっと荒野で不安になったのでしょう。それで祈ったと思うんです。そうしたら何が起きたのか。彼は人生70年、80年だと思っていましたが、そこからが本番だったのです。モーセはなんと120年生きたのです。80歳でエジプトで奴隷になっていたヘブル人たちを引き出して、荒野を40年旅して、カナンの地の直前まで連れて行ったのです。
彼は長く荒野で生活していた為、荒野を熟知していました。ゆえに彼は案内役が務まったのです。荒野での40年間、彼にとっては苦しみと涙だったのかもしれません。しかしそれが大いに役立って、そこからが人生の本番であったのです。
「私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください」って祈ってください。その祈りは、あなたに神が用意しておられる、人生の真の目的を与える可能性があります。
彼は次にこのように祈っています。
「帰ってきてください、主よ。いつまでこのようなのですか。あなたのしもべを憐れんでください。どうか朝にはあなたの恵みで私たちを満ち足らせ、私たちの全ての日を喜び楽しむようにしてください。」
彼は「帰ってきてください、主よ」と叫んでいます。テレビのニュースなんかを見ると、世界中、不幸だらけです。朝テレビをつけたら高校生が川で溺れて死んだとか、様々な悲しいことばかりでした。家族はどんなに悲しいだろうかと。水難事故には気をつけてください。いつ事故に遭うかもしれないし、病気になるかもしれないし、強盗に出会うかもしれないし、戦争に巻き込まれるかもしれない……。何が起こるのか分からない時代です。
けれども一つの望みは、「主よ、帰ってきてください」という祈りです。モーセもこの祈りを叫んでいるのです。
続いて彼がこんな祈りをしています。
「私たちの全ての日を喜び歌い楽しむようにしてください」と祈っているのです。「あなたが私たちを悩まされた日々を、私たちを災いにあった年々に応じて、私たちを楽しませてください」と言っているんですね。
私もここ数年、試練と苦しみと悲しみ、涙が多かったけれど、こういう祈りをしてもいいんだって……。皆さん今まで人生の中で、どのぐらい悩まれましたか。どのぐらい苦しまれましたか。どのぐらい涙を流されましたか。しかし「災いにあった年々に応じて楽しませてください。」
神は、苦しんだ年々を回復してくださり、報いてくださるお方です。
続いて、「あなたのみわざをあなたのしもべらに、あなたの威光を彼らの子孫に見せてください。私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように、そして私たちの手のわざを確かなものにしてください。どうか私たちの手のわざを確かなものにしてください。」と祈っています。
残されている日々が確かなものになるようにと、モーセは失望と落胆の中で祈ったんだと思います。その時に、彼に残されていた40年、人生の本番が残っていることを知らされたのです。彼はパロの前に引き出され、やがてヘブル民族をエジプトから脱出させたのです。
先週は、新城市に不思議なことが起こった記念の週でした。1994年6月25日、この日、新城教会の若者たちが「マーチフォージーザス」といって、街を賛美して巡っていました。そのただ中で、空に新城を横断・縦断する、巨大な雲の十字架が出現したのです。実際に雲の十字架を見た方、ここにおられますよね。
先日、父の書斎を整理していたら、彼のぼろぼろの聖書が出てきました。その裏表紙にこんなふうに書かれていました。
「全ての国民はあなたを幸せ者というようになる。あなた方が喜びの地となるからだ。万軍の主は仰せられる。」
マラキ書3章12節の御言葉が書かれていて、「2003年、新城教会へ。」と記されていました。
滝元明が2003年に祈っていたとき、この言葉を預言的に、主から受け取ったのでしょう。だから聖書の片隅に、書き残したのだと思います。この街に主が、十字架の雲をもって答えられました。「ここは喜びの地となる!」のです。