1954年12月5日から12日まで、父は初めて他教会で伝道集会の奉仕を依頼されました。それも連続8日間の伝道集会です。すごいですよね。父は麻工場で働いていた職工でした。
キリスト教教育を正式に受けていない町工場の職工さんを招き、いきなり8日間の伝道会を任せるのは、あまりにも無謀すぎます。しかし、この背景にも理由がちゃんとあったのです。
なぜなら、そもそも豊川市に来ていたスウェーデン宣教師たちは、ムーディの強い影響を受けてフランソンが設立した宣教団に属していたからです。彼らは、宣教の情熱に燃えるクリスチャンをすべての階層から集めた団体に属していました。特に彼らは「職人」を大勢集めたようです。
その団体から派遣された宣教師であったために、父を招いてくれたのです。
豊川に来ていた宣教師は、モンゴルから移動してきたレナンデル宣教師でした。彼はフランソンが設立した宣教団体でしたから、教育の程度に関してはあまり問いませんでした。
ただ主に対する情熱と、聖霊によって福音を語る人物として、父を評価してくれたのでしょう。それも父は麻工場の機械を手にしている最中に主の声を聞き、巡回伝道者としての働きが始まったのです。
やがて田中先生とか中村先生、そして私の父がチームとして「日本リバイバルクルセード」を設立しましたが、皆、主に選ばれた職人たちでした。田中先生と中村先生は、かつて製材所の職工でした。父は麻工場の職工でした。
なぜ日本において職人たちが選ばれたのかというと、最初主は、ムーディーを靴屋の職人から選び、19世紀のアメリカにリバイバルを起こされました。その働きはフランソンによってスウェーデンを経て、モンゴルに広がり、日本にももたらされたからです。
こうして見ると、神の働きには筋が通っています。日本リバイバル・クルセードという団体ができなければ、甲子園ミッションもありませんでした。実に、甲子園ミッションのテーマも、主の情熱によって動かされた人たちによって開催されたのです。人間的な組織によるのではなく、リバイバルの情熱を持つ人たちの祈りによって、なされたのです。
このように見ると、ひとりに与えられた主の情熱とその働きは大きなものです。イエス様が父なる神様に従順であったことによって、すべての人類、すべての被造物が回復するというテーマが、すべて、主を信じる者たちに実現するのです。
今日、私たちがこの場所に集っていることは、ただ単なることではなく、重要な主の任務が与えられているということです。そして今回、私たちがモンゴルに派遣されることも、大きな主の計画と使命が共にあるはずです。
今回、スウェーデン宣教師たちがゴビ砂漠で殉教し、血を流したという資料を見つけました。単なるツアーではなく、その土地に立つこと自体、既に大きな勝利の旗印ではないかと感じます。
人類は元々どこで生活していたのかが、聖書に記録されています。それはバベルの塔の辺りに住んでいました。しかし、バベルの塔を建てたことによって、人類は散らされたことも、記録されています。
バベルの塔は、現在のイラン、イラクなどのアラビア半島にありました。そこから西の方に移動した人たちは、ナイル川のほとりにエジプト文明を作りました。また、東の方に移動した人たちは、インダス川のほとりにインダス文明を作ったわけです。
ネパールにはヒマラヤ山脈があります。その手前で、移動した人たちは二手に分かれたはずです。ヒマラヤの南に下ってインドやインドシナ半島方面に移動した人たちと、ヒマラヤ山脈を北に迂回し、中央アジア方面に進出した人たちの二通りあると思われます。
不思議ですが、コロナ以前、新城教会では8年ぐらいにわたり、ネパールの山岳民族のところに遣わされました。チェパン族はインダス川から山岳地帯に移動し、定着した人たちです。そこで8年間、奉仕させていただきました。
そして今、まさか中央アジア方面に遣わされていくとは、夢にも思いませんでした。ゴビ砂漠は、現地の方々の助けがなくては絶対に、入っていくことはできません。観光で訪れることができる場所は限られています。
今回、ムンフ先生がおられるから行くことができるのです。今年の2月、愛知県民の森で、モンゴル、韓国、そして日本が一つになって集会が行われました。その結果として実現した働きです。
私たちが何か策略的に計画したものではありません。本当に不思議ですが、韓国と日本が一致する働きの延長線上に、モンゴルがあったのです。これから主は私たちをどこに導かれるのか楽しみですし、少し不安もあります。
日本に騎馬民族が入ったかどうか、考古学、歴史学の中で議論があるのですが、日本には多くの古墳があります。古墳は4世紀から7世紀の間に作られたものですが、そこから出てくるものは馬具です。
今残っている古墳だけでも15万基ぐらいあるといわれます。当時はどれだけあったか分かりません。その中に残されているものは、馬具であり、鎧兜です。
紀元1世紀頃に、朝鮮半島の南端に伽耶(かや)という騎馬民族国家が存在したことが分かっています。その軍隊が日本に侵入して、縄文人たちを支配して大和王朝ができたという説があります。しかし、日本はなかなかそれを認めようとしません。
私は、バベルの塔から中央アジアの大草原を移動していた人たちが、4世紀から7世紀にかけて日本に大挙、押し寄せてきたのではないかと思っています。そして今度は逆に、モンゴルに出かけていくのは、霊的には、大きな意味があるのではないかと期待しています。
創世記11章5節から8節
そのとき【主】は、人間が建てた町と塔を見るために降りて来られた。
【主】は言われた。「見よ。彼らはひとつの民で、みな同じ話しことばを持っている。このようなことをし始めたのなら、今や、彼らがしようと企てることで、不可能なことは何もない。
さあ、降りて行って、そこで彼らのことばを混乱させ、互いの話しことばが通じないようにしよう。」
【主】が彼らをそこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。
人類がバベルの塔を建てたことを神が危険視して、人々を地の全面に散らしたのです。なぜ神が、人々の行為を危険視したか、よく調べると分かります。バベルの塔はただの塔ではありませんでした。
頂上に神殿があって、悪霊と取引をする「シャーマニズムのための施設」だったのです。悪霊を直接呼び寄せ、取引する施設であったのです。このことを人類が始めたときに、神は人類を危険視して、言葉が通じなくさせています。
当時、バベルの塔の付近には、一つの言葉で一つの文化が形成されていました。一つの言葉で、人類が心を一つにして悪霊を呼ぶようなことが始まったら、人類の得る力は計り知れないものがあったのです。人類はそれほど大きな能力を神から貸与されているということです。
その能力を真の神に向けず、悪魔や悪霊どもに向けてしまった結果、人は地の全面に散らされていったのです。そしてその流れに沿って、私たちも存在しているわけです。
今回ゴビ砂漠に行きますが、一つの大きな霊的な戦いだと思っています。
モンゴルに行くと、砂漠の中に「オボー」という、まさにバベルの塔のミニチュア版がいろんなところにあるのです。これがどういうものかに関しては、午後から少しお話しさせていただきます。これはバベルの塔のミニチュア版です。
シャーマニズムは、悪霊と「直接」取引する場所です。それが砂漠の中に多く存在するのです。そのような文化を今でも保持している人たちが、モンゴルと中央アジア全体に展開している遊牧民です。
ですから、モンゴルの教会の大きな霊的戦いは、シャーマニズムとチベット仏教にあります。両方ともシャーマニズムそのものです。日本の偶像礼拝も突き詰めれば、皆シャーマニズムです。
その結果何が起こるのかというと、お互いの言葉が通じなくなるのです。家の中で「言葉が通じないな…」と感じませんか。同じ日本語を話しているのに、なぜ言葉が通じないのかというと、シャーマニズムが関わっているのです。
先週は盆で、皆、墓参りに行っていました。盆とは、「地獄の蓋が開いて、そこから死者の霊が自宅に帰ってくる」という話です。
先祖が3日間家に滞在するにもかかわらず、人々は墓参りに行きます。墓は留守のはずではないですか。しかし3日経つと先祖はまた地獄に戻るのです。帰るとき、キュウリやナスで馬を作って、川に流します。まさに騎馬民族の姿です。
最近は川に流すと汚れるので、焼却されるわけです。すると仏壇は365日のうち、362日は留守なはずです。しかし日本人はその間も、仏壇を一生懸命拝みます。墓も拝みます。それは大きな矛盾です。
ではなぜ、真剣に拝むのかというと、霊感と手応えを感じるからです。日本の墓は石塔です。あれも、バベルの塔のミニチュア版で、オボーと同じです。
悪霊を呼ぶシャーマニズムの手段です。先祖のふりをした悪霊が降りてくるのです。位牌はどうですか。縦長になっていますね。あれも儒教のシャーマニズムのための道具です。位牌を拝むと、悪霊が直接降りてきて、その結果、家族の中で言葉が通じなくなったり、関係がごちゃごちゃし始めます。また、国単位で意思が通じなくなり、戦争などが起こるわけです。
ですから、世界の問題の根源はバベルの塔と、その後、世界中に展開したシャーマニズムにあると私は思っています。
1992年、この教会に霊的戦いが開かれました。特にシャーマニズムが人々を混乱させる根源にあることを知らされました。主は立ち向かって祈る、「霊的戦いの祈り」を教えてくださいました。
イエス様が天に帰られた後、弟子たちが二階座敷に上り、祈っていたときに聖霊が注がれたのです。人類が高きところ、バベルの塔に登って悪霊を求めたときに、人類は散らされましたが、聖霊によって人々は、一つに集められるのです。
私たちは聖霊によって一つに集められ、神の国に集合するのです。今回、そのようなテーマを持ちながら、私たちはモンゴルに行かせていただきたいと願っています。
今日、新城教会のさまざまな歴史を、18世紀、19世紀から紐解いてみました。実にひとりの人物が神に従うことによって、モンゴルにも福音が伝わり、日本にも福音が伝わり、今私たちは集っているのです。
そして今回、不思議な方法で、モンゴルに遣わされて主にお仕えできるのは、歴史を貫く、大きな神の国のうねりを感じます。人類が散らされたルートを、逆にさかのぼる形で、主が道を開いてくださっているのは感動的です。
ぜひこの働きのために祈っていただきたいと思います。そして、新城教会はモンゴルがなければ今存在していない教会であると理解していただきたいと思います。
今日は午後からモンゴルについて、モンゴルの方からお話を伺い、祈り、備えていきたいと願います。一丸となってモンゴル・ミッションを勝利に導いていただきたいと願っています。
お祈りさせていただいて、メッセージに代えさせていただきます。
天の父なる神様、御名をあがめて心から感謝いたします。
ひとりの人物が主に仕えるときに、大きな御業を起こしてくださいます。今日、お一人おひとり、主に仕える者たちがおります。どうか、その働きを通して、主の大いなる勝利を見せてくださいますように。
今週はモンゴルでリバイバル・ミッションがありますが、この働きの中で良い働きを見せてくださいますように。尊いイエス様の御名によって祈ります。アーメン。