七月は私にとって忘れることができない月です。一九九二年七月九日に、突然この教会で霊的戦いが始まったからです。それも、人から悪霊を追い出すようなものではなく、「悪霊どもは地域に縄張りを持っていて、地域を掴んでいる。地域から悪霊どもを追い出しなさい」と、聖霊によって教えられた事です。そのことを体験した方、かなり少なくなったかもしれませんが、目撃した方も結構おられると思います。
悪魔が縄張りを持っていてその地域を縛っているなんて、考えたことはなかったです。しかし、聖書にはちゃんと書かれていたのです。マルコの福音書五章九節と一〇節を見ると、
「イエスが『おまえの名は何か』とお尋ねになると、彼は『私の名はレギオンです。私たちは大勢ですから』と言った。そして、自分たちをこの地方から追い出さないでください、と懇願した。」
地方とは「町・地域」とも訳すことができます。「この地域には大量の悪霊どもが侵入している。それらを追い出さない限り、リバイバルは起きない」ということを、甲子園ミッションのただ中で教えられました。本当に驚くべきことでした。そのことが始まったときに、日本中の教会、また世界中の教会に波紋を投げかけました。「そんなはずはない、悪霊は人にはつくけど、地域になんかにつくわけがない」と、議論が沸き上がったのです。地域に悪霊が働いていることはありえない、などという本が出たり、ひどく迫害されました。教会が真っ二つに割れてしまうような、まるで異端のように扱われたこともありました。しかし、そうした一石を投じることは良いことなのです。なぜならば、悪霊どもが地域を捕まえているとか、縄張りがあるだなんて考えなかったわけです。
しかし、一石を投じられると、やはり聖書を詳しく調べるようになるわけです。日本中の牧師たち、また世界の牧師たちが「そんなことあるのかな・・」と調べ始めました。
実は、新城で地域の霊的戦いが始まった同時期、地球の裏側のアルゼンチンでも同じ事が起こったのです。日本とアルゼンチンとほぼ同時に起こったのです。当時、世界宣教を調査していた宣教学者たちがすごく注目して、「なぜこういうことが起こるのだろうか」と、大きな議論になりました。そのことによって、いろいろ聖書研究が進んだのです。そしてわかるようになったのです。
「この地方から追い出さないように懇願した」ことは、彼らがその地域を自分たちの縄張りとして認識し、そこでの活動に執着したことを示唆しており、イエス様の権威が単なる個人に対するものではなく、地域全体に広がる悪の勢力に対しても及ぶことを示しているということが、聖書の研究の中でわかるようになったわけです。
そして、「レギオン」とか「地方」を、原語から深く考察していくと、深い意味があることがまた判明したわけです。レギオンはその数の多さと強大な力を示すだけでなく、当時の人々が肌で感じていたローマ帝国による支配という抑圧の象徴としても機能していたのです。悪霊がこの名を名乗ることで、その苦しみが単なる個人的なものではなく、より広範な社会的な抑圧とも結び付けられる可能性を示唆しているのです。一方、「地方」は悪霊たちの活動領域であり、彼らが固執する場所です。これは古代の悪霊観に根ざしたものであり、悪霊が特定の場所から離れることを嫌うという特性を強調しているのです。また、物語の舞台が異邦人の地であることも、地方の持つ意味に深みを与えています。これらのギリシャ語の考察は、この聖句が単なる奇跡の物語であるだけでなく、当時の社会状況や人々の信仰、そして悪霊という存在への理解を反映していることを示しています。イエスが悪霊のレギオンを特定の地方から追い出す行為は、単なる病気治癒ではなく、支配と抑圧からの解放、そして神の権威の確立を象徴していると言えるのです。
新城教会とアルゼンチンで地域の霊的戦いが起こったことによって、世界が真剣に調べたわけです。悪霊は単体で働いているのではないとわかるようになったわけです。そして、新城でなぜそれが起こったかに関しても、気づかされたのです。
ご存知のように、一六世紀に新城市で大きな戦いがありました。設楽ヶ原の戦いです。数時間の戦闘で「一万六千人」の人たちが死んだのです。教会の前の広場です。数時間の戦闘で一万六千人です。ガザで最新兵器を使用しても、二年間で五万人くらいです。近代でもありえないことがこの教会の前で起こったのです。だから、この罪を通して悪霊どもがこの地域に大量に侵入した。ある意味で、世界で最も強力な悪霊どもが大量に流入したのが設楽ヶ原かもしれないのです。それが起こったのは一五七五年七月九日でしたが、なんと神様は日にちも取り戻すために、一九九二年七月九日の朝六時、卯の刻に霊的戦いを始められたのです。
最初、それを預言的に、感覚的に示されました。これは強いものがいるな、と。しかしやがて聖書を通し、様々なことを通して、神から来たものであることを教えてくださいました。
そのときに主は「町の四隅に行け」と語られたのです。四隅に行って町を取り囲み、街に侵入している暗闇に立ち向かって祈れ、と。ある方々に預言の賜物が与えられ、主から押されました。預言を語る人だけでなく、私たちにも同じ霊が注がれるのです。私は義也さんと一緒に新城の北の端っこに行ったのです。そこは、本宮山に登っていく鬱蒼としたところで、そこで祈りました。当時は携帯電話などありませんでしたが、連絡用に無線機を使っていました。無線機は最新のものだったので、教会で預言的な賜物を持っている方々が祈っていて、四隅に行って、繋いで祈りました。そして帰ろうとしたら、教会の会堂で祈っている人から無線連絡があって、「順先生、そこを登ってくれますか。登っていくと、左側に偶像がありますから」と。なぜそんなことがわかるのかと尋ねると、「祈っているとその光景が見えます」と言うのです。今から三三年前、草がぼうぼうで、登っていきたくない感じだったのです。そうしたらまた連絡がありました。「イエス様が順先生が今、心の中で『登って行きたくない』と思っているから、上っていくように言えと言われました」と。私はドキッとしました。登っていきたいと思っていなかったからです。そうしたらこう言うんです。「そんなに心配しなくても、しばらく登ると左側にありますから」と。
それで登っていたんです。一五〇メートルぐらい登りましたか、左側に霊能者が作った祭壇がありました。悪霊を呼ぶ場所です。おどろおどろしい場所で、山に登る人たちが小さな狐の置物を奉納して、狐の山になっていたのです。草むらの中です。どうしてこれが、会堂で祈っている人たちに分かったのか。それは、聖霊様が教えたのです。これは人の働きじゃない、神の働きだなと分かりました。
色々なことを通して、町に悪霊どもが侵入している。そしてこの四隅をオセロと同じように勝ち取らないと、悪の手からこの町を解放することはできないということが分かりました。いつしかこの祈りをX(エックス)祈祷と呼ぶようになりました。
私はアルゼンチンに行ってびっくりしました。アルゼンチンの若者たちがX模様のTシャツを着ていたんです。「これは何ですか?」と聞いたら、「これは町のために祈る方策です。」と答えました。彼らも新城と同じように教えられたのです。「町の四隅に立って、街を勝ち取るために祈れ」と。
町を勝ち取る祈りが始まったのが、この七月です。
今まで意識していなかったから、悪魔は黙っていましたが、意識し始めたら彼らも挑戦してきました。色々な問題が起こり始めたのです。甲子園ミッションの働きの最中でしたが、働きを妨害する勢力が起こってきました。事務所が兵庫県の西宮にあったのですが、そこに脅迫状などが送られてきたり、集会をやろうとすると電柱に卑猥な写真とともに「リバイバルミッションの集会はこちら」なんていうポスターが貼ってあったりしました。そして、背の高い太った男が侵入してきて、何度も集会を妨害されたりして、本当にへこんでしまいました。あるとき、日本の有名な伝道者の先生方が一堂に集まって、兵庫県の尼崎市にあるアルカイックホールというところで集会を行ったときに、その妨害の男が入ってきたのです。私は賛美リードをしていて、その男は私の目の前に座りました。そして、エクソシスト映画のように男の目が白目になりました。目の前で目玉がくるっと真っ白になりました。舌をベロベロっと出して挑発したのです。私は力がなくなってしまいました。集会が終わってから、私の父、田中先生、申賢均先生など、日本の歴々の先生方がその男に監禁されたのです。一つの部屋に監禁され、身動きできませんでした。なぜならば彼は、紙袋を持っていました。当時、紙袋の中に刺身包丁を入れて、多くの人を刺すという事件が起こっていて、その犯人が捕まっていなかったのです。彼はそれをもじってやってきたのです。私は彼が犯人だと思いました。その男は勝ち誇って、「お前ら怖いだろう、俺が」と、田中先生の頬を叩きました。「こんな集会やめてしまえ」と脅しました。私は、本当に力が抜けきってしまいました。私は端っこに監禁されて、そこにひれ伏して「神様助けてください」と祈りました。すると聖書のみことばがフッと目に入ったのです。そのみことばで励まされました。それはイザヤ書三五章三節から五節です。
「弱った手を強め、よろめく膝をしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。『強くあれ。恐れるな。見よ。あなたがたの神が、復讐が、神の報いがやって来る。神は来て、あなたがたを救われる。』そのとき、目の見えない者の目は開かれ、耳の聞こえない者の耳は開けられる。」
聖書が私に呼びかけてくるような体験でした。ポパイがほうれん草を食べたように、私は元気になってしまいました。監禁されている中で、私はその男のところに、にじり寄って、袋の中に本当に包丁があるのかどうか覗きました。すると中身は包丁じゃなかったのです。聖書が入っていました。「こいつが持っているのは、包丁じゃない」と叫び、私は彼に飛びかかったのです。
すると田中政男先生が「順、やめろ!」と叫びました。今でも「やめろ、やめろ、やめろ・・・」と響いています。
飛びかかってみると、すごくでかい男に見えていたのが、風船の空気が抜けるように小さくなりました。すると警察が来て、彼は捕まりました。それから妨害が終わりました。
しかし九二年は最悪でした。けれども、それが主の戦いだということをはっきり教えられました。それで、今があります。あのときに主に叫び求めなければ、今はありません。
先日、父の記念室で母がよく祈っていたと聞きましたので、私も祈ってみようと思って行きました。父の机の上に、彼が使っていた聖書が開かれ置かれていました。ボロボロの聖書です。それを見たら、私に呼びかけるかのように「順牧師」と記されていました。見ると、みことばが括弧でくくられていました。イザヤ書三五章三節から五節でした。
「『弱った手を強め、よろめく膝をしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。『強くあれ。恐れるな。見よ。あなたがたの神が、復讐が、神の報いがやって来る。神は来て、あなたがたを救われる。』そのとき、目の見えない者の目は開かれ、耳の聞こえない者の耳は開けられる。』」
それを見て、たいへん感動しました。もう一度、兜の緒を締めて戦いなさい、と天から語られているような気がしました。世代が変わるこの時期に、新たなる戦いを始めなさいと言われているかのようでした。
九二年七月に大きな主からの励ましがあったと前にも話しました。天に十字架を見たからです。それは七月三一日のことでした。名古屋のあるお宅に家庭集会に行った時のことでした。当時、多くの問題があって気持ちがへこんで、辞めたくなっていました。
その日、突然雲の中から十字架が飛び出てきたのです。びっくりしました。私は目の錯覚かと思って目をこすると、もう一度、右下に今度は少し薄い色の十字架、教会の屋根の十字架と会堂の十字架のイメージでした。
私にとって、十字架を空に見たことは、今まで色々な試練がありましたが、その体験が私を強く支えました。「イエス様の十字架の勝利は、絶対に真実だ」と、信じられるからです。