特に、今週は、神が私たちに、パスワードを教えてくれる週です。それは何かと言ったら、「イエスさまの十字架と復活」です。その重要な週であるからです。今週は是非とも、祈り深く、注意深く、生きていただきたいと思います。
復活祭、イースターとも呼びますが、クリスチャンは「イースター」という呼び名を使わないほうがいいです。なぜならば「イースター」とは、「イオストレ」が原語で、春の女神のことです。なぜか知りませんが、イエスさまの復活の日が春の女神、異教の神の名前に変わってしまったのです。日本的に言えば、イエスさまのよみがえりの日を「アマテラス」であったり、「大日如来」と変えられたのと同じです。「イースター」とは、「春の女神」ヴィーナスの名前です。クリスチャンが使うのは不適切です。復活祭と呼んだ方が良いと思います。
また、復活祭が面倒なのは、毎年、日程が変わるからです。今年は四月十七日ですが、来年になるとまた変わります。去年は四月四日でした。今年は四月十七日。来年になりますとまた変わって、九日になったり、どんどん変わるわけです。しかし変わらないのは、「日曜日」という曜日は変わりません。なんだかちょっと、変だと思いませんか?
復活祭って、どのように日程が決められているのかと言うと、現代の復活祭の日程は、
「春分の日の後の、最初の満月の、翌、日曜日」と規定されています。それで毎年、日程が変わるわけです。
誕生日を毎年変えられたらどうですか?「滝元順の誕生日は、春分の日の、後の最初の満月の翌日曜日だ。」なんて言われたら、混乱します。
イエスさまが復活された日って、変わるはずはないのです。なぜこのように変わったのかというと、パスワードを変更する力が働いたからです。本来はしっかりと決まっていたのが、悪魔がパスワードを奪い、不明にさせたのです。これを知られたら、人類が神さまの力を体験するから、パスワードを隠してしまえ!と、変更したのです。それをおめでたいことに、教会は理解していません。
復活祭で変わらないのは、「曜日だけ」です。金曜日にイエスさまは十字架にかかって、土・日と墓場にいて、日曜日の早朝によみがえったという、「金・土・日」という曜日設定は変わらないのです。しかし毎年、日程は変わるのです。これって本当におかしいですよね。なぜ、金土日にこだわるのかと言うことです。ここに悪魔の策略があるわけです。

ダニエル書に、「パスワードが変えられることがあるから気をつけろ」という預言がありす。ダニエル書七章を、今までの世界史と重ねてみると理解できます。ダニエルは紀元前六世紀ぐらいの預言者です。すごいことを預言したことが分かります。
ここには十本の角が出てきたり、短い角が出てきたりして、わけがわからないのですが、十本の角とは、歴史的に解釈するとローマ帝国がやがて十の国々に分かれると言う預言でした。その通りになりました。その後、それらも崩れて、短い角は、小さくても強力な世界を治める王が出てくることを預言したのです。
短い角の王は「時と法則を変えようとする」というのです。神によって設定された時間と法則を変える存在が出て来ると、ダニエルは預言したのです。
ローマ帝国は、世界一の権力を誇り、広い地域を治めた国でした。イエスさまの時代も、ローマ帝国の支配下にあったのですが、やがて物理的に広い帝国ではなく、ローマ帝国は精神的な帝国に変わると預言されていました。

パウロたちは頑張って、ローマにまで福音を伝えたのですが、やがてローマは、キリスト教を国の宗教として採用しました。キリスト教も国教化され、国家と結びつくといのちを失います。まさしくそのことがローマでも起きました。教会は国と癒着して堕落し、当時の異教宗教と合体したのです。それで出来たのが、ローマ・カトリック教会でした。彼らは信徒たちに、
「新約にある信者は、安息日を含め、主の例祭を祝わないようにせよ。祝う者は信者間の交わりから除名する」と通告しました。
信じられないです。キリスト教は、元々、旧約聖書に基づいていています。ところが「旧約聖書の例祭を守るな!」と言ったわけです。それを意識したら「信者間の交わりから除名する。」と言いました。当時、国教であるローマ・カトリック教会に属していなかったら、誰も、天国には行けないという教えがありました。だから皆、恐れました。
このことによってキリスト教会は「元木であるヘブル的ユダヤ的ルーツから切り離されてしまった」のです。
つまり「主の例祭に込められた神の啓示を悟ることができなくなってしまった」わけです。

ローマ帝国は、クリスチャンが増えたら、サンデーローを作りました。「日曜日以外に礼拝してはいけない。」という法律でした。ローマの太陽礼拝の日に、礼拝する日を変えろ!と強制的に変えたわけです。
もちろん、新約時代は、いつ主を礼拝してもいいわけですけれども、こういう歴史があった事を知るか、知らないかは、パスワードが生きるか死ぬかに関わるわけです。歴史に、様々な悪魔の策略があったことを知るのは重要です。

そんな中、復活祭は、「春分の日以降の最初の満月から数えて最初の日曜日」と、「AD三二五年のニケーア公会議で、ローマ・カトリック教会が決めた」わけです。ローマ・カトリック教会は聖書の時と法則を、エジプトの太陽暦に変更したのです。パスワードの設定を壊し、教会にウイルスを入れたわけです。

今日の午後から、証し会があります。たいへん興味深い証し会ですから、出席していただきたいと思います。ネットでも見ていただけます。四人の方々が証ししてくださいます。どれもこれも本当に濃いと言うか、普通じゃ聞けない、主との出会いです。
そんな中、一人の方は元々は自分が正しいクリスチャンだと思って、ローマ・カトリック教会にいたと言うのです。多くのクリスチャンは、カトリック教会はキリスト教の原点みたいに考えます。
彼女は、自分がクリスチャンだと思っていたそうですが、その中で見たものは、偶像礼拝そのものだったと言うのです。彼女はそのことに気づいたのです。
ある日私が「マリヤ崇拝は偶像礼拝だよ」と話したら、彼女は頭にきて、怒って帰ったと言うのです。しかし自分でしっかりと聖書を調べて気づいたというのです。「ローマ・カトリックは、権力者と異教が結びついた宗教だ。」と分かって、そこから離れたのです。そうしたら、家族・親族の中に、多くの奇跡が起こって、彼女一人がイエス・キリストをしっかりと信じたことによって、四十人以上の人たちが解放され、救われました。今日そんなことも聞くことができます。
ローマ・カトリックは悪魔が作った傑作みたいなところがあるわけです。バチカンは、イタリア国内にある、世界で一番小さな国です。面積は皇居の三分の一くらいだそうです。けれども、この国は世界中を支配しています。国民は、どのくらいいるか知っていますか?皇居の三分の一の小さなバチカン市国に、何人住んでいると思いますか?なんと「十三億人」です。こんな所に住めるのか!ここは事務所だけです。世界中にカトリック信徒たちは十三億人です。まさしく「精神的帝国」と呼ばれるローマ帝国です。
それが神が設定したパスワードを変えたというのが、歴史が証明するところです。

イスラエルがエジプトで奴隷にされていた頃、彼らはどんな暦で生活していたのかと言うと、エジプトは太陽神ラーを崇拝していましたから、太陽暦でした。私たちが使っているのと同じ太陽暦を使っていたわけです。ヘブル民族は四百三十年間、エジプトに奴隷として捕らえられていました。しかし神がヘブル民族を解放した時に、何をされたのかと言いますと、
出エジプトを前に、「ヘブル民族がエジプトで慣れ親しんだ、太陽暦を捨てさせ、太陰暦に変更させた」のです。
出エジプト記十二章一〜三節、

『主は、エジプトの国でモーセとアロンに言われた。「この月をあなたがたの月の始まりとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。イスラエルの全会衆は次のように告げよ。この月の十日に、それぞれが一族ごとに羊を、すなわち、家ごとに羊を用意しなさい。』

太陽暦の只中で、「暦を変更しろ」と言うのです。「この月をあなたがたの月の始まりとしなさい。」そして「この月の十日に、家ごとに一頭の羊を用意しなさい。」と命じられました。
続く十二章六〜七節、

『あなたがたはこの月の十四日までそれをよく見守る。そしてイスラエルの会衆の集会全体は、夕暮れにそれをほふり、その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいに、塗らなければならない。』

今月を第一の月として、その十日目に羊を用意し、十四日目にその羊を殺して、その血を柱とかもいに塗りなさいと告げられたのです。
ヘブル民族は神の声を聞いて、エジプトの太陽暦のただ中で、神から教えられた暦に変更しました。そして第一の月の十四日に過越の祭りを行いました。そうしたら、家族が救われたのです。

先週も「家族のために戦いなさい!」というメッセージを聞きましたけれど、悪魔は家族を狙っています。エジプトに奴隷となっていたヘブル民族は、家族もみんな奴隷でした。新しい世代も、みんな奴隷でした。しかし奴隷から解放されるきっかけとなったのが、なんと「エジプトの暦を守らないで、神が教える暦を実行し、十四日に羊を殺して、その血をかもいと柱に塗りなさい」でした。そうしたら、家族が救われますよ!
エジプト中の長男が死んでしまったただ中で、ヘブル民族の家族は助かったのです。そして、カナンの地に向けて旅立つ事ができたのです。

これは今から三千数百年前に起こったことですが、何を意味しているのかと言いますと、これこそ「イエスさまの十字架と復活」を指し示しています。イエスさまがお生まれになる千何百年も前から、神の暦に含まれていたのです。
何が言えるのでしょうか。今私たちは、太陽暦の中で生活しています。今日は二〇二二年四月十日、太陽暦です。そんな中で、神さまが教える暦を知る事は大切だと言うことです。
第一の月の十四日、「過越」の日を特定できたら、家族の中に大きな勝利が表されるということです。暦の中に、イエスさまの十字架と復活の真理が隠されているからです。

さて先ほど話しましたように、現在、「春分の日から最初の満月が来て、満月の、次の日曜日を復活祭とせよ」と、四世紀のニケーア公会議で決められたのですが、これを現代の太陽暦に落とし込んでみると、どうなるのでしょうか。
春分の日って、いつか覚えていますか?「三月二十一日」でした。春分の日は昔から重要でした。春分の日は、昼の長さと夜の長さが同じで、古代人たちはその日を見つけ、一年が終わったと判断しました。
太陰暦では、新月から新しい月が始まります。エジプトの太陽暦のただ中で、主は新しい暦に変えろと命じられたわけです。どういう風に変えろと言ったのでしょうか。まずは春分の日を意識させられたはずです。それがある意味で一年の区切りです。
その後の新月となると、太陽暦に直しますと、今年は「四月二日」が新月でした。その後の満月と言うと、「四月十七日」が満月になります。今回は、満月と日曜日が重なっています。四月十七日、太陰暦と太陽暦の曜日がダブっています。こんな年、ないですよね。

 聖書を見ますと、ニサンの月(第一の月)の十四日が過越の祭の本番、十五日は安息日ですが、大いなる日と呼ばれました。そして十六日が「初穂の祭り」でした。それを太陽暦「金・土・日」に重ねると、過越の祭が「四月十五日」、「十六日が安息日」、そして、「十七日が日曜日、初穂の祭」で、イエスさまのよみがえりの日となります。
今まで、復活祭の日程は毎年変わり、「金・土・日」だけは変わりませんでした。ローマ・カトリック教会は、自分たちの都合に合わせて、「イエスさまが十字架にかかったのは金曜日。よみがえったのは日曜日だ」と嘘ぶいていたわけです。

毎年、日程は変わるので、日程はほとんど意識されません。しかし曜日だけは意識させられます。毎年、こんなものか、と復活祭を祝っていたのですが、今年は、偽りが破られる年なのです。今までの金土日という偽りが破られて、この上に、神が設定された真の暦が覆いかぶさる特殊な年なのです。
今年、復活祭を祝うということは、真の復活祭を祝うことになります。今年の復活祭を逃したら、今後、ダブる年がいつやってくるのか分かりません。今年は素晴らしい天のしるしが地上に表される復活祭となります。