復活祭記念礼拝

最近よくお話ししていますが、死後の世界の教会と地上の教会は「一つ」なのです。場所は分かれていますが、存在の次元において分断はありません。一つの教会が、二つの状態で存在しているに過ぎないのです。そして、主の再臨を待ち望む希望もまた、一つです。
目には見えませんが、今日、この礼拝堂の空間には、天に帰った兄弟姉妹が重なるようにして存在し、私たちとともに主を礼拝しています。私たちはこの地上から十字架を仰ぎ見、彼らはパラダイスから主を仰ぎ見ています。同じ空間の中で、主を見つめているのです。その事実を心に留めるならば、これほど心強いことはありません。

今日は納骨堂が開放されていますので、お時間のある方はぜひお立ち寄りください。
この新城教会が歩んできた76年の歳月を振り返る時、最初にクリスチャンになられたのがどなたか、ご存知でしょうか。
76年前、私の父が津具金鉱山の坑内で働いていた時、ガス灯の微かな明かりの下で、一人の女性を信仰へと導きました。それが原田操さんという方でした。そして、新城教会の歴史の中で、最初に天国へと召されたのは誰でしょうか。それも操さんのご家族でした。
31歳という若さで、1956年に亡くなった操さんの息子さん、二一さんです。私は当時のことをよく覚えています。私が幼稚園児だった頃、父が夜中に悲痛な面持ちで帰宅し、「にいち君が死んでしまった」と言って肩を落としていました。当時は肺病が猛威を振るっていた時代でした。しかし、彼こそが新城教会から天の御国へと向かった第一号の方でした。

私は彼らこそが教会の原点であると思い、先週、納骨堂の墓標に手を置いて祈りました。「主よ、この方々も天の教会の連なりの中にあり、彼らが主を賛美し、祈る者たちとしてください」と。
そうしたところ、驚くべきことに、祈りは即座に応えられました。祈りを捧げたわずか1時間後、50年もの間、全く音沙汰のなかった原田家のご親族から電話がかかってきたのです。これこそ、天と地が繋がっている証拠ではないでしょうか。
その方が送ってくださった写真が、今映し出されているものです。操おばあちゃんと私の父が1995年に撮影した一枚です。これを見た時、「天と地は一つに繋がっているのだ」と、肌で感じました。

皆さん、私は根拠のない気休めを言っているのではありません。自身の体験に基づいても、お話ししています。私たちは、死んだら全く無関係な遠い世界へ行ってしまうと思いがちですが、イエスを信じる「教会」という場所において、天と地は分かちがたく重なり合っているのです。
今日の召天者記念会も、別れに寂しさを覚えた方もおられるでしょう。私の家内が召されて4回目の春を迎えます。

こちらの写真をご覧ください。家内と共に写った一枚ですが、撮影場所はどこだと思われますか。2022年、彼女が亡くなるわずか4ヶ月前に、納骨堂の前で撮ったものです。そのわずか数ヶ月後には、彼女がここに納められるなどとは、当時の私は夢にも思っていませんでした。しかし、12月には帰らぬ人となりました。
人生というものの虚しさを感じることもあります。しかし、今となってはこの写真を撮っておいて本当に良かったと思います。これを見返すと、今も不思議な感慨に包まれます。

また、以前からお伝えしている「金魚草」の話があります。家内が亡くなる半年ほど前に、彼女が買ってきた鉢植えの植物です。彼女の形見となったその金魚草が今どうなっているか、定期的にレポートしていますが、今朝の様子をぜひご覧ください。
ほら、これほどまでに見事に咲き誇っているのです。私が黄色い花を好むことを知っていたのでしょう、元々は色とりどりだった花が、いつの間にか黄色一色に統一されて咲くようになりました。「まだ私のことを想っていてくれるのだな」と、彼女の愛を感じずにはいられません。

この金魚草が4年もの間、絶えることなく生き続けていることがあまりに不思議で、最近使い始めたChatGPTに評価を求めてみました。すると、AIはこう答えたのです。「4年間維持されているのは実に驚くべきことです。株そのものが生き続けているか、あるいは自然に世代交代を繰り返しているのでしょう。神学的に見るならば、その花こそ、あなたが今語っているテーマそのものです。ところで、一体どうやってそんなに上手く育てているのですか、ぜひ教えてください」と。
これには私も答えに窮しました。私はただ、水をぶっかけているだけですから。しかし、これこそが天と地が強力に繋がっているという、一つの目に見える形ではないでしょうか。聖書に記された約束の言葉は、確実に実現するのです。

本日拝読したマタイの福音書27章50節から53節のみことばは、イエス様の十字架と復活という劇的な出来事の中で、ややもすれば見過ごされがちな箇所かもしれません。しかし、ここには重要な事実が記されています。

「しかし、イエスは再び大声で叫んで息を引き取られた。すると見よ、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。地が揺れ動き、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる人々の体が生き返った。彼らはイエスの復活の後で墓から出てきて、聖なる都に入り、多くの人に現れた」

イエス様は、死に圧倒されて敗北したのではありません。ご自分の意志で、息を父なる神に返し、またそれを受け取ることができたのです。なぜなら、イエス様ご自身が神であられるからです。イエス様が死なれた瞬間、大地震が起こり、岩が裂け、墓が開きました。そして、眠りについていた旧約時代の聖徒たちが蘇ったというのです。
彼らはユダヤ教的な信仰の中で、かつては神の祝福の外にある「シェオル(黄泉)」という場所に留まっていました。しかし、イエス様の十字架の死は、古代教会において「死の征服」であると理解されました。
特に正教会(東方教会)の復活神学では、復活は「死の破壊」と表現されます。復活祭で歌われる「パスクヮのトロパリオン」という賛美歌には、「キリストは死者の中から復活し、死によって死を踏み砕き、墓の中にいる者たちに命を与えられた」という一節があります。

イエス様が死を経験された理由。それは、死を打ち破るためでした。ただし、注意すべきは「イエス様は死と戦って勝ったのではない」という点です。むしろ、「死の領域の内部へと敢えて侵入し、死というシステムを内側から爆破、破壊した」のです。
イエス様は、死という霊的な力とチャンバラをして勝利を収めたのではありません。自ら死の中へ飛び込み、神の祝福から外れたとされていた人たちを、閉じ込めていた檻を、根底から粉砕されたのです。

これは、ギリシャ神話の「トロイの木馬」を想起させる壮大な出来事です。城の中に贈られた巨大な木馬から兵士が現れ、内部から城を制圧したように、イエス様は十字架の死を通じて死後の世界(シェオル)へと入り込み、その世界そのものをぶち壊してしまわれたのです。
だからこそ、それまでシェオルに閉じ込められていた旧約時代の聖なる人々が復活したのです。イエス様の十字架とは、悪魔をご自身の死によって滅ぼし、死の恐怖によって一生涯奴隷となっていた人々を解放する、決定的な勝利の業でした。これこそが、キリスト教が提示する真実の死後観です。この壮大な物語を知れば、誰もがこの救いを選択するはずだと確信します。

「人は死んだらどうなるのか」。
ここで、世界二大宗教を比較してみましょう。それは仏教とキリスト教です。死後の世界をどう定義するかは、宗教の果たすべき最も重要な役割です。

先日、教会の信徒の方から、親族の曹洞宗の葬儀に参列した際の話を伺いました。そこで配られた「葬儀聖典」という冊子を、私も目にする機会がありました。そこには、その教派が考える死後の世界が明文化されていました。
仏教の死生観は、徹頭徹尾「輪廻」に基づいています。今の人間界を去った後、残された五つの世界のいずれかに再び生まれるというのです。どこへ行くかは死んでからのお楽しみ……かと思いきや、その冊子にはより具体的なことが記されていました。
それによれば、「仏教において葬儀は意味を持つが、それ以上に重要なのは『中陰』と呼ばれる49日間の供養である」というのです。

死亡してから行き先が決定するまでの準備期間が49日間あり、その間、遺族や親族は喪に服し、故人が地獄の苦しみを免れて浄土に登れるよう、懸命に「追善供養」に励まなければならないと書かれています。

つまり、人は死後、まず「地獄」の状態からスタートし、そこから少しずつ這い上がっていかなければならないという考え方なのです。

さらに、故人が浄土に行けるかどうかは、生きている遺族がいかに信心を深め、善行功徳を積むかにかかっていると説かれています。「善因なきところに善果は生じない」という厳格な因果応報の論理です。
死亡した本人はもはや何もできません。親族が殺生を慎み、和尚の指南を仰いで位牌や墓塔への供養を尽くすことで、ようやく故人の行き先が安楽なものになるというシステムです。
極端な話、もし家族が何もしてくれなければ、故人は地獄に取り残されたままになります。49日間は蚊の一匹も叩いてはいけません。カラオケや娯楽も慎み、じっと位牌の前で供養しなければならない。これらすべてに、和尚が必要とされる仕組みとして完成されています。すべて「中陰の供養によって故人の往生先が決定される」というのです。

仏教の葬儀を行うということは、暗黙のうちにこの世界観を承諾したことになります。ところが、その方は葬儀が終わってからこの冊子を渡されたそうです。これではあまりに不親切だと言わざるを得ません。仏教はこのような内容であるがゆえに、あまり積極的な勉強会を行わない傾向があります。真実を知ってしまうと、誰もが不安になってしまうからです。
しかし、私たちの教会はどうでしょうか。情報が完全に公開されており、誰でも学べる環境があります。「キリスト教はこうですよ」と、最初から明かしているのです。

プロテスタント教会の死後観は、全く異なります。「死後、直ちにパラダイスへと引き上げられ、先立ちし家族や友とともに喜び、復活の日を待ち望む」のです。生きている家族がその後何をしていようと、救いの確信は揺るぎません。私は妻の葬儀の後、家族で焼肉屋へ行きました。それでも全く構わないのです。仏教の基準に照らせば大変な不祥事でしょうが、キリスト教においては自由なのです。

キリスト教の救いを一言で表すならば、エペソ人への手紙2章にある通り、「背きの中に死んでいた私たちをキリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは、恵みによるのです」という言葉に尽きます。

再び十字架の隣の強盗を思い出してください。彼はその人生の最期に、考えを改めただけです。「主よ、私を覚えていてください」と。その瞬間の告白によって、彼はパラダイスへと迎えられました。何の努力も、家族による追善供養も、一切必要ありませんでした。これが福音です。

二つの宗教を比較して、皆様はどちらを選ばれるでしょうか。ここにおられる多くの方は、恵みによって救われたことを確信し、イエス様を救い主としてお迎えしています。他方、死者は自らの運命を左右できず、親族に依存せざるを得ないのです。だからこそ日本人は、先祖供養を繰り返すのです。

もし選べるのであれば、私は迷うことなくキリスト教を選びます。ただ恵みによって救われる、これほど理にかなった救いは他にありません。これは特定の宗教への批判ではなく、誰もがいつか経験する「死」を前にして、どの世界観を自らのものとして選択するかという、人生における最も重要な決断の話なのです。

死は、断絶ではありません。肉眼では見えず、会話を交わすことも叶いませんが、私たちは死後の世界の方々と今も共に歩んでいます。そのために立てられた共同体こそが、教会なのです。そして、その目に見えない連なりを最も深く体験する場が「聖餐式」です。聖餐式について、研究すればするほど、その深遠な意味に驚かされます。

聖餐式とは、かつて「死者の国への侵入」を意味しました。それは単なる過去を懐かしむ記念儀式ではなく、十字架と復活という歴史的事実への参与です。コリント人への手紙にある通り、私たちが受けるパンと杯は、キリストの体と血に与かることを意味します。天の御国では常に絶え間ない賛美と宴が繰り広げられていますが、私たちがこの地上で聖餐に与かる時、その賛美の輪の中に、私たちも加わることができるのです。