“あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。”
そのみことばで、はっ!と気がつきました。「あぁ、自分はイエスさまを信じている。父なる神さま、聖霊さまである助け主が私の中にいるのだ!」ということがわかった時に、真っ暗闇だった心に、光が差し込むような感覚があり、自分は生まれ変わってしまったのです。みことばを与えられたとき暗闇、恐れが一瞬で消えました。「自分は死んだら、天国に行ける。なんと素晴らしいことだ」と、心の底から喜びが湧いてきました。
「イエスキリストの十字架と復活によって、天国に行くことができる」ということを確信することができました。
“あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。”
このみことばによって恐れから一瞬のうちに変えて頂きました。だからこそ今、大胆に確信をもって語ることができているのです。あの体験があったからこそ主は生きていることがはっきりわかりました。あなたもイエスキリストを信じたら天国に行けるのです。
また、ピリピ人への手紙一章十二節にこんなみことばがあります。
“さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。”
ピリピ書はパウロが書いた書簡です。パウロは、聖書に書いてありますように、何度も投獄され、鞭打たれ、迫害を受けて、命の危機にさらされるようなことも経験してきました。Ⅱコリント十一章二四節~二七節
゛ユダヤ人から三十九のむちを受けたことが五度、むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります。幾度も旅をし、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、異邦人から受ける難、都市の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました。゛
そんな体験をした彼が、ピリピ人への手紙一章十二節
“さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。”
今どんな悪い状況にあっても、前進しなさい。神さまは生きていて、必ず良くしてくださるということを感謝します!私たちが逆境の中に置かれたときでも、神さまの視点というものがあります。悪い状況からも良いことが生まれることを信じましょう。
私は二〇一九年十月一日、朝のことでした。私は脳梗塞を起こしました。顔が麻痺し、口も動かなくなって、うまくしゃべれなくなってしまいました。ちょうどそのとき、息子夫婦が同居していたので、三男が一緒に救急車に乗って、豊川市民病院に搬送されました。彼は当時「自分が両親の介護をしないといけない」と、思いがよぎったようです。しかしその中でも奇跡的に私を助けてくださり、後遺症もなく回復させてくださいました。けれども、そのときにひとつの事がわかりました。それは自分の心臓のすぐ上の動脈に「こぶ」がある、瘤があるということがわかったのです。医者からは、「これはすぐに手術して取らなければいけません。手術しましょう」と言われました。「なんで後遺症もなく脳梗塞も癒されたのに、今度は動脈瘤?またか」と、心が沈みました。でも先ほどのパウロのように、逆境の時に神の視点がありました。脳梗塞を発症しなかったら上行大動脈瘤見つかりませんでした。何の症状もありませんでした。もしそのまま生活していたら、突然大動脈破裂か大動脈解離で命を落としていたかもしれません。しかし、神さまは脳梗塞というプレゼントを送って下さり、新たな病気を示してくださり、そして私は手術をさせていただいて、今、皆さんの前で立たせて頂いています。
私たちは「なぜ?」と思うような出来事の背後にも、神のみ手があり、神さまの視点というものがありました。「あなたを絶対に良くしてあげるよ」と教えてくださっています。みことばは生きています。ローマ八章二八節
゛神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。゛
神がすべてのことを働かせて益としてくださるのです。逆境の中に置かれたときでも、神さまの視点というものがあります。私は素晴らしい体験をさせていただきました。ここまで神が支えてくださったことを、心から感謝しています。
またもう一つ体験させて頂いたのは祈りです。ヨハネの十四章十四節に、
“あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。”
とあります。主は、祈ったときに必ず答えをくださる神です。
皆さんも沢山の祈りが答えを体験されていると思います。私は今から三十数年前、新城市のとある市営住宅に住んでいました。その住宅で、当時カビがすごく発生して、新品の布団を押し入れにしまい、次の日にその布団を使おうとして出したら、押し入れの壁にくっついたところが、水滴だらけで干さなければ使えないほどでした。またタオルを手洗い用としておいていたら、そのタオルもカビだらけになってしまいました。ある時は玄関の扉にもカビが発生してしまうという状況でした。
ある時愛知県民の森に行って一人で祈りに行きました。その時「主よ、家がカビだらけです。お金は全くありませんが、神さま、家をください。それも日当たりの良い湿気がない土地に、こんな間取りの家をください」と祈りました。そうしたら、次の日に義父から電話がありました。ちょうどそのときはバブルが終わったぐらいのときでしたが、「新城で土地を持ちたいから探せ」と言うのです。「はい、わかりました」と言ったけど、探す気は全くありませんでした。そのまま放っておきました。そうしたらまた電話がかかってきて、「探したか?」というのです。「いや、すみません、ちょっと忙しくて…」といろいろ弁解しながら電話していると、義父がこう言ったのです。「実はお前たちのために家を作ってやりたい。だから土地を探してほしいんだ」と言ったのです。その後、すぐに私は探しました。そして、三方が道路に囲まれ朝から夕方まで太陽がしっかりと当たる、絶対湿気のないような土地を見つけました。そしてそこに家を建てました。なんと、与えられたのは、本当に県民の森で祈ったとおりの家が与えられたのです。それも祈った次の日に主の答えがあったのです。
また祈りを答えてくださった神です。新城教会で、誇大妄想病のような祈りがありました。それは祈りのカードというものがあり、様々な課題が書いてあるのですが、その中に「天皇陛下・皇后陛下が救われるように」と書いてあるのです。そんなことが書いてあって、毎朝早天祈祷会で祈って来ました。この片田舎で、全く身分もない、全くコネクションもない、誇大妄想病のような祈りをしていました。しかし以前もお話ししましたが、超不思議な、いや失礼極まる状況で滝元明牧師の著書が手渡しされ、彼らの心が動かされ、皇室の別荘に招待されて何度も会うことができました。祈りに答えてくださって、こんなド田舎で、何の本当に関わりもない私たちが、あのときは皇太子ご夫妻でしたけども、福音を伝える機会を持つことができました。お茶を飲むときに、明牧師が「お祈りします」と言って、祈り始めたのですが、私がちょっと目を開けて見たら、彼らは敬虔な態度で祈りに参加していました。あの誇大妄想病のような祈りが答えられた。不思議でたまらないのです。
「求めなさい。そうすれば与えられます」とあります。何でも祈りなさい。そうしたらわたしはそれをしましょう。」とあります。今日、ぜひとも、祈りを、主にささげてください。「こんなこと無理だ」と思って、蓋を閉めてしまったところを、ぜひともその蓋を開けて、祈って下さい。主は必ず答えてくださいます。
つい最近の証しです。私は、今の家を建てた時に、我が家に土地を分けてくださったSさんと言われる方がいるのですが、我が家の目の前に住んでおられるので、いつかその方に「福音を伝えたいなぁ」とずっと思って祈っていました。でもなかなか私よりも年上の方で、そんなに簡単には伝えられない状況でした。時々挨拶をしたり、「教会はどういう所だ」とか、雑談ではお話しましたが、祈り続けていました。でも、その祈りを主が答えてくださったのです。うちの家内が施設に入って、その廊下を隔てた目の前の部屋が、Sさんが入居されたのです。近隣には数多くの老人施設があります。しかし家内の廊下隔てた目の前の部屋に入居されたのです。家内の入居している施設は二階建てです。二階に部屋があれば全く会う事すらなかったと思います。なんという祈りの答えでしょう。私は機会を狙って、その方の部屋に入って「お祈りして良い?」と聞いて「お願いします」と言われお祈りをして、その後神さまを受け入れるお祈りまですることができました。をして、今では行くと、車椅子に乗っていて、私の姿を見るだけで、手を振ってくれて。迎えて下さいます。握手しながら祈ってあげると、もう手を離してくれないほど、喜んでくださいます。本当に主が祈りを答えてくださいました。
皆さん、家族も、また友達も、「この人に福音を伝えたい」と思ったときに、祈りをストップしないでください。あなたが祈ったら、求めたら、主は答えてくださると信じます。
また、献金もそうだと思います。聖書の中に、マラキ書の三章十節に、
“十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。──万軍の主は仰せられる──わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。”
これは聖書が言っているのは、「十分の一、神が与えてくださったものの中から十分の一を神さまにささげなさい。そうしたら、あふれるばかりの祝福をあなたに与えてあげる」と書いてあります。
皆さん、献金で体験したことありますか?私はあります。びっくりしました。あるとき、大きな集会が名古屋市であるというときに、観光バスを貸切って行くことになりました。そしてバス代を献金しましょうというアピールがありました。私はみことばを試してみたくなり「もう自分では、これは絶対に生活できない」と思うような金額を献げたことがあります。これは皆さんに「同じことをしなさい」と言っているのではありません。私はみことばを信じて神さまから教えてくださった金額を献げました。
゛あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。゛
神を試して見よとあるのはこの箇所以外にありません。そして、ささげた後「車のガソリン代もないし、どのように生活しようと考え、正直多くささげてしまったと後悔しました。その後どうなったとおもいます?なんとその月が一番裕福になりました。名古屋の友達に呼ばれて、彼の自宅に行きました。するとなんと、その友達が、この頃太ってしまって、服がきつくなったので、おまえはちょうど体型も似ているので全部やる」と言ってくれたのです。本当に素晴らしい革靴から、某メーカのスーツ、更にこんなにもらえるのというほど新品同様の品を頂きました。ズボンも丈を直さなくても良い状態。なんとすごい祝福をもらいました。
また、「数えてみよ主の恵み」という集会を何度か開催いたしましたが、岡本正広さんが何度かお証して下さいましたが、岡本さんご家族で主のために多く献金してくださいました。その祝福としてお店が祝福され、拡大され、いくつ店舗が与えられ、また今では福祉関係のお仕事もされています。始めは茶臼山駅前で小さな自転車操業のお店をしていました。私は良く知っています。しかし「ささげたときに、あふれるばかりの祝福がある」と聖書にありますが、彼らのお店を見るだけで主は生きていると知ることができます。岡本家は体験したからこそ、祝福を頂いています。
また、私たちの教会で体験したのはやはり、一九九二年に聖霊さまが訪れて下さり、聖霊体験をさせて頂いたことです。聖霊さまに触れられたことです。このド田舎で、滝元明牧師が「甲子園で集会をやりたい」と言ったビジョンを持ちました。甲子園球場という大きな球場で「全日本リバイバル甲子園ミッション」を開催したいという事で、六万人ぐらい収容されるスタジアムを三日間借りて伝道集会を行う様になりました。日本のクリスチャン人口は約三パーセントしかいない。クリスチャン人口も三パーセントだと言われるけども、正直、一パーセント未満ぐらいしかないクリスチャン人口。そして当時新城教会は分裂があり、三百人から半分弱になり、大変な状態。また多くの反対運動もあり、大変な状況下の中、主に祈るしかないと、教えられ祈りました。すると一九九二年二月に、聖霊さまが望んでくださって、今、写真が出ていますけど、甲子園球場で素晴らしい大会を持つことができました。これは何か自分たちに力があったからではなく、エペソ1章19節