あなたを通して現われる神の力 ~御霊の現れ~

メッセージの最後に、教会の中に満ち溢れている神さまの愛とは、具体的にどのような愛なのかということについて、一つだけお話して終わりにしたいと思います。大切なことですので、よく聞いていただきたいと思います。これは先ほど全員で唱和した「主の祈り」の中で掲げられている一節にあります。
主の祈りとは、イエスさまが弟子たちに対して、祈り方の模範として教えられた言葉です。マタイの福音書 六章九節~十三節。

天にまします我らの父よ。
願わくは御名をあがめさせ給え。
御国を来たらせ給え。
御心の天になるごとく、地にもなさせ給え。
我らの日用の糧を、今日も与え給え。
我らに罪を犯す者を、我らが赦すごとく、
我らの罪をも赦し給え。
我らを試みに会わせず、悪より救い出し給え。
国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。
アーメン。

この中の「我らに罪を犯す者を 我らが赦すごとく、我らの罪をも赦し給え」。どの祈りも重要なのですが、ここがとても重要です。主の祈りはマタイの福音書 六章九節から十三節までですが、この祈りが終わった直後の十四節に、イエスさまが続いてこのように語られました。十四節、十五節です。

「もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しになりません。」

このように、主の祈りをイエスさまが語られ、続いて十四節、十五節に『主の祈り』の中で語られた赦しの祈りと全く同じことを繰り返されたんです。イエスさまの話を聞いていた弟子たちに対して、イエスさまは念押しするように、もう一度「人の罪を赦しなさい。あなたが赦されるためだ」とこのように言ったわけです。「赦す」という行為こそ、「…でも」の愛なんです。これこそが、イエスさまが十字架の上で表された愛の本質であります。

私たちは罪人として神さまの前に生き、滅びの道を歩んでいた者であります。けれども教会に来て、イエスさまを信じる信仰によって、その愛によって救われた者です。言い方悪いですけど、「恩赦された死刑囚の集まり」みたいなのが教会です。罪の故の滅びの刑罰を免れた。それだけじゃなく、神さまの家族の中に迎え入れられた。もうとんでもない愛を与えられた者たちが、その愛で互いに愛し合いながら生きていく。そういう場所が教会であります。

皆さん、そのことを信じておられますか。アーメンと言っていただきたいです。大きな声で言ってみましょう。
皆さん、イエスさまの愛を信じておられますか。アーメン。

皆さん、ぜひこのことを受け入れて、救いを与えられた神さまに感謝したいと思うんです。そして、たとえあなたのことを悪く言うような人であっても、あなたが挨拶をしても返してくれないような人でも、冷たくあしらわれても、さばいたり憎んだりせず、祝福を祈りましょう。それを主が喜んでくださいます。赦しこそ、神さまがここにいる皆さんに示された愛であります。父があなたを赦してくださったように赦しましょう、と聖書は私たちに教えています。

最後に御言葉を一ヶ所読んで、メッセージを閉じていきたいと思います。マタイの福音書 五章四十三節から四十七節にこう書いてあります。

「『あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎め』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。父はご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。自分を愛してくれる人を愛したとしても、あなたがたに何の報いがあるでしょうか。取税人(正しくない人)でも同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたとしても、どれだけまさったことをしたことになるでしょうか。異邦人(神を信じない人)でも同じことをしているではありませんか。」

本当に神さまの愛の次元は高いなと、もう人間には普通ここまでできないと思うんです。でも、赦された私たちが目指すところはここにあるわけです。教会が目指す道も、力とか奇跡とか印とか、それらはもちろん素晴らしいですし、聖書にも熱心に求めなさいと書かれています。必要なことです。しかし、それ以上に教会の中心は神の愛にあり、その現れというのは「赦し」にある。そのように知ることができます。お互いにそれができたら、本当に勝利です。お互いに神の愛、アガペーの愛を実践できるように祈って、御言葉に根ざし、霊を見分け、そして神さまの力が私たちの人生にはっきりと現わされるように励んでいきたいと思います。

今日は聞いたメッセージで、一つでも心に残ったものがあるでしょうか。そのことを神さまの前に、自分のこの信仰の歩みの中にそれが表されていくように、お祈りをしていきたいと思います。

最後に、お祈りをさせていただきます。

愛する天のお父さま、聖霊さまがお一人お一人にお語りくださり、お一人お一人の心に聖霊による思いをお与えくださいますように。そして、お一人お一人の人生を通して、聖霊の現われが豊かにされ、神の国が力強く前進することができますように。そして、それらが愛によって互いに結び合わされ、キリストの体として大きな力を放っていくものとなっていく、そのような教会となっていくことができますように。様々な霊的な戦いに対して、私たちは主の側に立ち、決して騙されることなく、主に従い続けていくものとなっていくことができるようにお導きください。今日、お一人お一人に豊かなる聖霊を満たし、油注ぎ、そして神の愛が注がれますように。
主イエス・キリストの御名によって、心から感謝して、祈りを御前にお捧げいたします。アーメン。