高校三年生からもう既に天に召された明先生をはじめ、清子先生からも本当にお世話になりました。昨日もちょっとそんなことを思い出してたんですけど、高校三年生のときに、初めて新城教会を訪問して、そして家庭集会にも招かれて、冬木兄弟、証をしなさいと言われました。「僕ですか。いや、話しても言葉が違うかもしれないし」と言うと、「そんなことを気にすることはない。あなたの伝えたい言葉で証してください」と言われました。そして証しさせていただきました。そして、それを聞いた家庭集会の方が、私の言葉に励まされたと言ってくださいました。
そして新城の滞在を終えて、豊橋から新幹線に乗って京都へ帰るとき清子先生たちが送ってくださいました。そして僕は初めての経験をしました。何かっていうと、別れ際にね、今回はありがとうって言ってお小遣いをもらったんですよ。自分の親からじゃなくって、その経験が本当に僕を励まし支えていただいて、牧師にまでなってしまったんです。神さまのために良いことをしたら、神さまが祝福してくださる。額も覚えてますけど、ちょっと恥ずかしいから言えませんが、僕にとってはすごいお小遣いでした。
主は素晴らしいって本当にそう思いました。主の前に正しいことをしていこう、主に喜ばれることを実行していこう。高校三年生のときに、私は新城教会で教えられたんです。今も変わってませんね。新城からハワイに多くの先生方が来てくださいました。そして励ましを与えてくださって、今度は新城教会においでよって言われました。ありがとうございます。迷惑をかけるのは申し訳ないなと思いながら、「行っていいですか?」って言ったら喜んで「来てください」と言っていただける関係がクリスチャンの関係だと確信しています。
そして、これから「今度はまたハワイにも来てくださいね」と言いたいと思います。ハワイにも励ましを受けたい人がたくさんいますから。ぜひハワイにも来てください。皆さんも牧師じゃなくても、ハワイに行きたいっていう人がいたら、いつでも言ってください。迎えに行きます。後のことは主に願ってください。主が最善を成してくださる。負い切れない重荷と知りながら、自分の力で頑張ってしまうことがたくさんありますが、そうではなく、あなたの重荷を主にゆだねなさい、と今日私達一人一人語りかけてくださっていることを信じます。
詩篇の一一二篇の五節から七節をお読みします。
しあわせなことよ。情け深く、人には貸し、自分のことを公正に取り行う人は。
彼は決してゆるがされない。正しい者はとこしえに覚えられる。
その人は悪い知らせを恐れず、主に信頼して、その心はゆるがない。
その人は悪い知らせを恐れず、主に信頼して、その心はゆるがない。
本当にみことばの約束に私達は多く励まされます。もう一度今日のみことばをお読みします。
あなたの重荷を主にゆだね主はあなたのことを心配してくださる。
主は決して正しいものがゆるがされるようにはなさらない。
今日は、ペンテコステの日曜日です。今も聖霊様が私達とともにいて、もうあっちにしばらくはちょっと留守するけどよろしくそういうことはおっしゃらない。今日もあなたと共にいる。
そして、私達を励まし続けてくださる。それをお祝いするのが、ペンテコステ。またお祝いだけじゃなくて、感謝するのが、ペンテコステの日です。今日、この新城教会で奉仕をさせていただけたこと、それが何よりも私にとっても感謝であり、主がともにいてくださるということの本当の証言だと思わされています。
最初にお話しした、今日の結論をもってお祈りに代えさせていただきたいと思います。
今日の結論は、あなたの重荷、心配事を恐れることはない。主があなたのことを心配してくださる。任せて信じて歩んでいきたいと心から願っています。
お祈りさせていただきます。
恵み深い天のお父様、あなたの尊い御名を心から賛美いたします。いつも主は私とともにいてくださることを心から感謝します。今日はペンテコステの日です。私達にみことばの約束を与えてください。そして、私達を導いてください。今日もみことばを持って励まし続けてくださることを心から感謝します。全ての重荷、心配事をイエスさまあなたにゆだねます。信じます。どうかこの礼拝に集われたお一人おひとりをそのことを体験させてくださいますように心より願います。
また、心から主がともにいてくださることを感謝します。感謝してイエスさまの御名によってお祈りいたします。アーメン。