『彼は時と法則を変えようとする。』

これは四人目の王、ローマ皇帝のことを意味すると言われます。ローマ皇帝、特に、コンスタンティヌス二世が、クリスチャンとユダヤ人を激しく迫害して、聖書的なカレンダーを使用することに対して、厳しく処罰しました。その結果、教会は太陽暦を受け入れることになり、ユダヤ教もまた、民族の存続を重要視し、ユダヤ暦さえ変えてしまったのです。
現在クリスチャンが日曜日に集まることは、太陽暦ベースですから、安息日とはいえません。当時、ローマでは日曜日に。多くの異教徒たちが、太陽礼拝を行っていました。その日をローマ皇帝が、クリスチャンの礼拝の日に置き換えたわけです。キリスト教のある一派は土曜日に安息日を設けて、土曜礼拝をやっていますが、これだって太陽暦ベースならば、意味のないことになります。なぜならユダヤ人にとっての安息日とは、本来、新月から七日刻みで設定されるものだからです。

神が最初に設定されたカレンダー通りに私たちが礼拝するならば、天の暦と地の暦が一致しますから、神と出会うことができます。しかし、暦がずれていたら、お会いできないことになります。
それでは、どうやって私たちは神と出会ったら良いのでしょうか。

新約聖書の時代になって、神は十字架を通して、天の暦を超える祝福を人類に与えてくださったのです。コロサイ人への手紙の二章は、私にとっても大変重要な箇所です。特に十二節から十七節にかけては、イエスさまの十字架と復活の勝利について述べられています。それは、「罪が赦され、債務証書が無効になり、敵が持っている武器が武装解除され、彼らが捕虜として凱旋の行列に加えられる」という、悪魔・悪霊どもに対する完全勝利の記述だからです。
その次に述べられていることは何でしょうか。

『こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のことについて、だれにもあなたがたを批評させてはなりません。これらは、次に来るものの影であって、本体はキリストにあるのです。』

イエスさまの十字架と復活によって、悪魔に奪われていた「新月の祭り」とか、「安息日」に関しても勝利したことを意味します。太陰暦で設定され、神と出会う為の細かい規定や法則が、イエス・キリストによって回復された事を意味しています。なぜなら、それらの本体はキリストにあるからです。

今や、イエス・キリストを信じる者たちは、いくら太陽暦の社会の中に生きているとしても、神のカレンダーとシンクロさせて、日々、神の時を生きることを保証されるのです。
ということは、二〇二一年、太陽暦でも、イエス・キリストの名によって、主の年として宣言することが可能です。
イスラエルの宗教的な新年は、ニサンの月、またはアビブの月と呼ばれます。これは太陽暦でいくと、「三月から四月」になりますが、太陽暦の一月であっても、これがクリスチャンにとっては、ニサンの月であり、神を礼拝する年の初めであると宣言出来るはずです。
今年、私たちの日々に主が関わってくださり、天の法則が地上を完全に支配する二〇二一年となったら最高です。
今まで私たちは、あまりにも多くのものを悪魔に奪われてきたと思われます。その一つが私たちの足元にある「暦」かもしれません。誰もが疑わない方法で、悪魔は神の祝福を奪い、働いているのかもしれません。
しかしイエスさまの十字架と復活によって、それさえも取り戻されて、正常な機能が回復されたことを、心から感謝したいと思います。

今日は二〇二一年、最初の日曜日です。これがニサンの月であり、最初の日であると宣言しましょう。
今から私がお祈りしますので、私の後について、祈ってください。
二〇二一年は太陽暦であったとしても、神さまのカレンダーと同じであるように、祈ります。

父なる神さま。今私たちは、イエスさまの名によって、宣言します。現在、私たちが使っている太陽暦の背後に働く悪魔の力を打ち破ります。太陽礼拝の敵の力を完全に断ち切ります。私たちは神が天地宇宙に置かれたカレンダーと置き換えます。二〇二一年、太陽暦の社会に生きるとしても、私たちの人生は、神が最初に定められた聖書の暦に沿ったものであることを宣言します。
二〇二一年一月は、ニサンの月であることを宣言します!アビブの月であることを宣言します!日々が主を礼拝する安息日であることを宣言します!
奪われた年月を、奪い返します。二〇二一年は、回復と再建の年であることを宣言し、イエス・キリストの名によって祈ります。アーメン。

主に大きな拍手をしましょう。皆さんのカレンダーが取り返されたことを宣言します!