ミツパという場所に、サムエルは民族を集めて、真剣に悔い改め、主を求めて祈りました。しかしその時を目指して、ペリシテ人たちが襲いかかってきました。サムエル記第一 七章十節、

『しかし主はその日、ペリシテ人の上に、大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエル人に打ち負かされた。』

なんとこの時に、イスラエルを助けたのは、もちろん主が助けたのですが、神が武器として使われたのが、「雷鳴を轟かせた」とあります。武器は「雷」でした。雷は、日本でも、「地震、雷、火事、親父」というぐらい、天敵みたいな存在です。古におきましては、雷が、どうして発生するのかわからず、大きな恐怖でした。しかし人類の敵のような雷がイスラエルに加勢して、イスラエルをペリシテ人の手から助け出したのです。

「福音とは何か」に関して、去年一年も、私たちは深く学ばせていただきました。福音とは、人間だけのものではないということです。救いは人の救いから始まり、神が造られた被造物全体に及ぶものだと学びました。しかも、被造物たちは神の子どもたちが現れるのを、待ち望み、日々、うめいているのです。「一刻も早く神の子どもたちが来て、我々に福音を宣言してくれないかなぁ。」と祈っているのです。それがローマ人への手紙八章で語られています。
被造物の多くは、現に人類と対立関係にあります。新型コロナの問題を考えてみれば、ウイルスと人類との対立です。世界中で最も数の多い生物は何かというと、実は、「ウイルス」だそうです。ウイルスは、数限りなく存在し、ウイルスが存在しなかったら、人間も生物も生きることはできないらしいです。本来は持ちつ、持たれつの関係で、ウイルスは自己増殖できず、宿主が必要で、人などに寄生して自分の仲間を増やし、お互いに共生するわけです。不思議な神の創造のみわざですよね。
しかしどうでしょうか。人の罪によって、本来は人に必要なウイルスが変化して、現在、強烈に敵対しているじゃないですか。これは本来ウイルスにとっても、良いことではありません。人間に寄生して、仲間を増やさしてもらい、人類も生きる共生でなければいけないお互いです。しかし人に宿ったら人が死んでしまったら、元も子もありません。その結果、自分も死ななければなりませんから。これは人と被造物であるウイルスとの間に、壁がある証拠ですね。
水がなかったら人も動物も植物も、生きることはできません。しかし日本、水が多すぎます。大雨があって、洪水が起きて、水に押し流されて死ぬ人も多いです。本当に被造物と人類との間に壁があります。これは人間の罪ゆえです。
しかし主イエスの十字架は、パウロも語っているように、「全被造物との和解」であったのです。イエス・キリストの十字架によって、神と人との和解だけでなく、神と被造物全体との間の壁も打ち破られたのです。
被造物が我々の味方になると、今まで天敵であったような雷も、味方になって、ペリシテからイスラエルを救い出したのです。すごいじゃないですか。

現在、神が造られた被造物の一つであるウイルスによって苦しめられていますが、その間にある壁が打ち破られて、和解が成立したら素晴らしいです。今年はすべての被造物と、我々との間にある壁が打ち破られて、安全に生きることができるよう、祈ろうではありませんか。
地震も、神の造られた法則の一つです。祈りによって和解ができるはずです。日本はそのテーマも大変重要です。
サムエルは、「主がここまで私たちを助けてくださった。」と言う記念として、感謝の石碑を建てました。「エベン・エゼル」、主がここまで私たちを助けてくださった・・・。
人生を振り返って、神がまさに助けてくださったその日を忘れることなく、心にしっかりと受け止めていただきたいです。心の中に記念碑を建てたいです。
私にとって二〇二〇年は、永遠に忘れることができない記念碑となりました。家内の病との戦い、今でも続いていますけれど、ここまで主が助けてくださったという感謝の記念碑を、心の中に建てているつもりです。

また昨年、七十周年ということで、新城教会に起こされた事柄を振り返り、感謝をささげる機会が多く与えられたことは、本当に素晴らしかったです。これは「70周年エベン・エゼルの記念碑」です。ここまで主が私たちを助けてくださった、生かしてくださった事を、心から感謝します。

そしてまだ歩んでいない二〇二一年、将来と希望を、どのようにして手に入れたらいいのでしょうか。何が起こるのか予測がつきません。パウロは、先が見えない未来に関して、将来と希望を定義付ける言葉を語っています。
パウロは力強い使徒でしたが、最も苦しんだ人の一人であったかもしれません。彼は度々大きな困難に直面して、死刑の宣告を受けたようだったと回想しています。「これでもう私の人生は終わりだ・・・」というような場面に幾度も遭遇したというのです。
でも、それは何のためであったのかというと、私たちが自分自身に頼らず、死者をもよみがえらせてくださる神に頼る者となるためだったと語っています。
私も昨年、経験したのですが、「もうだめだ。これ以上、歩むことができない・・。」という場面に遭遇する度に、死者をよみがえらす事ができる神に、全幅の信頼を寄せるか否かを問われました。神もそれを強く願っておられるわけです。
今、世界中が困難の中にあります。それは「天地宇宙を造られた神に信頼を置きなさい!」という、人類への神からのメッセージでもあります。
続いてパウロはこう語りました。

『神は、それほど大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。これからも救い出してくださいます。私たちはこの神に希望を置いています。』

私たちが過去を顧みて、過去に神が私たちを救い出してくださった記念碑を見るならば、必ず、神は将来も救い出してくださると信じるのです。それこそが、「将来と希望の道に繋がる」と言うのです。将来と希望を一口で表せば「信仰」です。
信仰とは、信じきれないものを無理矢理信じることではなく、「神を信頼すること」に他なりません。今まで私たちを助けてくださった主を信頼し歩み続ける、これが将来と希望に繋がる道です。
過去に主が成してくださった奇跡を見るならば、将来だって同じように助けてくださる!という信仰です。

そして、この信仰を維持するためには、「祈りが必要」であるとパウロは理解していました。「あなたがたも祈りによって協力してくれれば、神は私たちを救い出してくださいます。」と語りました。個人だけでなく、共同体の祈りが、いかに必要であるかをここで教えています。信仰を維持するためには、一人の力では無理です。みんなで祈って協力しなければならないのです。「協力」という言葉は、小さい力を三つ十字架のもとに合わせると、大きな力になる!という単語です。十字架のもとに小さな祈りを集めると、大きな力となって、打ち破りが起こるのです。皆さん、是非とも祈り続けていただきたいと思います。

一月は、礼拝が終わってから、県民の森に行って祈りの時間を持ちたいと願っています。一緒に祈る時間と、個人的な祈りの時間も持ちます。また、聖餐式を県民の森で持ちたいと願っています。それなら安全でしょう。一月は、午後から県民の森に行って聖餐式を行うというプログラムです。それは私たちに、将来と希望を与えるものです。

今年は、「七十年が満ちた年」ですから、きっと大きなことを主が行ってくださると、私は期待しております。神さまはスケジュール通りに働いてくださるお方ですから。

しかし、昨年の暮れ、このことに対して祈っている時に、一つの事に気付かされました。「このテーマをきちんと整理し、理解して祈らないといけない」と主から教えられ、新年礼拝でも語らせていただきました。
「七十年が満ちる頃」とか、聖書の中には「年」とか「月」とか「日」とか「時間」が、いろいろ出てきます。
私たちはそれを自分に適用したいと願っているわけですが、例えば今日が、二〇二一年一月三日であると、なぜ理解しているのでしょうか。それは暦があるからです。共通の暦があるがゆえに、今日が「二〇二一年一月三日」という認識が私たちの間にあるのです。
現在、私たちは、どのような暦を使っているのかというと、太陽暦です。地球が太陽の周りを、三百六十五日かけて一周するという、太陽の動きに合わせて作られた、「グレゴリオ暦」が十六世紀から世界中で使用されています。
それ以前は「ユリウス暦」が使われていました。これも太陽暦でしたが、元となる数値に誤差があり、グレゴリオ暦に代えられ、今に至っています。

暦はいくつかあるのでが、太陰暦だったり、太陽暦だったり、太陰・太陽暦というのもあります。この中で、どの暦を人々が採用するかで、互いの認識は変わってくるわけです。
例えば、「二〇二一年一月三日に会いましょう!」と約束したとします。男・女が会う約束をしたとします。この女性は、グレゴリオ暦で一月一日を判断していました。しかし男性は古風な男で、太陰暦カレンダーで生きていました。今でも太陰暦カレンダーって売ってますよね。日本の偶像の祭りは、太陰暦で行うことが多いです。旧正月とか聞いたことがあると思います。沖縄での祭りはすべて太陰暦でやっています。
この男は古風で陰暦で生きていました。「一月三日に会いましょう。」というのを陰暦で判断したわけです。女性は男性に憧れていましたから一月三日に会える!と楽しみにしていました。しかし一月三日に行ったら、彼はいないわけです。あれ?どうしたのかな?忘れたのかな?不誠実な男だなぁ…と、しばらくは待っていましたが、怒って帰ってしまいました。
さて一方この男性、彼女と一月三日に会えるからと、ワクワクして、一月三日、太陰暦カレンダーで会いに行きました。しかし陰暦で一月三日は、太陽暦においては二月十二日になります。この男性は、「振られた…。」と思いました。一月三日に会おうと約束したのに、彼女は来ていなかったからです。振られてしまったと思って、泣く泣く帰りました。
けれども、この原因は何かというと、お互いが使っていた暦が違うことにあります。

皆さん、聖書の中で使われている暦を知っていますか?聖書暦というのがあるのです。私たちは、二〇二一年一月三日をグレゴリオ暦で判断していますから、今日は三日になるわけですが聖書暦で見ると、今日は五七八一年十月十七日になります。月はテヴェット月になります。太陽暦に対応すると十月です。ということは、七十年は満ちていない事になります。太陽暦と聖書歴とは違うからです。
神は、創造の初めに何を造られたのかと言うと、天体の運行と共に「暦」を造られています。
創世記一章十四節から十六節を読むと、神さまが太陽と月と星を造られたとしか、我々は考えません。なぜならば、現代人は進化論によって汚染されているからです。「太陽と月と星は自然に出来たのではなくて、神さまが造られたのか!」と、現代人は認識を新たにします。
しかし、ヘブル民族にとっては、神が天地を創造されたと言うことは、疑う余地もない「当然のこと」でした。創世記一章において天地創造のことが書かれていますが、天と地は進化ではなく、神が創造されたのだという弁明をする必要は、全くなかったわけです。なぜなら、そんなことは当然のことでしたから。
ということは、この箇所は何を意味しているのかと言うと、神は天体の運行と共に、季節を区別する暦を造られた事を意味します。特にこの暦で重要なのは、「太陽と月」だとしています。そして聖書が告げる神の創造された暦とは、「太陰・太陽暦」であることがわかります。ひと月の始まりは、新月が始まりとなっています。
そして神の作られた暦は、新月から始まり、七日目が安息日となります。去年もお話ししましたけれど、イスラエルの人たちは、特定の時に、特定の場所に行けば、神さまと出会うことができると信じていました。特定の場所と空間は神の宮で、そこに「定められた時」に行けば、神さまが降りて来られて会うことができるという前提のもと、神の宮が重要だったわけです。
神さまが出会ってくれる日が「安息日」でした。そして最初の安息日は、「新月から数えて七日目」でした。
しかし現代人はどうでしょうか。現在、私たちは日曜日が神さまと出会う日であると考えています。でもこれは、聖書暦とは、全くずれているわけです。
なぜなら残念なことに、四世紀にローマ帝国によって教会の使っていた暦が変えられたからです。それはすでにダニエル書に預言されていました。ダニエル書七章の中です。時間がないので、その部分だけ読みますが、