“過去から現在、そして未来へと進んでいく時間の流れに生きる者たちにとって、イエスの十字架の死は、時を越えて、常に新しく、人々の心をゆり動かす。”

イエスさまが「どうしてわたしを見捨てられるのですか!」と叫ばれた原因が、過去にも、未来にも及ぶのです。
イエスさまの十字架上の叫びは、過去・現在・未来を貫いて、時空を越えて、我らに届いているのです。同時に、十字架の叫びは、私の叫びに対する主のとりなしでもあるのです。

詩篇二十二篇を読み進むと、やがてその叫びが賛美に変わっていくのがわかります。そして次に来る詩が有名な「サーム二十三」です。
それはプレイズがやっている喫茶店ではありません。「たとえ死の影の谷を歩んでも災いを恐れない!」という、主が共におられることを示す詩に変わっています。敵の面前で、主は食事を整え、油を注いでくださるのです。敵に対する復讐と、大勝利に繋がっています。
イエスさまの死は、我々が日頃見かけている死とは全く違うのです。それは大勝利の瞬間でした。「完了した」とは、

“十字架における死こそが、救いをもたらす要である。イエスの死は、命を与えるための死であった。イエスの死は志半ばの死ではない。自ら進み行き、その死によって、新しい契約が実現、完了したのだ。”

「成し遂げられた」との訳もあります。イエスさまは十字架の死によって、すべてを成し遂げられたのです。
イエスさまの十字架の勝利は、三日後の「復活の日」ではなく、「死の瞬間」に勝負は決まったのです。イエスさまの死こそ、我々に命を与える力です。

『その死によって、悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯、死の恐怖に繋がれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。』

コロサイ人への手紙二章に、「新しい契約」の中身について記されています。
バプテスマを受けるのは、イエスさまの死と復活に同期するものであり、イエスの勝利と同じ勝利をもたらす神秘です。その結果、罪赦され、債務証書が無効になり、敵の武装が解除され、悪魔・悪霊どもが捕虜となって、凱旋の行列に加えられると約束されています。

大勝利の新しい契約と共に、前向きに進んでいきたいと心から願っています。
最後に一言お祈りをさせていただいて、メッセージに代えさせていただきます。

天の父なる神さま、み名をあがめて心から感謝いたします。あなたの死は、私たちの死とは違い、大勝利の死でした。私たちはあなたの死によって、死の力に打ち勝っていることを宣言します。
イエスさまがこの場所におられることを心から感謝します。十字架からの七つの言葉を受け取ります。
イエスさまの死によってもたらされた大勝利を、土台とします。尊いイエスさまのみ名によって祈ります。アーメン。