イエスさまが生まれた日から遡るところ「百二十八年前」、紀元前百二十八年、ユダヤの王のヨハネ・ヒルカノス一世が、サマリヤ人の神殿があったゲリジム山に攻め込んで、彼らの神殿を全て壊し、付近に住んでいたサマリヤ人たちを虐殺しました。その百二十八年後、サマリヤ人とユダヤ人の対立感情は、相当であったはずです。

隣人を愛するとは、ユダヤ人がサマリヤ人を愛することとして語られています。また、イエスさまはユダヤ人でしたが、サマリヤ人側に立たれていました。

私たちは、近くの他民族を不愉快に思うような教育を受けています。絶対にその考えに汚染されてはいけないです。日本人が将来にわたって、神の祝福を受けて豊かな生活をするためには、近くの民族を愛することです。

ロシアは好きですか?ロシア人かぁ…みたいな感じがあるじゃないですか。ロシアを愛し、祈る必要があります。また韓国、北朝鮮を心から愛し、中国を愛して祝福する時、永遠のいのちが溢れるのです。

 

今週はメディアの報道などに左右されないで、隣人を愛する事を心がけてください。そうしたら必ず、祝福が流れてくるのです。そのように、神は人を造られているのです。

 

最後にもう一つ。人だけでなく被造物も隣人として愛することが大切であると聖書は告げています。

今回の霊的専門課程で、以前も扱ったのですが、「生物多様性と福音」というテーマを語ります。人間は単独で生きているのではないのです。様々な生物、多様性を持ったシステムを通して生かされているのです。

けれども人間って、管理者でありながら、神が造られた多様性あるシステムを、自ら破壊しています。人間中心主義に陥っています。本来、神は人間も動物も、その他の自然と呼ばれる被造物も、全てひっくるめて、一つの共同体として創造されたのです。人は、人間以外の被造物にも愛の目を向け、隣人として受け入れる必要があるのです。

箴言十二章十節、

 

『正しい物は自分の家畜のいのちに気を配る。悪者のあわれみは残忍である。』

 

共に住む動物にも気を配れというのが、聖書的な考えです。あまり強調されないみことばですが、詩篇三十六篇六節、

 

『あなたの義は高くそびえる山。あなたのさばきは大いなる淵。主よ、あなたは人や獣を救ってくださいます。』

 

詩篇の記者は、救いとは人だけでなく、動物たちも含むものであるという理解をしていたのです。我々は人だけではなく、被造世界にも愛を向けなくてはいけないのです。被造世界を隣人として愛するのが、聖書の教えです。

そうしたら、いのち溢れる人生に変わるのです。

 

豊かな人生のための条件はたった二つです。「神さまを愛する」事と、「隣人を愛する」、たった二つです。しかしその奥は深いです。

 

今週はこの二つの条件を心に留めてみてください。「イエスさま、愛します!」「父なる神さま、愛します!」「聖霊さま、愛します!」毎日告白してください。

一番不愉快に思っている人は誰ですか?その人に愛を持って接していきましょう。

 

今週はエホバの証人の人たちのために祈りましょう。先日、私は王国会館の前で、彼らの祝福を祈りました。

 

ロシアの祝福、韓国の祝福、北朝鮮の祝福、中国の祝福、台湾の祝福、アジアの祝福、いや、世界中の隣人のために祈りましょう。

 

人間以外の被造物も隣人です。それらを愛し、祝福する権限が人間には与えられています。

 

今から祈りの時を持ちたいと思います。ご一緒にお祈りをしたいと思います。

 

イエスさま、あなたを愛します。父なる神さま、あなたを愛します。聖霊さま、あなたを愛します。私の救いとなって下さい。イエスさまを信じます。心に受け入れます。私の神は、イエスさまだけです。

隣人を愛します。今まで苦い思いを持っていた隣人に対して、祝福を宣言します。家族を、友人を、社会を、祝福します。

また被造物を、動物を、祝福します。イエス・キリストの十字架の勝利を宣言して祈ります。アーメン。