イエスさまの心は動きました。「本当に見上げた信仰だ!」
このしつこい女の願いは、瞬間的に聞かれて、彼女の娘はすぐに癒されたのです。
ここでは信仰の重要性について最終的には教えているということです。
しつこい祈りとは、どんなことがあろうとも、途中で諦めないで祈り続ける信仰の姿です。その時、主の栄光が現されるのです。
私もカナン人の女のような心境です。この時にこそ、食卓から落ちるパンくずでもいただくことができたらと思っています。どのような時でも、神の家族から除外されてはいないはずです。

さて十字架以降の新約時代では、イエスさまの二度目の栄光により、私たちにはどのような立場が与えられているのでしょうか。先週、ヘブル人への手紙四章を、主からいただきました。十五〜十六節、

『私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。』

イエスさまは、私たちと同じように苦しみを体験されました。肉体を持たれましたから、病の苦しみ、精神的な苦しみ、霊的な苦しみ、すべて地上で体験してくださったはずです。ですから、私たちに同情できない方ではないのです。
しかし今や、イエスさまは天の至聖所に仕えておられます。それはどのような場所か、そこには恵みと憐れみのみ座と至聖所があるのです。

『ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。』

と記されています。誰でも、イエスさまを主と信じる者たちは、たとえ、異邦人であっても、大胆に恵みのみ座に近づくことが許されているのです。

けれども祈りには、両面が必要だと思うのです。カナン人の女のように、しつこく、しつこく、主に近づいていく信仰の態度と、同時に、大胆に恵みのみ座に近づいていく、この両面を理解し実行する時、主は再び、栄光を現してくださると信じます。

今日は十一月六日ですが、一九九三年十一月五日から七日は、甲子園球場で「甲子園ミッション」が開かれた記念日です。
七日は日曜日だったので、今日は最終日に当たります。甲子園の戦いは、ただ単なる大集会ではなくて、日本のリバイバルをかけた戦いでした。日本全国の教会がリバイバルの為に真剣に祈り、賛美し、福音を宣べ伝えました。

世界にリバイバルが起こっていますが、リバイバルが起こる条件を調べると、共通する十の条件があるそうです。
祈りとか、聖めだとか、いろいろありますが、やはり一番大きな条件は「飢え渇きと、強烈な求め」だと言うのです。全体的に言えば、「諦めないで強烈に祈る」中で、その国にリバイバルが起こるか、起こらないかが決定されるのです。
三十年前はどうでしたか。新城教会もリバイバルのために、強烈に祈りました。そんな中で霊的戦いが始まり、苦しいこともたくさんありましたが、甲子園ミッションは、三日間で延十二万人ぐらいの人々が集まった、稀に見る素晴らしい集会となりました。
最後の日曜日、周囲は大雨でした。警報が出ていましたが、甲子園球場の上だけが、ぽっかり開いて、雨が降らなかったのです。虹が出ていました。信じられないことがいくつも起きました。不思議としるしが起きました。

しかし今はどうでしょうか。あのようなリバイバルの祈りの情熱はありますか?リバイバルのために強烈に祈る情熱は、消えているように感じます。十の条件を満たしている教会はあまり見たことないです。
しかし今、主は、もう一度リバイバルのために、しつこく祈れ!と、号令をかけられているのではないかと思います。最も火が消えているのは、もしかしたら、私かもしれません。ゆえに私を後がないころまで追い込んで、真剣に主の前に出て祈るよう、要請されているのではないかと思うのです。
もう一度、シフトアップして、真剣に飢え渇いて祈ろうではありませんか。
リバイバルの十の条件は、「祈り、聖め、飢え渇きと、強烈な求め、聖霊の働きと、みことばに伴うしるしと不思議、あきらめない信仰、リバイバルの波に乗り続ける、常の霊的戦いの備え、チームワークと超教派の協力、そしてへりくだり。」です。
このような条件を満たしていく時に、主が動いてくださると信じます。そうでないと、ある意味、カナンの女にイエスさまがとった態度と同じになるのではないでしょうか。日本のクリスチャンが、リバイバルを強烈に求めなければ、日本のような異教の国々には、なかなかリバイバルは起きないのかも知れません。しかし日本のカナンの女、カナンの男たちが、強烈に諦めずに主の前に出て祈る時、主は動いてくださるに違いありません。

一九五〇年から父は津具村に入って伝道を開始しました。今年は宣教七十二周年です。
今年は「主の復讐の年」というテーマが与えられましたが、このままだと主の復讐どころか、悪魔の逆襲の年になってしまいそうです。真剣な祈りが必要です。

来年は結構、新城教会にとっては重要な年になりそうです。
以前にもお話しましたけれど、新城教会の古い資料の中に、新聞の切り抜きが入っていました。一九五六年九月十四日の「豊橋新聞」の記事です。古くてあまりよく見えないのですが、解析したら、父が新城市に入ってきたのが、一九五三年の三月と書かれています。
そして一九五六年五月には宗教法人を取得したとも、書かれています。
新城市に入って、伝道を開始したのは、一九五三年の三月です。ということは、来年二〇二三年は、新城市で宣教が開始されて「七十年目」になります。新城教会に七十年が満ちるのは、来年です。

「昭和二十八年三月新城町の現在の教会のある場所を永住の地としてえらび、南北設楽に神の国をつくりだそうとして、・・・」
と、一般の新聞が「神の国を築く設楽教会(新城教会)」という記事を掲載しました。新城教会は、神の国を築くために設立されたとレポートされています。新城市全域に、神の国、リバイバルが起きないと、看板に偽りあり!となります。その為に、本気で祈っていかなければいけないですね。

父は、初めは鉱山の土方をしていましたが、その後、新城に移り、豊橋の麻工場で働いていました。ある日、工場での仕事中に、不思議な声を聞いたと「我、土方なれど」という本に書かれています。
「我、土方なれど」一九七ページ。

“それから数日後に麻工場の機械を手にしながら働いているとき、実に不思議なみ声を耳にした。確かに、私の耳元で、神の聖霊が語りかけられた。こんな経験は今までに一度もなかった。

「今日、あなたが家に帰ると、スウェーデン宣教師のところから、手伝いをしている三輪町子さんがあなたの家に来ます。そして宣教師はあなたに伝道に来てくれるように依頼するでしょう。そしてあなたは伝道に行くようになります。するとまた、他の宣教師もあなたを伝道に招くでしょう。そして、また他の宣教師もあなたを招き、ついには日本中を回って伝道するようになるでしょう。」

こんな声を仕事中に聞いたと言うのです。これ、普通なら「明さん!病院に行った方がいいよ。こういう声が聞こえるってやばいよ!」という部類です。内容があまりにも具体的すぎます。個人名も出てくるし、繋がりもあまりないような中でこういう言葉を聞いたのです。
家に帰ると、実際に起こっていたのです。

当時の豊川にオーケ・レナンデル宣教師がおられて、この宣教師の通訳をやっていたのが三輪町子さんという女性だったらしいです。その人が本当に家に来て、「宣教師が伝道集会に滝元さん、あなたを招きたいのですが…。」と招かれたのです。そしてその次にも招きがきました。

リンデン宣教師が豊川におられて、父を招きました。この近所にはスウェーデン宣教師が多くいて、次から次へと伝道説教に招かれて、父と、後には田中先生も一緒に、日本中を巡る伝道者になりました。
麻工場で働いていた時、耳元で、一言じゃないですよ。詳しい情報を語ったのは誰か。それは空耳でもなんでもなく、「神の聖霊が語った」と記録していますが、まさしく、聖霊さまが語られたのです。

来年、新城教会が新城で宣教を始めて、七十年が経過するのです。様々な問題があって、何度も教会は潰されそうになりました。今もある意味、そのような危機かもしれません。しかし主から語られた言葉は、「めでたし、めでたし!伝道者になれて、よかったね。」では終わらないのです。神の国をもたらすために、主が新城教会の設立時から計画しておられて、様々なことがありましたけれど、一人ひとりが神の国の計画の中に織り込まれて、今があるということです。
そんな中で私の結婚も、しつこく祈れ!というテーマが与えられて、今に至るまで、祈らされているのではないかと思うのです。

「誰か、せいぜい頑張ってください。」というわけではなく、お一人一人、キリストのからだの中で、何らかの役割が組み込まれているという事です。神の国の実現のために、やがてはイエスさまがこの地上に帰って来られる再臨のために、真剣にとりなし、祈り続ける者でなければならないのです。

初代の兄妹姉妹が涙と叫びを持って、この教会を建てて下さいました。会堂があって、教育館があって、様々な施設があって、カフェもあって、これを当然だと思ってはいけません。各時代の方々が、真剣に支えてくださり、献げてくださったことによって今があるのです。
今彼らは死後の世界で、雲のような証人となって、私たちに関心を持って、とりなしているはずです。
「みんなもっと頑張ってくれよ!真剣に祈ろうじゃないか!」と、「しつこくリバイバルのために祈ってくれよ!」と、きっと神の前で叫んでいるのではないかと思います。

私自身、今は人生の中で最大の危機だと感じています。重大な局面のただ中で、とれる唯一の方法は、カナン人の女のように真剣に諦めずにしつこく祈るしかないと思っています。是非ともこの戦いに勝利する為に、祈りの輪に加わっていただいて、様々な領域で、カナン人の女となって、しつこく主の前に祈っていただきたいです。リバイバルのために祈っていただきたいです。

同時に、私たちはイエスさまの二度目の栄光によって、大胆に恵みのみ座に近づくことができるという特権もいただいています。
今日は十一月六日、三十年前は甲子園球場に集まって燃えていた日です。その時のことを思い出して、それ以上の熱い思いをもって、神の国の実現のために働こうではありませんか。
最後に一言お祈りさせていただきまして、メッセージに代えさせていただきます。

天の父なる神さま、み名をあがめて心から感謝をいたします。今、私たちはもう一度、栄光を現していただきたいと願っています。主よ、どうか栄光を現してください。今、主が、教会に聖霊を注ぎ、リバイバルをもう一度始めようと願っておられると信じます。主よ、どうか、この時に、勝利を与えてください。

祈りの途中ですけれど、ご一緒にお祈りしたいと思います。立ち上がって祈ろうではありませんか。もう一度心を熱くして主の前に出て、リバイバルのために働きます!と献身の思いを持って、立ち上がり、ご一緒に、諦めないでカナン人の女のように祈ろうではありませんか。皆さんで声を合わせてご一緒にお祈りしましょう。