2026 残された時を、神のみこころに生きる!
Shout ~叫べ!~

このような恵みがあるゆえに、私たちは死を恐れることはありません。ここにおられるクリスチャンの皆様は、死ぬことは怖くないですよね。いかがですか。死ぬのは怖いですか。怖くないですか。(皆様静かになってしまいましたが)やはり少し怖いところもあるかもしれません。死ぬのは嫌だな、と。しかし、死ぬということはイエス様を信じているならば怖くないはずなのです。

怖いという葛藤についてですが、以前お話ししたように、キリスト教会を大きく変えたジョン・ウェスレーという人物がいます。彼がいなければ世界の歴史は悪い方向へ変化していたと言われています。彼によってアメリカにリバイバルが起こり、その波が日本にも及びました。しかし、彼はクリスチャンでありながら、死に対する恐怖を抱えていました。

18世紀のことですが、ジョン・ウェスレーは船でイギリスからアメリカへ渡る途中、大嵐に遭遇しました。次の波で死ぬかもしれないという究極の場面に遭遇すれば、誰でも恐怖の叫び声を上げるでしょう。ウェスレーも伝道者でありながら、他の乗客たちと共に恐怖の叫び声を上げていました。しかし、船の片隅で全く平常心で祈り、賛美をしている人々がいました。彼は大きなショックを受けました。彼らは「モラビア兄弟団」の宣教師たちでした。
ほとんどの人がパニックに陥る中、彼らは平常心で祈り賛美していました。やがて嵐が収まり助かった後、ウェスレーは彼らに話しかけ、なぜ死を恐れずに祈り賛美できたのかを尋ねました。そして彼らのグループに入り、彼らと同じ思いに至りました。死が怖くなくなったのです。それゆえに彼は、全世界に福音を伝える役割を担うことができました。

モラビアの人々は、死というものをどう考えていたのでしょうか。彼らは、「礼拝とはこの地上だけのものではなく、天でも同時になされているものだ」と理解していました。地上の教会と天の教会は一つに溶け合っています。我々に置き換えるならば、天にも新城教会があり、かつて1階(地上)で礼拝していて、2階(天)へ上がった人々が同じように集まって主を礼拝している。そのことをはっきりと理解していました。
ですから、船の中で「今、1階で賛美し祈っているが、次の波で死んだとしても大したことではない。2階に上がって同じことをするだけだ」と考えていたのです。彼らにとって死とは、1階から2階へ上るだけのことでした。だから死を恐れなかったのです。だからこそ、世界中に福音を伝える先駆けとなりました。初めは300人の村でしたが、わずか15年で70人以上の宣教師が世界中へ派遣されました。交通機関も整っていない18世紀に世界へ出て行くことができたのは、死が全く怖くなかったからです。死後の教会と地上の教会は一つであるという理解をしっかり理解していました。地上の教会は地上からイエス様を仰ぎ、天に帰った天の教会は天からイエス様を仰いでいるのです。

キリスト教の死後の理解は、「死後どうなるか」ではなく、「神が世界をどう完成させるか」に重心があります。それは恐怖ではなく、復活、和解、完成への希望の物語です。死後すぐに主と共にあるパラダイスに移され、その後、イエス様が復活されたように私たちも復活し、新しい体が与えられます。そしてこの地上が新しい天と新しい地へと変えられ、地において神と共に永遠に生きるのです。死は終わりではなく、神の計画の完成へのプロセスなのです。これがキリスト教の死後の世界です。

本日少し復習のようにお話ししているのは、日本人の9割が自ら地獄へと続く結び目を、自ら選んでしまっている現実にあって、聖書が教えるこれほど素晴らしい福音を語らざるを得ないからです。私たちはこのチャンスを掴まなければなりません。

「叫ぶ」ということは、「聞かせる」ことです。人は一度耳にしたことは残っていますから、その聞かされた言葉がどこで花開くか分かりません。
やがて地上から去る時、自分自身の人生について最も深く考えるはずです。その時、かつて聞いた永遠の福音が蘇ってくるのではないでしょうか。そのために、まずは人々に福音を聞かせておくことが大事なのです。

私は家内が亡くなった時、すぐそばにいました。目の前で息を引き取る瞬間を見届けました。亡くなる前の30分間ほど、私と娘が共についていましたが、家内の様子が普段とは少し違うと感じました。会話はできるのですが、会話をした後、すーっと奥の方へ入っていくような感覚がありました。呼びかけるとまたこちらに戻ってきて話ができるのです。私が何度も話しかけるので、「静かにしてくれる?」と言われたりもしましたが、また奥の方へ入っていく。普段とは違う「奥行き」を感じました。私は娘に「なんだか少し違わないか」と尋ねましたが、娘は「同じだと思うけれど…」と答えました。しかし長年連れ添った私には、やはり違うと分かりました。そしてその30分後ほどに天に召されていきました。

人が死を迎える時、現実世界から死後の世界へと入っていきます。しかししばらくは現実と死後の世界の境界線を、行ったり来たりするような時間があるように感じます。死後の世界を少し覗きまた戻ってくる。境界線を彷徨うような時があるのです。私の家内も何度もふっと吸い込まれるようにしては、また戻ってきました。そしてやがて、糸がプツンと切れるように二度とコミュニケーションができなくなりました。

誰しもがそのような時を経験するわけですが、奥へと吸い込まれるその時、人生について様々なことを考えるはずです。もし結び目が仏教だけなら、仏教のことしか浮かんできません。見えるのは三途の川くらいでしょう。しかし、生前に福音を伝えておけばどうでしょうか。その境界線に入った時に、永遠の命について考えるはずです。出入りしているその時に選択の余地があるということは、素晴らしいことではありませんか。人は必ず、イエス様を選ぶはずです。そのためには、私たちが福音を伝えておくことが絶対に必要なのです。

ペテロの第一の手紙にあるように、「人はみな草のよう。その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは永遠に立つとあるからです。これが、あなたがたに福音として宣べ伝えられたことばです」。

儚い人生であっても、「主の言葉は永遠に立つ」。永遠の命が用意されている。そのことを知るのが福音です。私たちは声を大にして宣言し、多くの人たちに伝えなければなりません。その時点で信じるかどうかは別としても、伝えておけば、生死の境界を出入りする瞬間にきっと選択の余地が生まれるはずです。

私は最近、そのことを強く感じています。いつもお話ししていますが、家内が植えた花壇の花が一度は全て枯れてしまったものの、4月には見事に咲きました。今は少し枯れていますが、また新たな芽が出ています。先ほど写真を撮ったのですが、こちらに取り込むのを忘れてしまいました。植物でさえ咲いたり枯れたりを繰り返すのですから、私たち人間に復活がないはずがありません。私はこの福音を一人でも多くの人々に宣べ伝えていきたいと強く願っています。

先週の7月8日、霊的戦いの記念日の前夜のことですが、不思議なことがありました。「明日は霊的戦いが始まった日だな」と思いながら眠りについたのですが、夜中の2時過ぎに、滅多に見ることのない、家内の姿を夢に見たのです。何か会話をしたのですが内容は覚えていません。しかし、久しぶりに家内の顔を見て驚き、私は飛び起きてしまいました。時計を見ると2時過ぎでした。
その時、一つのことを思い出しました。1992年の7月9日の夜中、家内が飛び起きて叫び、皆を起こして祈っていた姿です。「私はあの時お腹が痛くて祈らなかった。しかし今、私に対して、『祈れ』と言っているのかもしれない」と思いました。夜中に家内が夢の中に現れ、飛び起きるほど驚いたのですから。これは「叫んで祈れ」ということなのだと受け止めました。私は夜中の2時過ぎにこの教会へ来て、真剣に叫んで祈りました。かつての敗北を取り返したような気がしました。

その時感じたのは、天の教会が今私たちに向かって「時は迫っているから、もう一度叫びなさい」と語りかけているのではないかということです。本日の聖書にあるように、「叫ぶ者の声がする」のです。イエス様も、天の教会の兄弟姉妹たちも、「叫べ!」と私たちに告げているのだと強く感じました。

現在、死者礼拝が最も盛んに行われ、様々な偶像礼拝がなされている真っただ中に私たちはいます。しかし今週の土曜日にはコンサートがあります。皆様にはぜひとも叫んでいただきたいのです。コンサートで叫んで歌ってくださっても結構です。同時に、この日を多くの方々の救いのための「叫びの日」にしていただきたいと願っています。福音を聞かせておけば、死の境目において必ず思い出し、パラダイスに入ることができると固く信じています。

今週は「叫ぶ一週間」にさせていただきたいと思います。一言、お祈りさせていただきます。

天の父なる神様、御名をあがめて心から感謝いたします。
今週、こうして私たちが集まり、叫ぶことができることを心から感謝いたします。今、天の教会も、またイエス様も、私たちに向かって「叫びなさい!」と声を上げておられます。私たちがその声を聞くことができますように。そして、多くの人たちに伝えることができますようにお願いいたします。尊いイエス様の御名を通して、祈りをお捧げいたします。アーメン。