2026年7月12日(日)新城教会主任牧師 滝元順
イザヤ書 40章 6節~8節
6 「叫べ」と言う者の声がする。「何と叫びましょうか」と人は言う。「人はみな草のよう。その栄えはみな野の花のようだ。
7 【主】の息吹がその上に吹くと、草はしおれ、花は散る。まことに民は草だ。
8 草はしおれ、花は散る。しかし、私たちの神のことばは永遠に立つ。」
皆様、おはようございます。ハレルヤ。
また、皆様に心からお祈りいただき、中部地方の「GoToミッション」を無事に終えることができました。どこへ参りましても、本当に素晴らしい集会となりました。現在、日本の教会の中では、このような伝道集会がなかなか開催されなくなってしまいましたが、どの場所においても素晴らしい働きができましたことを、本当に感謝しております。
さて、本日読んでいただいた聖書の箇所は、「『叫べ』と言う者の声がする。『何と叫びましょうか』と人は言う。人はみな草のよう。その栄えはみな野の花のようだ」という言葉から始まります。
これは、深く考えさせられる言葉です。「人はみな草のようだ」と言うのです。
時折、孫からLINEのメッセージが送られてくるのですが、文末に「草」と書かれていることがあります。私は最初、自分のことを「臭い」と言われているのかと思い、少し腹が立ったのですが、尋ねてみると、あれは「笑い」を意味するそうです。本当に若者の言葉は理解に苦しみます。現代の子供たちには「人はみな笑いのようだ」と受け取られてしまうのかもしれませんが、そうではなく、人間とは真に儚い存在であるということを意味しています。
聖書の中で、旧約聖書から新約聖書に至るまで一貫して貫かれている概念や、繰り返し引用されている箇所というのは、大変重要な意味を持っています。
イザヤ書40章のこの言葉は、詩篇103篇にも同じような表現があります。「人の日は草のよう。人は野の花のように咲く。風がそこを過ぎると、それはもはやない。その場所すら、それを知らない」と綴られています。さらに、これが新約聖書に至ると次のように結論づけられます。ペテロの第一の手紙1章24節から25節には、「人はみな草のよう。その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは永遠に立つとあるからです。これが、あなたがたに福音として宣べ伝えられたことばです」と記されています。人間とは、本当に儚い存在なのです。
今日、私たちはこの場所に集っておりますが、あと100年も経てば、誰一人としてここには残っていません。赤ちゃんからお年寄りまで、ここに集う人々は総入れ替えになります。新城教会には76年の歴史がありますが、私の目から見ても、すでに会衆の3分の2ほどは入れ替わっています。私たちはこの儚さを目の当たりにしているわけですが、本日の聖書の言葉は、「ここに叫べという声がする」というところから始まっています。
皆様がこれまでの人生の中で叫んだのは、どのような時でしょうか。危機が迫った時や、非常に嬉しい時など、様々な感情が高揚する特別な場面であったはずです。
ここで聖書に「叫べ」と命じておられるのは、神ご自身です。そして「何と叫びましょうか」と人が聞いています。これは神と私たちクリスチャンの関係を意味しています。神が私たちに「叫べ」と命じられ、私たちクリスチャンは「何を叫べばよいのですか」と尋ねるのです。本日は、神様が何を叫べと命じておられるのかを聞き、叫ぶ者になりたいと願っています。
先週は、この地域にとって一つの歴史的な時でした。今から450年以上前の1575年、この場所で一つの大きな叫びが響きました。それは武将たちの叫びでした。1575年7月9日、この設楽原の広い平原で、織田信長と徳川家康の連合軍と、武田勝頼の軍が思い切り叫んで激突しました。その結果、1万6000人が命を落とすという大惨事へと発展したのです。
しかし、それから時を経た1992年7月9日、同じ場所で新たなる叫びが響き渡りました。それは主の民たちの叫び声でした。ここで「霊的な戦い」が始められたのです。
当初、私たちはなぜ神様がこのようなことを始められたのか理解できませんでした。しかし、霊的戦いが始まって35年となる今年、なぜ私たちがここで叫ばなければならないのか、その理由を教えてくださいました。以前もお話ししましたが、この新城市は歴史的に極めて重要な町です。現在の日本人の性質を形成した原点が、この新城市にあったからです。なぜなら、設楽原の戦いで徳川家康が勝利した結果、江戸に幕府が開かれ、その江戸幕府が260年も続いたことで、日本人の内面(メンタリティ)がこの江戸時代に形成されてしまったからです。そして現在も、かつての江戸である東京が日本の中心となっています。
先日もお話ししましたが、江戸時代の民衆支配の痕跡が、私たちの内側に残っています。それは現代日本人の集団心理や社会行動です。皆様もご自身に当てはまるところが多くあるのではないでしょうか。周囲の目を気にしたり、権威に従いやすかったり、空気を読んだり、同調圧力に弱かったり、出る杭は打たれる、そして本音よりも建前を重んじるといった特徴です。このような日本人としての特徴がどうして形成されたのか、五人組や寺請制度といった、260年間に及ぶ強烈な支配が江戸幕府によってなされたことで、日本人はこのようになってしまったのです。
現在、アジア諸国へ行きますと、クリスチャンが非常に多いことがわかります。私はよく韓国へ行きますが、韓国は一時、人口の3割近くがクリスチャンでした。そのため、韓国社会の中でクリスチャンは市民権を得ています。例えば、レストランでお祈りをしていても、恥ずかしいことは一切ありません。ウェイトレスの方々も、配膳を待ってくれることがあります。町の中でお祈りをしたり賛美をしたりしても、全く問題ありません。台湾も多くのクリスチャンで溢れているそうです。そして、中国でさえ、なんと1億人以上のクリスチャンがいると言われています。東南アジアなど、日本よりも仏教が強く他の宗教も色濃い地域であっても、クリスチャンの人口比率は日本とは比べものにならないほど高いのです。
では、なぜ日本だけがそうならないのかと言えば、それには明確な理由があります。江戸時代に植え付けられた現代日本人の集団心理や社会行動が原因です。そのゆえに、クリスチャンになることができない「覆い」を内側に持っているのです。福音を阻む力とは、霊的な力そのものです。この事実を、1992年7月9日に主が教えてくださいました。コリント人への手紙 第二 4章3節と4節の言葉を語ってくださいました。
「それでもなお私たちの福音に覆いが掛かっているとしたら、それは、滅び行く人々に対して覆いが掛かっているということです。彼らの場合は、この世の神が、信じない者たちの思いを暗くし、神のかたちであるキリストの栄光に関わる福音の光を、輝かせないようにしているのです。」
「教会は良いところだ、行ってみたいな…」と思っても、周囲の目が気になってなかなか教会へ行けない人も多いのではないでしょうか。家族全員がクリスチャンになれば良いのにと思っても、家族がクリスチャンになったら、この村では生きていけないという同調圧力があったり、クリスチャンになれない雰囲気があったりします。聖書はそれを「覆いが掛かっている」と表現しています。覆いが掛かっていれば、光は届きません。その覆いとは何か。「この世の神」だと言うのです。この世の神とは、聖書が言うところの悪魔とその一味、悪霊どものことです。悪霊どもが覆いとなっていて、光が届かず、声が届かない状態にしているのです。ならば、まずはその覆いを取り去ってから光を投げ込みなさいと、主は私たちに語られました。それが1992年の7月9日でした。
先週は、そのことを記念して賛美集会も開かれました。あの日のことは決して忘れることができません。1992年当時、翌93年に開催される甲子園ミッションの準備で、新城教会は大変盛り上がっていました。若者からお年寄りまでが一丸となり、祈りの熱気にあふれていました。特にその7月9日の週は、特別な連鎖祈祷会が開かれており、毎晩隣の教育館ホールに集まって祈っていました。7月8日の夜もそうでした。皆で集まって叫んで祈っていました。
しかし、「少し静まって神の声を聞きなさい」と言われたような気がしたため、私は「少し静まって神様の声を聞きましょう」と呼びかけました。すると突然、何人かの方々が同じ言葉を受け取りました。それは預言の言葉でした。「明日の朝、今までにないすごいことが起きるから、真剣に祈れ」という言葉でした。時折、神は超自然的なことをなさいます。同じ時刻に、同じ場所で、数名の方々に同じ言葉を語られたのです。
その言葉を聞いて、私は少し恐ろしくなりました。一体何が起こるのだろうかと。そもそもその時の祈祷会の雰囲気が何か起こりそうなものであったためです。その時、一番強く語られたのが、私の家内でした。家内は主からそのような言葉を聞き、家に帰ってから私に「明日の朝のために真剣に祈らなくてはいけない」と強く迫りました。私はその晩、お腹が痛くて少し下痢をしており、祈る力など全くありませんでした。「私はもういい。寝ているからあなたが一人で祈ってくれ」と言いました。しかし家内は、「今晩は本気で祈れと言われている」と強く迫ってくるのです。あのような家内の姿を見たのは初めてでした。
そして家内は、隣にあった私の両親の家へ向かいました。当時、両親はブラジルへ宣教旅行に出かけており、夏目栄子さんと石塚裕恵さんの2人が留守番として寝泊まりしていました。夜中に家内が、その家のドアを激しく叩いて「起きて、起きて」と叫びました。お腹が痛い中、隣で過激な行動をとる家内の音を聞きながら、私は何事かと思いました。留守番の2人も大変驚いて起き上がり、この教育館のホールに来て、凄まじい勢いで叫んで祈り始めたのです。私の家にも響き渡るほどの声でした。当時は周囲が丸太に囲まれていたため、近所迷惑にはなりませんでしたが、それでも真剣に叫んで祈っていました。それが朝まで続いたのです。
そして、その翌朝に起こったのが「霊的な戦い」でした。この地域を覆っている暗闇に立ち向かって祈れと。この町は覆われているから、その覆いを取り除かない限り、いくら福音を伝えても無駄になるということを主から教えられ、私たちは町に出て叫び、地域のために祈るようになりました。私はこの町に生まれ育ちましたから、町の風景は心に焼き付いており、そこに覆いが掛かっているなど夢にも思いませんでした。しかし、神様はこの地に巨大な悪しき勢力が入り込み、覆いをかけていることを教えてくださったのです。
その正体が何であったか、主の民の叫び声とともに明らかになったのは、「設楽原の戦いの時に入ってきた死の力そのものである」ということでした。1575年の設楽原の戦いも7月9日の朝6時であり、新城教会で起こった霊的戦いも朝6時でした。私はその事実に全く気づいていませんでしたが、後に気づいた時には鳥肌が立ちました。神様がこの地を解放するために、私たちに叫ぶよう要求されたのだということが分かりました。
当時は叫びの深い理由までは分かっていませんでしたが、後になって分かったのは、日本が今のような状況になった原点が新城市にあるということでした。この町で徳川家康が勝利しなければ、日本の方向性は全く変わっていました。あの260年に及ぶ支配がなければ、現代日本人の集団心理や社会行動も変わっていたはずです。それならば、アジア諸国と同じように、様々な宗教があったとしても、イエス様を信じる人々がもっと多く起こされていたはずです。
しかし、現在の日本の教会は大変困難な状況にあります。戦後本格的に始まったプロテスタント宣教も、どれほど努力しても人口の1%の壁を超えたことがありません。なぜかと言えば、このような集団心理があるために人々が救われないのです。しかしこの集団心理は単なる心理ではなく、この世の神が掛けている覆いなのです。この覆いを取り除くためには、まずクリスチャンが真剣に叫ばなければならないということを主から教えられました。