2026 残された時を、神のみこころに生きる!
黙っていてはならない。休んではならない。

2026年5月3日(日)新城教会主任牧師 滝元順

イザヤ書62章6節〜7節
『エルサレムよ、わたしはあなたの城壁の上に見張り番を置いた。終日終夜、彼らは、一時も黙っていてはならない。思い起こしていただこうと【主】に求める者たちよ、休んではならない。
主を休ませてはならない。主がエルサレムを堅く立て、この地の誉れとするまで。』

おはようございます。石塚さんの賛美は、本当に素晴らしかったですね。主の御前に立つ者になりたいと思います。ゴールデンウィークということで、皆さんは休んでおられることと思います。しかし、今日の礼拝メッセージのタイトルは「休んではならない」というものです。神様の働きは、休まず続くものです。

先ほどもお話がありましたが、来週は私の友人である竹内先生が久しぶりに来てくださり、メッセージを語ってくださいます。ご夫妻でお越しになります。午前中の礼拝と、午後からの聖会を導いてくださいますので、期待してお越しください。

先週は召天式がありました。菅谷咲子さんが亡くなられ、103歳でした。同年代のお仲間がすでに天国へ行ってしまったため、「いつになったらイエス様は私を迎えに来てくれるのだろう」と、いつもご家族に話しておられたそうです。
咲子さんは、教会の近くの床屋さんでした。40年ほどクリスチャンとして信仰を守ってこられ、私も小学校低学年の頃から大変お世話になりました。
当時、両親は教会を始めてもなかなか人は集まりませんでした。そこで「産めよ増やせよ」ということで、両親は8人の子供を産みました。しばらくすると、お隣の見城さん一家がクリスチャンとなり、産んで増やす作戦に協力してくださいました。なんと12人もの子供を産んでくれたのです。本当に驚きです。そして3軒目の岡本さんが5人、田んぼの真ん中の伊藤さんが6人で、わずか4軒だけで40人くらいが集まる、日本の平均以上の規模の教会ができたのです。

少し風変わりな始まり方でした。当時は非常に貧しく、周囲の家にはテレビが入っていたのに、私たちの家にはテレビがありませんでした。近所でテレビがあったのが、咲子さんの床屋さんだったのです。特に相撲の時期になりますと、クリスチャンホームの子供たちが20人くらいおばさんの家に押し掛けました。そして十両から横綱の取組まで居座り、見続けていたのです。当時おじさんとおばさんはクリスチャンではありませんでしたが、私たちによくしてくださり、お茶まで出してくださいました。時折、おじさんとは喧嘩をして「お前ら出て行け」と言われたこともありましたが、やがてお二人がクリスチャンになられたのです。

人生は、一見するとそれほど意味はないように思えるかもしれませんが、決してそうではありません。一人一人、神様から大きな使命が与えられているのです。1960年代、この近くには製材所があり、丸太が多く置かれていました。「茶臼山製材所」という製材所があったのですが、そこの若者たちがクリスチャンになり、彼らが祈っている時に聖霊が注がれ、休憩時間にも丸太の間に入って真剣に祈るようになりました。

そんなある日のことです。この床屋さんに、1人の顔の暗い青年がやってきました。近くにお住まいの方でした。その青年は学校を卒業して都会に出て仕事をしていましたが、当時流行していた肺病にかかり、命からがら故郷に戻って、希望もなく療養生活を送っていたのです。そして、菅谷さんの床屋に来たのです。おじさんが彼を見て「お前、暗い顔をしているな。どうしたんだ」と尋ねると、青年は今お話ししたような事情を説明しました。

当時、菅谷さん夫妻はまだクリスチャンではなかったのですが、「近くの製材所の青年たちが最近教会に行き始めて、とても元気になったぞ。お前も一回、教会に行ってみろ」と勧めたのです。

その青年は夢も希望もなく、ただ時間だけはありましたので、教会に来るようになりました。そして彼はイエス様を信じました。すると彼にも聖霊が注がれ、健康になったのです。

聖霊様が彼に、「ここから宣教に出て行きなさい」ということでした。それも都会ではなく、「北の方の田舎に行きなさい」と主が語られました。この方が誰であったかというと、私がよくお話しする中村一夫先生です。肺病で死にかけていた彼が癒やされ、東栄町という今でものどかな田舎町に遣わされていきました。中村先生はそこで40年ほど伝道しておられました。しかし、なかなかうまくいかず、実を結びませんでした。

しかしある日、東栄町にある「東栄チキン」という鶏肉の加工工場に、ペルー人カップルが働きに来ました。そして、中村先生の教会に集うようになったのです。クリスチャンになりました。

彼らは新城教会にも時々来るようになり、リバイバルを経験しました。その後、彼らはどこかへ姿を消してしまったのです。

彼らは、実はスペインへ渡っていたのです。そしてなんと、スペインで牧師になりました。それも、TBNというキリスト教テレビ局のメッセンジャーになったのです。私とフェルナンド先生は、これまで何度かそこで奉仕をさせていただきました。TBNという放送局は、ヨーロッパ全土からアフリカまで広大なサービスエリアを持っています。彼が堂々とそこでメッセージを語る、メッセンジャーになるとは、誰も信じられないことでした。今年の11月、私とフェルナンド先生でスペインへ行くことになっています。私たちがスペインで宣教できるようになったきっかけを辿れば、他でもない、あの床屋のおじさんが青年に「教会に行ってみろ」と一言声をかけたことに繋がります。

何十年も経つと、神の大きな御業に結実するのです。

世間でも「バタフライ・エフェクト」と言われますが、アマゾンのジャングルで蝶が少し羽ばたいただけで、やがてテキサスで大きな竜巻になるというようなことが、人生の中では本当に起こります。これはどうして起こるのかと言えば、イエスを信じる時に起こるのです。そしてそれは、聖霊による祈りによって起きるのです。

さて、先週行われた召天式は、咲子さんがこの地域の方でしたから、地域の方々が多く来られました。普通なら教会になかなか来られないような方々が来られたのです。これは本当に素晴らしいチャンスです。私はそういった場でのメッセージは結構得意な方なので、力を込めてお話ししました。この辺りは今もほとんどが禅宗、曹洞宗です。この辺のお葬式では「葬儀聖典」という小冊子を配ります。そこには、この地域で行っている葬式がどういうものか、どのような世界観に基づいているかが説明されています。皆あまり気にせずにやっているのですが、私はそのことをお話しました。

その小冊子で述べられている禅宗の死後の世界は、こういったものです。
「四十九日の供養があり、中陰の葬儀およびこれに伴う追善供養により、故人の往生先が決定されます」
と書かれています。つまり、人は死ぬとまずはいったん、地獄に行くらしいのです。その後、四十九日の間に家族がどれくらい故人を拝むかによって、地獄から這い上がれるかが決まるというのが、禅宗の死後の世界観なのです。ですから四十九日の間は、家族や親族が総出で真剣に拝まなければ、故人は自分の力ではどうにもならないようです。その期間は、虫一匹殺しても駄目で、歌ったり踊ったりしてもいけません。カラオケなんかに行ったら絶対にアウトでしょう。地獄からの脱出は出来ません。

そこで私は、「キリスト教の死後の世界がどのようなものか、皆さん知ってください」と語りかけました。キリスト教の救いの条件は、エペソ人への手紙2章5節にある通り、「背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのです」というものです。そして使徒の働き16章31節には、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」とあります。

そして、二大宗教の救いの比較表をお見せしました。「キリスト教は、自分の努力ではなく、神の一方的な愛によって救われる。対する仏教は、後からの供養で行き先が変わる。さあ皆さん、二つに一つお選びくださいませ」というふうに丁寧にお話しさせていただきました。参列者の皆さんは真剣に聞いておられました。これは単なる宗教の話ではなく、やがて皆さんに起きる人生の現実の話です。

さらに、死者の世界と生きる者の世界に関するキリスト教の考え方をお話ししました。死後の世界の教会(天上の教会)と、地上の教会は一つであるということです。場所は分かれていますが、存在の次元は分かれていません。教会が二つあるのではなく、一つの教会が二つの状態で存在しているのです。希望は同じです。今日、私たちが地上で礼拝を捧げている同時刻に、天上の教会の兄弟姉妹も礼拝を捧げています。天と地が一つになって礼拝しているのです。これは本当にすごいことではないでしょうか。

クリスチャンの希望は本当に素晴らしいです。いくら日本が仏教が強いと言っても、自分のこととして真剣に考えた方がいいです。自分自身で選び、決断しなければならないのです。私なら絶対にキリスト教を選びます。私のような人間は、自分の力では天国になど行けません。しかし、恵みによって救われるのなら、私にも希望があるからです。

地域の人たちは先祖代々の習慣で仏教をやっています。あまり深いことを考えていないのです。小冊子をもらっても読みませんし、実は、この辺りの葬式では、葬式が終わってから手渡すらしいのです。初めに読んだら、家族は不安になってやめてしまうかもしれないからです。終わってから渡されるから離れられなくなるのです。しかし教会は、死後どうなるかを最初から明確に伝えています。何を選ぶかは、大変重要なことです。

さて明日、明後日と、24時間続けて祈る「賛美と祈りの祈祷会」を持ちます。祈りの場所ですが、男性が1人で祈る場所は「滝元明記念ルーム」です。会堂は複数で祈る場所で、いつ来て祈っていただいても構いません。女性が1人で祈る場所は「教育館の203号室」、複数で祈る場所は「教育館ホール」となります。こうしたプログラムを、明日4日から5日にかけて24時間行いたいと思います。

今日の御言葉は本当にすごい言葉です。「休んではならない」の次に、「主を休ませてはならない」とあるのです。神様を休ませてはいけないと言うのです。すごい言葉があるものだと思いました。「こんな言葉を過去に読んだことがあっただろうか…」と調べてみました。実はこれ、『新改訳2017』の訳なのです。2003年の翻訳とは全く違うのです。2003年の訳を見ると、このようになっています。

『6 エルサレムよ。わたしはあなたの城壁の上に見張り人を置いた。昼の間も、夜の間も、彼らは決して黙っていてはならない。【主】に覚えられている者たちよ。黙りこんではならない。
7 主がエルサレムを堅く立て、この地でエルサレムを栄誉とされるまで、黙っていてはならない。』

ここには「主を休ませてはならない」とも、「休んではならない」とも記されていません。なぜ同じ聖書でこれほど違うのか驚きです。理由を調べてみたところ、2003年の訳は「日本語として自然でやや穏やか」という翻訳方針だそうです。しかし2017年の訳は「原文の構造をより忠実に再現し、多少強い表現があったとしてもそれを残す」という方針の違いがあるとのことでした。原文が「神に訴え続ける者たち」という強い意味を持つため、訳し方で大きく差が出たと言うのですが、受ける印象が全然違います。聖書翻訳という分野に関しても、とりなし、祈らなければならないですね。翻訳者が御言葉を信じ切れていないと、穏やかな訳になってしまうのかもしれません。

しかし、厳密に訳せば、はっきりと「思い起こしていただこうと、主に求める者たちよ、休んではならない。主を休ませてはならない」と言い切っているのです。これはどういう意味かというと、祈り続ける必要があるということを強調しているわけです。

実は今回、祈祷会を開催するに当たり、18世紀にドイツのヘルンフートで共同体を作った「モラビア兄弟団」の祈祷会を参考にしました。モラビア兄弟団は1727年8月13日の聖餐式礼拝の中で、強烈な聖霊体験をしました。奇しくも今日は聖餐式礼拝ですから、期待したいです。この出来事は「ヘルンフートのリバイバル」とも呼ばれ、ここから驚くべきことが始まりました。近代プロテスタントにおける「世界宣教運動」「聖霊運動」「リバイバル」という3つの流れの源流となったのです。近代においての信仰の源流があるとすれば、モラビア兄弟団なのです。彼らは24時間絶え間なく祈りと賛美を開始し、1人が終えると次の人がそれを受け継ぎ、昼も夜も途切れることなく祈り続けたのです。