2026 残された時を、神のみこころに生きる!
貧しい一人の知恵ある者を用いられる主

2026年5月24日(日)新城教会主任牧師 滝元順

伝道者の書 9章14-15節
わずかの人々が住む小さな町があった。そこに大王が攻めて来て包囲し、それに対して大きな土塁を築いた。その町に、貧しい一人の知恵ある者がいて、自分の知恵を用いてその町を救った。しかし、だれもその貧しい人を記憶にとどめなかった。

おはようございます。ハレルヤ。今日、皆さんの前に立ってメッセージを取り次がせていただけますことを、心から感謝申し上げます。先週まで韓国のほうで奉仕がありましたが、皆さんの祈りに支えられて過ごすことができ、また素晴らしい集会であったことを心から感謝しています。先々週は竹内先生が来てくださって、大変力強い、素晴らしいメッセージを語ってくださいました。次の日に竹内先生と津具のリバイバルの場所に行って、一緒に祈りました。アメリカに住んで宣教しておられる先生ですから、津具にジェームズ・バラが来て、リバイバルが起こった場所で一緒に祈ってくださいました。本当に力強い祈りでした。

さて本日、ご一緒に学ぼうとしている御言葉は、何度も語らせていただいている箇所ですが、私はこの言葉が大好きです。このような者になりたいと願っています。一人の知恵ある貧しい人が知恵を用いた事により、大王の攻撃に屈することなく街は守られました。しかし街を救ったにもかかわらず、その人の事は誰も気づかなかったし、記憶にも残らなかったと言うのです。神様の働きとは、結構こういうものではないかと思います。歴史は権力者によって書かれますから、目立つ人が何かをしたように集約されますが、決してそうではなく、誰も知らない、誰の記憶にも残らない人の手によって歴史は継続されるわけです。リバイバルの働きも、まさにそうではないかと思います。

先週の水曜日まで韓国にて奉仕させていただきました。韓国には何万人も来ているような大教会がいくつもあります。どうしたらあんな教会ができるのかと思います。東京駅の構内のように一寸の隙間もないぐらい、人が集まっています。

しかしそんな中でも、ひっそりと古いビルの片隅で礼拝をしているクリスチャンたちもいます。先週は、そのような韓国の教会を訪問させていただき、メッセージを語らせていただきました。この教会にはそんなに多くは集まっていないのですが、この方々は北朝鮮のために真剣にとりなして祈っている、熱心な教会でした。私が行きましたら大歓迎してくださって、午後からは全員のために解放の祈りをさせていただきました。本当に恵まれました。こういう隠れた方々を、主は尊く用いられるのだろうと感じました。

最近、韓国に一人で奉仕に行く時は孫を順番に連れていくことにしているのですが、おじいちゃんの仕事に孫がついてくるのは、なかなかだと思います。今回は息子の次女を連れて行きました。高校1年生になったばかりで、少女感満載で、家内に似ているとみんなから言われました。彼女は韓国にハマって、これからも行きたいと言っていました。若者を育てるためには、こういうふうに旅をさせることが重要ではないかと思います。今回は、春川(チュンチョン)とソウルで霊的戦いセミナーがありました。これはリバイバルミッションのプログラムで、3年続いています。3年間、韓国で霊的戦いセミナーを続けるというのは、なかなか力がいるのですが、皆さんの祈りによって支えられてここまで来たことを感謝しています。

詩篇25篇8節から10節を読みますと、

主は慈しみ深く正しくあられます。それゆえ罪人に道をお教えになります。主は貧しい者を正義に歩ませ、貧しい者にご自分の道をお教えになります。主の道はみな恵みとまことです。主の契約とさとしを守る者には。

この御言葉に感動しました。主は慈しみ深く正しくあられます。それゆえ、罪人には道をお教えになりません、と普通なら続きそうです。しかし、「それゆえ罪人に道をお教えになります」と述べているのです。懐の広い神様です。「お前は罪があるから道を教えない」という方ではないのです。

最近のニュースを見聞きすると心が暗くなります。高校生たちが闇バイトで人を殺してしまう、この国、どうなっているのか。本当に狂っています。これからの日本はどうなってしまうのか。しかし罪人の国にも道を教えてくださる神様です。この意味は、主は正しい方であるだけでなく、慈しみ深い方である。だから罪人を見捨てず、へりくだる者にご自分の道を教えてくださる。主に従う者にとって、その道はすべて恵みとまことであると解説されています。

そして、主の道はへりくだる者に開かれるということです。世界には、神が設定された法則があるのです。誰であっても、神の法則に従えば神からの恵みを受けることができます。それは「主の道はへりくだる者に開かれる」という原則です。この世の中の価値観は、「人は力ある王を覚える」わけです。今、世界で最も覚えられている人物はやっぱりトランプではないでしょうか。彼が発信するSNSの情報で、市場も一喜一憂します。株価は上がったり下がったり大変です。世界は力ある者を覚えるものです。そして小さい者、貧しい者を軽視する社会です。しかし、実際には世界を救ったのは、無名の貧しい者であったという事実です。聖書は一貫して、神は低い者に道を教える、小さい者を通して働かれる、人が見捨てる者を用いられるという構図があるのです。

サムエル記第二にダビデが出てきます。彼はやがて王になりましたが、それ以前は羊飼いで、誰の目にも止まらない者でした。イザヤ書の苦難のしもべは、やがてイエス様を指し示す預言でした。また、コリント人への手紙第一に、「弱い者を選ばれる」とパウロは言いましたが、パウロは自分自身のことを語っていたわけです。これが神の法則です。私はこの神の法則に沿って歩んでいきたいです。神の知恵は人間の力の論理とは逆方向に現れます。この世の価値観の中に過ごしていますから、この世の価値観の中に神のわざが現れるのではないかと勘違いをするのですが、神の知恵は、普通では考えられない方法と弱さの中に現れるということです。

時々、人生の中でさまざまな試練や弱さを体験します。どうでしょうか。弱い人生と、力に満ちあふれた人生と、どちらがいいですか? 言うまでもなく、強く生きていきたいです。しかし人生はそううまくはいかないです。弱さで打ちひしがれる、苦しみのどん底に落とされることがあります。しかしそのような時にこそ、神の知恵が働いて、人間の論理とは逆方向に神の力が現れてくださるのです。

「私は今、力がないです、弱いです」という方、これはある意味でチャンスです。
私にとって最も弱さを覚えたのは、今から7年前です。家内が体調不良で病院に行ったら、その日のうちにすい臓がん末期と告げられました。家内が「あとどのぐらい生きることができるのですか?」と尋ねると、「そうですね、普通ならばあと3カ月、4カ月ですね」と言われました。その瞬間からどん底でした。1カ月後に藤田医科大学に転院しました。そこで言われたことは、「あなたには今、3つの危機が迫っています」というのです。「その中で1つは深刻で、いつ起こってもおかしくない」と言われました。動脈をがんが圧迫していて、血管がいつ破裂するかわからないと言うのです。それを聞いて呆然としました。家内が「それっていつ頃起きますか?」と尋ねると、「今日起こっても、明日起こっても何も言えないぐらいの危機です」と言われました。ぞっとしました。もう駄目だなと思いました。諦めるしかないと思いました。家内は入院しました。私は家に帰ってきて、真夜中の教会の最前列に座って、祈ろうと思っても、祈る力もありませんでした。しかしそんな中で不思議なことが起こったのです。

当時、私には5人の孫がいたのですが、5人の孫の中で一番小さくて言葉もよく喋れない3歳の孫の夢の中に、イエス様が現れたのです。そして彼にこう言ったのです。「ばあばに治る薬をあげるよ。ばあばは治るからね」と声をかけてくれたのです。彼にはまだ夢という概念もありませんでした。

私たちはそれを聞いて、どん底でイエス様に期待しました。不思議なことが起きました。本当に普通は効かないと言われる飲み薬の抗がん剤で、3カ月でCT上ではがんが消えて、腫瘍マーカーが正常になりました。明日死ぬかもしれない状態から、以後、3年2カ月も命が伸ばされました。それは本当に神の奇跡以外の何物でもありませんでした。

あの時、私は力もなく、祈りたいけど声も出ない弱さの中にありました。しかしその時に用いられたのは、3歳児にイエス様が現れて下さったことでした。イエス様は、3歳児にもご自分を紹介できる方なのです。人間の力の論理とは逆方向に働いてくださることがわかります。

今日はギデオン協会のための献金があります。ギデオン協会は世界的な組織です。アメリカを原点として、活動は世界200以上の国と地域に及び、100以上の言語に聖書が翻訳されています。そしてホテルとか病院とか学校とか、刑務所、軍隊、いろんなところに聖書が配布されています。数十億冊以上の聖書が世界中に配られたと言われます。皆さんも聖書をもらったことがあるかもしれません。

ギデオン協会はどうして始まったかというと、不思議です。1898年の秋、一人のセールスマン、ジョン・H・ニコルソンがホテルに宿泊するために行ったそうです。すると「今日は満室で泊まれません」と断られたのですが、ホテルは「相部屋ならば泊めてあげます」と言って、全然知らない、サミュエル・ヒルという人物と相部屋になったそうです。知らない人と、相部屋なんかいやですね。この二人は相部屋で泊まることになったわけです。そうしたら、お互いクリスチャンで、ビジネスマンであったわけです。寝る前に二人とも聖書を開き読み始めて、それで盛り上がって、ギデオン協会ができたのです。これは本当に神様の働き以外の何物でもないのです。満室で、相部屋でなかったらこういう働きは始まりませんでした。後に、それは世界規模の働きに拡大したのです。神は弱い人を通して働かれます。その事実を、もう少し見ていきたいと思います。

現在、韓国で有名になっている映画があります。それが『無名』という映画です。誰を描いたものかというと、乗松雅休さんという方です。なんとそれはチェ先生の奥さんのひいおじいちゃんです。実は韓国に宣教が始まったのが19世紀で、アメリカから、アンダーウッド、アッペンセラー、モフェットという宣教師が渡ってきて宣教が始まったのですが、同じ時期に、人知れず韓半島に渡った日本人がいました。彼はやがて日本で死んだのですが、遺言を残したのです。「私が死んだら、骨は韓国に持っていって埋めてくれ」と。今でも水原(スウォン)というところに彼の墓があるのです。私はそこに行きました。彼はその地域の人たちに本当に愛されて、無名であったにもかかわらず、福音を伝えたのです。そして今、やっと有名になってきました。誰も知らない人に神は声をかけたのです。そして当時から複雑な日韓関係の中で、福音を伝えた日本人がいたのです。

この写真は1883年、日本で撮られた写真です。その中で一人、韓国服を着た青年がいます。この人は、李樹廷(イ・スジョン)という人物です。李王朝時代の知識人、儒学者です。この人を知っている人は、まずいないと思います。韓国でもあまりいないです。彼は、1882年に韓国政府から日本へ派遣された使節団の非公式随行員でした。しかし滞在中、農学者の津田仙、津田梅子の父親と交流があったのです。津田仙の家に行った時に、壁にかけられていた山上の垂訓の掛け軸に目を留めたことをきっかけに、キリスト教に強い関心を持ち、津田から送られた漢訳聖書やキリスト教の教理書を読み込んで、1883年に東京で洗礼を受けたのです。実はこれは韓国で最初にクリスチャンになった人の一人ではないかと言われるのです。日本で洗礼を受けたのです。

李樹廷は日本でキリスト教に触れ、アメリカの教会に朝鮮宣教の必要性を訴える手紙を書くのです。その結果、アンダーウッドとアッペンセラーが1885年に朝鮮に派遣されたのです。
しかし当時の朝鮮では宣教の自由が制限されていたので、宣教師たちはまず東京に来て、東京に滞在していた李樹廷や朝鮮人の留学生たちから韓国語を勉強して、事情をいろいろと学んで、日本が朝鮮宣教の準備基地として重要な役割を果たしたのです。李樹廷と日本での準備を通して、韓国プロテスタント教会が始まったという事実です。
ということは、日本がなかったら韓国のリバイバルも起きなかったのです。それも誰も知らない正式な随行員でもなかった、李樹廷が用いられたわけです。彼は聖書を最初に韓国語に翻訳した一人です。