2026 残された時を、神のみこころに生きる!
全世代賛美と祈りの祝福

2026年4月19日(日)新城教会主任牧師 滝元順

詩篇148篇12・13節

12 若い男よ若い女よ。年老いた者と幼い者よ。

13 【主】の御名をほめたたえよ。主の御名だけがあがめられる。その威光が地と天の上で。

おはようございます。
先週、会堂は大規模な工事が行われました。今日から、新しい光が灯っています。46年間使用していた照明器具が取り替えられて、新しい光が届いています。すべてLEDに変わりました。光がなければ生きることができません。「一筋の光の中で生きていきましょう」と歌われましたが、その光とはイエス様のことです。そのお方に全世代が仕えていくことが重要です。

詩篇148篇12・13節には、「若い男よ、若い女よ。年老いた者と幼い者よ。【主】の御名をほめたたえよ。主の御名だけがあがめられる。その威光が地と天の上で」とあります。これをもう少しわかりやすく訳し直すと、「幼い者よ、若い者も年老いた者も、すべての人よ。ともに主の御名をほめたたえよ。ただ主の御名だけが崇められ、その栄光は天と地を一つにする」となります。

教会に集う赤ちゃんからお年寄りまでが一つとなって主をほめたたえ、心から祈りを捧げると、天と地が一つになるのです。昨日も、「ワカモノ・ワーシップ・ウェーブ」という集会がありました。若者たちが中心となって開催された集会でした。私も奉仕をさせていただいたのですが、若者だけに任せていてはいけないのです。全世代が一丸とならなければ、主の働きは進みません。

皆さんにお祈りしていただいて、先週の月曜日まで私は韓国で奉仕をしていました。非常に多忙な日程で、金曜日の夜に到着し、土曜日の朝から集会があり、日曜日に二つの教会で奉仕をするというスケジュールでした。今回のテーマは、北朝鮮の方々の救いのための特別な集会でした。実際に韓国へ行きますと、日本とは状況が全く異なる社会を実感します。「脱北者」と呼ばれる、北朝鮮から命からがら逃げてきた方々が3万数千人おられます。その方々は社会の中でともに生きておられるのです。一人ひとりのお話を聞けば、それだけで映画が一本制作できるほどの壮絶な体験をされています。そのような環境に身を置く韓国の方々と日本人とでは、自ずと意識が大きく違うのは当然です。

新城教会がなぜ、現在存在しているのかと言えば、戦後、東京において、在日韓国人の方が寄付してくれた土地の上に教会が建ったからです。そこに母と父がやって来て、クリスチャンとなり、結婚し、私は生まれました。日本と韓国の複雑な歴史がなければ、新城教会は現在、存在していません。そういう意味でも、私たちが国際的にも複雑な問題に、祈りをもって参加するように導かれているのだと感じます。ぜひ、南北問題、世界で起きている様々な政治的、あるいは軍事的問題に関して、関心を持ってお祈りをよろしくお願いいたします。

「自分の人生なんて、世界に影響は与えない」と思うかもしれません。しかし実際には、非常に大きな影響を与えるものです。旧約聖書にこのような話があります。

「わずかな人々が住む小さな町があった。そこに大王が攻めてきて包囲し、それに対して大きな土塁を築いた。その町に貧しい一人の知恵ある者がいて、自分の知恵を用いてその街を救った。しかし、誰もその貧しい人を記憶に留めなかった」。

ある町が大王に攻められ、危機一髪の状況でも助かったというのです。なぜ助かったのかと言えば、その町に住む、誰も知らない、名もない人が自分の知恵を使って町を解放したからです。しかし、そのことは後世、誰にも知られることはありませんでした。

一人の人が存在することによって、町が変えられ、国が変えられ、歴史が変えられるのです。ですから、私たちが生まれたことには、神からの大きな使命があるのです。

私は韓国でもお話をさせていただいたのですが、高英姫(コ・ヨンヒ)という人物をご存知でしょうか。彼女は1952年に大阪の鶴橋で生まれました。北朝鮮の専門サイト「リムジンガン」のレポートによると、彼女の日本名は「高田姫(たかだ・ひめ)」と言います。大阪の公立小学校に通い、毎週、日曜日には教会に通って聖歌隊で賛美していたと言います。この、日本人そのもののような生活をしていた彼女は、初めは教会に行っていましたが、ある意味、悪魔に囚われたのだと思います。彼女は帰還事業で北朝鮮に渡り、彼女はやがて金正日に見初められ、三番目の妻となりました。そして高英姫という名になり、現在の金正恩の母親となったのです。彼女と日本との深い繋がりは、北朝鮮では決して公にされることはない国家機密です。日本に住んでいた誰も知らない小娘が、現在の北朝鮮体制を形成したのです。

金正日と結婚して生まれたのが金正恩です。現在、国際社会において、北朝鮮の存在が極めて悪化しています。もし高田姫が金正日と結婚していなければ、少なくとも、今の北朝鮮は違っていたはずです。一人の立場は非常に重要です。今日ここにおられるお一人おひとり、主から使命をいただいています。主の手の中で生きていきたいと心から願います。

話は変わりますが、連休に「ゴールデンウィークスペシャル」として、5月4日から5日にかけて、24時間の連鎖祈祷を行います。夕方5時半からバーベキュー大会を行って体力をつけ、夜7時から祈りに関するセミナーを行い、8時から24時間の連鎖賛美、あるいは祈りを行いたいと思います。これは非常に強力な祈りになるはずです。なぜこの祈りに導かれたのかと言えば、2月に韓国へ行った際に「モラヴィア兄弟団」について教えられたからです。

18世紀のことですが、彼らがある一つのことに気付かされました。それは、「教会は地上のものだけではなく、天にもある。天と地が一つになって祈る時に、主の業が現れる」ということです。それに気づかされた彼らは、祈り始めました。具体的には、24時間、朝から晩まで一人が1時間ずつ祈り続けたのです。それを100年以上続けたと言います。その中で何が起こったかと言えば、激しい聖霊が注がれ、世界宣教もここから始まりました。現在見るリバイバル運動の原点も彼らの中にあります。その原点は、24時間絶え間なく祈る「天と地を結ぶ祈祷会」から始まったのです。

今回、私たちもそのような祈りをしてみたいと思います。100年間続けることはできませんが、1日を100年に見立てて祈り、新城教会にさらなる主の御業が現されるように祈ろうではありませんか。

皆さん、神は祈りを聞いてくださると信じますか?
「アーメン」の声が少し小さいかもしれませんが。

これは実際にあった話だそうです。ある国に教会がありました。隣に空き家となっているビルがあり、ある時、一人のビジネスマンがそのビルを購入しました。そして、そこで何を始めたかと言えば、風俗営業を始めたそうです。瞬く間に地域の治安も環境も悪化し、非常に悪い雰囲気になってしまいました。教会に集まっていた人々は困惑し、「これは大変なことだ」と真剣に祈祷会を始めました。朝も昼も夜も、「主よ、何とかしてください」と祈ったのです。
するとある日、嵐がやってきました。そして、雷がそのビルに落ちて爆発し、ビルは燃えて消えてしまったというのです。
すると、そのビルのオーナーは何をしたと思いますか。なんと、裁判所に教会を訴えたのです。「教会が祈ったために、神が雷を落として私のビルが燃えてしまった。どうしてくれるのか」と訴えたのです。それに対し、教会はどのように対抗したと思いますか。「あれは祈りの答えではない。自然現象だ」と主張して戦ったそうです。裁判官はこう言いました。「この事案は難しい。訴える側は『神は祈りを聞く』という前提に立っているが、教会は『神は祈りを聞かない』という確信に立っている。このギャップを埋めるのが難しい」と。
案外、そのようなことはあるのではないでしょうか。一般の人々は、神は祈りに答えられると真剣に信じているのかもしれません。私たちも確信を持って、祈りたいと考えています。5月の祈りは、確実に主が御業を現してくださると信じ、北朝鮮の問題や戦争、日本の諸問題が解決するように、本気で祈ろうではありませんか。

義理の父親が小学生の子供を殺害するといった痛ましい事件もあり、心が痛みます。殺された男の子は、孫と同じくらいの年齢ですから、本当に信じられません。この社会はどうなっているのかと思います。
社会を変える鍵はどこにあるのかと言えば、教会にあるのです。教会が祈れは、どのような形かはわかりませんが、神の雷が落ちるのです。神が働いてくださるということを信じなければなりません。

その中で重要なのは、教会に集う全世代がこぞって、賛美と祈りを捧げることです。背景となる御言葉は、詩篇115篇13節にあります。

「【主】を恐れる者を祝福してくださる。小さな者も大いなる者も。」

ここから賛美が作られています。
また、詩篇148篇では、被造物全体が主を賛美するように命じなさいと教会に命令されています。私たちが、被造物全体に対して「主を賛美せよ」と命じれば、被造物は自動的に賛美し始めるのです。

しかし、問題なのは私たち人類です。ここで何と言われているかと言えば、「若い男や若い女よ、年老いた者と幼い者よ、主の御名をほめたたえよ。主の御名だけが崇められる。その威光が地と天の上で」とあります。
これは、教会に集う全世代がこぞって主をほめたたえ賛美する時に、天と地が一つになるということです。最近、新城教会で新しい賛美がたくさん作られ、新しい歌が歌われています。「若い人たちが頑張っているな・・」と思うかもしれませんが、ここにおられるおじいちゃんやおばあちゃんから赤ちゃんまで、全員がこぞって主をほめたたえて賛美することは、天と地を重ね、すべての問題を一掃する鍵なのです。新城教会に集うすべての兄弟姉妹が心を一つにして賛美し祈れば、天と地が重なります。

音楽というのは非常に不思議なものです。音楽がなくても生きていけそうですが、人は音楽なしには生きることができません。なぜなら、神がそのように造られたからです。天地創造の後にこのような記事があります。
ヤバルという人が家畜を飼う者の先祖となり、ユバルという人が竪琴と笛を奏でるすべての者の先祖となったと言います。そして、ツィラが生んだトバル・カインは、青銅と鉄のあらゆる道具を作る者となりました。牧畜や道具作りといった一般の生活を支える活動の真ん中に、竪琴と笛を奏でる人たちが神によって用意されたのです。ゆえに、私たち人間は音楽なしには生きられない存在であり、それは主をほめたたえ賛美する音楽であるということです。音楽なしで1週間生きられるかと言えば、決してできないでしょう。音楽を遮断しても、至る所で音楽が鳴っています。

しかし、全世代が一致して主をほめたたえ賛美するのは、時に困難なこともあります。昨日も「スリダブ」でお話をさせていただいたのですが、最近はあまり歌われなくなりましたが、「聖歌」を編纂した中田羽後という人がいます。彼は次のように語っています。

「神は確かにクリスチャンの心に新しい歌を与えられる。しかし古い歌を、新しい感性を持って歌えることもまた神の恵みである。古いと言って軽視せず、新しいと言って敬遠せず、歌い慣れたと言ってそればかりに執着せず、レパートリーを増やすよう心がけるべきではないか」。

天と地が一つになるためには、全世代が持っている感性を共有しなければなりません。新しい歌も古い歌も、すべてが一つになっていく時に、天と地が一つになるのです。同時に、世代によって感性が異なることを知らなければならないと、昨日もお話ししました。

世代によるリズム感の違いというものがあります。これを知ることで、今まで理解できなかった人たちを理解できるようになります。少し音楽の授業のようですが、4分音符、8分音符、そして16分音符があります。4分音符を二つに割ると8分音符になり、さらに4分割すると16分音符になります。

さて、皆さんはどのリズムの中に生きておられるでしょうか。「私は4分音符の世界に生きている」「私は8分音符の世界」「いや、私は16分音符だ」という三つの世代が、この世界に同時存在しているのです。