2026 残された時を、神のみこころに生きる!
わが町わが地域のために祈ろう
~地政学と霊的戦い~

2026年6月28日(日)新城教会主任牧師 滝元順

マルコの福音書 5章1~10節
1 こうして一行は、湖の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた。
2 イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊につかれた人が、墓場から出て来てイエスを迎えた。
3 この人は墓場に住みついていて、もはやだれも、鎖を使ってでも、彼を縛っておくことができなかった。
4 彼はたびたび足かせと鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまい、だれにも彼を押さえることはできなかった。
5 それで、夜も昼も墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていたのである。
6 彼は遠くからイエスを見つけ、走って来て拝した。
7 そして大声で叫んで言った。「いと高き神の子イエスよ、私とあなたに何の関係があるのですか。神によってお願いします。私を苦しめないでください。」
8 イエスが、「汚れた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。
9 イエスが「おまえの名は何か」とお尋ねになると、彼は「私の名はレギオンです。私たちは大勢ですから」と言った。
10 そして、自分たちをこの地方から追い出さないでください、と懇願した。

皆さん、おはようございます。ハレルヤ。本日は久しぶりにお会いすることができ、心から感謝しています。3週間ぶりになるかと思いますが、お祈りに支えられ、私は先週まで関東地区のGoToミッションで奉仕をさせていただきました。今回は10回の集会があったのですが、それぞれが本当に祝福された集会となりました。現在、全国でこのようにミュージシャンとメッセンジャーをペアにして伝道集会を行っている団体は、もはやリバイバルミッションくらいになってしまいました。ぜひとも、この働きが祝福されるようにお祈りをしていただきたいと思います。

今日も平岡先生が井草さんと一緒に広島のほうで奉仕をされていますが、私は今回、小坂忠さんの娘であるエイジアさんとペアで行ってまいりました。彼女のことは小さい時から知っているのですが、どこに行っても感動的な祝福となりました。また、亡き妻の享子と昔行っていた教会も巡回先に含まれており、本当に懐かしく思いました。実は、このエイジアさんは、娘さんのスカイちゃんを14歳の時に亡くされ、本当に大きな悲しみを体験された方です。しかしそれを乗り越えられ、素晴らしい歌声とともに、スカイちゃんを亡くされた時のお証しをされました。それに重ねて、私も妻を亡くした時のお証しをさせていただき、まさに最強コンビでした。本当に素晴らしい集会でありました。

今週も、私は中部地方でGoToミッションの奉仕をさせていただきます。今週の水曜日に滋賀県から始まり、愛知、岐阜、三重と近隣を回ります。今回はチェ・ヨンド先生と一緒に回ることになっており、また違った組み合わせで素晴らしい祝福があると思います。ぜひともお祈りください。

韓国と日本は、地理的に最も近い関係にあります。しかしながら、歴史を振り返る時、一番近いこの隣国との間で様々なトラブルがありました。本日のメッセージは「地政学と霊的戦い」という少し難しいタイトルですが、実のところ、そういうことなのです。地理的な条件が、将来を形作っていくのです。しかし考えてみれば、神様がそのような近い関係に地理をお造りになったということは、逆を言えば、そこに神様の素晴らしい計画があるということです。

昨日は、この教会で7時間の連鎖祈祷会が行われました。教会で参加してくださったり、ご自宅で祈ってくださったりしたことと思います。先週は、日本の地理的な条件も関係して、2つの台風が接近し、大きな地震も起きました。先週の24日から26日までの48時間の間に、環太平洋地域でなんと7つもの大きな地震が起こっているのです。地球の内部はすべて繋がっていますから、一つの場所が崩れれば他の場所も崩れていくということではないでしょうか。今朝も東北地方で少し大きめの地震があったようですが、2日前には、富士山の麓でも大きな地震がありました。「これから富士山が爆発するのではないか」と心配する声もあり、本当に世の終わりが来てしまうのではないかと思わせるような昨今の状況です。

さらに台風が2つ同時にやって来ました。別々に来てくれればよいものを、2つ一緒に来たということは、「一度で済むから面倒ではなくて良い」ということなのかもしれませんが、どうなることかと思いました。この教会には農業を営んでおられる兄弟姉妹もいますので、いつも祈らされるのですが、結果的に守られて無事だったそうです。そして、大きな収穫が見込まれているとのことでした。私たち人間は地球の管理人ですから、この地球上で起こるすべての事柄に関心を持ち、祈っていく必要があるのです。昨日は7時間の祈祷会を終えましたが、また来月も行いたいと願っておりますので、ぜひともご参加いただきたいと思います。祈祷会の最後の1時間は皆で賛美をするのですが、この賛美が本当に祝福されるのです。やはり7時間祈った後の賛美というのは特別です。この時期、私たちは時を掴んで祈り続けていきたいと思っております。

何気なく新城教会に通っておられるかもしれませんが、実は神様が、極めて重要な場所に教会を建ててくださったのです。このことを信じることができるでしょうか。
この場所はかつて大きな戦いがあった場所です。しかも驚くべきことに、その結果が「現在の日本を作り上げた」のです。新城市での歴史的な出来事がなければ、現在の日本という国は存在しません。つまり、この新城市が現在の日本の根底を、ある意味で支えているということです。

最近、様々なところで「地政学」という言葉を耳にします。地政学とは、地理(位置、資源、地形、気候、海洋交通路など)が国家の政治、軍事、経済、安全保障に与える影響を分析し、それが国家や文明の運命にいかに大きく関わり左右するかを読み解いていく学問です。国家の戦略や歴史的な攻防を、地理的条件との関係から考察することを目的としています。地理というものが国家の将来や運命をいかに左右しているかという現実を、私たちは歴史を振り返る時に知ることができるのです。どのような位置関係に国が置かれているかで、将来が決まっていくということです。先ほど少しお話ししましたが、日本と韓国が近い位置関係にあることによって、これまで様々な問題が起きてきました。もし韓国が地球の裏側にあったらまったくトラブルもなかったはずですが、隣国であったがゆえに大きな衝突があり、両国の将来に多大な影響を与えてきたのです。

もし地理が運命を形作るのであるならば、地理的条件というのは「霊的戦いの舞台そのものである」と言うことができます。今お話ししたように、韓国と日本の地理的な舞台の上で歴史的に様々な悲劇が起こってきましたが、裏を返せばそれは霊的な戦いそのものであったということです。つまり悪霊どもは、地理的な条件を利用しながら常に働いているのです。しかし、最初に地理や地形を造られたのは神様ですから、「地理が運命を形作るのであれば、地理的条件は霊的戦いの舞台そのものであり、その背後にある主の計画を知ることこそが、国を勝ち取る鍵となる」のです。

ということは、日本、そして新城という地において、過去に地政学的に何が起こったのかを解き明かすならば、そこに国を勝ち取る鍵も含まれているはずです。

実は、今から450年くらい前のこの時期(6月から7月にかけて)、この辺りはどのような状況であったのでしょうか。武田勝頼の軍勢と、織田信長・徳川家康の連合軍が相対峙していました。太陽暦に直しますと、1575年の6月19日頃から長篠城で戦いが始まり、それから20日間にわたって、この地域は大きな緊張に包まれていました。そして7月9日に大きな戦いが起こり、わずか数時間の戦闘で、双方合わせて1万数千人が死亡しました。今日は6月28日ですが、今から450年ほど遡るなら、まさに今頃、この地は極度の緊張状態にあったに違いありません。

この地で起こったことが、後にどれほど大きな影響を国に与えたのでしょうか。ここで家康が勝利したことが、後の日本の土台を作ってしまったのです。

しかし主はこの地に教会を建てられ、この舞台を背景に霊的戦いを始められました。設楽原の戦いが始まったのは7月9日の早朝6時くらいだと言われていますが、実は、この地域に対する霊的戦いが始められたのも、後から気付いて本当に鳥肌が立ったのですが、1992年の7月9日の朝6時だったのです。早天祈祷会の中に聖霊が激しく注がれ、「この地域を覆っている暗闇に立ち向かって祈りなさい」と、主が私たちに語りかけてくださったのです。それから34年が経ちました。私が書いた『主が立ち上がられた日』をぜひ読んでいただきたいのですが、当時の緊迫感は、まさに450年前にこの地域の人々が感じていた緊張を、霊的に感じ取ったかのようでした。

現在の日本を形成したのは新城市であったというのは、歴史的な事実です。徳川がここで勝利したことによって徳川幕府ができ、江戸に本拠地が置かれました。それを背景として現在の日本が成り立ったのです。そして、その背後には暗闇の力が関わっていたことを主は教えてくださいました。『コリント人への手紙 第二』4章3節から4節に、私たちが一生懸命に福音を宣べ伝えても、なかなか人々の心が開かない理由が書かれています。

「3 それでもなお私たちの福音に覆いが掛かっているとしたら、それは、滅び行く人々に対して覆いが掛かっているということです。4 彼らの場合は、この世の神が、信じない者たちの思いを暗くし、神のかたちであるキリストの栄光に関わる福音の光を、輝かせないようにしているのです。」

1992年の7月9日に霊的戦いが始められた際、主が教えてくださったのがこの御言葉でした。宣教が開始されてから、各時代の兄弟姉妹が一生懸命に伝道してくれました。しかし、いくら福音を伝えても「打てど響かず」といった毎日でした。主は言われました。「この町には覆いが掛かっている。その覆いとはこの世の神、すなわち悪霊どもが覆いを掛けているのだ。いくら福音の光を投げかけても光は届かない。まずは覆いを取り去る祈りをし、それから福音を伝えなさい」と教えていただいたのです。

例えば、新しく照明が変わった礼拝堂でも、大きな風呂敷や毛布を広げて皆様の上に覆いを掛けてしまえば、いくら照明を明るくしても光は届きません。光を届けたかったらどうすればいいかと言えば、まずはその覆いを取り去ることです。そうしてから電気をつければ、瞬間的に光は届くのです。
同じように、戦後の日本には多くの宣教師が入ってきて教会が建てられ、宣教がなされていますが、現実は困難を極めています。私もGoToミッションで様々な教会にお邪魔させていただきますが、「これからの日本の教会は本当に大変だな」と感じます。今や伝道集会すらやめてしまった教会も多く、最近GoToミッションが行われたある教会では、「伝道集会」というタイトルで集会を開いたのは実に30年ぶりだったそうです。それが今の日本の教会の「標準」になってしまっているのです。放っておけば教会は滅びていきます。どこに原因があるのか。それは、この御言葉が述べていることが原因そのものなのです。覆いが掛かっているのです。覆いが掛かっている以上、いくら声を上げても届きません。「まずはそれを取り除きなさい」と、主は語り始めてくださいました。

「自分たちをこの地方から追い出さないでください」と懇願している存在がいるのです。1992年7月9日の地域における霊的戦いの開始とともに主が教えてくださったのは、悪魔や悪霊どもは各地域を自分の所有物として支配し、覆いを掛けて福音の光が輝かないようにしているということでした。このことの聖書的な根拠は、本日読んでいただいた箇所にあります。イエス様がガリラヤからゲラサという地域に行かれました。まさに地政学的意味合いを持つ移動でした。ガリラヤはユダヤ人たちが住んでいた地域でしたが、対岸のゲラサを含むデカポリス地方は異邦人の地域でした。ある意味で、これが最初の「世界宣教」と言えるのではないかと思います。