「わずかな人々が住む小さな町があった。そこに大王が攻めてきて包囲し、それに対して大きな塁を築いた。その町に、貧しい一人の知恵ある者がいて、自分の知恵を用いてその町を救った。しかし、だれもその貧しい人を記憶にとどめなかった。」
津具村にリバイバルが起こり、そこから私の父が生まれたことも、神は誰の目にも留まらないような小さく貧しい者を用いられるということの証です。
東京でクリスチャンになった父は、「自分の故郷には教会がない。伝道しなければならない」というGoToミッションの思いに駆られ、今から約76年前、この地に入ってきました。当時は仕事もなく、津具金山という鉱山で土方として働きながら生計を立てていました。その頃の経験は、1960年代に出版された『われ土方なれど』という本に記されています。父は神学校を出たわけではありません。ただ「福音を伝えたい」という情熱だけでこの地へやって来ました。そして、神様はそのような中から引き起こし、やがてそれがリバイバルミッションへと繋がったのです。歴史を振り返ると、神が生きておられることが本当によく分かります。
いつもご覧いただいている写真ですが、鉱山で土方をしていた私の父と、製材所の職工であった田中政男先生、中村一夫先生の三人です。彼らに聖霊が注がれ、出て行って福音を伝えるようになりました。主は名もなき弱い者を用いられました。父と田中先生がコンビを組み、中村先生が事務局を受け持ち、様々な働きが展開していくことになりました。
このことに先立ち、父が伝道者になる前、麻工場で機械を動かしながら働いていた時のことです。『われ土方なれど』の197ページにこう記されています。
「それから数日後に麻工場に移っていたが、機械を手にしながら働いている時、実に不思議な声を耳にした。確かに私の耳元で、神の聖霊が語りかけられた。こんな経験は今までに一度もなかった。」
その声は非常に具体的なものでした。
「今日、あなたが家に帰ると、スウェーデン宣教師のところで手伝いをしている三輪まち子さんが、あなたの家に来ます。そして宣教師は、あなたに伝道に来てくれるように依頼するでしょう。そして、あなたは伝道に行くようになります。すると、また他の宣教師もあなたを伝道に招くでしょう。そしてまた他の宣教師もあなたを招き、ついには日本中を回って伝道するようになるでしょう。」
仕事中にこのような声を聞いたのですから、普通なら戸惑うはずです。しかし、その夕刻、この預言がそのまま実現しました。豊川市に来ていたスウェーデン宣教師のオーケ・レナンデル夫妻の使いとして三輪まち子さんが訪ねてきて、「滝元さん、宣教師があなたを伝道会に招いています。来てくれませんか」と伝えたのです。鳥肌が立つような出来事です。
レナンデル先生は、1945年の空襲で甚大な被害を受けた豊川市で宣教をしていました。しかし彼らはスウェーデンから直接来たわけではなく、中国での義和団の乱などによって国外追放され、その後モンゴルで働いていた宣教師たちでした。この夏、私たちもモンゴルで宣教を行いますが、スウェーデンの先生方がすでにそのような背景を持って日本で働いておられたのです。
若者たちに聖霊が注がれ、遣わされた先は都会ではなく、田舎でした。聖霊様は、普通では考えられないような田舎へ入って伝道しなさいと命じられたのです。田中先生は「浦川へ行け」という聖霊の声を聞き、結婚した翌週には出かけて行きました。伊勢湾台風で借りていた家の一階が流されてしまっても、二階に住んで宣教を続けました。このような涙ぐましい戦いを経て現在があることを、私たちは決して忘れてはいけません。
そして、その種はやがて甲子園ミッションへと繋がります。名もなき貧しい小さき者たちに注がれた聖霊がリバイバルミッションを形成し、1993年には甲子園球場で集会が行われ、父がメインメッセンジャーを務めました。工場で機械を動かしている時に聞いた聖霊の声が、現実のものとなったのです。主が語られた言葉は必ず実現すると信じなければなりません。自分の代で実現しなくても、次の代で実現するかもしれないのです。
甲子園球場では、十字架の台が壊れそうなほど大勢の方々が前へ進み出て、主を信じる決断をされました。
1998年には日本武道館で10日間にわたる東京リバイバルミッションが開催され、ロン・ブラウンやカーク・ウェイラムも駆けつけてくれました。これも偶然の出会いから実現したことですが、集会は大いに祝福されました。聖霊様が働かれると、初めは小さな種であっても、後に大きな実を結ぶようになります。
同時に、激しい霊的戦いも存在しました。イエス様が「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し」と最初に語られたのは、福音宣教に出て行けば必ず悪霊がそれを阻止しようと働くからです。悪霊の力を打ち破り、人々を解放しなければ、宣教は前進しません。
私たちリバイバルミッションが働きを始めた時も、非常に大きな霊的な戦いがありました。その時の様子は、私が記した『主が立ち上がられた日』(英語や韓国語にも翻訳されています)にまとめられています。1992年、愛知県民の森での祈祷会で激しく聖霊が注がれ、一人ひとりが遣わされていきました。しかし、そこから始まったのは激しい霊的戦いでした。悪霊どもがこの国を支配していること、そして外からだけでなく内側からも働くことを教えられました。
甲子園ミッションの働きを進める中で、当時私たちが属していた団体から激しい反対を受け、誹謗中傷の中で私たちはそこに留まることができなくなりました。「甲子園の働きをやめてしまえ」という巨大な力との戦いでした。私の人生における最も大きな戦いは、この甲子園ミッションの前後と、妻が召された時の二つですが、どちらも激しい霊的戦いであり、主によって勝利させていただきました。
92年に聖霊が注がれた際、最も信頼していた人々がある意味で敵対勢力となり、甲子園ミッションを阻止する側に回ってしまいました。そして、その団体における最終的な決議の集会が、まさにこの場所で行われたのです。非常に緊迫した雰囲気の中、「甲子園に参加する者たちはグループにとどまることはできない。霊的戦いは認められない」という声が上がりました。
先週、瀧川充彦先生が「主からの声を聞いたら実行しなさい」と語られた時、突然、その時反対した一人の牧師の顔が浮かんできたのです。「この人の祝福を祈りなさい。そして、家を訪問しなさい」という思いでした。なぜなら最近、その牧師の奥様が亡くなられたと聞いたためでした。主は、「彼を励ましに行きなさい」と語っておられるのだと分かりました。先方から連絡があったわけでもなく、迷いましたが、さらに祈る中で「行かなければならない」と示されました。しかし拒絶されるかもしれないという不安もありました。
約35年ぶりの訪問でした。彼は私を家の中に招き入れて下さいました。そこで聞いた事は、亡くなられた奥様が、こう言い残していたそうです。「あなた、和解しないうちに死んで天国に来ないでちょうだいね。必ず和解してから天国に来てね。」奥様は何度もそう言い残しておられたのです。
その絶妙なタイミングに、私が訪問したわけです。彼は本当に喜んでくださり、共に祈り、和解し、「これからよろしくお願いします」と言葉を交わすことができました。主から語られたことを実行に移すと、このような素晴らしい御業が起こるのだと実感しました。
先週私に起きたこのような出来事は、主を信じる者たちに必ず起こると信じています。私たちがこれまで捧げてきた祈りが、今まさに実現しているのを感じます。
近代におけるリバイバルの原点は、ジョン・ウェスレーやチャールズ・ウェスレーらによるメソジスト運動にあります。しかし彼らが聖霊を受けるきっかけは、モラビア兄弟団の存在でした。1727年8月13日、モラビア兄弟団の人々が聖餐式の礼拝中に強烈な聖霊を体験しました。これは「ヘルンフートのリバイバル」と呼ばれ、そこから彼らは24時間絶え間ない祈りと賛美を開始しました。一人が終えると次の人が引き継ぎ、昼も夜も途切れることなく、この祈りはなんと100年以上(一説には110年)続いたのです。当時、三十年戦争で荒れ果てていたヨーロッパにおいて、彼らが真剣に祈り始めた時に聖霊が注がれ、世界の歴史が変わりました。
ジョン・ウェスレーは1735年、アメリカ宣教へ向かう船の中でモラビア兄弟団と出会います。大嵐に遭遇し、船が沈みそうなパニック状態の中で、全く死を恐れず穏やかに賛美し祈り続ける彼らの姿に、ウェスレーは多大な衝撃を受けました。その後、彼はモラビアの人々と共に祈るようになり、激しく聖霊を受けてリバイバルのために働くようになったのです。
では、なぜモラビア兄弟団の人々は死を恐れなかったのでしょうか。それは、彼らが聖霊様から「教会とはどのようなものか」を教えられていたからです。彼らの版画にも描かれていますが、礼拝とは「地上の教会と天の教会が一つに溶け合い、同時に行われるもの」であり、礼拝される方は「屠られた子羊、イエス様である」と理解していました。教会は地上だけのものではなく、天の教会が本部であり、天と地の教会は一つである。場所は分かれていても、存在の次元は分かれていない。主の再臨を待つ希望も同じである。彼らはそのような教会観を持っていたのです。
だからこそ、「次の波で死んだとしても、一階から二階へ移るだけの話だ。やることは同じだ」と平気でいることができたのです。天と地は繋がっているという確信があったからこそ、彼らにとって死は、全く恐るべきものではなかったのです。私たちも、この「天と地は一つである」という礼拝の真理を理解する時に、本当の意味で「GoToミッション」、主によって遣わされることができるのでしょう。
モラビア兄弟団が礼拝の中で最も重視していたのが聖餐式でした。彼らは、聖餐式を「死者の国(天の教会)への侵入」であると信じていました。単なる記念の儀式ではなく、十字架と復活の出来事への参与であり、子羊の血のもとでの契約更新、そして地獄の門に対する勝利の旗を掲げる行為そのものであったのです。
これから私たちは聖餐式を行いますが、天と地が一つになる瞬間は、この聖餐式の時に訪れます。この時、私たちは本当の意味で使命をいただき、福音を宣べ伝えることができるようになるはずです。一人ひとりが神様からの使命を具体化し、主に仕えることができるよう、共に祈ってまいりましょう。
【祈り】
天の主なる神様、御名をあがめて心から感謝いたします。今から私たちは聖餐式を行いますが、モラビア兄弟団の人々が「天と地は一つである」ということを聖餐式を通して体験したように、主よ、どうか私たちにもそれを体験させてください。
私たちが神をほめたたえる賛美の杯は、キリストの血にあずかることではありませんか。私たちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではありませんか。
今日、天の教会と共に聖餐を行います。主よ、どうか私を遣わしてください。主の勇士として用いてください。
ここにあるパンとぶどうのジュースが、聖霊により、御言葉によって、イエス様の体と血になり、天の教会にあずかることを宣言して、聖餐式を始めさせていただきます。アーメン。