2026 残された時を、神のみこころに生きる!
〜 GoToミッションのために祈ろう 〜

2026年6月7日(日)新城教会主任牧師 滝元順

マルコの福音書16章15節〜18節
15 それから、イエスは彼らに言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。
16 信じてバプテスマを受ける者は救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。
17 信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばで語り、
18 その手で蛇をつかみ、たとえ毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば癒やされます。」

皆様、おはようございます。ハレルヤ。早くも6月を迎えました。先日、皆様と共に新年礼拝を持ったばかりのように感じますが、月日の流れは本当に早いものです。残された時を、神のみこころのために生きていきたいと切に願っております。

今週は「GoToミッション」があり、私は関東地方へ遣わされます。ぜひお祈りをお願いいたします。本日は「GoToミッションのために祈ろう」というタイトルをつけました。GoToミッションで語る内容も含めながら、お話しさせていただきます。

実は現在、日本の教会は非常に困難な状況にあります。かつては教会で伝道集会が頻繁に開かれており、平日は宣教や伝道集会を行うのが定番でした。しかし現在、「伝道集会」という言葉はまるで死語のようになってしまっています。現在の日本の教会がどのような形で宣教活動を行っているかについて少し分析してみたところ、主な伝道スタイルとしては、賛美するミュージシャンが自らの証しを語りながら単独で巡回するスタイルが多く見られます。また、PBA(太平洋放送協会)のようなメディア伝道団体が、その働きを広げるために企画する単発の特別集会もあります。さらに、特定の地域の教会やグループが、グループ内の牧師や賛美チームを外部へ派遣する働きも存在します。

しかし、複数名の働き人を抱える団体が、事前に謝礼や交通費を請求せず、自由献金のみで組織を維持していくことは、現在の日本の教会の経済事情では極めて困難であると分析されています。実は「リバイバルミッション」のように、メッセンジャーとミュージシャンがペアになり、かつ会場献金のみを基本方針とする宣教団体は、現在日本にはほぼ存在しません。

新城教会では、「GoToミッションのために祈りましょう」と呼びかけ、毎月、定期的にリバイバルミッションのために献金してくださっています。もしこの働きが終わってしまえば、日本から伝道集会が消えてしまうことになります。一度消滅したものを再び復興させるのは非常に困難です。これは日本のキリスト教会の死活問題と言っても過言ではありません。

今週、私は関東地方を巡回し、様々な教会で伝道メッセージを語らせていただきます。お越しくださる方の8割ほどはクリスチャンの方々であると予想されるため、リバイバルミッションの働きやリバイバルについても触れながらメッセージを語る予定です。ぜひ皆様のお祈りをお願いいたします。

「GoToミッション」という名称は、コロナ禍にあった「GoToイート」や「GoToトラベル」をもじって名付けましたが、その真の意味は「使命のために出て行こう」「宣教へ出て行こう」というものです。動詞が最初に来る命令形であり、「You(あなた)」が省略されています。すなわち、私たち一人ひとりが出て行かなければならないということです。

本日お読みした箇所は、イエス様が語られた「大宣教命令」と呼ばれる有名な場面です。「それから、イエスは彼らに言われた。『全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい』」と命令されています。そして「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばで語り、その手で蛇をつかみ、たとえ毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば癒やされます」と語られています。

今回のGoToミッションに、このような主の御業が伴うようにお祈りください。イエス様が宣教に行かれた時、必ず悪霊が追い出され、新しい言葉である福音が語られました。「その手で蛇をつかみ」とは、悪霊に支配されている人々が解放されることを意味します。「たとえ毒を飲んでも、決して害を受けない」とあります。現代は食品の中にも様々な問題がありますが、信じる者には主の守りがあります。そして「病人に手を置けば癒やされる」という御業が起きてほしいと願っています。新城教会の中にも病を抱えておられる方が多くいらっしゃいます。これは信じる者に伴うしるしですから、このようなしるしが伴うことを信じて行動していただきたいと心から願っています。

ここに「すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい」とあります。日本語の聖書では「者(人)」と訳されていますが、ギリシャ語では「クティシス」という言葉が使われています。これは人間だけでなく、動物や自然など、被造世界全体のことを指しています。福音は人だけに届くものではありません。被造物全体に対するものなのです。日本語の訳では少し意味が矮小化してしまっていますが、ギリシャ語から直訳すると「あなたがたは全世界に出て行き、神の創造された世界全体に関わる救いと回復の福音を公に宣言しなさい」となります。

福音とは宣言です。被造世界に出て行き、すべての被造物に対して「主を賛美せよ」と宣言すれば、すべての被造物は主を賛美するようになります。今日も「ハレルヤ、天において」という賛美がなされましたが、天の天から地のどん底まで、管理者である人が主をほめたたえるように宣言するならば、被造物は主を賛美するようになるのです。

先週は台風6号が接近しました。先週の礼拝後に共に「南に下がれ」と宣言して祈りましたが、結果的に台風は南に下がりました。祈りは聞かれます。詩篇148篇8節には「火よ、ひょうよ、雪よ、煙よ、みことばを行う激しい嵐よ」と記されています。嵐は神様の御言葉を運び、実現させるものです。ということは、台風が来た時に、台風が運んできた神の御心と御言葉が実現するように、外に出て命じれば良いのです。

実は、台風6号に関して心配なことがありました。教会員で農業を営んでいる方から祈りを要請されたのです。その方はトウモロコシを栽培して生計を立てておられます。トウモロコシが育つ6月頃には通常日本に台風は来ないそうですが、今回は直撃の予報でした。トウモロコシは少しの風でも倒れてしまうため、これは死活問題です。私も真剣に祈り、台風が来た時にはベランダに出て、「台風6号よ、南に下がれ。被害をもたらすことはできない。主を賛美せよ」と宣言しました。

夜は風の向きが気になってあまり眠れませんでしたが、雨風はそれほど強くありませんでした。朝の5時半頃にその方に状況を伺うと、全滅することはなく、少し傾いた程度で済んだとのことでした。その程度であれば、トウモロコシは自力で起き上がることができるそうです。さらに、この時期のトウモロコシには大量の水が必要ですが、神様は農夫の手を煩わせることなく、天からの雨で溝に水を満たしてくださいました。今年は大豊作が予想されるとのことです。福音は人だけのものではなく、被造物全体に及ぶものであることが、今回の台風によって証明されたのではないでしょうか。本当に嬉しく思いました。もう少し風が強ければ倒れてしまい、穂が水に浸かって駄目になっていたところを、皆様の祈りによってぎりぎりで助かりました。

先週の礼拝で瀧川牧師より、サムエル記から「お話しください。しもべは聞いております」というメッセージが語られました。主から声をかけられたら、サムエルのように応答する。「しもべ」とは奴隷を意味しますから、主が語られたら必ず行動に移さなければならないとお勧めがありました。皆様は先週、神様から語られ、それを実行されたでしょうか。

また、ヨハネの福音書の「カナの婚礼」の場面からもメッセージが語られました。イエス様が「水がめに水を満たしなさい」と言われ、しもべたちが水を汲んで宴会の世話役のところに持って行きました。水を宴会に持って行くのは一歩間違えば大変なことですが、彼らはそれを持って行きました。これこそまさに「GoToミッション」です。使命を果たすために、主が言われた言葉は必ず実現すると信じて持って行った時、それが最良のぶどう酒になったというお話でした。私たちは主の声を聞くだけでなく、それを実行していく必要があります。

皆様にはそのような場面があったでしょうか。実は私自身に、そのようなことがありました。先週、「主から語られたら実行に移しましょう」とお伝えしながら、私自身は「自分には語られないだろう、他の人に語られるだろう」と心の中で思っていました。しかし先週、実際に主から語られる出来事がありました。それについては後半でお話しします。

日本の宣教の歴史も、まさに主から「行きなさい」と語られた「GoToミッション」の連続によって実現してきました。日本のプロテスタント宣教は幕末に始まります。日本に最初に来た宣教師の一人、ジェームス・バラが19世紀に横浜で祈祷会を始め、そこに聖霊が注がれて広がっていきました。日本におけるプロテスタントの原点は、19世紀の横浜です。

そして、そこで起こったリバイバルが最も強力に飛び火した場所が、愛知県北設楽郡設楽町津具です。ここでリバイバルが起こったことについては何度も話していますが、津具に行きますと、最初に救われた村井与三吉さんが牧師となり、彼を記念する石碑が建っています。村の人たちが牧師の記念碑を建てるなど、日本中を探してもここにしかありません。当時、人口千人ほどの小さな村で、120軒ほどの家が資金を出して石碑を建てたのですから、500人ほどはキリスト教関係者がいたと考えられます。

その村井与三吉さんの石碑の書を手がけたのは、世界的に有名な賀川豊彦です。彼が津具を訪れた際に撮られた写真もあります。賀川豊彦は津具教会と関わり、そこで癒やされたことで、世界で活躍する器へと変えられました。また、当時の津具教会の日曜学校で歌われていた賛美歌があります。

「いざ歌え もろともに みな歌え もろともに 悪魔の軍勢 多かれと 我らが大将イエス君は 恐れることなど ありはしない」

まだ日本に賛美歌集もなかった時代に、津具教会で作られた霊的戦いの歌です。横浜で起きたリバイバルが飛び火し、この津具で歌われていた最初の賛美歌だと思うと、本当に励まされます。

今回、日本に来たジェームス・バラについて少し調べてみました。彼はなぜ献身したのでしょうか。バラは1832年、移民の家庭に生まれました。非常に貧しい家庭で、6歳の時に父親が保証人倒れで農地を失い、彼は若くして薬剤師の見習いとして働きに出ました。十分な教育も受けられず苦労を重ねていましたが、見習い時代に読んだ一冊の小冊子に衝撃を受け、宣教師を志すことになります。それは「収穫は多いが、働き手が足りないために腐っていく」という内容の本でした。奉公の最中にその本を読み、「自分は世界に出て行き、福音を伝えるのだ」と決断したのです。その後、彼は猛勉強をして大学、神学校へと進み、宣教師となりました。当時は飛行機もなく、宣教師になるのは国家事業レベルのことでしたが、彼は真剣に努力を重ねたのです。

しかし、そこでも驚くべき展開がありました。彼は当初、日本ではなく中国へ宣教に行く予定でした。ところが、中国へ行く直前に日本で働いていたアメリカ人宣教師が辞任し、そのポジションが空いてしまったのです。そのため、宣教団体は急遽バラの派遣先を中国から日本へ変更しました。こうして彼は横浜に到着し、祈祷会を始め、聖霊が注がれ、その火がこの愛知県にまで及んだのです。偶然のように思える出来事の中にも、神様の御心が明確に表されています。

しかし、その津具村のリバイバルも、国家神道の台頭とともに弾圧され、クリスチャンがどこにいるか分からない状態になってしまいました。そんな最中、キリスト教反対の急先鋒であった家に、昭和4年、一人の男の子が誕生します。それが私の父(滝元明)でした。何の取り柄もないような小さき者を選び、日本のリバイバルを牽引する働きへと導かれたのです。
伝道者の書9章14節から15節にこう記されています。