2025
神が働きを加速される年!
~復活祭礼拝~
わたしはよみがえりであり
いのちです!

今日、私たちは復活をお祝いしているのですが、一般的な教会の暦ですと、復活祭は来週になります。元々、暦は太陽暦ではなく、太陰暦でした。太陰暦を、太陽暦に合わせる方が無理なのですが、聖書暦で今日は「ニサンの月十五日」となります。
過越の祭りの次の安息日は「大いなる日」と呼ばれました。そしてイエスさまがよみがえられた日は、ニサンの月の十六日、初穂の祭りの日に合わせて復活されたのです。イエスさまは韻を踏んで、復活されたのです。

昨日は過越の祭りが始まった日で、今日は、安息日、「大いなる日」と呼ばれ、明日が初穂の祭りとなります。今日、復活をお祝いした方が、より現実に即しています。
やがて私たちはこの地上を去りますが、復活する望みに溢れています。

新城教会の屋上に納骨堂があります。これは正式な納骨堂ではなく、一時的な保管場所です。納められている人たちは、やがて復活しますから、一時保管場所で十分だと思います。
イエスさまが帰ってこられるその日、新城教会の屋上は、大騒動になるはずです。

イスラエルと日本の間には六時間の時差があります。イエスさまが十字架で死なれた時間は、「午後三時」と聖書に記録されています。日本時間では昨夜の九時でした。私は少年たちと共に、夜の九時に納骨堂に行って、主のお帰りと復活を願い祈りました。
そこで「今夜、イエスさまが夢を見せて下さるように!」と祈りました。彼らは結構、不思議な夢見る少年たちです。

すると今朝、私の孫で夢見る少年が、「夢を見た!」と言うのです。どんな夢を見たのかと聞くと、屋上の納骨堂から、人々がよみがえった夢を見たと言うのです。すごかったと言うのです。大騒動だったようです。
私は彼に、「ばあばもいたのか?」と聞いたら、「いた!」と言うのです。彼は復活したはぁばに出会って、嬉しくて「ハグした途端に目が覚めた」と話していました。
やがて主を信じて天に帰った聖徒たちが復活する日が来るのです。このことを信じますか。「アーメン!」
私も心から信じています。今日のメッセージのために、主がそのような夢を見せてくれたのかと思い、本当に感謝です。聖書に記されていることが事実だと、主は様々な角度から教えてくださっています。

天に帰った人たちは、現在、何をしているのでしょうか。パウロは言いました。「私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。」と。普通は言えないです、死んだら終わりではなく、益だと言っています。どんな益となるのかと言うと、聖徒たちは、私たちの周りを雲のように取り巻いて、私たちの競争を応援しているのです。
当時、コロセウムという競技場に人々が集まって、雲のように取り巻いて選手たちを応援していました。その光景に合わせて、ヘブル書の記者は表現したのです。
人生とは、いわば競技場の選手のようです。サッカーの試合で、選手たちは会衆を見る余裕などありません。選手は敵と戦い、敵を倒す為に専念します。
選手側では、どこに家族がいるのか、友人がいるのかわからないかもしれません。しかし会衆の方では、自分の家族や親族が選手ならば、常に目をこらしているのです。
先に天に帰った人たちは、私たちに関心を払い、取り巻いて、全力で応援しているはずです。

私も一人で辛いですが、家内が天から応援してくれていると思うと、勇気百倍です。
先に天に家族・親族を送った方がおられたら、私たちより高次元で、より深く、主の前にとりなしてくれている応援団がいるのです。

聖餐式は、天と地を結ぶ重要なものです。召天者記念会では聖餐式をともにさせていただきました。
私は朝起きたら必ず、聖餐式を行うことにしています。

また、礼拝そのものが、天に繋がり、先に天に帰った人々、天使たちとともに、神を礼拝する機会であると初代教会の人たちは信じていました。
礼拝とは地上だけにとどまらず、天と地が一つになって、ささげられるものです。

ヨハネの黙示録二十二章十六〜十七節

“「わたしイエスは御使いを遣わし、諸教会について、これらのことをあなたがたに証しした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」御霊と花嫁が言う。「来てください。」これを聞く者も「来てください」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水が欲しい者は、ただで受けなさい。”

一刻も早くイエスさまが帰って来られるように、「来てください!」と祈らなければなりません。

聖歌二百一番
「この世と天(あめ)に別れ住めど
み民は聖き神にありて
共に交わり 共に待てり
キリストイェスの 来る日をば」。

天に帰った兄弟姉妹とは、見えない世界では空間を共有していますが、姿は見えません。彼らが願っていることは、早く天と地が一つになって、お互いに顔と顔を合わせて、復活のからだで主を褒めたたえる日を待ち望んでいるのです。そのために「来てください!」と真剣に祈ろうではありませんか。

自分の死後の世界が定まっていない人がおられたら、様々な宗教、哲学、科学、自分の信念を合わせて、どれを選ぶのか、最重要課題です。

私は強くおすすめします。それはイエスさまを自分の救い主として選ぶことです。最高の永遠を過ごす重要な条件です。

最後に、私の後に続いてお祈りください。

「イエスさま、今、私はイエスさまを自分の神とし、救い主とします。あなたを永遠の結び目とし、宣言します。天と地を結び、永遠のいのちを与えてください。家族にも与えてください。イエスさまの名前でお祈りします。アーメン。」