2022年12月25日(日)新城教会主任牧師 滝元順

ルカの福音書2章8節〜11節(新改訳2017)
『さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。』

ヨハネの福音書12章27節〜28節
『今わたしの心は騒いでいる。何と言おうか。『父よ。この時からわたしをお救いください』と言おうか。いや。このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。父よ。御名の栄光を現してください。」そのとき、天から声が聞こえた。「わたしは栄光をすでに現したし、またもう一度栄光を現そう。」』

メリークリスマス!
お隣の方に、「メリークリスマス!」と、ご挨拶してください。
今日は十二月二十五日、クリスマス当日です。しかし、実際にイエスさまがお生まれになった日は、十二月二十五日ではありません。九月から十月、秋のことです。ですからクリスマスとは、「イエスさまのお生まれを記念する日」と定義づけたほうが良いと思います。

今日は大変おめでたい日ですが、その前に、皆さんに心からの感謝を述べさせていただきたいと思います。先週の日曜日、十二月十八日、早朝五時二十六分、最愛の妻、享子が天に帰って行きました。そして二十日の火曜日には「召天・凱旋式」が行われました。今までにも皆さまに祈っていただいて、支えていただいてここまで来ました。そして式もたいへん祝福され、素晴らしい式となりました。平日にも関わらず、本当に多くの方が参列してくださり、ネットでも参列してくださって、慰め、励まして下さいました。また、多くのお心遣いをいただき恐縮です。本来はお一人一人とお会いして感謝しなければならない所ですが、高い所からですが、滝元順家を代表して、心からの感謝を申し上げます。ありがとうございました。

思い返せば、三年四ヶ月前、家内に末期の膵臓癌が発見されました。「あと三ヶ月、四ヶ月の命です」と宣告されました。しかし皆さんの祈りによって、神の栄光が現わされました。
しかし十月ぐらいから、突然、体調が悪くなって、あれよあれよという間に、天に帰ってしまいました。私はもう一度、栄光を現していただきたいと願い、「主よ。もう一度、栄光を現してください。」というメッセージを語らせていただきました。そんな願いと祈りと共に、この二、三ヶ月間戦って参りました。しかし内心、ヨハネの福音書十二章を主からいただいた時、「家内は、もしかしたら天に帰るのかもしれないな、、、」と思いました。そして死の準備をしなければいけないと思いました。
なぜなら、イエスさまの公生涯は第一の栄光でしたが、第二の栄光は、「十字架の苦しみと死」であったからです。しかしその後、復活につながりました。第二の栄光の為には、死を経過しなければならないからです。
私は今年で七十一歳です。牧師として、あまり積極的に近寄りたくない領域がありました。それは「死」というテーマでした。死に積極的に関りたい人は、ほとんどいないはずです。教会ではよく召天式がありますから、いやでも多くの死に関わります。しかし死を直視するのは避けたい気持ちが常にありました。やはり自分の中に逃げがありました。
私は父の葬式にも、出なくて済みました。なぜならば、当日はネパールに行っていたからです。死ぬ直前にテレビ電話で、「親父さん、葬式のために日本に帰った方がいい?それとも、ネパールにとどまって宣教活動を続けた方がいいのか、どっち?」と聞きました。すると父は「行け、行け」と手で合図しました。それでネパールに残りました。また母親の看護も、私は七人兄弟で、私がやらなくても、兄弟たちがやってくれました。
しかし今回、家内の病を通して、家内が死んでいく様と言うのでしょうか。徐々に体が弱って、天に帰る瞬間まで、すべてをつぶさに見届けました。逃げることは全くできませんでした。それはたいへん大きな試練とストレスでしたが、大きな感謝もあります。

キリスト教は、何が中心なのかと言いますと、誰もが避けたい「死」を武器として、死の力を持つ悪魔を滅ぼす所にフォーカスがあります。死を直視し、死を乗り越えるテーマが中心にあるのです。
今回、私と娘の二人で介護・看護を二ヶ月近く二十四時間体制で行いました。しかし家内はだんだん弱ってきて、こう言うのです。「私、最後は家で過ごしたいから、病院に送らないでね。」
彼女は三年半近く苦しんで来ましたから、私はなんとか、その願いを叶えてあげたいと思いました。医者が、「病院で過ごすと、コロナで本人と面会が出来ない」と言うのです。ホスピスもあるけれど、やはり制限があると言うのです。しかし家での看護は、なかなか大変だと聞きました。でも家内がそう言うので、「分かった。あなたの大好きな部屋で、自分のベッドの上から、天国に行けばいいよ。」と言いました。「本当?約束してくれる?」と言うので、「約束するよ!」と答えました。そしてその約束を果たすことができました。
岩井勝先生にホームドクターをお願いして、最後を看取っていただきました。息子も頌と同じで、今年は大変忙しくて、母親がいつ亡くなるのか分からない中、スケジュールがどうなるのだろうかと、たいへん心配でした。しかしすべて主の導きの中、最善に導かれました。
家内の最期は、私にとっては、ほんの十秒くらいの間の出来事でした。その前まで、家内は私たちと話していました。「私が誰か分かるかい?」と聞くと、「分かるよ。」と答えました。冗談で「あなたのお名前は?」と聞くと、「滝元享子。うるさいなあ!もうー。ちょっと静かにして寝かせて。」と言うので、すぐ逝くわけはないと思っていましたが、その後、あっという間に急変し、天に帰って行きました。
召天式に出ていただいた方は、家内の顔を見ていただいたと思うのですが、彼女の尊厳を守ってあげたいと、常々、祈っていたのですが、本当に安らかな、美しい顔をしていました。孫のひとりがその顔を見て「勝利の顔をしている!」と言いました。
私たちも、やり遂げることができた!という実感と共に、誰もが迎えなければいけない死を、夫として、逃げるのではなく、直視して乗り越えることができ、感謝しています。クリスチャンには、その素晴らしい特権があります。そして第二の栄光とは、イエスさまと同じように、死に向かっていく過程の中で現される栄光であると思います。
こんなことってあるの?と思うのですが、息子、堅志の奥さん、右子さんのお父さんが、家内と同じ日に亡くなられました。ちょっとした時間差でした。召天式も、なんと、家内の召天式と同じ時刻となりました。ご家族の都合とか、西宮の教会の都合で、十二時からダブル召天式だったのです。息子と下の娘が家内の召天式に、奥さんと上の娘はお父さんの召天式という、ダブルとなりました。しかし、いずれも勝利の召天、凱旋式となりました。

皆さんに愛していただき、家内の人生はたいへん幸せだったと思います。私、今回、いろいろな方とお話しして、この教会には、すでにご主人を先に送られたとか、奥様を先に送られた方々が結構多くおられます。私と同じ体験をされた方が山ほどおられるのです。それでたいへん励まされました。
結婚されている方々は、やがて私と同じ体験をされるに違いありません。私の人生に家内の葬式など、ありえないと思っていたのですが、ありえないことが人生には起きるものです。そこで勝利を取れるのか否かが、人生の最終結論となるわけです。
私たちの神さまは、何でも即座に助けてくれる事は少ないのかもしれません。しかし、ここぞ!という時に、助けてくださる方です。

昨日、ある方からLINEをいただきました。この教会に四十年近く前に来られていた方ですが、こんな内容でした。

“寒いですね。空を見上げ、享子さんを思います。召天式、本当に素晴らしく感謝でした。主人が何がなんでも運転していくと言って、ノロノロ運転で連れて行ってくれました。本当に参列できて感謝、感謝で、涙は止めどなく流れましたが、享子さんを感じて感謝でした。
あの日の朝、享子さんがすごい笑顔で明先生と清子先生と過ごしていらして、今まで明先生と清子先生は、一度も私の頭の中に現れてくださらなかったのに、不思議で不思議で、享子さんは肩より短めの髪で、本当に素晴らしい笑顔なんです。それが順先生にお伝えしたくて、式の日に自宅に戻ってすぐ電話したということです。優しい享子さんの笑顔があまりにも明るくて、順先生を思います。長々とごめんなさい。祈っています。”

という内容でした。彼女は長い間教会には疎遠でしたが、享子の召天式の朝、鮮やかな夢を見たと言うのです。家内は、亡くなる時には苦しんでいましたけれど、天に行って、私の両親と明るい顔で喜んでいたと言うのです。私は電話して詳しく聞きました。「家内、天国で何やっていた?」と聞いたら、「明先生と清子先生に食事を作っていた。」と言いました。やはりやることは地上と同じだなと思いました。
家内、食事を作るのが得意で、結婚して四十七年ですが、おいしいものをたくさん食べさせていただきました。また家内は、物持ちがすごく良いのです。私はぽいぽい捨てるのですが、家内の倉庫には四十七年間使っていた食器とか、山ほど入っていました。召天式が終わって、「滝元順一人仕様」に家を改造しないと生きていけないので、不要なものを全て捨てて、新しくしています。不要品がたくさんあったので、プレイズブックスの所に陳列してあります。ガラクタみたいな物ばかりですが、よろしければ、お持ち帰りいただきたいと思います。家内は天国に行って、私の両親のために食事を作っていたそうです。天国に行っても、食事はできるらしいです。なぜならば、天国ではイエスさまと一緒に宴会があると聖書に記されているからです。どうも家内は楽しんでいるみたいです。

召天式の時にもお話しさせていただきましたが、家内は一九五六年一月三日に新城市で生まれ、新城市で育ち、やがて肉体は新城の土に帰って行きました。二〇二二年十二月十八日に召天し、六十六年十一ヶ月、約六七年の人生でした。
彼女にとって大きな転機は、やはり二〇一九年十月に発覚した膵臓癌でした。その時「どうすることもできません。三ヶ月・四ヶ月の命です。」と、はっきりと宣告されました。ですから、そのままなら、六十四歳で地上から消えていたに違いありません。
しかし熱い祈りにより、私も真剣に祈りましたが、主は奇跡を行ってくださいました。それで人生が、「三年」余分に付与されたのです。今年の九月ぐらいまでは転移もなく、普通に生活していました。夏は県民の森まで、サイクリングに行きました。
しかしその後、調子を崩して、天に帰って行ったということです。これをどう捉えるかです。勝利と見るのか、敗北と見るのか。どちらでしょうか?

今年は「復讐の年」であると主は言われました。「復讐どころか逆襲じゃないか?」と思っているかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。人は誰でも死んで行きます。私は家内の人生を見て、本来は六十四年で終えるところを、主によって三年間付け加えていただきました。最後のパートで、二、三ヶ月、苦しみましたが、これが神が定めた「寿命」であったと理解しています。家内は神が定められた寿命で、死んでいったのだろうと思うのです。

人は涙とともに生まれ、涙とともに地上から去って行きます。すべて命のあるものは、人も動物も死ぬ時には苦しみます。苦しみなく逝ける人は、本当に少ないです。私たちはやがて、何らかの苦しみを経験しながら、地上から出て行かなければならないのです。
私は苦しみの中にある家内の姿を見て、たとえ今回、癒されたとしても、家内は大きな手術をしていますから、十年以内にはきっと天国に行くだろうと感じていました。癒されても、また次回、同じ苦しみを味わなければならないとしたら、二度同じ苦しみを味わうのはかわいそうだと思いました。もしも主が、「これがあなたに計画された人生のスパンですよ!」と言われるのならば、このまま天国に連れて行ってあげてください、と祈りました。家内と一緒にも、祈りました。するとその通りに、第二の栄光を現してくださいました。