後の栄光は、先の栄光よりも大きい

 

「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住む時だろうか。」

 

これは私たち牧師にだけ語られた言葉ではなくて、すべての人に語られた言葉です。 そして、ここで彼らに起こったことを見てください。聖書の中に、豊かなあの収穫を期待していたが、わずかしか得られなかったと書いてあります。それだけではなく、収穫物を家に持って帰ってきた時に主が吹き飛ばしたと書いてあります。ですから、多くの人は成功しないのです。

 

第四番目の理由

不品行

 

それがイスラエルから神の栄光が去った理由のひとつです。エリの息子たちが性的に不道徳だったからです。サムエル記第一の2章22節。

 

さて、エリはたいへん年をとっていたが、息子たちがイスラエル全体に行っていることの一部始終を、それに彼らが会見の天幕の入り口で仕えている女たちと寝ていることを聞いていた。

 

彼らは奉仕の場所と自分たちの権威を悪用していました。しかし、このようなことをする者たちには必ず災いがあります。 彼らは神に対して罪を犯しているだけではなく、相手の若い男性と若い女性、その家族、そして、教会に対しても罪を犯しているのです。近年のキリスト教会における性的不品行の多くは、あることと結びついています。それはアルコール摂取です。私は生きている限り、酒について反対するメッセージを語り続けようと思っています。そのたった一回の性的快楽のために、夫婦関係を壊すことが分かっていますか?またそれはあなたの未来も壊します。また、あなたの教会から神の栄光を奪うことになるのです。 また、教会で結婚式を挙げる前に同棲してしまうカップルもいます。 そして、教会がその後に結婚式をしてくれるように言います。女性が妊娠して、聖霊によって妊娠したという人もいます。 その後で教会に結婚式してほしいと思っています。しかし今更何のために結婚式をするのでしょう?結婚するまでは我慢して待ちなさい。 大切なことは、神の前と教会の前と、そして家族の前で交わす誓いなのです。私はこのことをあなたに言いたいと思います。あなたやあなたの恋人が結婚前に自制できないなら、結婚後も自制できません。あなたが相手に不誠実になるか、あなたの相手があなたに不誠実になるかでしょう。

 

第五番目の理由

反逆と不敬

 

サムエル記第一2章22節から24

 

22さて、エリはたいへん年をとっていたが、息子たちがイスラエル全体に行っていることの一部始終を、それに彼らが会見の天幕の入り口で仕えている女たちと寝ていることを聞いていた。

23 それでエリは彼らに言った。「なぜ、おまえたちはそんなことをするのか。私はこの民の皆から、おまえたちのした悪いことについて聞いているのだ。

24 息子たちよ、そういうことをしてはいけない。私は【主】の民が言いふらしているうわさを聞くが、それは良いものではない。

 

ここに反逆があります。 なぜなら、エリの息子たちは父親に従いませんでした。そして聖書はサムエル記第一15章23節前半、従わないことは、占いの罪と書いてあります。反逆という罪は、悪魔に扉を開くことになります。なぜ多くのクリスチャンたちが教会に集わないのでしょうか?それは反逆、反抗心です。聖書が言っている神の言葉、一緒に集まることをやめてはいけないという、その言葉に対して、従っていないということです。それはヘブル人への手紙に書いてあります。

 

第六番目の神の栄光が去る理由

放任主義。

 

祭司エリは放任的でした。彼は息子たちを叱責しましたが、息子たちは父に従わず、エリは、注意しても聞かないのが分かっていたのに、彼らの奉仕を続けさせていました。それがエリの最大の罪となりました。エリは息子たちが神を冒涜していることを知っていました。 しかし止めなかったのです。 罪を許容することは、重大な罪です。 私は罪に反対するメッセージを語ります。誰かが罪を犯した時には、もちろん私も哀れみを示します。なぜでしょう?神さまも、私に憐れみを示してくださったからです。しかし、神がここまでだと言われる時があります。神の臨在に対する、慣れと不敬虔がここにありました。ペリシテ人たちが、神の契約の箱を自分たちの地へ持ち帰ったとき、自分たちの神の神殿において、その偶像であるダゴンの像の隣に置きました。しかし、翌日、ペリシテ人たちが神の箱を見に行くと、その隣にあったダゴンの像が倒れて砕けていました。それだけではなく、神はその町の人々を種物で撃たれました。 サムエルの第一5章8節前半をお読みします。

 

それで彼らは人を遣わして、ペリシテ人の領主を全員そこに集め、「イスラエルの神の箱をどうしたらよいでしょうか」と言った。

 

神の臨在を軽く扱うことはできないことです。 そには、神に対しての不敬がありました。神の臨在と、それを表す神の箱。 それを異教の神の神殿に偶像の隣に置くなど、あっていいのか、それが不敬になるのです。その不敬のゆえに大きなさばきが下りました。 その後、占い師とか魔術師たちが契約の箱を新しい車に乗せて、子を産んだばかりの2頭の雌牛に引かせるよう勧めました。しかし、ペリシテ人の中には契約の箱の中身が気になっている人達がいました。 サムエル記第一の6章の19節の前半だけをお読みします。

 

主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。【主】の箱の中を見たからである。主は、民のうち七十人を、すなわち、千人に五人を打たれた。

 

私たちの神は、聖なる神です。私たちの多くはそのことを忘れていると思います。礼拝の時間において、神の臨在より大切なものがあるでしょうか? あなたは礼拝している間、何をしていますか? 例えば、賛美の時にSNSのメッセージを送ってませんか? また例えばトイレに行くなどしていませんか。もちろん高齢の方は例外ですけれども。

皆が礼拝している間に、別のことを考えていませんか?慣れ、それも神さまの臨在に対しての慣れに気をつけてください。今日、賛美の時間とても良かったですね。 しかし、賛美歌いながら、ただ歌うだけになっていませんか?拍手もせずに手もあげず、など、私たちはその一つ一つを注意する必要があります。 力の限り礼拝をする、それが私の願いです。 私たちの気を散らす 他のものから自由になって、本当に力強く、神を礼拝すること。 それが私の望みです。

最後に、 私は本当に神の栄光に満ちた教会を次の世代へ残すことを願っています。私たちはやがて去っていきます。しかし、次の世代が私たちに習って継いでいくのです。彼らがさらに神を求め、時が良くても悪くても神の言葉を語り、新城と日本がキリストに勝ち取られるよう祈ります。そして、いつもこの場所では、栄光とほまれを受けるのは主だけであって、何かを行う人ではないように祈ります。なぜなら、私たちがしていることはすべて、神の恵みと憐れみによるものだからです。 今日聞いた神の栄光が教会から去ってしまう原因についてさらに学んで、そしてそのような状態にならないように避けていきましょう。

先週の実先生が語ったメッセージのようにすべてのことにおいて私たちはへりくだりましょう。聖霊様が私たち一人一人の人生に働かれることを許しましょう。この家の後の栄光は、先の栄光よりも大きくなることを信じ、宣言いたします。それでは、お祈りいたしましょう。

 

主よ、今日の御言葉を感謝します。 私たちの祈りは、あなたの栄光がこの場所にとどまり続けることです。今日だけではなく、明日も一週間後も、一年後も、一〇年後も二〇年後も、この場所の後の栄光が、先の栄光よりも大きなものとなりますように。これが私たちの叫びです。主よ赦してください。今日語られたこれらの罪が、もしも私たちの中にあるなら、どうか赦しを与えてください。私たちが本当の意味で神を知っているのではないと思わさられました。あなたの御言葉に時間を取らず、あなたと隠れた場所で過ごしていないことを認めます。今日、あなたの臨在と栄光に対する不敬があり、賛美の時間を軽んじていたことを認めます。またあなたの栄光を去らせてしまう性的な罪があることを認めます。私たちの中に反抗心があり、私たちの間に放任主義があることを認めます。どうか赦してください。あなたの尊い血潮によって、私たちを洗い清めてください。 私たちはこの教会にある神の働きの一端を担いたいと思っています。あなたの栄光がここにとどまり、日ごとにさらに大きくなりますように。イエス様の名前によって祈ります。 アーメン。神さまに拍手を捧げましょう。