「70年が満ちた2021 〜回復と再建の年〜 あなたは主の勇士です!」

2021年2月7日(日)新城教会主任牧師 滝元順

ルカの福音書10章18、19節

『イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。』

おはようございます、ハレルヤ!今日もこうして礼拝が守れますことを心から感謝しています。ナカイチバンド、本当に爽やかな真っ直ぐな歌声でよかったですね。ナカイチバンドって、仲がいい仲間たちのバンドという意味でしょうか。素直な信仰が現わされていました。このまままっすぐに育ってほしいと思います。若者たちのために、お祈りをして頂きたいと思います。

 

二〇二一年、二月になってしまい、時はあっという間に過ぎて行きます。しかし新型コロナの影響はまだまだ続いて、油断出来ない毎日です。こんな中、ただ主だけを信頼して歩んでいきたいと心から願います。

今年、教会は「七十年が満ちた二〇二一。回復と再建の年」と位置づけて歩み始めています。信仰を持って前に進んでいきたいと願います。見える世界と見えない世界は同期していると聖書は告げています。教育館の雨漏りがひどかったのですが、補修工事も終わり、会堂の雨漏り修理もまもなく終わることになっています。教会全体の霊的雨漏りも修理され、今年は回復と再建の年としてくださるよう期待し、祈っています。

会堂の隣に、旧プレイズの建物があります。プレイズが移転してしばらく経つのですが、昨年は色々あり、手付かずの状態でした。今年はこの建物もリフォームしたいと願っています。一階には、会堂からすぐに入れるようにして、小集会と交わりの部屋にさせて頂きたいと願っています。また二階は、スタッフや牧師達のオフィスとしたいと願っています。是非ともお祈りいただき、ご協力いただけたら感謝です。

 

家内のこともお祈りしていただき、本当に感謝します。ちょっと不穏なところもあり、マーカーが上がったりして心配しています。先週の日曜日の午後、県民の森祈祷会が行われました。「七十年が満ちた祈祷会」ということで、六週に渡り続けられましたが、最後の祈祷会でした。先週は家内も出席することができ、皆さんの前で少しご挨拶させていただきました。

その時の写真ですが、なにか不思議な光が差し込んでいます。ただの逆光ではあるとは思いますが、光を含めて全て神の被造物ですから、家内の上に主が働いてくださっているのかなと、ちょっと嬉しくなりました。

 

今日、導かれている聖書のみことばは、ルカの福音書十章十八〜十九節です。これは七十人の弟子たちに対して語られたことばです。新改訳2017では、「七十二人」となっています。使われた写本の違いだと思われます。

七十人か、七十二人の弟子たちがイエスさまにはいたということです。イエスさまの弟子と言えば、十二弟子が有名です。しかし七十人の弟子とか、七十二人の弟子たちは、名も記されていないし、特に有名ではありません。しかしそのような、イエスさまに従った弟子たちが他にも大勢いたということです。

私たちも聖書に名前が載っているわけではありませんが、イエスさまの弟子です。七十人の弟子に続く者たちであるわけです。

ということは、イエスさまが七十人の弟子たちに語ったことばは、とりもなおさず、私たちクリスチャンに語られていることばなのです。このことばを、イエスさまが直接語ってくださったと信じたら幸いです。

 

『イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。』

 

「あなたがたに害を加えるものは何一つない」と語られています。

巷に出て行けば、新型コロナがどこにいるのかわからないし、どこで害を受けるのかわからない今日この頃です。しかし「あなたがたに害を加えるものは何一つない!」と力強く語っていただけたら、本当に心強いです。それを信仰で受け取りたいと願います。なぜなら、私たちは七十人の弟子たちに続くものたちであるからです。

 

この箇所の前後を読んでみますと、イエスさまは、ご自分がやがて行かれる町や村に、七十人の弟子たちを二人ずつペアにして遣わした事が分かります。しかし出かける前に、七十人の弟子たちを集めて「狼の群れの中に子羊を送り込むようなものだ。」と語られました。そのことを聞いて、弟子たちは相当緊張したと思います。敵にとってはカモがネギしょって来るチャンス!みたいな状況だったのかもしれません。

しかし弟子たちに何が起こったのかと言うと、彼らがイエスさまに報告しているのですが、「イエスさま!あなたの名前を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従しました。大変勝利でした!」というレポートでした。

その時に語られたのが、今日の主題のことばです。『わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。』と語られたわけです。

 

イエスさまの働きの中心は、悪魔と戦う事でした。福音書を読むなら、それを見ることができます。

現代の有名な神学者であるN.T.ライトが、「Simply Jesus」という著書の中で次のように書いています。「サタンとの戦い」という項目の中で、

 

“イエスの戦いはサタンとの戦いだった。このテーマについて私たちがどう考えようと、全ての福音書記者にとってこれはまさに核心的に重要なテーマであって、イエスにとっても中心的なことだったと考える理由がたくさんある。・・・無理からぬことだが、現代の聖書学者の多くはこのテーマを軽視しようとしてきた。だが伝承の中でこれほど中心的な位置を占める事柄を脇に置いてしまっては満足のいく進展は望むべくもないだろう。”

 

福音書の中心テーマは、サタンとの戦いだと言うのです。そのような視点で聖書全体を読むなら、創世記から黙示録まで、サタンとの戦いという一貫したテーマがあることに気づかされます。そしてイエスさまが地上に来られた大きな目的は、サタンとの激しい戦いの為でした。このテーマを無視して、私たちは真理を正しく理解することはできないのです。

イエスさまは、弟子たちをどのような目的で訓練されたのかというと、いかにして悪しき存在と戦うのかを、身をもって教えられたわけです。七十人の弟子たちは、敵との戦い方を、イエスさまから直接訓練されたのです。

 

家内が病になって感じることは、根源はサタンとの戦いだと言うことです。私たち夫婦は「神に従い、悪魔に立ち向かえ!」と主から語られ、日々、戦っています。そんな中、ここまで前進することができました。

しかし二〇二一年、新たなる戦いの中で、勝利を勝ち取りたいと願っています。それは個人の戦いではなく、教会全体の戦いです。二〇二一年、回復と再建の年としていただくためには、共に心を合わせて戦い続けたいと願っています。

バビロンから帰還したユダの民が、エルサレムで何をしたのか。彼らは神の宮と城壁を建て直したのですが、手に武器を持ちながら、再建を果たしたのです。私たちにも同じテーマがあると思います。

 

先々週、私の所に韓国の青年から、LINEビデオが来ました。韓国では兵役があるのですが、彼は軍隊に入ると言うのです。それで祈って欲しいということでした。軍隊に何年行くのか?と聞くと、四年間兵役に就くというのです。普通は二年間ですが、彼は四年と長いのです。お兄さんも兵役についているのですが、二年間です。しかし弟は四年間行くと言うのです。なぜなら彼は徴兵ではなく、志願兵として入隊するからです。

彼は一つの部隊にどうしても入隊したくて、真剣に努力してきました。それはどういう部隊かと言うと、「特殊部隊」です。

 

 

知っていますか?これは最も危険な現場に投入される部隊です。秘密作戦も遂行します。しかし軍隊では精鋭部隊で、エリート集団です。ここに入りたくて自ら志願したわけです。

今年、特殊部隊に何人応募したのかというと、二千人の応募があったそうです。しかし合格したのは、二百人弱だったそうです。お母さんから、「合格しないように祈ってください」みたいに言われていたのですが、彼は真剣に祈って、一発で合格してしまったのです。しかしこれから、厳しい試練が始まるみたいです。彼は自ら志願しました。セキュリティの為に誰だとは言いませんけれど、「楽しんで来るよ!」と言って、入隊していきました。普通、徴兵で入隊する時、お父さんやお母さんと抱き合って、永遠の別れみたいな光景ですが、彼は喜んで門を入って行きました。

 

 

しかし入隊後が大変らしいです。普通、徴兵で入った場合は、休暇以外は部隊から外に出ることは許されません。泣きながら頑張らなければいけないのです。しかし特殊部隊に入隊した人たちは、いつでも家に帰ってもいいらしいです。なぜならば「嫌なら帰れ!」という事です。超厳しい訓練があって、ついていけなかったら、いつでも帰っていいよと、門は開いていると言うのです。今回、二百人弱が合格したのですが、きっと訓練についていけなくて帰る人も多いと言われます。

でも彼は「絶対に帰ることはない!」と断言していました。どんな訓練があるの?と聞いたら、様々な戦う為の訓練があって、戦場で生き延びる訓練があるらしいのです。時にはジャングルに一週間ぐらい放り込まれて蛇でもとかげでも食べて生き抜く訓練もあるそうです。サバイバルの上を行くような厳しい訓練を受けるらしいです。

ある時は断食の訓練もあるらしいです。断食って好きですか?私は大嫌いです。一週間ぐらい断食させられるらしいです。それだけでも辛いのに、断食している訓練兵の前で、上官たちが焼肉を食べると言うのです。「うまい、うまい」と食べるそうです。そこで蹴落とされる人も多そうです。きっと私ならば、そこで落ちるだろうと思います。様々な訓練を受けて、やがて彼らはどんな戦いにも対応できる、特殊部隊の隊員に育て上げられるのです。

特殊部隊の隊員たちは何を真剣に学習するのかというと、自分たちが使う武器について、彼らは熟知します。彼らは強力な武器を使いこなします。それらをどのように扱ったらいいのか、目をつぶっていても使うことができるぐらいにまで訓練を受けるのです。

しかし彼らが最も関心を持って学習するのは、武器のことだけではなく、「敵は誰か」に関して学習し、「敵の組織」について詳しく情報を得、情報をアップデートしながら学ぶのです。

 

私たちも同じです。私たちは主の特殊部隊の戦士であり、悪魔・悪霊どもと戦うのです。日本のクリスチャンは自分たちが使う武器については、よく知っています。霊的戦いの武器とは何でしょうか。それは「みことばの剣」です。日本のクリスチャンたちは、聖書のみことばに詳しい人が多いです。自分が使う武器については熟知しています。それはたいへん重要です。

しかしその武器を、どのような相手に、どのように向けていくのかに関しては、情報が少ないのです。それはある意味、致命的なことでもあります。自分たちが使う武器、立場について熟知することは、欠かすことは出来ません。しかしその武器を、どのように活用し敵に向けていくのかを知らない限り、戦いに勝利することは出来ません。

 

二〇二一年、私たちは自らが使う武器を熟知するとともに、我々が戦う敵がどのような相手なのかに関して理解するなら、今年、回復と再建が訪れるはずです。

ここにおられるすべての方、ネットで礼拝に参加されている方々は主の特殊部隊の勇士です。特殊部隊とは、様々な試練を課せられ、鍛え上げられた人たちの集団だからです。