「70年が満ちた2021 回復と再建の年! キリストのからだ全体の勝利!」

2021年11月7日(日)新城教会主任牧師 滝元順

コリント人への手紙 第一 12章26節〜28節(新改訳2017)

『一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。神は教会の中に、第一に使徒たち、第二に預言者たち、第三に教師たち、そして力あるわざ、そして癒やしの賜物、援助、管理、種々の異言を備えてくださいました。』

皆さん、おはようございます。ハレルヤ!息子たちが先ほど、演奏をしましたけれど、皆さんの祈りに支えられ、心から感謝します。
昨日は素晴らしい結婚式がありました。森良音さんと有梨さんのお二人でした。今日、来られていますか?大きな拍手をしてあげてください。
彼らも、東京でミュージシャンをやってるプロの音楽家たちで、昨日は、ここで素晴らしい演奏も披露してくださいました。本当に良かったです。
昨日のお二人を見て、結婚というものは不思議なものだと、つくづく感じました。ソロモンというイスラエルの王は、知者中の知者と言われて、何でも知っている人物でしたが、「男が女に出会う道。それだけは不思議だ」と語っています。すでに結婚されている方も、多いと思うのですが、ちょっと時間がずれたり、環境が違えば、決して出会わなかった二人がある時出会って結婚し、一生を共にするわけです。また、そこから新しい命も誕生するわけです。それはまさに不思議であり、神のご計画に他なりません。

新城教会も七十一年の歴史がありますが、歴史の営みの中で、新しい世代が誕生しています。結婚式でも話したのですが、彼ら二人の結婚に、私も関わっていたことに気づかされたとお話ししました。
一九六〇年代、この教会の音楽環境は、かなり保守的でした。そもそも教会は、音楽的にはクラシックが中心で、パイプオルガンと共にあるようなイメージがあります。ですから、今日歌われているようなワーシップソングなどの曲想は、好まれていませんでした。
一九六〇年代、ご存知の方もおられるかもしれませんが、日本にビートルズとか、ベンチャーズとか、新しい音楽が入って来て、エレキ・ギターブームが訪れました。皆さんの中で、「私は勝ち抜きエレキ合戦という番組を知っている」という人、スイッチオン!やはり知っている人いますね。私と同じ年代ですね。私はこの番組にはまっておりました。

新城市で、一人の少年が町に初めてエレキギターを持ち込みました。当時、エレキギターを持っている少年は不良というレッテルが貼られました。当然、その少年にも、不良少年のレッテルが貼られたわけです。それが誰であったかと言いますと、私でした。
牧師の息子がエレキギターを教会に持ち込み、弾き始めたものですから、さぁ大変。その時、私は、たいへんな迫害にあいました。
当時私たちの教会が属していたグループのボスからも呼び出されて、「ギターをやめろ!」と言われ、すごく叱られました。「おまえは教会から出て行け!」みたいな雰囲気にまでなりました。
しかしその時、なぜか知りませんけれど、意固地なところもあって、絶対に止めない!と私は決意しました。それで、まずは父親と戦いました。彼は当時、たいへん固い男で、「エレキギター捨てろ!悪魔の音楽だ!」と言いました。しかし私は、「この新しい音楽を、絶対に捨てちゃいけない!」と思って、ギターを弾き続けました。
そしてグロリア・シンガーズという、ゴスペルバンドを組みました。「歌は世に連れ。世は歌に連れ」と言われるように、その頃になると、世の中の音楽環境が大きく変化して、教会も、だんだんと音楽的に変わってきました。そして私たちが始めた、グロリア・シンガーズが、全国の教会に大きな影響を与えました。沖縄の教会で演奏したら、教会の若者たちが刺激を受けて、その後、七十ぐらいのゴスペルバンドができたそうです。日本全国の教会にも、多くのゴスペルバンドができたので、「日本伝道会議」で、それが問題提起され、議題となりました。新しい楽器や音楽を、日本の教会に受け入れるか否かで、大きな論争になったそうです。
しかしあの時、迫害に耐え抜いてよかったと思います。耐え抜かなかったら、今頃、新城教会の音楽はどんな感じでしょうか。
甲子園ミッションでも、新しい賛美が多く歌われて、私たちに続いて、新城教会の若者たちが、盛んに楽器を演奏するようになりました。その中から、今では、多くの若者たちがプロ・ミュージシャンになって、音楽業界で働いています。森君たちも、その中のお二人です。

 今度、クリスマスに、クリスマス・コンサートを行いますので、是非とも、楽しみにして下さい。今年は「七十周年記念クリスマス・コンサート」というタイトルで、「新城教会の七十年の歴史を音楽で綴る」と題して、元祖グロリア・シンガーズから、ニュー・ジェネレーションまで出演します。ちょっと学芸会っぽいですが、チラシができました。今回のチラシは電子チラシのみですが、新城教会で生まれたミュージシャンたちが終結してコンサートを開催します。また、その他のクリスマス集会も行うことになっていますので、是非とも、楽しみにしていただきたいと思います。

クリスマス・コンサートのチケットは、来週、日曜日から販売致します。今回は、人数制限がありますので、お早めに手に入れて下さい。この会場は、二百五十人がマックスだと思われます。
グロリア・シンガーズも出演するのですが、これは料金には入っておりません。なんと言っても、私、七十歳ですから。昨日もギターをちょっと弾いてみましたら、手が痛くてこれは難しいなと思いました。開先生は現役ですが、私ともう一人の私によく似たのには、あまり期待しないほうがいいです。しかしそれを歴史として、楽しんでいただきたいと思います。

何事でも新しいことが始まる前には、苦しみがあるものです。人類が一番嫌うテーマは、「苦しむこと」だと思われます。「私は苦しみが好きだ。」という人はあまりいないと思います。
でも考えてみれば、苦しみがなければ、決して、新しいものは生まれません。新しい命も、お母さんが苦しまないと生まれません。スポーツの世界でも同じです。オリンピック選手は、人一倍苦しんで、体を鍛えて選ばれるわけです。競技の最中も、苦しみが続くわけです。
私たちは、苦しみは、避けて横に除けたいと思うのですが、苦しみは新しい扉を開く、重要な要素であり、鍵であることを理解しなければならないと思います。

今日は十一月七日ですが、十一月七日は、新城教会では、記念日の一つです。どんな記念日かと言いますと、「甲子園リバイバルミッション」が一九九三年に開催されましたが、十一月五日から七日にかけて甲子園球場で行われたからです。
 「私は甲子園ミッションに行きました!」という方、どのくらいおられますか?結構おられますね。今から考えると、よくぞやったなと思います。この働き、本当に苦しかったです。様々な戦いがあって、私たちは大いに苦しみました。しかしその結果、大会は祝福されて、日本のリバイバルのきっかけとなる集会となりました。三日間で、延べ十二万人以上が集まり、最後の招きの時は感動的でした。父が伝道メッセージをして、「イエス・キリストを自分の救い主として受け入れたい方は、壇上に上がってください。」と勧めると、何千人という人たちが津波のように押し寄せてきました。しかしこの十字架のステージ、あまり丈夫に作っていなかったので、床が抜けそうになりました。それで、「もう上らないでください!」と平岡先生が叫んでいた声が、今でも耳に残っています。このような歴史的な集会も、その背後に、深い祈りと呻き、苦しみがあってこそ、成し遂げられたのです。
ある方には現在、様々な苦しみと呻きがあるかもしれません。苦しみのただ中です!といわれるかもしれません。しかしやがて、それが重要であった事を知るでしょう。

そしてもう一つ、十一月七日は記念日です。私は今日メッセージに立つことができて、本当に嬉しいです。前回、講壇に立ったのは、十月二十四日でした。それは私の家内が、三ヶ月・四ヶ月の命と宣告されたのですが、二年間生き延びた記念日に立つことができたからです。その日、二年間の証しをさせていただきました。
そして十一月七日は、私と家内の結婚記念日だからです。
これは四十五年前の結婚式の写真です。四十五年間、あっという間でした。今日から四十六年目に入るのですが、四十三年目から四十五年目までの二年間は、私にとっても、家内にとっても、人生最大のピンチであり、最大の苦しみの期間でした。
こんなつらいプログラムが、私たちの結婚の最後のパートに設定されていたなんて、結婚式の時には全く想像もしませんでした。しかし結婚した当初から、主は、私たちがこのような苦しみの期間を通過するよう、計画されていたのではないかと思います。
それを始めから知っていたら、お互い、結婚しなかったと思うのですが、家内も私と結婚したから、このような苦しみに遭遇したのではないかと思っています。しかし苦しみはつらいですが、人生においては、重要な要素なのです。
先ほど読んでいただきました聖書の箇所に、次のように記されています。

『一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。』

この箇所は教会について語っている箇所ですが、教会とは、ただハッピーなことだけの場所ではないのです。教会とは、キリストのからだで、一人ひとりは各器官だと語られています。今日ここにおられる一人ひとり、神に選ばれ、神からの特別な能力、「賜物」と呼びますが、それが与えられています。
人間の体は、多くの臓器によって構成されて、それらが有機的につながる事によって、活動ができるのと同じように、教会も、同様です。
そしてその中で起こる事柄は、ただ単に、喜びばかりではありません。一つの部分が苦しめば、すべての部分が「共に苦しむ」というような、共同体的苦しみも避けて通れないのです。聖書はそのように私たちに告げています。
新城教会、七十一年の歴史を振り返ってみれば、苦しみのほうが多かったと、私は歴史の大部分を過ごした者として、証しすることができます。印象に残っているのは、楽しいことよりも、苦しいことが多かったかもしれません。
教会とは、愛の帯で結ばれた「神による共同体」です。神が一人ひとりを愛の帯で結んでくださって、一つのからだとなるのです。神が集めらた各器官を一つのからだとするためには、帯が必要です。
しかし帯には二種類あるみたいです。二つの帯によって、束ねられ成り立っているのが教会です。一つは、残念ながら「苦しみの帯」です。そしてもう一つが「喜びの帯」です。

『一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶ』とあるように、教会とは、苦しみの帯と、喜びの帯によって織りなされている、神の共同体であるということです。
試練は、神が許しておられる領域であり、苦しみの中で新しい扉を開こうとされていることを、理解する必要があります。

家内は大きな手術を受けまして、十三時間ぐらいかかりました。術後ICUに入って、翌日にはHCUという所に移されました。いろんな臓器を切りましたから、本当に苦しかったらしいです。家内に「手術で何を一番学びましたか?」と聞いたら、「やっぱり、イエスさまの十字架の苦しみだった」と言うのです。身を切られてみて、初めて、「イエスさまは、私たちのために大きな苦しみを通ってくださったんだ。」と、身にしみたと言うのです。
私は術後二日目にHCUで家内と面会したのですが、本当に弱っていまして、「お父さん、私もう、だめかもしれない・・・。」なんて言うんですね。そして、「長いことお世話になりました。」と言いました。私はそうは思いませんでしたが、そのくらい苦しかったみたいです。でもそんな中で、イエスさまの十字架の苦しみが理解できたというのです。