詩篇十六篇十一節後半、

『あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。』

どこに喜びが満ちているのでしょうか?このみことばによれば、神さまの臨在の中にあるのです。神さまの臨在の中に、あなたは主の喜びを体験し、主の平和を体験し、神にある希望を体験するのです。この新しい年に、神の豊かさを体験したいのであれば、もう一度言います。「毎日、神を慕い求める。」と心に決めてください。
二〇二二年ずっと、神の臨在はあなたに伴います。そして、あなたを休ませます。この年は、ストレスの中に生きるのではなく、重荷を背負って歩くのではなく、疲弊して歩みません。なぜなら、「権力によらず、能力によらず、聖霊によって」だからです。
神さまは私を導きます。聖霊さまは私を慰めてくださいます。そして強めてくださいます。この年は私にとって完全な年となります。満ち足りる年となります。完全な祝福と勝利と報いの年に、イエスさまの名前によってなります!

ですから覚えてください。何か決めるときは、最初に神さまに相談してください。重要な決断する前に、例えば商売上、仕事上、また家庭内のことについて、神に相談してください。それを日常、生活の全ての領域についてしてください。
そしてあなたが神さまを第一に据えた領域は、満ち足りることができます。神さまを第一にして、中途半端で終わることは決してありません。これは神の約束だからです。あなたが神さまと共にいれば、勝利します。神さまと共にいれば、圧倒的な勝利者となるのです。

ヨブはとてもつらい時期を通りました。しかし、神さまは彼の全領域について回復されました。あなたが二〇二一年、どんなに大変な年であったかは分かりませんが、一緒に信じていきたいと思います。神さまには、あなたの全領域を回復される力があるということを。聖書にはヨブが全財産を失ったとありますが、神さまはそれを二倍に回復されました。神さまが回復される時は、元通りではなく、二倍にされるのです。
ヨブはつらい時を通りましたが、神さまはいつも彼の生きている間、共におられました。ですから神さまはあなたとも共におられます。二〇二二年の毎日、毎週、毎月、良い時も悪い時にも共にいてくださるのです。

ヨブ記のこの箇所で私が好きなのは、神さまがヨブを元通りにされた後、彼に所有物を回復した後に、子どもを回復し、健康を回復した後に、「ヨブは百四十年生きた」と書いてあることです。そして自分の子たちを四代目まで見ることができたとあります。自分の子どもたち、孫たち、ひ孫たち、やしゃごたちを見ることができたのです。
しかしこのことは私たちにあることを教えています。ヨブはただ、回復を受けただけではなく、繁栄や、財産や、祝福や、子どもたちや、子孫を受け取ったのではありません。それらを喜び楽しむことができたのです。それで聖書には、神があなたに満ち足りた人生を与えると言っているのです。あなたに豊かな人生を与えると言っているのです。
なぜあなたに満ち足りて豊かな人生を与えると言っているのでしょうか?なぜなら、豊かには持っているけれど、満ち足りていない人がいるからです。財産を持ってはいるが、それを楽しめない人がいます。満ち足りた人生という時、持っているものを楽しむことを意味しています。神さまが与えてくださる一つ一つの祝福をあなたは楽しむことができるのです。
神さまは豊かに与えてくださいます。神さまはあなたをただ祝福するだけでなく、あなたが他の人のための祝福となるように祝福してくださいます。そして神さまが与えるものは、楽しむためなのです。イエスさまの名前によって宣言します。
これが私が二〇二二年に与えられたみことばです。感謝します。ありがとうございました。

 


≪≪上條実 牧師≫≫

ハレルヤ!二〇二一年の最後の日に、皆さんの前に立って、みことばを語ることができます事を心から感謝します。
いつも私や、家族のためにお祈りくださり心から感謝します。私は手術をして、もう一年二ヶ月が経ちました。皆さまのお祈りに支えられ守られていますことを心から感謝いたします。また家内の病のためにお祈りくださり感謝いたします。昨年は何度か入院治療をいたしましたが、今年二〇二一年は、四月中旬に一度入院いただけで、ほとんどを家で過ごすことができました。調子が悪い時もありますが、支えられています事を感謝いたします。また、嬉しかった事は七月に八人目の孫が生まれました。また週報に掲載されお祈りいただいておりますが、来年の三月に九人目の孫が生まれる予定です。神さまが上條家を祝福してくださり感謝いたします。
去年は長男と同居しておりました義理のお母さんS姉とその息子さんN兄が十二月に亡くなり、大変悲しいこともありましたが、それから一年が経ち、長男に新居が与えられ、今週の火曜日新居に引っ越しすることができました。心から感謝します。

昨年、二〇二一年の為に私が与えられたみことばは詩篇六十八篇一節〜四節でした。
『神よ。立ち上がってください。神の敵は、散りうせよ。神を憎む者どもは御前から逃げ去れ。煙が追い払われるように彼らを追い払ってください。悪者どもは火の前で溶け去るろうのように、神の御前から滅びうせよ。しかし、正しい者たちは喜び、神の御前で、こおどりせよ。喜びをもって楽しめ。神に向かって歌い、御名をほめ歌え。雲に乗って来られる方のために道を備えよ。その御名は、主。その御前で、こおどりして喜べ。』

二〇二一年はまるで煙が追い払われるように、聖霊さまの風によって圧倒的な勝利を治めることができる。またろうそくのろうが溶けていき消えて行くように、二〇二一年は圧倒的な勝利を見ることができる年であると語らせていただきました。

確かにその事が起こされました。教会をあげて滝元順牧師の奥様、享子先生が膵臓がんのために祈り、その癌が普通ではありえない事ですが、煙が追い払われるように、また火の前で溶け去るろうのように、苦労して入れたステントも消え、そればかりか癌がなくなったという奇跡を見せて頂きました。生きて働いてくださる主が、煙を追い払われたように、また火の前で溶け去るろうのように、いやしを与えてくださいました。ただ主に栄光をお返しし、主の聖なる名前をほめたたえます。そして三節には

『しかし、正しい者たちは喜び、神の御前で、こおどりせよ。』

また四節には、『神に向かって歌い、御名をほめ歌え。雲に乗って来られる方のために道を備えよ。その御名は、主。その御前で、こおどりして喜べ。』
とありますけれども、神の御前で、こおどりせよ。そのことが現実となりました。みことばが確かに成就しました。ハレルヤ!

しかしまだ応えて頂きたい事が沢山あります。私については、家内のために祈っていますが、まだ苦しんでいます。また兄姉の中でも多くの祈りの課題があります。私の祈りは聞いていただけないのかと、現状を見て、不信仰になってしまう時があります。そんな中、二〇二二年のみことばを求めて祈っていました。すると主は私に、詩篇十八篇二十九節〜三十五節のみことばを与えてくださいました。

『あなたによって私は軍勢に襲いかかり、私の神によって私は城壁を飛び越えます。神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の盾。まことに、主のほかにだれが神であろうか。私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。彼は私の足を雌鹿のようにし、私を高い所に立たせてくださる。戦いのために私の手を鍛え、私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。こうしてあなたは、御救いの盾を私にくださいました。あなたの右の手は私をささえ、あなたの謙遜は、私を大きくされます。』

二〇二二年はどんな年となるのでしょうか?新型コロナウィルスも変異株の「オミクロン株」が少しずつ増え広がろうとしています。そんな中でこの詩篇十八篇二十九節〜三十五節をこの私に、また新城教会に与えてくださいました。先ほどもフェルナンド先生のメッセージの中で「完全」ということばを語っておられましたが、詩篇十八篇二十九節〜三十五節の中に「神、その道は完全。」「この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。」とあります。今回特に「主は完全である」という事を教えていただきました。ローマ人への手紙二章十一節に
『神にはえこひいきなどはないからです。』
というみことばがあります。私たちの主は「享子先生だけ特別。あとの祈りは応えない」というえこひいきする神ではありません。

『神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の盾。』
全ての人々に愛を示し、みことばは完全であり、純粋です。そして主は私たちの盾となってくださり、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。「主は完全である」方です。もう一度、二十九節を読んでみたいと思います。

『あなたによって私は軍勢に襲いかかり、私の神によって私は城壁を飛び越えます。』
リビングバイブルでは、
『今や私には、どんなに高い城壁でもよじ登り、どんなに強力な軍隊でも襲う力が与えられています。』
とあります。二〇二二年は、私たちに悪魔、悪霊どもがどんな強力な軍隊で向かって来ても立ち向かい、また今までであれば不信仰になってしまっていた「どんなに高い城壁」でもよじ登り、どんなに強力な軍隊でも襲う力が与えられています。と言うのです。二〇二二年は今まで開かなかった所、高くそびえていた壁、動くことのなかった問題や病、また様々な出来事も「主は完全です」。完全な力を持って、扉を開いてくださるというみことばです。私はとても励まされました。

私は家内の病のためにも祈っておりますが、もう一つどうしても勝利を頂きたい問題、祈りの課題があります。それは私の姉のためです。浜松市で教会を牧会しています。しかしその教会には問題があり、多くの主にある兄姉が傷ついて、せっかく主を信じたのにも関わらず、クリスチャンを辞めてしまったり、心に傷を負ってしまった方々がおられます。私はどうしても、その事を主にあって解決していただきたいと切に願っています。是非とも皆さんもそのためにお祈りください。先ほどのリビングバイブルをもう一度読んでみたいと思います。

『今や私には、どんなに高い城壁でもよじ登り、どんなに強力な軍隊でも襲う力が与えられています。』
いままでどれだけ祈っても、霊的戦いを進めて来ても動かなかった大きな岩です。しかし三十節、
『神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の盾。』
これもリビングバイブルで読んでみますと、
『なんとすばらしい神様でしょう! 神様はあらゆる点で全く完全です! そのお約束がすべて真実であることは、明らかです。 その背後に隠れる者には、盾となってくださいます。』
とあります。私たちの主はすばらしい主です。そしてあらゆる点で全く完全なお方です。私たちの盾となってくださり、神の備えてくださるその道は完全です。「この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。彼は私の足を雌鹿のようにし、私を高い所に立たせてくださる。戦いのために私の手を鍛え、私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。」と語ってくださっています。三十二節の所に、

『この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。』
というみことばがあるのですが、この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にしてくださる。主が完全なる方であるので、今年は決着を付けてくださる。完全に勝利をいただく年と信じています。詩篇十八篇三十三節〜三十五節の所をもう一度読みます。

『彼は私の足を雌鹿のようにし、私を高い所に立たせてくださる。戦いのために私の手を鍛え、私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。こうしてあなたは、御救いの盾を私にくださいました。あなたの右の手は私をささえ、あなたの謙遜は、私を大きくされます。』
この所をリビングバイブルで見てみますと、

『私の足を、岩山ででもしっかり立つ野やぎのようにし、絶壁の上をも安全に導いてくださいます。戦いに備えて私を鍛え、鉄の弓さえ引く力を与えてくださいます。主の救いは私の盾です。 ああ主よ。 右の御手が私を支えています。 主のご温情のおかげで、私は名の知れた者となりました。』