「主があなたの前を進まれます」

2021年7月11日(日)新城教会牧師 四元雅也

イザヤ書45章1-2節

『主は、油注がれた者キュロスについてこう言われる。「わたしは彼の右手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰の帯を解き、彼の前に扉を開いて、その門を閉じさせないようにする。わたしはあなたの前を進み、険しい地を平らにし、青銅の扉を打ち砕き、鉄のかんぬきをへし折る。」』

ハレルヤ!今日もこうして皆さんの前でお話しする恵みの時が与えられて感謝します。お暑うございますね。本当に夏が来たなという感じです。梅雨明けはまだですかね。なんかもう梅雨明けているのではないかなというような感じですけど。
ただ今本当に素晴らしい演奏をお聴きすることができて、中北姉妹、滝元姉妹、初めて演奏してくださいまして感動しました。本当に心が豊かになるような演奏を聴くことができて心から感謝します。また時々やっていただきたいなぁと思いました。新城教会にこのような賜物の豊かな方がおられることを感謝したいと思います。

今日は今お読みいただきましたイザヤ書の四十五章一節、二節から、「主があなたの前を進まれます」というタイトルでお話をさせていただきたいと思います。
七月に入りまして、新城教会では恵みを実感することがいろいろありました。
先週は礼拝の時に、皆さんに「二〇二〇年リバイバル感謝報告書」をお渡しすることができました。
 インターネットで参加されている方などで、まだお手元に届いてない方、「私も欲しい」とご一報くだされば、こちらからお送りすることができます。
作年は新城教会にとって宣教七十周年ということでスタートしましたが、思いがけず波乱の一年というか、心配事の多い一年だったのではないかと思わされます。
特にコロナの問題で、教会がどうだろうか、このまま大丈夫なのか、立ち行くんだろうかと。また教会は伝道してなんぼというところがありますので、宣教の活動が停滞してしまうのではないか、そういう心配の中で、兄妹姉妹も教会になかなか集えない。信仰面は大丈夫だろうか、またプレイズやミッションも一緒になって働きが進められておりますので、特に経済的に大丈夫だろうか、立ち行くのだろうか、ということもありましたし、滝元順先生の奥様、享子先生の闘病もということで、本当に心配の絶えない一年ではなかったかなぁと思うわけです。

毎年この時期に「リバイバル感謝報告書」が発行され、過去一年間の統括が一つの冊子になり、目を通すことができるわけですが、出来上がったものを眺めてみますと、神さまがこの一年間、新城教会、リバイバルミッション、またプレイズも、守ってくださったことを見ることができます。
 これは報告書の中に載っていた図です。「週間礼拝出席者数月別平均」という統計で、一週間の間に、新城教会の水曜礼拝、またインターナショナルの礼拝、そして日曜日の礼拝とあるわけですけど、そこに参加された方々を集計して、そして月ごとに平均を出したということです。四月、五月はやはり緊急事態が出た中で、教会には来ないでインターネットで礼拝を守ってくださいということを皆さんにお願いし、礼拝人数が落ち込んだわけです。六月に入って、二部制で礼拝が持たれるようになり、またインターネットのシステムも充実して礼拝が再開された中、礼拝参加人数も回復したわけであります。
こうやって、一年間を通して見てみますと、全体的に微増しており、一年間の平均として出された参加人数が五百二十七名という数字だったわけですけど、この数字は多いんですね。実を言うと、コロナ前の二〇一九年の数字は四百六十名くらいです。実はコロナ前よりも参加人数は増えたということです。本当に思いもよらない恵みだったなぁと思われます。

また、昨年、二〇二〇年度、四月から三月までに新城教会のメンバーとして加えられた方、受洗者、また転入会者の方たちの総計は日本人もインターナショナルも合わせて二十六名でした。
去年は伝道活動は主に礼拝のみという感じで、制限されて集まれないということなので仕方がありませんでした。現在も継続しておりますけど、そんな中で、多くの受洗者・転入会者の方が与えられました。一昨年、二〇一九年と比較しても、むしろ多いぐらい新しく加えられた方がいらっしゃった。これも本当に素晴らしい恵みだなと思います。

 そして先週の報告書の中で、二〇二一年度に向けてと発表した、新城教会のスタッフの組織図になります。変わったところは、先週も発表がありましたが、この七月から滝川充彦先生、鈴木陽介先生が、副牧師になられ、田中イレーネ姉妹が新たに伝道師として加えられました。またヘブンズアイスクリーム&コーヒーに朏美衣姉妹が加えられたということです。

こういったことを先週報告させていただいたわけですが、思いもよらない恵みだなぁと、本当に心配の多い、不安の多い一年間にあって、教会どうなっていくだろうかという思いもあったのですが、結果として神さまがこの教会の中に素晴らしい祝福を与えてくださった。七十年が満ちたこの時に、神さまは素晴らしい将来と希望の約束を教会に果たしてくださったなぁと思わされております。まだまだ戦いの最中でもあるわけですけど、本当に感謝です。

そして今年になって、宣教七十一年目ということで、新年礼拝が持たれた時に語られたみことばは、イザヤ書四十四章二十六節から二十八節のみことばでした。もう一度お読みしたいと思います。

『わたしは、わたしのしもべのことばを成就させ、わたしの使者たちの計画を成し遂げさせる。エルサレムに向かっては、『人が住むようになる』と言い、ユダの町々に向かっては、『町々は再建され、その廃墟はわたしが復興させる』と言う。 淵に向かっては、『干上がれ。わたしはおまえの川々をからす』と言う。わたしはクロスに向かっては、『わたしの牧者、わたしの望む事をみな成し遂げる』と言う。エルサレムに向かっては、『再建される。神殿は、その基が据えられる』と言う。」』

このみことばから、テーマとして「回復と再建」ということで、この一年がスタートしてきたわけです。そして『町々は再建され、その廃墟はわたしが復興させる』と、また『エルサレムに向かっては、『再建される。神殿は、その基が据えられる』と言う。』というこのみことばに象徴されるように、新城教会の中では、新事務所のリフォーム、それから教会の施設の補修がスタートしたわけです。
旧プレイズ社屋だった建物は、今皆さんがいらっしゃる会堂の建物が建った時スーパーでした。以前にもお話しされていますが、何年か営業されていたわけですが、業績が芳しくなく数年後に撤退し、その建物を教会で借り受けて、交わりや小集会を持つ施設として用いられるようになったわけです。
プレイズハウスという名前が付けられ、使用されていましたが、九二年に全日本リバイバル甲子園ミッションがスタートした時、プレイズ出版が印刷業務を担う働きのためにプレイズハウスを社屋にして活動がされるようになりました。二〇一九年の秋にプレイズが今の新社屋に引っ越しをして、一年以上、使用されずに来たわけです。
そういう中で、去年の秋頃から新城教会の施設としてこの建物をリフォームするプランが浮上しました。そして計画の中で、ヘブンズアイスクリームの店舗としてのリフォームの話も持ち上がって、それが具体的に動き出したわけです。
コロナの問題の中で、そのような働きが浮上してきて、教会になかなか集まれない、経済的な部分での心配もあるという中、リフォームなんて本当に大丈夫なのかなぁ、うまくやっていけるのかなぁと、新たな心配でもあったわけなんですが、銀行の融資も決まり、返済額も昨年まで返済していた額より随分少ない金額ででき、また様々なリフォームに伴う働きも、牧師達が外での奉仕ができない状況の中、そういった工事に力を注ぐことができ、準備することができたということも恵みでした。
コロナ問題で振るわれた一年が過ぎて、今年初めから施設の補修工事が本格的にスタート、ほぼ同時にプレイズの改築工事もスタートして、六月末までで補修工事も、リフォーム工事も、予定していた工事がほぼ完成をして、そして新しく生まれ変わった建物は昔教会の施設となった時につけられた「プレイズハウス」という呼び名が付けられて使用されることになりました。
そして先週の金曜日、七月九日からヘブンズアイスクリーム&コーヒーがオープンしたということで、施設全体が本格的に稼働するということになったということであります。
 これは新しくできた事務所です。もうご覧になっているかと思います。
これは私が仕事させていただくブースで、本当にこんなに素晴らしい立派なものを頂いて、申し訳ないような気持ちがしてしまうんですけども、感謝しております。
 これは新しくリフォームが施されたプレイズハウスの外観です。ヘブンズアイスクリーム&コーヒーに入

る玄関であります。
これが内部です。このように準備が整えられてオープンすることができました。
これはカウンターの所です。
こんな素晴らしい施設として、営業がスタートしたわけですが、二日間営業の具合がどうだったか、皆さん気になりますよね。
実は、二日間大盛況と言っていい素晴らしい内容でした。特に昨日は天気も良くて暑かったですし、また週末ということで、親子連れとか、あとは近所の小学校の生徒さんたちが申し合わせて自転車に乗って団体で来たり、十一時から夕方の六時まで、店内のお客さんが途絶えることがほとんどありませんでした。聞くところによると、お客様が誰もいない時間帯は全体で三分ぐらいあったかな?と言っていました。
アイスも二種類か三種類、品切れが出るぐらい売れました。またスタッフの皆さんが準備をしっかりとしてくださって、この間営業の中で大きなトラブルもなく、無事に乗り切ることができて、本当に感謝な時でした。この二日間で、多分この夏は乗り切れそうだ、そういう感触がありました。
私が責任持っている働きではありませんけど、今日こうして立たせて頂いておりますので、責任者になりかわって、神さまに、また皆さんのお祈りに感謝したいと、そのように思います。スタートダッシュとしては最高に良かったんじゃないかなぁと思います。これからの展開が楽しみな状態でスタートできました。

オープンしたのが七月九日ということで、新城教会にとって重要な意味を持つ記念日でありますよね。この時に、冒頭に読んだみことばのように、神さまは私たちの前を進まれて、そして険しい地を平らにして、この青銅の扉を打ち砕き、鉄の閂をへし折ると、主ご自身が私たちの前を進んで、そして神さまはこの七月九日に合わせて、新しい意味を持つ働きが新城教会にスタートしました。
先週も語られていましたけど、今年は教会の誕生日、ペンテコステも七月九日であり、旧約時代、モーセが十戒回を受け取った日、そしてプレイズハウスの本格稼動も七月、ヘブンズアイスクリームの開店も七月九日、霊的戦いの開戦、設楽原の決戦が起きたのも七月九日ということで、とりなしの視点でも重要な意味を持つ日だということです。
新城教会に、この日に照準を合わせるかのような出来事がこんなに多く起きる。私たちの頭の中には全く予定になかったことです。プレイズハウスが完成する。またヘブンズアイスがオープンするのがちょうどその日になるというのは、全く頭にないことでした。またペンテコステの日が、この日であるとは全く頭になかったことです。

今年の初めから暦について深く考える機会が多く与えられております。旧約聖書の暦、新約聖書の暦を突き合わせると、イエスさまがなされたみわざがしっかりと神さまの計画によってなされたことであるということを知ることができる。
仮にイエスさまが、そういった前振りなく、突然神さまによって送られて、地上で歩んで成り行きの中で十字架にかかって、そして救いを成し遂げられたという事実があったとしても、旧約聖書の中に現された神さまの計画を私たちが知ることができなかったら、イエスさまが本当に私たちのために救いを完成されたことを私たちがどのように知ることができるのでしょうか。
偽り・まがいものの教えを持って、「私を信じれば救われますよ」とか、「私は神に出会いましたよ」とか言って、社会に混乱を巻き起こすような新興宗教の教祖みたいな人物は世の中にいくらでもあるわけです。そしてそれに付き従って行ってバカを見る人たちも大勢いらっしゃるわけです。
しかし私たちは、この救い主イエスさまこそが本物だと、そして私のために十字架の贖いを成してくださったんだということは、暦に目を留める時に、その業のリアリティがグッと私たちの目の前に浮き出てくるわけです。

ちょうど、よく開かれるみことばですけども、コロサイ書二章十六〜十七節、

『こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは祭りや新月や安息日のことで、だれかがあなたがたを批判することがあってはなりません。これらは、来たるべきものの影であって、本体はキリストにあります。』

旧約聖書に描かれている出来事は、イエス・キリストを浮かび上がらせる影だと言うわけです。
 ここに「イエス・キリスト」と書いてあるのですが、背景の色とちょっと重なって読みにくい、イエス・キリストという字が見にくい。これを見やすくする手法として、影付きの文字にするという方法があります。
こういうふうに文字に影をつけると、文字が背景から浮き上がって見えるようになるのと同じようです。旧約聖書をよく調べていって、そこで起きた出来事、様々な法則、暦も含めて新約時代にイエスさまがなさったわざが、実は神さまが計画された私たちを救うための働きであったんだということを見つけやすく、よりはっきりと私たちに迫ってくるようになるということです。

このように、暦というのは大事だという事を今年になって色々と学んでいるわけですけども、新城教会に、七月九日という日に、神さまは様々なことを私たちに覚えさせてくださっている事を考えると、この業は人間業ではなくて、神さまがなさった業だと、神さまが「私がしたことだよ!」と、私たちにはっきりと分からせてくださる、ということではないかと感じさせられます。
これだけガッツリといろんな物事が同じ日に重なると、これらが一度に起きる確率はどのくらいなんだろうと考えたりするのですが、相当小さい確率だと思います。宝くじが当たるくらいの確率ではないかと思います。
神さまがそのようになさったから、私たちの中にそのような恵みが現されて、この心配事の多い、不安の多い一年間を通して、神さまがみわざを現され、今年になって半年間、回復と再建の業が現されていく中、苦しみからの回復・再建、またこれからの教会の歩みに神さまが前を進んで、私たちに現してくださる恵みの業を、信仰によって希望を持って受け取っていきたいと思うわけです。
これから、二〇二一年、後半に入っていくわけですけど、どんな実がそこで結ばれていくのかを楽しみにしていきたいと、神さまを信じる者に神さまが与えてくださる恵みを味わっていきたいと、そのように願わされています。

先々週は、SIRネットワーク代表の瀧元望先生からメッセージが語られました。そのテーマは被造物のうめきについてということでありました。
実に私たち人間の罪によって、私たちのみならず、全世界・全被造物はうめいているわけです。
先々週の土曜日、皆さんニュースなどでご覧になっていると思いますけど、熱海で大雨が降って大量の土石流が街を飲み込んで、多くの命が失われるという惨事が起きてしまいました。
その後の報道を見ていくと、土石流の原因に人の世の常であるお金の問題が絡んでいるのではないか、この災害は実は人災なのではないか、そういう報道もされています。所有者とか、その後で引き継いだ人とか、あるいは行政だとか、どこに責任があるのかと問題提起がされているわけです。被害者になった方々にとっては、悔やんでも悔やみきれないような悲惨な出来事であったわけです。うめきがそこにあります。
ここ数年来、毎年のように夏になると豪雨災害が起きて、多くの人々に苦しみが、うめきがもたらされているわけなんですけど、この被害そのものにも人の世の強欲が地球を壊している可能性があるわけです。
そうなると、これらの出来事の根本は、実は被造物を管理するはずの人間全体の罪の結果だとも言えなくはないということになります。人の罪は、美しい世界をダメにしてしまうような恐ろしいものであるのかもしれないです。
しかしイエスさまは、全人類、全世界、全被造物のために、十字架の救いを成し遂げられました。コロサイ人への手紙一章十九節、二十節をお読みしますと、