「あなたから始まる神の国」

私たちは「日曜日、月曜日、火曜日…」と呼んでいますが、神話の神々が曜日になったら、口にするのも嫌ですが、「アマテラス曜日、ツクヨミ曜日、カグツチ曜日…」とか呼ばなければいけないとしたら、「そんな偶像の名前は嫌だ!」と、クリスチャンならば感じるだろうと思います。日本神話に出て来る神々の名前が曜日になるなんて嫌ですね。

だけど日月火水木金土という呼び方は、実は中国の陰陽五行を元に日本に入ってきた呪術、詳しく説明することはできませんが、占星術そのものです。

一般化されていますので、私たちは「日曜日に礼拝で会いましょう!」とか言うのですが、これは元々は呪術的な言葉なわけです。

だから「アマテラス曜日」と「日曜日」って、同じレベルの言葉なのです。辛いことであります。

また一月、二月、三月も、英語だとJanuary, February, Marchとか言いますが、これもローマ神話の神々が月の名前になっていたりします。

日本には暦の中に「元号」が取り入れられています。これも天皇による宇宙の支配を宣言するものだといわれています。天皇が神であることを宣言するというのが元号の元々の意味合いであるわけです。

だからこそ、私たちは主にあって管理者として宇宙を見上げ、そこにある法則を知り、受け損なっていた祝福を勝ち取る。神の国の現れを求めていかなければなりません。

そういう意味で、私たち個人のなす働き、クリスチャン一人一人がなす働きも、大きいものも小さいものも同じ神さまのわざとして存在しています。私たち一人一人がなしていく業、それはある意味では取るに足らない小さなものだと思ってしまうところもあるかもしれません。しかし、被造物世界にあるフラクタルな関連性を考えたとき、私たちが祈りをささげていくことは小さな領域にも大きな領域にも影響を及ぼしていく働きであるということを信じていきたいと思います。

ローマ人への手紙十二章五節、

 

『大勢いる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、一人ひとりは互いに器官なのです。』

 

またガラテヤ三章二十六節、

 

『あなたがたはみな、信仰により、キリスト・イエスにあって神の子どもです。』

 

そして使徒の働き十一章二十六節では、

 

『…弟子たちは、アンティオキアで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。』

 

と書いてあります。私たち一人一人が小さなキリスト、キリストの弟分として存在しているわけです。結論として、冒頭にお読みしたルカの福音書十二章三十二節、

 

『小さな群れよ、恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国を与えてくださるのです。』

 

私たち一人一人、個人的にはなかなかそのことを実感していくことができないかもしれません。個人が祈る祈りはとるに足りない、私一人の働きなんて小さなものだろうと感じるかもしれません。

しかし、私たちの神のためになす働き、一人一人が神さまから受け取った使命をなしとげていくことは、神の国全体と結びついている。また宇宙全体、被造物全体と結びついている。それらを神の元に勝ち取るための重要な働きであることを今日覚えていきたいと思います。

そして、今私たちに「祈り」が大変重要なものとしてクローズアップされている中にありますが、私たちはこの時代の中で、目に見えるものも、見えないものも、現実的なものも霊的なものも、神さまが造られたものに対して、すべての被造物に対して私たち自身が祈りを通してそれらを祝福し管理することができる者である、ということを受け取って、実践していくものとなっていきたいと思わされている者であります。

 

一言お祈りをして終わりにさせていただきます。

 

天のお父さま、今日は「あなたから始まる神の国」というテーマで、メッセージさせていただきました。『小さな群れよ、恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国を与えてくださるのです。』と私たちに仰ってくださっていることを心から感謝いたします。七十周年が満ち、七十一年目にさしかかった私たち、まず神の家からへりくだって、霊的な回復また再建が、お一人お一人の人生の中に実現していくことができますように。暦を含めすべての被造物が神の前に回復し、神の国がこの世界に現されていくことを信じます。そのために私たち一人一人、小さなキリストとなって、用いられていくことができますように。イエス・キリストのみ名によって、この祈りをみ前におささげいたします。アーメン。