「あなたから始まる神の国」

 

教育館に足場がかけられている写真です。

 

 

崩落した天上の写真です。二箇所撮っております。

 

 

教育館の屋根です。まだ工事が始められる前ですが、屋根の折板の端に白いものが見えますけど、私たちスタッフや有志の兄弟たちが一緒になって施した補修の跡です。苦肉の補修の跡ですが、今回これは全部削り取って、新たに施工されました。

 

 

一番から四番まで工事の順を追って写真が出ています。一番は施工前です。白い樹脂を削り落として新たに樹脂を塗って、二番はウレタン樹脂という防水塗料を塗り、その上にまた上塗りしているのが三番です。そして四番は塗装した上で立ち上がりの縁のところに防水シートを被せ、笠木というブリキ板を折り曲げたカバーを被せた。二重三重の防水加工が施されたわけです。

 

 

ペンキを塗っているところです。業者さんが塗ってくださっています。

 

 

ペンキを全体に塗られてきれいになっている屋根の写真です。

 

 

これは外壁の目地で、壁材同士の隙間にシリコン樹脂が充填されていたんですが、経年劣化でカピカピの干からびた状態でヒビが入り隙間がたくさんできていた。そこから雨が侵入していたのですが、一番はその樹脂を一旦削ぎ落として、二番は新たにシリコン樹脂を充填して、三番が体裁を整えて綺麗に整った状態です。この作業を隙間という隙間、窓枠の縁など、そういう所に全部充填しました。そのために一ヶ月ほど足場が組まれていたということです。

二〇二一年に予定されている補修事業は、もう取り掛かってるのもありますし、これからのものもあるんですけども、いろんな事業が予定されております。

会堂の方にも雨漏りがあるので防水を施したり、また水道では地下でどこか水が漏れているみたいで、水を使っていなくてもメーターが回っている状態が続いており、それも地面を掘ったりして補修しているところです。

また会堂の音響機材の更新、インターネット配信用の機材の拡充。そして一番大きいのが、旧プレイズ社屋のリフォーム工事で、これから有効活用されていくためにどのようにしていったらいいか検討して、見積もりを取ったりしております。また具体的になってきたら皆さんにもご報告させて頂き、お祈りしていただいて、献げていただく中で、このような事業が進められて参りますことを心から感謝いたします。

 

このように多方面で教会の補修・拡充が包括的に進められる状況が、今年一月から始まっております。このことを導いてくださっている主に心から感謝します。

またこのことが預言的に現された主の業であると信じます。神の宮が建て上げられていくことが「回復と再建」という今年のテーマの中、私たちの中に起こされているという事が、我々の人生の中にも預言的な出来事として、今後の一年の中で見させていただくことができることを信じていきたいと思います。

 

話は変わりますけども、昨年十二月三十一日のカウントダウン・ワーシップで、私も二〇二一年に向けてメッセージさせていただきました。先生方のメッセージも本当に素晴らしかったですが、私が語らせていただいたみことばは、詩篇百三篇一〜五節でした。

 

『わがたましいよ 主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ 聖なる御名をほめたたえよ。

わがたましいよ 主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

主はあなたのすべての咎を赦しあなたのすべての病を癒やし

あなたのいのちを穴から贖われる。主はあなたに恵みとあわれみの冠をかぶらせ

あなたの一生を 良いもので満ち足らせる。あなたの若さは 鷲のように新しくなる。』

 

二〇二〇年を振り返ってみると、コロナの問題があり、享子さんの病との戦いがあり、本当に祈らされる一年でした。この一年間の戦いを通して、今ももちろんコロナも終息していないですし、享子さんの戦いも継続していますが、これからも戦い続けていくことを前提に、三つのことを教えられたとお話しさせていただきました。

 

<二〇二〇年の戦いを通して、神さまが新城教会に与えておられる三つの励まし>

一つ目は「霊的戦いはあるよ」ということでした。

二つ目は、「霊的戦いには勝利があるよ」です。私たちは戦いを意識し、戦いの中で神さまが守りを与え、癒やしを与え、導いてくださることを学び続けた一年だったと思います。享子さんにも三度に渡って、主治医が驚くような、「これは考えられない!理解を超えている!」ということが起きました。

このことは、今もいろんな問題があったり、課題があったり、戦いの中にあるのですが、私たちが将来と希望という約束をいただいて、前進していくための大きな励ましになったわけです。

そして三つ目は、「私たち全員がそのことの証人だよ」ということをお話しさせていただきました。この戦いが個人レベルではなく、教会全体、またキリストの体としての戦いであり、与えられた恵みも共同体の中で分かち合い、共有されるものであると。

幅広く祈りが共有されて、皆で真剣に「祈る」ことは、大きな勝利をもたらすと改めて思わされました。だからその関わっている一人一人に、その勝利も、そのそれぞれのパートの中で共有されていくということを教えられました。

七十年が満ちた時に与えてくださる将来と希望の約束を、この一年間の戦いを通して私たちは受け取らせていただき、二〇二一年、回復と再建の年、新たな思いで立ち上がり、歩んでいきたいと思わされています。

 

エズラ記を見ていきますと、一章から六章までは神殿の再建が描かれています。そして七章から後半にかけて、エズラが出てきます。「エズラ記」なのにエズラが出てくるのは、エズラ記が六割方終わった辺りから出てくるわけで、「これはいかに?」であります。それはエズラが何をしたかということに意味があるわけです。

エズラは、帰還したユダヤ人の手によって神殿の再建が果たされたイスラエルに、やはりペルシャから帰還して来た人でした。

そこで彼が見たことは、実はイスラエルの民の霊的な後退でした。神殿ができてエズラが来てみたら、霊的に後退したイスラエルだった。

具体的には異邦の民、偶像を礼拝している民と、真の神を礼拝しているイスラエルとの雑婚があったのです。

もう一つは、ネヘミヤ記に書いてあるのですが貧富の格差です。ユダヤ人たちの中に、金持ちが同じユダヤ人から利子を取って金を貸して、それがために人々の中で自分の財産を売りに出し、自分の息子娘を奴隷に出さなければならない人が出ていた。