「弱さを知るときに働く神の恵み」

『しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。』

 

ペテロは、主の力は弱さのうちに完全に現れると悟り、主にあって「弱さを誇りとする」者となりました。どん底まで落ちたにもかかわらず主に再献身し、大きな働きをして主の栄光を現すことができました。

 

ここまで、弱さを知り、主にあって弱さを誇る者となることをお話ししました。弱さを認めることは大事です。しかし、弱いままの丸腰では、サタンに勝つことはできません。悪魔は巧妙に私たちの心に働きかけ、「あなたは弱い」と語りかけてきます。そして誘惑するのです。皆さんも誘惑を覚えることがあると思います。毎日のように偽りがあり憎しみがある。清らかな生活をしたいのに悪習慣から離れることができず、誘惑に負けてしまう。なんて自分は弱い人間なんだろうと。誘惑に打ち勝つことはなかなか難しいです。弱いままでは、悪魔に立ち向かうことはできません。しかし、勝利する方法があります。

 

『終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具を取りなさい。』(エペソ人への手紙六章十〜十三節)

 

神さまの武具を身につける時に、悪魔に立ち向かうことができるのです。そして、勝利を得ることができるのです。

あなたも私も、自分の弱さを認め、主にあって誇る者となり、どこまでもへりくだって主のみ手にゆだね、御霊の与えてくださる武具をもって戦い続けてまいりましょう。その時、大きな勝利を得て、あふれるばかりの恵みと祝福をいただく人生を送ることができると私は確信しています。

今は、なかなか教会に来られなくて、一緒に祈ることができない中にあります。もし皆さんの中で孤独を覚え、不安を覚えている方がおられるなら、できるだけ一緒に祈り、ご相談にのりたいと思っていますので、その時は教会に連絡下さい。

 

一言お祈りさせていただきます。

愛する父なる神さま、み名をあがめます。今日こうして共に主を賛美し、共に主を礼拝できるこの恵みと特権をありがとうございます。私たちは弱い者です。そして失敗をするような者です。でも主はそんな弱い私たちを選んでくださり、今、選ばれた私たちがここにいます。弱い者ですが、私たちが主の武具をつけるときに、主の勇士として、また私たちが何も持っていないと思っても、主はあり余る祝福を私たちに与えてくださる神であることを、心から感謝いたします。まだまだ戦いが続いていきますけれども、私たちはどこまでも主についていきます。主に委ねていきます。主よ、私に恵みを与え、祝福を与え、共に生きてください。すべての栄光を主に返します。主のみ名によって感謝して祈ります。アーメン。