「あなたの天幕の場所を広げよう」

昔はこの施設はプレイズハウスと呼ばれていました。印刷屋になる前はプレイズハウスだったんですよ。賛美して、そして伝道会をしょっちゅうしていました。私が教会に献身させて頂いて、働かせて頂いたのが二十二歳くらいの頃からでした。若い時から主のみ前に仕えることをさせていただきました。そしてすぐに始めさせて頂いたものの一つに、高校生のための伝道会を開かせていただきたいということで、開かせて頂いたのがレッツプレイズ。それが一九八四年でした。ですからもう三十七年くらい前に初めて行いました。その頃、だから一九八四年ですから、会堂が建って四年、すごく聖霊さまが働いてくださって、なんかリバイバルの練習みたいなことを、その頃していたんですね。たくさん人が来ました。本当にこの東三河、あっちからこっちから若い人が来る中で、いろんな魂が導かれるようになった中で、レッツプレイズという集会をしたら、その時、毎月その伝道会をしていたのですが、毎月五十人、六十人のノンクリスチャンの子が、毎月来るんですよ。

ある夏には、高校生だけでひと夏で十九人バプテスマを受けたんですね。本当に聖霊さまが働いてくださった働きだなぁと、そんなことを感じました。

 

最近、「献身」ということが語られて、そして私たちのすべてを主にささげよう!という話をしていますけど、そんな中で一度、順先生が、献身について、三回前くらいの集会の中でこう言いました。「今回の献身者を主が募っておられるのは第三次の献身を呼び集める時だ。」と言うんですね。第一次は、最初にこの教会から若い伝道者がいろんな地域に遣わされて行って教会を建てて、宣教を始めた時、第二次は、甲子園ミッションの頃、そして、今回は第三次だ。第三次ということは、第二次は第二次世界大戦があったけど、もし第三次が始まったら世界は終わりだ。「だから第三次は大惨事だぞ。」と、そうおっしゃっていましたけど、本当にこの第三次の呼び出しというのがあるんじゃないかなと思うんですね。

 

またちょっと話戻りますけど、そのプレイズハウスでしていた頃は、聖霊さまがすごく働いてくださいました。またある時、高校生の中で、先日のリバイバル聖会でもS兄が証しをしていましたけども、「自分は夜間部の高校だった。」ということで、そこで始めたのが夜間部の高校生会でした。私の兄がその頃、豊橋で事務所をしていたので、兄の事務所を会場に夜間部の高校が終わってから、夜九時から集会というのをしていて、そこでいろいろな人が来るようになって救われました。本当に神さまは働いてくださいました。

その中で、S兄も証ししていましたけど、一人の子がイエスさまを信じたけど、すごく悲しいことがあったと話をしていました。一人の少年が、その子は北陸のほうの出身の子でしたけれども、彼が来て、そしてすぐにすごく素直に、「イエスさまを信じる?」と聞くと、「はい、信じる。」とすぐに信じてくれたんですね。「じゃぁイエスさまを受け入れる祈りをしようか。」と言ったら、「はい、分かりました。」と言って、イエスさまを信じて受け入れる祈りをしてくれました。それでS兄も、「今度はバプテスマだ!」と思っていたら、彼は一人暮らしで、一つのアパートにいたんですが、そこでガス漏れの事故があって、なんとそこで亡くなってしまったんですね。

大きな悲しみだったのですが、神さまご自身の時というのは、本当に私たち逃してはいけないなと、『機会を十分に用いなさい。』と、みことばにありますが、与えられた主のタイミングのこの時にみことばを宣べ伝える、そのタイミングってあるんだなと思いました。

私はその知らせを聞いて、すぐに駆けつけました。そうしたら、その高校の先生が、その少年の遺体を前にして座っていました。その先生は僧侶でした。線香をあげたりしていたので、私は早速こう言いました。「彼は最近、教会に来て、イエスさまを信じて、そしてイエスさまを信じたから永遠のいのちを持つことができたんです。だから彼は今、天に帰って、神さまの元で永遠に生きてる。」と話をしました。そうしたら、「そうか、分かった。」と、その先生も頷いてくださっていました。

いつどこで何が起こるか分からないですけど、私たちに与えられている福音の努めというのを果たしていかなかったらいけないと思います。主によって呼び出された一人ひとりというのが、特別な存在ではなくて、すべての人が主によって主に献身する者でありたいと思います。

 

「献身」というのを辞書で見ると、「身を献げ尽くすこと。自己の利益を顧みないで力を尽くすこと。自己犠牲。」と書かれていました。これはクリスチャンである我々は、皆、このような者でありたいと思います。自己の利益を顧みないで、主のために力を尽くすこと、それが献身だと。それが献身者の姿だということですので、私たち、そのための歩みをしていくものでありたいと心から願っています。

そのような中で、主は今回、「天幕の幕を広げなさい。そのために備えなさい。」とおっしゃっておられると思います。ですからぜひ、私たちこの戦いのために備える者でありたいと思います。エレミヤ書五十一章十二〜十四節に、こんなみことばがあります。

 

『バビロンの城壁に向かって旗を揚げよ。見張りを強くし、番兵を立てよ。伏兵を備えよ。主ははかりごとを立て、バビロンの住民について語られたことを実行されたからだ。大水のほとりに住む財宝豊かな者よ。あなたの最期、あなたの断ち滅ぼされる時が来た。万軍の主はご自分をさして誓って言われた。「必ず、わたしはばったのような大群の人をあなたに満たす。彼らはあなたに向かって叫び声をあげる。』

 

神さまはバッタのような大群の人をあなたに満たすという働きを始めようとされていると思うんですけど、その前に備えなさいと言っているんですね。「バビロン」というのは、敵の陣営ですけど、そのバビロンに対して「伏兵を備えよ。戦い備えよ。」とおっしゃっています。

 

ちょっとだけ話は変わるんですけど、最近、我家に鳥が出入りするようになりました。ヒヨドリです。この時期になるとよく現れるんですね。家にプラムの木があるんですけど、プラムを狙ってくるので、ある意味ギャングなんですよ。昔からヒヨッツーと私は呼んでいましたけども、ヒヨドリが来て、プラムが色づいて、さぁ今だ!という時に、彼らは二十四時間体制ですから、一番美味しい時にバクッとやられてしまうのです。毎年そうなんですけど、なんと今回は彼、何をしに来たかと言ったら、彼か彼女か分からないですけど、細長い紐を口にくわえて、家の垣根に向かって、こうやって来ました。バタバタバタバタこうしているんですよ。それで垣根に入ってなんかしようとするんですけど、またその紐が落ちちゃったりして、それをまた拾いに行って、一生懸命何をしているかと思ったら、巣作りしていたんですよ。その姿があまりにも健気で、おまけに随分不器用な子で、思わず「お手伝いしましょうか?」と言ってしまうほど、すごくお上手じゃなかったんですよ。なんか本当にそんなビニール紐で作れるの?と思っていたんですけど、今朝の巣作り状況、これが彼らの作った巣です。ヒヨドリさんが一生懸命作った巣です。

聖書の中には、『空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。』鳥って何もしてないじゃんと思うのですが、でもそうではなくて、彼らはちゃんと巣作りして、子孫を残すために備えるんですね。

なんかこの一連のことを見て、「備えなさい」と、神さまが私に後押しして語ってくださっていた、そんな気がしてならないんですね。

神さまのみ働きが、一歩一歩進んで、前進していく中で、「わたしはこれから、わたしの民を多くするから是非備えるんだよ。」という風におっしゃって下さっていると信じています。

 

今日新しい賛美をご紹介させていただきましたけども、マラキ書四章二節のみことばからの賛美でした。先週与えられたばかりの賛美だったんですけども、そのみことばをお読みします。

 

『しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が上り、その翼には、いやしがある。あなたがたは外に出て、牛舎の子牛のようにはね回る。』

 

素晴らしいみことばです。義の太陽が、主を恐れる私たちに、義の太陽、希望の光であるイエスさまご自身が立ち上ってくださって、そしてその翼には癒しがあって、あなたがたは外に出て牛舎の子牛のように跳ね回る祝福、主はそれを備えてくださっていると言うんですね。

でもこの二節の最初に、「しかし」と書かれています。この前半を見ると、どういったことかというと、終わりの時代の裁きについて書かれているんですね。さばきで全てがなくなるような時が来るけども、しかし主を恐れるあなた方には義の太陽が上ると。

ですから私たち、本当にこの終わりの時代における備えをしていきたいと思います。同じマラキ書四章五節、六節、

 

『見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。』

 

のろいでこの地が討ち滅ぼされないためにエリヤを遣わす。このエリヤはバプテスマのヨハネについて言われている言葉だと言われています。イエスさまご自身がエリヤの存在だということを語られましたけども、でもこの終わりの時代の私たち一人ひとりに対しても、「預言者エリヤをあなたがたに遣わす。」と語っておられるようです。預言者エリヤの油注ぎを私たちはいただいて、この終わりの時代に臨んでいきたいと思います。

 

最後にもう一度、イザヤ書五十四章二節のみことばをお読みして終わりにしたいと思います。

 

『あなたの天幕の場所を広げ、あなたの住まいの幕を惜しみなく張り伸ばし、綱を長くし、鉄のくいを強固にせよ。』

 

これを主は今日語ってくださっていると信じています。天幕の場所が広くなるように、是非皆さんの天幕を広げていただきたいと思います。皆さんの生活の只中に、聖霊さまご自身が働いてくださる場所をさらにさらに提供してほしいと思うんですね。そして、『幕を張り伸ばし、』と書かれていますけど、幕というのは神の栄光とかエルサレムの繁栄を現すという、そういった言葉の意味があるようですけど、主の聖さの中で、主の栄光、主の繁栄が溢れる、そのような祝福を受け取っていきたいと思います。

そして、『綱を長くし、鉄のくいを強固にせよ。』先ほどの礼拝の最後に、順先生がおっしゃってくださっていましたけど、鉄の杭というのは霊的戦いだと。私たちそれぞれに与えられた宣教の綱を伸ばして、鉄の杭を、霊的戦いの杭を強固にして祈り、また賛美し、そしてみことばに立って前進し続けていきたいと思います。

みことばは以上です。一言お祈りさせて頂きます。

 

ハレルヤ、愛する天のお父さま。あなたの素晴らしいみ名をあがめて心から感謝します。本当にあなたがここまで守って導いてくださっていることを、もう一度、心から感謝します。そして今日は、あなたの天幕の場所を広げ、あなたの住まいの幕を惜しみなく張り伸ばし、綱を長くし、鉄のくいを強固にせよと、私たちに、この教会に、またリバイバルを待ち望む我ら一同に語ってくださっておられると信じて心から感謝します。あなたが始めようとされている、主よ、リバイバルのご計画のために、我ら一同、もう一度備え、そして進んでいくことができるように助けてください。ここまで導いてくださった主よ、あなたに心から感謝いたします。今、主よ、あなたの素晴らしいみ名を心からほめたたえ、すべての栄光をお返しし、尊きイエス・キリストのみ名によって、この祈りを父なる神さまのみ前におささげいたします。アーメン。

 

主に拍手の賛美をおささげします。