「大逆転!〜神はすべてのことを働かせて益としてくださる〜」

2021年10月17日(日)新城教会牧師 上條実

ローマ人への手紙 8章27節~28節

『人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。』

ハレルヤ!主の聖名を心から賛美いたします。今日こうして皆さんの前に立って、みことばを語れます事を心から感謝し、賛美いたします。先ほどもご報告がありましたが、先週の火曜日の夜にH兄が召天されました。七十七歳でした。木曜日に召天式が行われました。彼は二〇〇九年に脳出血で倒れられて、そして病院やご自宅にて療養されておられました。右半身がご不自由で、五年前から新城の山吉田という所にあります老人施設にて療養されておりましたが、亡くなられ、召天式をさせていただきました。残されたご家族の上に慰めと祝福があるようお祈りください。

また週報にてお知らせしてきましたが、いよいよ来週から二部制の礼拝から一部の礼拝に戻したいと思います。非常事態宣言が発令されている時には、大勢の方が新型コロナウィルスに感染し、私たちも感染対策をしっかりしつつ礼拝を二部制にして行ってきました。しかし非常事態宣言も解除され、また今感染者がとても少ない状態にまで落ち着いてまいりました。とても感謝です。私たちはこれで安心することなく、さらなる感染対策をしつつ、礼拝を次週礼拝より、一部制に戻したいと考えております。午前十時半から行われます。お時間をお間違えなくお越しください。
なぜこんなに感染者が少なくなってきているのか、報道によると専門家たちさえわからないと言われております。しかし私たちは確信しております。毎週何度か、主の聖名によって「新型コロナウィルスよ。変異株たちよ。私は被造物の管理人として命令する!人々に危害を加えてはならない。感染者ゼロになれ。回復された新型コロナウィルスや被造物と調和して、大声で主を賛美せよ!」と宣言しています。私たちはこの宣言によってここまで少なくなったと信じています。更に被造物の管理人として、宣言しましょう。
特に来週は伝道礼拝になりますので、新しい方のためにもぜひお誘いいただき、またネットのご紹介もしていただき、主を礼拝していきたいと思います。

今日は十月十七日、早いもので十月の中旬になりました。皆さんに心からの感謝をしなければいけまん。皆様の熱き祈りと支えにより昨年、上行大動脈溜の手術をしまして、十月十三日で一年を迎えることができました。皆様の熱き祈りに支えられて丸一年になりました。
<上行大動脈写真>
 心臓のすぐ上の所が上行大動脈というのですが、普通成人男性は約三センチの血管だそうです。そんな太い血管が私たちの身体にあるということもびっくりですが、そこが五,六センチになっていました。「様子を見ましょう」と経過観察し、三ヶ月後、再度検査しましたら五・九センチに成長しており、大きくなっていて手術しなければいけないということで、去年の十月十三日に手術しました。あれから一年がたちます。皆様にお祈りとご心配をおかけいたしましたが、今癒され、元気であることを、心から感謝します。過ぎてしまうとあっという間でしたが、主が助けてくださり守ってくださったことを、高いところからですが心から感謝いたします。
太い上行大動脈瘤を切り取り、人工血管を繋げる手術でした。
<上行大動脈瘤手術写真>
 全く自覚症状はなく、大動脈瘤があることを全く知りませんでした。初めて聞いた時、びっくりしました。時間症状がないため、普段は見つけることができず、普通は突然胸が苦しくなり、大動脈瘤の破裂とか、乖離とかで、突然死する方が結構います。私の知っている方にも何人か元気だったのに、突然亡くなられた方がいます。私もわからないでいたら突然死でご迷惑をかけしていたかもしれません。今回守られて今、命があるという事は、心から感謝なことだと思います。

なぜ見つかったかということは、二〇一九年、二年前の十月の一日になりますが、朝七時ぐらいに朝食の準備が終わり、そろそろ家内を起こそうかと思って、台所のシンクに手をついておりましたら、身体がちょっとおかしい気がしました。痛いような苦しいような、そんな思いがして、なんだろうと思いました。でもこれは気のせいかなと思って、普通だったらあまり良くないかも分かりませんけどが、今やっておりませんが、朝風呂に入りました。そしてお風呂に入って湯船に沈んで出て、さぁ身体を拭こうと思った時、右手が動きがすごく悪くて拭けないんですね。そして右の口角も下がってきて、喋れなくなってきて、「あ、これはおかしい。」と思い、すぐに不自由ながらも着替えて、当時、一階に同居していた三男家族がいましたので、下に降りて行って、「おかしい、調子悪い」と言ったら、三男たちはうちの家内かと思ったんですね。「いや違う、俺だ。調子が悪い」と言って、すぐに救急車を呼んでもらいました。朝の七時半ぐらいでしたが、救急車呼んでもらいまして、乗られたことがある方はご存じだと思いますが、あの硬い板の上に乗せられて、ベルトをされて、身動きできない状態で搬送されて行きました。私もすぐに「これは脳梗塞か脳出血だな」と分かりましたので、搬送されながら、このまま自分はどうなっちゃうんだろうと思いました。もしかしたら命がなくなるのではとか身体が不自由になってしまうのではと思い、二度と主の奉仕ができないのか?皆さんの前に立ってメッセージできないのか」と思って、辛い気持ちで一杯になりました。また「うちの家内はこれからどうなるんだろう?自分までもが障害者になってしまう。子ども達にも迷惑をかけるなぁ?」と暗いことばかりを考えながら、救急車で搬送されていきました。豊川市民病院に搬送されたのですが、「朝のラッシュ時と重なったのでいつもより少し時間がかかりますよ」と言われました。その間、暗い思いの中で、ふと冷静になり思い出しました。当時教会では「彼らに主の名をほめたたえさせよ」というシリーズで賛美のことが盛んにメッセージされていました。私は「こういう時にこそ賛美をしなくては。賛美に力がある。」と思い出して、賛美しようと思いました。なぜかその時、すごく冷静に、でも当然声は出ませんので心の中で、「さて何を賛美しよう」なんて思って、「ザワメキで戦いの曲…」なんて考えたのですが、思い出せなくて、昔のワーシップソングである「主を待ち望むものは」という曲を思い出して心の中で賛美しました。

「主を待ち望むものは」
「♪主を待ち望むものは 新しく力を 力をえる鷲のように翼を張って高く高く舞い上がる。走ってもたゆまず 歩いても疲れない♪」

この賛美を何度か繰り返していました。硬いベットの上で賛美していくうちに、ふと「喉乾いたな」と思いました。三男が救急車に一緒に乗ってくれたのですが、その三男が私の鞄まで持ってきてくれていて、その中にお茶のペットボトルを入れているので、三男に、「お茶とって。飲みたい」と言い、三男が救急隊に伝えて言ったら、「大丈夫ですよ」と言ってくれたので、体をちょっと起こしてくれてお茶を飲んだんですね。それまで声が出なかったのに「お茶を飲みたい」と声が出て、口角が下がっていますので、こぼしてしまうかと思ったのですが、普通に飲むことができました。不思議でした。賛美には力があるなと想いました。賛美の力を体験させていただきました。賛美の中で麻痺が癒やされたのです。病院に着いてすぐ処置室で血圧を測ったり、様々な検査をしてもらいましたが、本当に感謝なことに癒やされました。MRIを見ると確かに脳梗塞の跡はあるのですが、その梗塞がどこかに飛んだのか分かりませんが、後遺症もなく回復して心から感謝しています。四日間だけ様子見で入院してくださいと言われたのですが、主の守りの中で退院することができました。退院前日に、主治医から私と長男とともに、今回の説明を受けました。「確かに脳梗塞の跡は、MRI画像を見ると残っていますが、麻痺もなく回復しました。運がよかったですね」と言われました。しかし私は主が癒して下さったと感謝しました。
しかし、説明が終わった時に、主治医が顔を少し曇らせて、「上條さん、脳梗塞はいいのですが、別の病気が見つかりました。」と言われました。上行大動脈溜です。かなり大きく、「このままでは危険があるので手術したほうがいい」と言われて、退院時に、心臓血管外来にかかってくださいと言われました。かかったところ、映像で大きさを測って「これ五・六センチありますね」と言われて、「五・六センチか・・・どうしようかな?」と医者が迷っているんですね。「少しの期間様子を見ましょうか?」ということで三ヶ月後にまた受診するように言われました。「その時にもう一度MRIで大きさを測ってみます」ということで、家に帰りました。そして真剣に祈りました。「絶対に大きくならないように。手術にならないように」と祈っておりましたが、三ヶ月後に行きましたら、三ミリ成長しており、五・九センチになっていました。「これはすぐに手術したほうが良い。三か月で大きくなったのはいつ命がなくなってもおかしくない。手術の日程を決めてください。」と言われました。家内のこともありますので、家内と同じ病院で手術をする手続きをして昨年の十月十三日に手術を受けました。
ちょうど一年前の今日は集中治療室にいて、許可をもらって集中治療室の隅で礼拝の映像を見ていました。賛美しながら、「命が守られたことを感謝します」と祈ったことを思い出します。早いもので一年が経過しました。
今考えるとあの脳梗塞があったからこそ、賛美の力を体験することができた。賛美の中で癒された。後遺症もなかった。脳梗塞があったからこそ、大動脈溜が見つかったと思う時、脳梗塞をも主に感謝することができました。この十月様々なことがありましたが守られ、今があることを感謝します。

先ほど読んでいただきましたローマ書の八章二十七節・二十八節をもう一度お読みしたいと思います。

『人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。』

特に二十八節は、有名な箇所です。よくメッセージでも引用し、暗記しているみことばです。すべての事を益にしてくださるということは昔からよく知っているみことばです。脳梗塞という病気が私の場合益となりました。脳梗塞があったことで、今日の私が生きています。もし脳梗塞にならず生活していたら、私は今日皆さんの前でみことばを語ることはなかったかもしれません。五.六センチが三ヶ月で五.九センチに大きくなっていたら、進行性の大動脈瘤で、大動脈溜破裂か大動脈乖離で突然亡くなっていた可能性が高いです。そんなことがあったら皆さんに多大なご迷惑をおかけし、家族にも迷惑をかけたでしょう。全てのこと。脳梗塞を通して主が助けてくださったのです。
また二十七節のみことばでは、
『御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださる』
とあります。み霊さま、神である聖霊さまが、私が何も知らなかった、気づいていなかった大動脈瘤のためにとりなして下さり、祈っていてくださった、神ご自身が私をとりなしてくださって、最小限の脳梗塞で大動脈瘤が見つかるように導いて下さった。み霊がとりなして下さったから、祈っていてくださったから、私の大動脈溜が見つけられた。益としてくださった。私を愛して下さり、私のためにとりなしていてくださっていた。何とすばらしい事でしょう。すばらしい奇跡で私に教えて下さり、手術して一年が過ぎたと思うと、感謝しても感謝しきれない気持ちで一杯です。私の命を救ってくださった神は、まだ私には使命が残っているからこそ生かしてくださいました。その使命を残された人生の中で果たしていきたいと心から願います。
脳梗塞の時は心を騒がせましたが、私は脳梗塞になってよかった。主が助けてくださった。守ってくださった。すべての事に働かせて益としてくださった。私は主に愛されている存在なんだと心から感謝しました。

もう一つ別のお証しをさせていただきます。ご本人と奥様に先週の日曜日にご了解頂いたので、今日お証しとお祈りをお願いしたいと思います。いつも私たちとともに礼拝を守っておられますN兄ですが、九月の中旬。朝四十度近くの高熱が出て動けず、救急車を呼び、救急搬送されました。その事を緊急メールで知り、びっくりしました。この時期高熱と聞くと新型コロナウィルスかと思い、真剣にお祈りさせて頂きました。すると新城市民病院に搬送されたと聞き、新城市民病院に搬送されたなら新型コロナウィルスじゃないと思い、少し安堵しましたが、続けてお祈りしておりました。するとお昼ぐらいに、再度メールがあり、もう熱も下がり、ご自宅にお帰りになった。そしてお食事もできるようになたということで感謝しました。しかしそのメールの中で、何の熱であったかわかりませんが、検査の結果胸部に動脈瘤。あと胆石が見つかったという内容でした。良かったと思うとともに、胸部の動脈瘤と胆石のためにお祈りさせていただきました。先日N兄宅をご訪問させていただいた時、いまだになんで高熱が出たのかわからないとおっしゃっておられました。そして搬送されて、以前から動脈瘤の存在は知っていたそうですが、今回すぐに手術されたほうが良いとわかり、先週の水曜日に豊橋市にある病院に入院し、木曜日に手術されました。是非皆さん、早く回復されますようにお祈りください。なぜ高熱が出たかというと原因がわからないそうです。しかし主は高熱を出させて、N兄とともにいるみ霊がとりなして下さり、その高熱が益となり胸部の動脈瘤を見つけ出し、手術に導いて下さった。神がすべてのことを働かせて益としてくださったことを、私たちは知ることができました。またN兄と同じように手術した事により、N兄の苦しみゃ痛みがわかり祈ることができ、ほんの少しですが手術に関してご相談を伺い助言させていただくことができました。このことも益となりました。そして手術とその後の回復のために一緒にお祈りすることができました。感謝しました。
主が共にいて私たちを守ってくださる。全能なる神がともにいて下さり、その神様ご自身が私たちの全く知らないときに、既にとりなしていて下さっていた。すべての事を益としてくださったのです。今日、N兄や、また私だけでなく、兄姉皆さんお一人お一人に当てはまっており、あなたが及びつかないことも、主は全てご存知で私のためにとりなしていて下さっている、私とあなたのために、全能なる主であり、勝利者である、み霊さまご自身がとりなしてくださっている特権を感謝します。

イザヤ書三十五章一節・二節をお読みしたいと思います。

『荒野と砂漠は喜び、荒れ地は喜び躍り、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、歓喜して歌う。これに、レバノンの栄光と、カルメルや シャロンの威光が授けられるので、彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。』

とあります。この一節の所に、『荒野と砂漠は喜び、荒れ地は喜び躍り、』とありますが私はこれを読んで、私の人生と照らし合わせて考えてみました。荒野とか砂漠、荒地は、ここ二年間の自分のようであったと考えました。「砂漠、あの十月の二年前の脳梗塞の時と一年前の手術の時は辛かった…まさに砂漠のような生き物も植物も生えない、乾ききった場所、荒れ果てた高地のようでした。これからどうなるのだろうと心配し、初めて体にメスを入れる。どうなるのだろうと心配ばかりでした。しかし私のような者も、今このみことばにあるように
『荒野と砂漠は喜び、荒れ地は喜び躍り、』

私に主は愛を与え、主が導いてくださったんだなぁと思います。以前、二〇一五年だったと思いますが、インターネットニュースで見たことを思い出します。それは何かというと、南米のチリ。細長い国ですが、そのチリの真ん中の辺にありますアタカマ砂漠という砂漠の出来事でした。
<南アメリカのチリ画像>

<アタカマ砂漠の場所画像>

平均標高が二千メートルほどの場所です。そこは世界で最も降水量が少ない場所だそうです。そしてアタカマ砂漠に続く道は死の道と呼ばれていると言われています。

<死の谷画像>

「死の谷」というのが有名で、ゴツゴツとした岩と砂漠の世界。世界でもここでしか見られない不思議な風景です。もう一つ、「月の谷」という有名なところがあります。

<月の谷>

あたかも月面を思わせる岩だらけの壮大な風景が目の前に広がり。岩肌は深く侵食され連なり、遠くには美しい山々が望むことができる場所があれます。綺麗に見える場所ですが、なんとその地域は、年間で多い所で四十ミリ、一番少ない所では年間で十ミリの降水量だそうです。たった四センチ、たった一センチしか年間雨が降らない、そんな場所です。気温は朝は砂漠ですのでものすごく寒いし、昼間は暑くて四十度、五十度になるような、過酷な場所です。全く人も獣も住むことのできない場所です。
今世界は地球温暖化で異常気象が問題となっています。至る所で水害があり、日本や東南アジアやヨーロッパでは、エルニーニョ現象で、チリ沖の海水温が周期的に上昇していることが背景にあり,大雨が降り、考えることもできない水害が起こっています。また逆に異常なほど高温となり乾燥しきって山火事が起こり、多くの家や樹木が燃える映像を目にします。その影響がアタカマ砂漠にもあり、年間十ミリから四十ミリしか雨の降らない乾いたアタカマ山脈に、なんとあの荒れ果てた場所に霧が発生して、そして雨が降り始めたというのです。そしてなんと雨が降った後、どんなことが起こったかというと、私はそのネットのニュースを見てびっくりしました。

このようになりました。先ほど見た荒れ果てた地がこんな花畑がなりました。

いろんな色の花が咲き乱れ、一面に花が咲き乱れたのです。私たちにとって厄介な異常気象。そのことによってもたらされた出来事です。ありえないことですが、あの乾ききった、荒れ果てたアタカマ砂漠に雨が降り、花畑になりました。目には見えない花の種は、雨が降らずに、地の中で死んでしまったかのようでしたが、確かに生き続けており、雨が降ったことにより、誰もが息をのむような綺麗な花畑になりました。奇跡が生まれたのです。
『砂漠が小躍りし、』とありましたけども、本当に素晴らしい奇跡をネットニュースで目の当たりにし、みことばを思い出しました。イザヤ書三十五章一節・二節

『荒野と砂漠は喜び、荒れ地は喜び躍り、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、歓喜して歌う。これに、レバノンの栄光と、カルメルや シャロンの威光が授けられるので、彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。』

また詩篇百七篇三十五節に、

『主は荒野を水のある沢に、砂漠の地を水のわき上がる所に変え、』

またイザヤ書三十二章十五節に、