「ダイナミックなバランス」 〜聖霊のうめきと力強い働き〜

2021年6月27日(日)SIRネットワーク代表 滝元望師

ローマ人への手紙8章26〜28節

『御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。
人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。』

お祈りします。
「愛する天のお父さま、今日私たちは主のみ前に出て、あなたを礼拝し、あなたをほめたたえ、あなたの素晴らしいみ顔を、そして、あなたご自身を、私たちは、見上げる時が与えられていることを感謝いたします。
この礼拝の中で、今からあなたのみことばを取り次がせていただきます。主よ、聖霊さま、どうぞあなたが、私の上に、また聞かれる一人ひとり、またこのインターネットを通して聞いてくださっているすべての方々に、主よ、あなたご自身の支配を与えてください。主よ、インターネットでその家庭でいろいろな所で見られている方々のその場に主の主権と支配が現れますように。またこの礼拝の中に、この会堂の中に、主の支配とあなたの素晴らしい力が現れる時となりますように。
聖霊によって私たちを、この時を過ごさせ、みことばにあって同じ聖霊が一人ひとりに語ってください。
語る者にも聞く者にも同じ聖霊が働き、聖霊によってこの時が持ち運ばれる時となりますように。
すべてを主に委ね、感謝して、尊いイエスさまの名前にあって、この祈りと願いをみ前におささげいたします。アーメン。」

おはようございます。一年ぶりに、またここに立つことができて、本当に感謝しています。神さまにあってこのような時が備えられていることを覚えて感謝します。
皆さん、一年ぶりで私が随分変わったの分かりますか?ハゲた。確かにハゲは進んでますね。もう刻一刻と進みますね。僕の四年後がこっちにいる兄ですから、いつも四年後を想像しながら、あぁなるんだろうなと思いながらやるわけですけど。
痩せたんですよ。だいたいこのぐらいの歳になって痩せたと言うと、「病気?」と聞かれるんですよ。ほぼ聞かれます。さっきも玄関で会った愛すべき方が、「先生、痩せました?」と、ちょっと心配気なトーンでした。
実は去年の三月ぐらいに、ひさしぶりに健康診断に行きました。健康診断には毎年行っていたのですが、うちの息子の事があって自分のこと構ってられないやみたいな、ちょっと自暴自棄になったところもやはりあったんだと思います。振り返ると。
それで健康診断に行ったら、採血したり色々やって、帰ってきて午後になったら、その病院から電話がかかってきました。本当は市の保健所かなんかにデータが行って、「また一ヶ月後ぐらいにその結果を教えますからね。」みたいなことを言われたのですが、電話がかかってきて、「瀧元さん、ちょっともう一回来てください。」ドキッ!ですよ。「癌かなぁ?」みたいなね。
それで行ったら、「もう糖尿病ですよ。」と言われました。血糖値が高い。何よりもヘモグロビンだか何かを測る数値があるんですよね。これがやばいと言うんですよね。やばいとは言っても、糖尿病に突入はしていないんだけど、「このままいったらあなた手が痺れだしますよ。」とか、「お薬ですよ。」みたいなことを言って脅すわけです。脅すのがだいたい医者の役割ですから。
それで、「じゃあこれから毎月来てください。栄養指導します。」と言うのです。栄養士の方がその病院にはいて、私に栄養指導を、その日からしてくれました。
いろいろ質問されて、「三食しっかり食べてますか?」と言われて、「いや、食べていません。」と言いました。自信を持って。その頃、私は朝食を抜いていました。それは、テレビで、「十六時間ダイエット」という、十六時間食べないと、腸が休まっていいみたいなことを言っていて、「タモリもタケシもやっている。」とか言って、「彼らは夕食はバンバン食っている」みたいなことをやっていて、やってみたら、やっぱりちょっと調子が良かったんですよ。それで四キロぐらいポンって落ちたので、これはいいぞ!と。
また、うちの息子の事もあったりして、午前中はちょっと祈り心を持っているとか、そういう意味においては朝飯食わない、昼までは一応飢餓状態にあるというのは結構ストイックでいいのではないかと思ってたら、その人が言うのです。
「だめです。三食食べてください。」
また、「野菜食べてますか?」と聞かれ、「あんまりですね。うさぎじゃないですからね。」みたいな返事をしました。僕は肉も好きですが、何が好きかと言うと、僕は「人類は麺類、麺類最高!」みたいな、昼は麺類、「麺類だけですか?」はい。「駄目です。野菜を食べましょう。毎食野菜を食べ、それも野菜を先に食べなさい。」
「えっ?ウサギじゃねぇぞ!」とやっぱり思いますよね。
でも、僕は一応、それに同意したんですよ。それで野菜を食べるようになって、なんか色々教えてくれて、「タンパク質もちゃんと摂りなさい、摂るのはこの二つの手です。」とか言って、「これだけの量、食べ過ぎてはいけないけど、ちゃんと摂らないといけない。一番いいのは缶詰ですよ。」とか言って、「缶詰って悪いでしょ」と思ったら、イワシやサンマなどの青物の缶詰はいいんだと言うんですね。「あの汁まで全部、あれをかけて食べなさい。」それから「ドレッシングはオイル系じゃなくて、ノンオイルを使って。」とか言われました。
でもなんかギチギチとやるの、いやじゃないですか。僕もそういうのは嫌いなんですよね。でも栄養士の言うことに従ってそれをやるようになったんです。「バランス」ということをちょっと考えるようになりました。
そして同じ時期、去年の三月から六月まで、うちの息子の子どもたち、祈心と善が、学校がなくなってしまって、向こうでお母さんも働いているし、あの二人だけ家に置くわけにはいかない、他の子は中学なんだけど、この子たちはダメだということで、うちに送られてきました。ちょうどそういう時に私はその診断を受けて、彼らと一緒に生活するようになりました。彼らのスケジュールをお見せしましょう。
すごいでしょ。全部平仮名だというところが最高ですね。勉強もあるんですけど、これ「自由」ってあるでしょう。自由は全部ゲームですね。朝早く起きて、「自由」があるわけですね。自転車に乗って、一緒にその辺にお菓子を買いに行くとかね、結構長い距離を自転車に乗って一緒に行くわけですよ。彼らにやはり運動させなきゃいけないので、薪運びをさせたり、薪割りをさせたり、ここにミミズ取りというのがありますけど、ミミズを取って川に仕掛けを入れて、それで魚とかカニとか、あわよくばナマズだ!スッポンだ!と、取ろうとしたわけですけど、去年は、スッポンは取れなかったですね。もうそろそろ取れる季節ですね。
そして、私も孫たちに付き合って運動をできるようになって、バランスを取りながら運動をしっかりやること、ご飯をしっかり食べること。
僕は、ダイエットというのはご飯を食べなくなれば痩せるんだと思っていたんですよ。そうしたらどんどんどんと痩せてきて、もう九月の時点で血糖値は、正常値に戻りました。
そして一年後、最近健康診断に行ったんですけど、感謝なことにほぼ正常でした。痩せただけじゃいけない。僕は考えました。やっぱり痩せただけでヒョロヒョロしていたらまずいだろうなと思って、筋トレをすることに決めました。生涯の中でこれまで僕は筋トレやったことありませんでした。中学と高校と陸上部で、選手で、この辺の長距離のチャンピオンだったんですけど、鉄棒とか逆立ちとかを結構やっていました。逆立ちで100M走とかやっていましたからね。でも筋トレだけはやったことなかったんですけど、近くにいる宮木君に頼んで、日曜日の朝、礼拝の前に八時から三十分間ぐらい、筋トレをやらせて頂いています。
筋トレ、効きますね。初めて胸の筋肉が動くということが分かりました。ぴくっと。この歳になるとあまり筋肉は付かないですし、大したキロ数のバーベルなんて上げられないです。家でも、安く二千円ぐらいのがヤフオクで出ていたのでベンチを買って、そしていつも二十キロを使ってこうやってやったりして、でもあんまりそれに捕らえられてもいけないけど、時々やる。懸垂をやる。腕立て伏せをやる。なんかコロコロコロというのでお腹の内側を強めるやつをやるとか、そういうのを気まぐれにやっているんですけど、そうやって運動と、いろんなもののバランスをとるということを心がけるようになったら、なんとこうなったんですよ。感謝ですね。
皆さん、もし「ちょっと太っちゃったな」なんて思っている方いたら、ぜひ朝昼晩とちゃんとバランスをとったご飯を、私の家内はすごく良いバランスをとったご飯を作ってくれるんですけど、この頃家内も仕事に行っているので僕が作ることが多いんですね。
するとずっと、「今日は鹿肉。そしてカモ、次はイノシシ、はい、そして、その次はカラス。」とかね。野の物で一週間過ごすという、そういうのをやってしまうんですね。
カラスうまいですよ。皆さん。
またカラスの羽はゴミ捨ての所に吊すときくんですよ。我が家の前もゴミ収集所になっていて、いつもカラスにやられていたのですが、去年、ガラスの羽を四枚吊るしました。それに「これは怪しくないよ」という意味で、「カラス除けで付けています。」という札を付けたら、一年間勝利していますよ。それでもダメなら、僕がとったカラスのガラですね。カラスの外側。中は食べますから、中を取ったこの頭のついた、こういうやつね。これ吊るしておくと絶対に来ません。この辺の果樹園だとか、この辺のお百姓さんには、配っていて、「めっちゃくちゃきく」と言われています。時々そういう所に、「ほい、効くかん?」と行くと、なんとやっぱりもらえるんですよ。ちょっとね。白菜もらったりして、もらうためではなくて効き目を確かめるために行くわけですが。
でも、野の物ばっかり食べ続けるのもやはりいけないみたいですね。
ある意味において、私たちがバランスというものを持って生きることが大切だと思います。
聖書のみことばを読むと、そこにはバランスがあります。聖書は対象的に書かれていたり、あることが書かれているとそれの逆のことが書かれたりしていて、これはユダヤ的な一つの手法でもあるのですが、必ずバランスというものを持って書かれています。
皆さんも聖書を読むときに、やはりバランスというところをよく感じ取りながら、ここで語られたことは次にどのように語られていくのか、文脈をしっかりと理解しながら読むということがすごく大切だと思います。

最初に皆さんにご紹介した、ローマ書八章二十六節から二十八節、特に二十八節を中心として、ローマ書の八章は、前半は「うめき」ということが主に語られたりしますが、後半に行くと、『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々』という、ここから後は、勝利が描かれるのです。
圧倒的な勝利が私たちに与えられている。「私たちをキリストから引き離すものは誰なのか!」と。私たちを救ってくださったイエスさまがとりなしてくださっている。サタンに対して、「おまえはもう、聖徒たちを訴えることはできない!」と、十字架の勝利にあってとりなしをしてくださるからこそ、私たちには圧倒的な勝利が現れるとこのみことばを中心として、このローマ書の八章ではバランスが描かれています。

我々も今日、聖書全体を通して、バランスを受け取っていきたいなと思います。このみことばの中で「同じように」で結ばれるひとつのテーマがあります。ここにもバランスがあるのですが、

『御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。』

と書いてありますね。「同じように」という言葉を通して、被造物のうめき、そして私たちの内側にある聖霊がうめいているという、「うめき」が対比的に描かれています。「同じように」という言葉がキーワードですね。
そして、「私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。(22節)」
ここでは「ともに」と書かれています。「ともに」というのは、私たち人類、神の子である主によって選ばれた私たちと被造物が共にうめく者だと。そして私たちが被造物のうめきを受け取るべき、共有する、ともにあずかるものだということをここで描いています。

皆さんもご存知だと思いますが、新型コロナウイルスの感染でこれまでに世界で一億七千九百六十六万八千人が感染し、約四百五万人が死亡したと、六月二十四日現在言われます。日本でも八十万人が感染し、一万四千六百五人の方が亡くなっている。本当に私たち今、このウイルスにあって、うめいていますよね。ここにいらっしゃる方の中で、「私は新型コロナウイルスから全然関係ない。」とか言う方は、誰一人ないと思います。そういう主張をしてマスクせずにいる人もありますけど、でもそれもある意味では、うめきの結果そうなっているのではないかと思います。ある意味で世界全体がスタックしてしまっている。その意味において、共に苦しむということを我々は学んでいるのではないかなと思います。
どこかの国だけが大変と言うと、「あぁ、かわいそう」と、僕らは助けたり、また助けを受けたりしますけど、今、共に世界がうめいています。
時代を追っていくと、今から百年前、第一次世界対戦の頃、インフルエンザウイルスが入ってきました。これはアメリカでカモから入ったと言われます。僕もカモ撃ちをやりますが、三年前ぐらいには、この豊橋でヒドリガモが死んでいて、それが新型の鳥インフルエンザだと言われて、ヒドリガモを撃たないようにという通達が猟友会から来ました。ヒドリガモはあんまり美味しくないので、僕らは撃たないんですけどね。マガモとかカルガモなどを撃ちます。
今でも新型インフルエンザはどんどん更新されています。この時に亡くなった人数は世界で五千万人。これ少なく見積もってらしいですね。日本でも四十五万人亡くなっています。今と時代が違うし、メディアを通して私たちが情報をすぐに受け取るとか、世界との交流もそれほど今ほど飛行機でビュンビュンと行くとかいう感じではない時代だったと思います。
そしてまた第一次世界大戦があって、この時、スペイン風邪と呼ばれたのは、スペインが中立国だったので、そのインフルエンザを公表したのでそう呼ばれたのです。当時は戦争下で全部が伏せられていました。だからもっと蔓延したのです。人類は百年前、このうめきを体験しています。
もしかすると、この時何が起きたのか、その後私たち人類はどのようにこれを克服していったのかを学ぶことは大切かもしれないと思います。
日本の教会にあっても、実はこの出来事の後、「再臨運動」が起きてきます。内村鑑三だとか、あと中田重治という、実は全く違う信仰だった人たちがひとつになって再臨運動をやっています。八木重吉という私が好きな詩人がいますが、彼もクリスチャンなのですが、彼がその再臨運動の中で、「主よ、来てください。」と、ものすごい激しい詩を書いています。
その再臨運動の後、ホーリネスにおいてはリバイバルも起きています。「ホーリネスリバイバル」と呼ばれる業も起きてきます。でも、その後起きた混乱もあります。
一度、もし皆さんよろしければ、戦略的とりなしと調査専門課程で、「パンデミック」というタイトルで、私の友人がこのことを発表していますので、それを読んでいただければと思います。我々は、この新型コロナウイルスの後どうすべきかを、今考えなければならない、そんな時が来ていると思います。ポスト・コロナを私たちはどのように過ごすべきか。いや、この経験がどのように神さまにあって生かされていくのかということを私たちは知る必要があります。

『神を愛する人々、すなわち神のご計画に従って召された人々のためには神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。』と書いてあります。
人類が直面しているコロナの問題に関して、皆さん一人ひとりが今そこで感じ取っているうめきに対しても、神さまは必ずそれらを相働かせて益としてくださる。
ここでも好対照的に書かれていますね。「相働かせて」、「全てのことを働かせて」他の訳では、「ともに働かせて」とか「相働いて」。
この「相働いて」というのは、人の働きと聖霊の働きということだと思います。我々人類が何をしていくのか。私たちが何を計画するのか。私たちがどう歩むべきかによって、益となるのかどうなのかということも、ある意味では決まってくるのではないかなと思います。この経験は必ず益となります。いや、益としなければならないんだと思います。