「手当たりしだいに何でもしなさい」

2021年7月25日(日)新城教会牧師 上條実

第一サムエル 10章6節~7節

『主の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。このしるしがあなたに起こったら、手当たりしだいに何でもしなさい。神があなたとともにおられるからです。』

ハレルヤ!今日こうして皆さんとともにみことばを学ぶことができます事を心から感謝いたします。いつも私と家族のために祈り支えていただきまして、心から感謝しております。また何よりも皆さまが主と教会の為に祈り、支えて下っています事を心から感謝いたします。
昨年の十月、手術をしまして九ヶ月が経ちました。三ヶ月前にCTを撮りました。心臓のすぐ上にあります上行大動脈という所を人工血管にしましたが、その人口血管の周りに水が溜まっていると言われ、細菌にばい菌が入ると、高熱が出るかもしれないと脅されたのですが、先週行きまして、再度CTを撮りました。結果は変わらず水が溜まっているそうですが、医師は「これは気にしなくてもいいですよ。」と言われて、ホットしております。主の守りの中で導かれていることを心から感謝します。
先ほども司会者の方が語ってくださいましたが、三男の所に三番目の子どもが、七月二十三日の金曜日に無事生まれました。本当にお祈りを心から感謝します。いつも週報で、「お産を控えた姉妹のために」とありお祈りいただきましたが、三千六百九十六グラムという、だいぶ大きな子ですけども、女の子が生まれました。
上二人の名前の最後に「ら」と付くものですから、今度の名前も「ら」がつくのではと色々ご想像頂きました。やはり今回も「ら」がつきました。今度の子どもは「美麗」と書いて、「みうら」とよぶそうです。詩篇百四十七篇一節からみことばを取ったそうです。

『ハレルヤ。まことに、われらの神にほめ歌を歌うのは良い。まことに楽しく、賛美は麗しい。』

賛美は麗しいという所から名前をつけたそうです。よく賛美する子になるように是非覚えて祈り下さい。

それではみことばを学んでいきましょう。皆さんには様々な賜物があると思いますが、ある方には当たり前のことかも分かりませんが、少し前、私はびっくりして、少し恐ろしくなってしまった体験がありました。そのことをみことばで学んでいきたいと思います。
六月の終わり頃でしたが、夜ぐっすり休んでおりました。真夜中のことでしたが、突然大きな声が聞こえました。それは今日のタイトルにありますように、「手当たりしだいに何でもしなさい。」という声がハッキリ聞こえました。家内が寝言で言ったのかなと思いましたが、隣を見ると、すやすやと寝ておりました。そして聞いた声は男性でしたので、もう本当に驚いて、何だろうこれ?と思い、忘れちゃいけないと思い、携帯のメモ機能に、書き込みました。私はすぐに、聖書のことばだとわかりました。すぐには寝られなかったので、聖書のどこにあるか調べてみました。第一サムエル記の十章六節、七節のみことば。読んでみたいと思いますが、

『主の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。このしるしがあなたに起こったら、手当たりしだいに何でもしなさい。神があなたとともにおられるからです。』

ここに「手当たりしだいに何でもしなさい。」とありますがそのことばを聞きました。ある方は、「私はよく聖書のことばを語って頂いている」と言われる方もいらっしゃるかと思いますが、私は今回初めてでしたので、本当にびっくりしました。
また賛美が心の中で巡っていました。それは「♪手当たりしだい、何もかも♪現わそう主の栄光」という賛美が心の中で巡っていました。私は賛美になかなか疎くて、これがザワメキなのか、何の曲か分かりませんでした。翌日あるスタッフに「この曲ってざわめきのなかにある?」と聞きましたら、ざわめき4に入っている「主の霊が注がれ」という曲だと教えて下さいました。
今日CDに合わせて、皆さんと一緒にご一緒に告白の意味で、賛美したいと思います。

♪主の霊が あなたに 天から激しく注がれる 天から激しく注がれる ウーウーウー
主の霊は あなたを 新たな人に変えられる 新たな人に変えられる ウーウーウーウー
主の霊注がれ みなぎる主の力 主の霊注がれ 現れる主の栄光 オーオー
主が共におられるから 手当たりしだい何もかも 手当たりしだい何もかも 現そう 主の栄光♪

この「手当たりしだい何でもしなさい」というみことばが、夜中に突然、はっきりと語られたので、本当に驚いた体験をいたしました。
しかしそんな中で、私は疑い深い者ですから、「なぜこのみことばが語られたのか?」と考えて、次の日、夜寝る時に祈りました。「昨日、不思議な体験をしましたが、もし主であれば、何のために私に語って下さったか分かるように、主が私に再度語ってください。」と祈り、寝ました。私は、毎日夢は見ていると思いますが、朝起きると、何の夢だったか全く覚えていません。しかし不思議ですけど、その日はハッキリと覚えている夢を見ました。それは、私が講壇で、礼拝でメッセージをしている夢でした。私が講壇に立って、初めにヨハネの一章一節を開いて、

『初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。』

「皆さん、聖書のことばは神さまが語ったことばですよ。信じましょう!」とメッセージをしていました。そして続けてマタイ五章十八節、

『まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。』

というみことばを開き、「みことばは絶対に欠けたり付け足してはいけない。みことばは一点一画変わらない!必ず成就する!だから信じてください!」と大胆に語っていました。 またその後有名なルカの一章三十七節を開き、

『神にとって不可能なことは一つもありません。』

そのみことばを語り、神には不可能がない。信じなさい。という夢を不思議ですがハッキリと覚えて目が覚めました。

祈りが答えられ、普段は覚えていない夢がその日に限ってしっかり覚えていました。
何のために私に語って下さったか分かるように再度私に語ってくださいと祈ったら、夢でみことばを信じなさい。みことばは変わらない。神にとって不可能なことはない。みことばを信じて実行しなさいと語られました。特別、家内のために祈っていますが、少し調子を崩しています。家内のことを皆さんも覚えて祈って頂いておりますが、自分は少し疲れてしまい、なかなか良くならず苦しんでおりました。しかし家内の病気に対してとても励ましになりました。そして今回、新城教会に対しても、主はみことばを信じなさい。祈ってきたことは必ず成就する。教会のために、また新城やこの周辺の地域の為、また愛する日本の為に「手当たりしだいに何でもしなさい。」と語ってくださったと信じます。手当たりしだいの意味は、手にふれるものすべて。行き当たるものすべて。区別することなくかたっぱしから。という意味です。サムエル記では、イスラエルの民は、エジプト脱出、荒野の旅、約束の地に入国の後、それぞれの部族単位で行動し、士師が立てられました。士師とは、古代イスラエルにおけるカリスマ的指導者、通常「さばきづかさ」とよばれていました。イスラエルの民に大きな変化が起きたことが記録されているのがサムエル記です。イスラエルの国に王様がはじめて立てられました。
サムエルがサウロに油を注いで、王として任命しました。そしてサウロに向かってサムエルが

『「主の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。」』

と言い、サウロに聖霊の力が注がれる時「何をしても栄えるから手当たり次第何でもしなさい。」と語りました。

新城教会は、七十一年目を迎えました。この頃の礼拝のメッセージで「七十年が満ちた二〇二一 回復と再建の年」というタイトルで、みことばが語られています。「大逆転!大勝利!回復と再建の年だ!」と新城教会に主が語ってくださっています。新しい事をこの教会に起こして下さる。祝福をくださると期待が与えられています。主が私たちと教会に素晴らしいことを起こしてくださるという期待を持っています。
このサムエル記第一の所では、初めての王となるサウロに主の霊が激しく下って、手当たりしだい何でもしなさいとサムエルが語り、イスラエルは祝福をいただいています。今日私たち一人ひとりも、霊的に手当たりしだい何でもしなさいと、主が語っておられます。私たちは主に期待して、実行して行きましょう。手当たりしだい何でもしましょう。

「手当たりしだい」という意味は、皆さんもうお分かりだと思いますが、このように辞書では書いてありました。

<手当たりしだいの意>
手にふれるものすべて。行き当たるものすべて。区別することなくかたっぱしから。

手にふれるものすべて、かたっぱしから何でもしなさい。そうしたら祝福をくださるという約束であるわけです。私たちはとにかくこのみことばを信じて、実行して行きたいと思います。しかし、この手当たりしだい何でもしなさいというみことばは第一サムエルの十章七節にありますが、その前の節、六節にこのような条件があります。

『主の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。』

とあります。ここに『主の霊があなたの上に激しく下ると、・・・あなたは新しい人に変えられます。』とあります。主の霊がそそがれ、新しい人に変えられたら「手当たりしだい、あなたは何でもしたら栄える」という約束であるわけです。過去この新城教会、七十一年の歴史を見て、今まで多くの聖霊の油そそぎをいただいたことがありました。

そんな中で、私は父から聞いたのですが、滝元明牧師夫妻が結婚して、滝元明牧師の故郷である北設楽郡津具村に入って、開拓伝道を始めました。最初の住居は、キリスト教に大反対である実家の道を隔てたすぐ前にある椎茸の乾燥小屋を改造して、新居をかまえました。とても因習の深い地であり、両親、特に村の有力者であった父親が猛反対している中、伝道を始めました。しかし就職先も、父親の反対によって内定をもらっていた所も、就職を父の圧力で就職できなくなり、経済的にも苦しく、村民も外国の宗教だという事で、みな心を固く閉じてしまい、多くの迫害があったそうです。そんな中、苦しくてたまらず結婚したばかりの二人は、主に泣いて祈ったそうです。祈っているとなんとそこに聖霊が注がれたと言うのです。父が言うには、その家が地震のように揺れたと言うのです。そして神の声を聞き、力を頂き、再度主に励まされて伝道に立ち上がった事があったそうです。

また、今リバイバルミッションでは、夏の配信「ジョイジョイエブリデーリバイバル」という七日間連続で配信しようと様々な準備をしています。前回滝元明牧師の「われど方なれど」の救いと献身するところをドラマにして配信いたしましたが、今回は田中政男先生の救いの場面をドラマ化して「百円玉に誘われて」というタイトルで収録中です。是非期待して見て頂きたいのですが、その田中政男先生が新城教会で救われました。今リバイバルミッションセンターが建っている場所は、昔茶臼山製材という製材所でした。当時多くの若いクリスチャンがそこに働いていました。ある時聖霊さまを求める祈りがなされ、皆に聖霊さまが臨まれたそうです。そしてある一人の姉妹に聖霊が下り、「政男、浦川に伝道に行け。」という預言をされたそうです。そして田中政男先生は、伊勢湾台風の次の日に結婚され、そして飯田線でここから約一時間山に入った、静岡県佐久間町という佐久間ダムで有名な場所にある浦川駅のすぐ近くに伝道に入って行きました。その時も製材所で働いている人たちや、その当時の新城教会。当時は新城中学校のすぐ前で設楽教会という名でしたが、その教会に聖霊さまの力が注がれ、多くの方が、開拓伝道に出かけて行きました。それも都会ではなく、この新城市より山の方に出て行って開拓して、教会を建て上げて行きました。

また三回目は、私が小学生の時です。これもよく話されていますが、今のちょうどホサナクラブの時間帯、土曜日の午後でしたが毎週子ども祈祷会というプログラムを持っていました。私も毎週出席していましたが、その時も聖霊の力を求めようという祈りがなされていました。教会全体で聖霊の力を求めましょうと言って祈りました。そのことが子ども祈祷会でも語られて、子どもの集会でも一時間でありましたが「とにかく祈れ」と言われて祈りました。普通、聖書のみことばを聞いたり、賛美したり、楽しいプログラムを持っていましたが、なんととにかく一時間祈れと言われて祈る時を持ちました。小学生でしたので苦痛で苦痛でたまりませんでした。「また今日も祈りか。」と、そんな思いですごしました。小学生ですので聖霊さまがどんな方か?聖霊が臨まれたらどんなことが起こると聖書に書いてあるかなどまったくわかりませんでした。わからないまま、言われるまま「聖霊の力を与えて下さい。」と祈りました。正直苦痛でしたが、一時間ひざまずいて祈りました。するとなんとその子どもの祈祷会に聖霊さまが臨んでくださいました。触れられ、不思議ですけど、私の口だけでなくすべての子ども達に臨まれ、訳の分からない異言の言葉がベラベラベラベラと、私たちの口から出て聖霊さまが祈って下さったような体験をしました。祈っている時に、なぜか分かりませんけど私は手を動かして、メッセージしている格好をして異言で祈っていました。また私の横を人を見ると、隣の家であるKさんの所のS君がいました。彼は正座して聖書を手に持つ格好をしながら、静かに異言で誰かかにあたかも教えているような姿で祈っていました。今思えば教師の賜物のような感じで、異言で語っていました。
また岡本先生は、「わっははわっはっは」と大笑いしていました。聖霊さまによろこびの霊がそそがれ、大笑いをしながら異言で祈っていました。本当に不思議です。ただ求めて子どもたちが、何にも分からない、聖霊の知識もないにも関わらず、求めた時に、突然聖霊が注がれ、祈る事が初めは苦痛でしたが、なんと聖霊が臨まれたら、祈りが楽しく、時間を忘れて祈った事を覚えています。
そして四回目は、一九九二年の聖霊の爆発的な油注ぎです。このことは滝元順牧師がよく語られ、「主が立ちあがられた日」という著書に詳しく書かれています。教会の書店にありますので是非購入してお読みいただきたいと思いますが、当時大きな問題を抱えていました。それは一九九三年に、高校野球や阪神タイガースで有名な阪神甲子園球場を借りて大きな伝道集会をしようとという事になりました。そのために様々な準備がなされ、とにかく祈らなくてはいけないということで、毎週県民の森で祈りました。
有名な話ですけども、一九九二年二月十三日滝元順先生がよくここでみことばを語ってくださいますが、愛知県民の森の芝生広場にある小さな小屋で祈祷会がなされていましたが、祈っている所から少し離れた場所から音が聞こえて来ました。滝元順牧師はそれは津波のような音だったと言います。すると皆が声を上げて祈り出しました。祈っている所に波が入ってきたように感じました。その瞬間、堅いコンクリートの上に、皆が瞬間的に倒されてしまい、聖霊の風か吹いてきて、小屋に入ってきて、みんなが倒されて、そして本当に素晴らしい主の栄光、主の聖霊の働きを見ることができました。その後教会に戻ってからも祈祷会が続けられて、素晴らしい聖霊の訪れた祈祷会を持つことが出ました。そしてみんな変えられました。先ほどの第一サムエル十章六節をもう一度読みますが、

『主の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。』

とみことばがありますけど、まさにあの時、聖霊さまによって、皆新しく変えられました。あの時は本当に苦しい状況でした。この教会に聖霊が臨み、霊的戦いが始まった事で、一緒に集っていた兄姉が分裂して、この教会から去って行ってしまいました。約半数くらいになってしまった事を覚えています。そして一九九三年に甲子園球場を借りての大伝道集会を控えており、多くの準備がなされていました。人間的な考えからすれば、「もう無理だ。」「駄目だ。」と思うような時でしたけども、不思議でしたがあの時、聖霊の力をいただいたから、もう「駄目だ」という思いはありませんでした。とにかくいけいけで、「新しい人に変えられます。」というみことばの通り、神さまの中で素晴らしい体験をさせていただきました。

その後、「あの素晴らしい聖霊を体験したんだから、今度は教会員全員に聖霊が臨むように」ということで、七週間連続の祈祷会を土曜日、県民の森の芝生広場の小屋に行って子ども会、そして中高生、そして青年会、その後壮年会と時間をずらして各部会ごとに祈祷会をしようということになりました。
私は子ども会の担当でしたので、子どもたちと一緒に出かけて行きましたが、一回目から六回目というのは悲惨なものでした。一生懸命、あの手、この手で考えて祈りをさせましたが、「祈れ」と言ったって、「聖霊さまを求めて祈りましょう」と言っても、「神さま、聖霊さまをください。お願いします。」子どもたちは、それで終わりなんですよね。みことばで同じ言葉を何度も繰り返してはいけないというみことばはあるけど、「何でもいい。何度も繰り返してもいいで、思いつくままに祈って。」と言い、「はい、時間はかるよ、よーいはじめ!」なんて、時間を計ったことがありました。でも一番長い子で三十秒でした。そんな感じで六回が終わりました。
しかし、七回目に主が働いてくださって、この時も突然でした。私はいつも祈りのリードをしていましたが、自分の子がごそごそしているので、心を痛めながらいつも見ていました。私がはじめ気がついたのが、長男が泣きながらひざまずいたのです。コンクリートの床でしたが、ひざまずき泣き始めました。その時「また誰かと喧嘩したな。」と正直に思いました。でも違ったことがすぐにわかりました。不思議なことが起きました。子どもたち全員がみんな激しく泣き始めて、その地ベタに座り込んで、おいおい泣き始めたのです。三十秒しか祈れなかった子が、聖霊さまに触れられて、なんと、皆さん、どのくらい祈り続けたと思いますか?あの時なんと四十五分間、それも次のグループが小屋に来て祈祷会をする時間になってしまう事からストップしなければならずに、私が祈祷会をストップさせたのですが、何と四十五分間、皆が大声を出して真剣に祈りました。祈りがだいぶ小さくなった子に、私が按手して祈ってあげました。すると手を置いた途端、皆がうわーっと火が付いたように泣き叫んで再度祈り始めたのです。本当にビックリする体験でした。
祈祷会後、みんなに「何を泣いて祈っていたの?」と私は聞きました。そうしたらある子は、「自分の罪が示されて、このままだったら滅びてしまう。そんなことで、悲しくて悲しくて泣いてた。」と言うんですね。
ある子どもは、友達の顔が思い浮かんだら、その人が滅んでしまう!と思って泣けてしまって、「どうかその人が天国行けるように!」本気で真剣に祈り、また一人一人思い浮かべて祈ったと言うんですね。学校の先生まで祈ったというのです。
また、ある子は、日本のリバイバルために真剣に言ったとか、子どもたちには私の子ども時代と同じでしたが、聖霊さまの意味なんて、よくわからなかったと思います。どんな働きをするかなんてわからなかったと思うんですけど、不思議と聖霊さまが臨んで、その祈祷会に聖霊さまが素晴らしいわざを現してくださいました。

またその後に、教会全体で祈祷会をしようということで、礼拝が終わったお昼から、この会堂を会場として、皆で集まって祈祷会を行いました。ちょうど私は祈祷会の司会を担当させていただきました。講壇に立って、賛美を導いて、祈って、また賛美を導いてと、プログラムを進めていました。賛美の途中突然、一人の男の子が走り始めました。誰かに手を持たれて走り回るような状況でした。そうしたらそれが会衆全員同じようなことが起こり、会堂内をぐるぐるぐるぐる回って踊り始めたのです。聖霊さまが臨んでくださいました。私は誰かけがをすると危ないからと思い賛美をストップして、「皆で座って祈りましょう!」とうながしました。今でもハッキリ覚えています。ちょうどこの講壇のすぐ前の所に、豊川市から来られていたI兄というおじいさんがすわりました。もうすぐ八十に近いおじいさんでした。その人が、祈り始めたかと思ったら、泣いて床を叩きつつ、私の目の前で、「リバイバルをください!今までの罪を赦してください!」もう火が付いたように大声で祈り始めたのです。その姿は尋常ではない姿。まるで聖霊によって爆発したかのような姿でした。その祈祷会で大きな聖霊の油注ぎがまたそこでありました。小さな子どもさんからお年寄りまで、もれなく主が全員に触れてくださり、皆新しく変えられました。
その後先ほど言いましたように、教会のメンバーが少なくなり悲しい時でしたけれども、甲子園球場の集会の為に、みんなで頑張ろうということで、一丸となって準備をしました。一九九三年十一月三日間の阪神甲子園球場で、大きな伝道集会をしました。色々反対されるお方もおられましたが、何と三日間で延べ十二万四千人もの方々が集い、本当に素晴らしい集会を持つことができました。多くのイエス様を信じる方々。多くの献身者が与えられました。そして多くの方が癒しを体験する聖霊の働かれた大集会となりました。そして新城教会の兄姉が中心となって、会場係や献金係などなど様々な奉仕を喜んで行って下さり、みんなが聖霊によって生まれ変わり喜びをもって、奉仕してくださいました。本当に主に栄光をお返しした時を私は覚えています。