「70年の満ちた2021 回復と再建の年 〜永遠のいのちを得るために〜」

今から二ヶ月くらい前、店の前で作業をしていたら、一人のおじさんが話しかけてきました。話の流れで「何歳ですか?」と聞いたら、「七十五歳」と答えられました。私は七十歳ですから、同じ年代です。そのおじさんの顔をよく見たら、知っている人でした。五つ年上ですから、私が小学二年生で引っ越してきた時、六年生だった人です。私は、「○○さんですよね?」と尋ねると「そうだよ。」と、六十年ぶりにお話ししました。

私は思い出したのです。その方は小学生の時に、この教会に来られていて、洗礼まで受けたことを私は覚えていました、「洗礼を受けられましたよね?」と聞くと、「滝元先生から受けさせてもらいました。」と答えました。やっぱり覚えているものですね。それでいろいろな話をしました。

そうしたら、彼と同級生で、後に牧師になった人の話になりました。その人は愛知県内で牧師をしています。「彼は今、何をやっている?」と聞くので「牧師をやっていますよ。」と答えると、「彼と会いたいなぁ・・」と、しみじみ言われました。

私はこう答えました。「教会は、いつ行っても大丈夫ですから、是非、訪問してみてください。きっと喜ぶと思いますよ。」すると、彼がこう言いました。「いやぁ、ちょっと行きにくいな・・。」その時、私も内心で、「私も彼のところには、行きにくい・・・。」と思いました。それで話は終わりました。

二週間前の事ですが、この地域にチラシ配布をしました。今日も午後から地域へ教会ニュースを配布しますから、お手伝い下さい。不思議ですけれど、行く時は、なんか行きたくないと思いますが、終わると、心が喜びで満たされます。神の祝福があります。

二週間前、この地域に、久しぶりにチラシ配布に行きました。最後の一枚になった時は嬉しかったです。「あと一枚だ!」。

ある家に行って、ポスト・インしようとしたのですが、ポストがありませんでした。あまりうろうろすると、この頃カメラついてるし、不審者と思われるのでやめました。

「一枚残った。どうしようかなぁ・・」と思った時に、ピンと来ました。「先日、道ばたでお話ししたおじさんの所に行ってみよう!」。それで、おじさんの家に行きました。

すると「少し寄ってけ。」と言って下さったので、ソファに座っていろいろ話しました。その中でまた、牧師になった友人の話が出ました。再度、「会いたいなぁ・・・」と言われました。

そんな話をして、私は家に帰って来ました。帰ってから、私が中継ぎ役をしてあげたらいいのではないかと思いました。そのことを通して、その牧師とも一致出来るかも知れない。もしかしたら、チャンスかもしれないと思いました。私が先にその教会に行って、牧師と会って話してこようと思いました。でも私とその牧師とは、長年、会ったことがありませんでした。玄関払いされるのかなとも思いました。でも、よく祈って、勇気を出して行きました。出会ったら顔が引きつるかなと思ったけれど、今はみんなマスクしていますから大丈夫です。

その教会に行って、「こんにちは!」と呼んでも、誰も出てきませんでした。出てこないから帰ろうかな・・と思ったら、四十年ぶりぐらいにその牧師と会いました。「誰ですか?」と言うので、私はマスクを外して、「滝元順です。」と言うと、びっくりしていました。

でもその時に、彼は、なんと言ったと思いますか?

 

「よく来てくれました。」と言ってくれました。「是非、寄っていってください。上がってください。」と言いました。そして彼はこう言いました。「最近私は、順先生のために祈っていたのです。」その方もいろいろ試練に会って、そんな中で「一回、新城教会に行って、順先生と会って話したほうがいい・・。」と、神さまから後ろを押されたと言うのです。でも「ちょっと行きにくいな・・」と思っていたらしいです。そうしたら私が突然現れたから、びっくり仰天です。祈りの答えだ!と言って、喜んでくれました。本当に、神の時だったのです。長年の溝が一瞬で埋まりました。いろんな話をして、「これからよろしくお願いします。』と言って帰ってきました。素晴らしい和解が与えられました。祈りは答えられます!続けて、お祈りをよろしくお願いいたします。

ヘブンズ・アイスクリーム&コーヒーができたことは、地域に対して、大きな意味があると思います。もしも今日、店がクローズしたとしても、すでに意味がありました。そんなことがあってはいけませんけれど。地域のある、おじさんと出会って、そこから長年祈っていた祈りが答えられたからです。

 

イエスさまは、「神を愛すること」は「隣人を愛する」ことと語られました。隣人を愛することが、聖書から言うならば、永遠のいのちにつながる、ある意味、最も大きな条件です。

この条件を実行しようじゃありませんか。隣人を愛するとは、まずは隣合って住む、他の民族の方々の祝福を祈り、受け入れる事です。日本人ならば、韓国や北朝鮮の方々とか、中国の方々の祝福を祈ることです。

今回、オリンピックを見たら、民族意識に捕らえられないで、他の国々の祝福を祈ってください。そうすると、神さまが次の扉を開け下さいます。なかなかうまくいかない人と、和解するきっかけを与えて下さるのです。きっかけが与えられたら、ためらわずに行動することです。その時に、永遠のいのちへの道がオープンすると信じます。

 

人は誰でも死にます。先週も、スペインのアロン君がなくなって本当に悲しかったです。でも私たちには永遠の命があります。やがて再会できます。すべての方々が永遠のいのちに入っていただきたいと願っています。

最後に一言お祈りして、メッセージに代えさせていただきます。

 

天の父なる神さま、み名をあがめて、心から感謝をいたします。イエスさまがこの地上に来てくださって、越えることができない壁を越えさせてくださったことを心から感謝いたします。今私たちはあなたを愛します。そして律法を守り、隣人を愛します。オリンピックと共に、国々や他民族を引き裂く力が決して働くことがないように、そこに巻き込まれることがないように、守ってください。

すべての問題から解放し、自由にしてください。十字架のあがないを心から感謝します。聖餐式の上に祝福がありますように。すべての栄光をお返しして、尊き、イエスさまのみ名によって祈ります。アーメン。